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「黒子のタンク」

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 黒野タンクは人間の父親と戦車の母親との間に生まれた小型戦車である。恥ずかしがり屋で、すぐに光学迷彩で車体を隠すことから「黒子」というあだ名をつけられていた。彼女の生まれたのは先の戦争で打ち捨てられた戦車で形成されたスラム街であった。父親は戦車と交わる変態であったが、まさか戦車が自分の子どもを産むとは思っておらず、ある日突然自分の住んでいた戦車の中に小さな戦車が現れ、自分について回る姿を見て、ついに自分は発狂したのだと思い込んだのだという。しかし彼は物言わぬ母親の代わりも務め、黒野を中学三年生になるまで育て上げた。

「弾道計算だけで入れる高校があればいいのに」黒野の嘆きはいつものことだ。僕と同じ高校に入りたいのだと黒野は言う。
「そんな高校ねえよ」いつもの言葉を返しながら、黒野と登校する日常がいつまでも続きはしないことを痛感していた。いつの間にか一緒に歩くことが当たり前になっていたのに、もうすぐそんな日常は終わってしまう。彼女は国境警備隊への就職が早くも内定していた。大きな戦力として期待されているのだとか。そうなれば彼女は自分の中に、僕ではない兵士を受け入れて、きな臭くなっている隣国からの侵入者に対して砲弾を放つことになるかもしれない。

 僕の所属する男子バスケ部の隣で、女子バスケ部に所属する黒野の練習中の様子が見える。キャタピラをきゅらきゅらさせる黒野は、軽快にパスを回すこともできないし、そもそも手がないのでボールを掴むことはできない。そんな彼女がバスケ部にいるのは、同じスラム街出身の僕が、小さな頃から手製のバスケットゴールに様々なゴミを投げ入れている姿を見てきたからだ。スラムの住人にも補助金が与えられ、僕ら子どもたちは義務教育まで国が面倒を見てくれている。そこから先は能力次第だ。僕は学力は並なので、公立高校を受ける予定であった。しかし黒野は頑丈ではあるが学力の方はからっきしだ。そもそも手がないのでペンを持てない。

 幼い頃、二人で荒れたスラムの中を駆け回っていた頃と違い、二人とも随分と大きくなった。僕は時折黒野の背に乗って楽をする。冷たい黒野の外装が、僕の乗っている部分だけ熱を帯びる。戦車と交わった彼女の父の気持ちが、最近少し分かるようになってきた。

 僕らの所属するバスケ部は弱小で、いつも一回戦負けだった。市の体育館で開催された、三年生の引退試合となる秋季大会でも、男子は早々に敗退し、僕のバスケ生活は終わりを告げた。少し遅れて開催されていた女子の試合を見に行くと、こちらも大差をつけられており、敗退目前というところだった。残り数分、思い出出場として、ついに黒野が初めて試合中のコートに立った。相手チームはひるんでいる。小型戦車がコート内に侵入してきたのだから当然だろう。しかしなかなか彼女にボールは回らない。

「最後の試合、多分思い出出場の機会を貰えるだろう。その時のために、シュートの練習をしよう」
 僕の提案により、毎朝スラムで二人で練習を重ねていた。彼女の母親である戦車の砲塔に取り付けた手製のバスケットゴールに向けて、黒野がシュートを撃つ。僕のパスに、彼女がタイミングよく砲塔の角度を合わせて当てるのだ。
「弾道計算は完璧だから」
 そう言いながらも、本当に完璧になるには、何百回もの試行が必要だった。僕は彼女と付き合い続けた。できたら、卒業後もずっと付き合い続けたかった。だけどそれはできない話なのだ。

 彼女はきゅらきゅらと音を立てて一生懸命走り回るが、ボールは回ってこない。残り数秒で試合が終わるという時に、相手が弾いたボールが、偶然彼女の方に飛んできた。彼女は砲塔を素早く回転させ、ボールを弾いた。彼女の完璧な弾道計算の結果、弾かれたボールは、二階席から試合を観ていた僕の胸元に、まっすぐ向かってきた。それには彼女の想いの全てが詰まっているように思えた。

 吹っ飛ばされた僕は壁にめり込んだ。

(了)
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 あとがき

「スラムタンク」を書いた際に、バスケットボール青春小説を望んでいた方から「思ってたのと違う。きちんとバスケ小説を書いてくれ」という反応を多数(ゼロ)いただきました。それなら「黒子のバスケ」風に戦車小説を書いてみようと考え、書き上げたのが今作となります。青春小説と戦車小説を勘違いしていたことに今気が付きました。今後注意します。
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