最近息子とよくグリムジョー・ジャガー・ジャックごっこをする。
グリムジョー・ジャガー・ジャックをご存知でない方のためにグリムジョー・ジャガー・ジャックの説明をしてみる。グリムジョー・ジャガー・ジャックが誰だか知っている方はこれからするグリムジョー・ジャガー・ジャックの説明は飛ばしていただいて構わない。グリムジョー・ジャガー・ジャックという文字列を眺めていたい人は、グリムジョー・ジャガー・ジャックのことを知っていても読んでいただいて構わない。
グリムジョー・ジャガー・ジャックとは、漫画・アニメ「BLEACH」に登場する敵キャラの一人である。かつて死神部隊の隊長の一人であった藍染惣右介が、虚(ホロウ)という敵の中からすごく強い大虚の中の、更に選りすぐりを集めて作った十人の集団「十刃」(エスパーダ)のナンバー6にあたる。主人公の黒崎一護と何度も戦い、敵だけど結構仲良くもなっていく人気キャラの一人である。
印象的な名前のキャラクターの話だったかの時に、私はグリムジョー・ジャガー・ジャックの名前をあげた。スマホで調べて画像を息子に見せると、そのルックスを息子は気に入った。
「グリムジョー・ジャガー・ジャック」
「クリームチョコレート!」
「濁点をつけて。グ・リ・ム・ジョー」
「クリームパスタ!」
だが真剣に言おうとする時もある。
「グリムジョー・ジョガジョク」と後半で失速する。
グリムジョー・ジャガー・ジャックがなんか強くなったバージョンで「パンテラ形態」というのがある。思わずPANTERA「Walk」を口ずさみたくなるのを我慢しつつ、その形態の画像を見せると、やはり気に入ったようだ。
まだまだ遊びたがる息子を置いて私が晩御飯を作っている間、息子にエスパーダの解説動画を見せた。グリムジョー・ジャガー・ジャックがナンバーワンでないことに不服な様子だった。
冬休みの間に開発した新しい遊びに「鍛錬ごっこ」がある。防音マットを二枚繋げて、パンチやキックで打ち、下の一枚を落とす、というものだ。グリムジョー・ジャガー・ジャック的な、あるいはベジータ的な構えから打撃を繰り出す。私は防音マットを構えているだけでいい。手首をやられないように、軽く指を添えて横から持つ。蹴り飛ばされたマットが危ないところにぶつからないように、方向に注意したりあらかじめカバーしたりしておくこと。
この遊びを始めてから、息子の身体は引き締まってきた。グリムジョー・ジャガー・ジャックのおかげであるともいえる。
アニメ版BLEACH自体は長いので、グリムジョー・ジャガー・ジャックが活躍している回だけ観ることにした。167話「決着の時、グリムジョーの最期」である。空中で一護に倒されたグリムジョーは落下していくが、一護が手を差し伸べて救う。息子は複雑そうな顔で観ていた。
おそらくこの回をリアルタイムで観ていた。放映日時を調べると、ゲームセンターで一人店番のアルバイトをしていた頃だ。本を読み、店内を掃除し、野球中継やアニメを観ていた。手帳やノートパソコンでの執筆もしていた頃だ。そろそろ「もうこの店閉めるんや」とオーナーに言われていたあたりかもしれない。
その頃の私と会話してみる。
「近々死のうとか思ってるだろ」
ふいに声をかけられても昔の私は驚きもしない。
「掲載常連だった賞も終了するし、長年残っている実家のローンを引き継ぐ気もないし、まともな就職も結婚も考えてない。30歳くらいで十分だ、と考えているだろう」
私は迷惑そうに私の話を聞いている。
「でもさ、この店が潰れた後、日雇い仕事をいろいろやって、派遣先の会社で常連になるうちに、直雇いのアルバイトになって、そこで同僚と付き合って、半分同棲して、子どもができて、その会社の社員になって、なんて未来がお前にはあるんだ。その後もいろいろあって、2025年には7歳になっている息子とグリムジョー・ジャガー・ジャックごっこをしていたり、12歳になっている娘に『パパは高校生の頃クリスマスは誰と過ごしてたの?』なんて煽られる日々を送ることになるんだ」
「夢物語だな」と昔の私は言う。
「という小説を書いています、じゃないのか?」
確かに独身時代にも、子どもがいる話などを書いていた。
「今は自分の周辺で実際にあった出来事をベースに、そこから少しずれていく話を多く書いている。今のお前が書いているような、下ネタやギャグ風味の話も書いてるよ。『カメラを止めるな!』ていう映画を観た直後に、亀田製菓のお菓子を食べていないとゾンビに襲われる話『亀田を止めるな!』を書いたり」
「家族がいるのにそんな話書けるのか」
「家族ができても思いつくものは仕方ないだろう」
「でもおまえ、今死にたいと思ってないか?」と昔の私が私に聞く。
「子どもや創作の話をしている時のお前は楽しそうだけど、気を抜いた瞬間のお前は、まるで浮浪者のように見える。実は今の俺よりもずっと絶望して、死にたい盛りなんじゃないか?」
私は防犯用に置いてあった店の鏡を見た。そこには実年齢よりも老けた、そして彼の言う通りの、現在のありのままのみすぼらしい私の姿があった。いつの間にかこんなに年を取ってしまっていた。いつの間にかこんなに情けない顔になってしまっていた。いつの間にか、いつの間にか。
過去の私との対話を終えた私は、誰もいない部屋の中で目を覚ます。夕方なのに朝だと勘違いして、子どもたちを起こさなくちゃ、と周囲を見回す。だけど誰もいない。私に子どもたちなんていなかった、というようなオチではない。二人ともデイ・サービスの日で、夕方まで帰ってこない。妻も働きに出ている。現在主夫の私は、一人で羽根を伸ばせる日であるのに、マイコプラズマにやられて静養していた。
子どもたちがいなければとっくに自ら絶っていたであろう生を、今生きている。グリムジョー・ジャガー・ジャックがいなければ、息子は今のように活発に身体を動かしてはいないだろう。
帰ってきた子どもたちとお絵かき対決が始まる。BLEACHの中で、娘が気に入るキャラがいないかと思い、いろいろ見せて反応を見てみた。朽木白夜をイケオジといい、スキンヘッドの班目一角をなぜか気に入り、何より圧倒的に山田花太郎に反応していた。
(了)
「本当は怖いグリムジョー・ジャガー・ジャック」

※タイトルは「本当は怖いグリム童話」のパロディですが、グリム童話と全然関係ありませんでした。
挿画はアジューカス(人型になる前)時代のグリムジョーのイメージと、あとなんかカニ。
挿画はアジューカス(人型になる前)時代のグリムジョーのイメージと、あとなんかカニ。