4.
戦いの流れは『南』にあった。
纏まった戦力を持たない『北』は奇襲を主としたゲリラ作戦を展開しており、進軍の際に『南』陣営は手酷く反撃されたりもしたが、それでも足止めされる事は無く突き進んでいった。
時には、居ない筈の敵に後続部隊が攻撃される事もあった。
安全地帯など一つも無かった。
それでも均衡が崩れた今、攻めない訳にはいかないと判断し、半ば強引に活路を切り開いていった。
その際にハルカ率いる『第二機甲部隊』が活躍していた。
彼女達への期待は高まる一方だった。
そうして破竹の勢いで攻め続けて来た『南』だったが、ついにその勢いが完全に封じられた。
四つの陣地からなる砦に道を阻まれたのだ。
その砦を避けようとするならば大回りしなければならないが、大回りすれば兵站が伸びる。いついかなる状況で敵の奇襲を受けるか分からない状況とあってはそれは危険過ぎた。
それよりはこのまま砦を打ち破って、より短い時間と距離で敵の首都を目指す方が得策だ。
そしてその為の手段として大胆な電撃作戦が立案される。
その作戦の要となるのも、やはり彼女達の部隊であった。
「良いかい。今回の戦いではいつものような無茶は慎んでもらいたい」
木場がハルカを見ながら言う。
返事はせず、ハルカはただ木場を睨み付けた。
一瞬、空気の流れさえ固まったように感じさせる静寂に場が支配されたが、木場は彼女から目をそらして空気をゆっくりと溶かしていく。
「昨日の軍議で、既に作戦のおおまかな所は理解してもらえたと思う。ただ、念の為にもう一度おさらいしておこう」
「私達は遠足に行く小学生?」
ハルカが馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。
「油断をして事故に遭わない為に、必要な事だろう? 今回は完璧な天才である君だけじゃないんだぞ?」
天才だのと言ったくだりは、勿論皮肉を込めている。
二人は睨み合い、今度はハルカが先に顔を反らした。
「作戦だが、明朝四時には鹿沼基地から飛び立って貰わなくてはならないので、この会議が終わり次第、すぐに移動してもらう事になる。えー、四時に飛び立つ輸送機によって四時十二分に第一陣地へと『亀』及び『LT-4』を投下、混乱に乗じて『蜘蛛』を用いて第一陣地ごと山を爆破で切り開く。高所にある山に阻まれた第二陣地がそれによって自走砲の射程内に入る為、これを砲撃によって破壊。間髪入れずに『龍』を進ませ、第三陣地を破壊する。作戦終了時刻は四時三十分頃と予想される」
膨大な紙をぺらぺらと捲りながら木場が説明をしている。
一応、紙に書かれた通りの説明ではなく重要な部分だけを抽出した説明であったが、ハルカにはそれが要領悪く写り、興味無さそうに窓の外を眺め始めた。
「なお、今回の戦闘ではその適正を考え、ハルカ中尉が『亀』に。飛騨少尉は『龍』に搭乗してもらう」
木場が紙から顔を上げ、ニキータへと視線を移した。
「兵長には『蜘蛛』に搭乗してもらうが、一時的に鈴木中佐の率いる工兵部隊に所属してもらう事になる。さて、何か質問があるだろうか? 無ければ準備を済ませてすぐに出発してもらいたい」
敵対空網を潜り抜けて『亀』が投下された。
この日の為に第一陣地の対空兵器が減らされていた事もあり、一緒に投下された『亀』と『LT-4』に被弾は少なかった。『亀』に至っては、ある程度撃墜される事を見越して操作可能数以上を投下しているので、多少撃墜されても全く問題は無い。全ては順調だった。
第一陣地内には凄まじい混沌が溢れ返った。
敵味方入り乱れて戦闘している為、第二陣地からの追撃も無く、ついには第一陣地を放棄して敵は撤退を始めた。
撤退が完了するより早く、第一陣地が爆破される。
爆薬は戦闘中に既に仕掛けられていた。
それが可能なのも、爆破班が全て完全無人機『蜘蛛』だからである。
爆破と同時に『亀』や『LT-4』が撤退を開始する。
爆破により山が開かれ、第二陣地が約五キロ地点にスタンバイしていた自走砲から丸見えとなった。
撤退中であった敵兵もろとも第二陣地が破壊される。
もはやこの時点で全ての陣地を落としたと言っても過言ではなかった。
対地兵器の充実した一陣は破壊され、対空兵器の充実した二陣も破壊された。
残るは地理的に厄介である第三陣地と砦としての価値は薄い第四陣地のみ。
第三陣地が厄介であるのは、そこがもっとも深い谷にあり、三次元的な対空能力を持っているからだ。
とんでもない悪路が故に地上兵器では手がつけられず、歩兵では固定砲台の的になってしまう。遠距離からの砲撃も届かず、全方位に向けられた対空ミサイルによって航空機では手が出せない。
正確には、やってやれない事は無い。
歩兵を数多くぶつければ、あるいは航空機で損失を出しながらも爆撃する手もある。
しかし、それでは被害が大きくなりすぎる。
確かにこの陣地は重要な拠点ながら、それほどまでの損害を出しては快進撃が止まってしまう恐れもあった。
ここで損失を出す訳にはいかない。
その為、敵の迎撃体制が整う前に、第三陣地を攻撃しておく必要があった。
キーとなるのは『龍』だった。
不整地走破を重要視して作られた自走砲、それが『龍』だ。
前方装甲だけ必要最低限用意されており、対空や対戦車などは全く考えられていない。
つまり、車などが入れない山岳部で、人が運用出来ないような火力を使う為の無人機だった。
第三陣地には位置的な問題で、自走砲は勿論、迫撃砲などでも決定打は与えられない。
決定打が与えられる距離に寄ろうとしても、瓦礫が散らばっている現状ではそれも不可能。
整地している暇は無い。
しかし『龍』であれば、瓦礫の上を歩いて近付き、反撃の機会を与える事も無く攻撃出来る。
今まさに整地をしている『蜘蛛』をしり目に『龍』が瓦礫を踏み締めながら前進を始めていた。
「あれほどの瓦礫の山を、苦も無く……」
その光景を見ていた兵が、呟く。
六本の足を使い、自分と同程度の岩を乗り越えていく『龍』の随伴機。
既存の兵器では決して有り得ない光景を前に、誰もが息を飲んだ。
『龍』が踏み締め、『蜘蛛』がある程度整えた瓦礫の山の上を、滑るように降りて戻る『亀』と『LT-4』
この二つの機体は既に役割を終えている為、敵の反撃を受けない地点まで退避する必要があった。
そして、交差する『亀』と『龍』の指令機。
『亀』にはハルカが『龍』には飛騨が搭乗している。
「ヘマするんじゃないわよ……」
「ヘマするな、とか思ってるんだろうな」
二機が少しづつ離れていく。
作戦は、ここまで全てが順調であった。
「敵影確認!」
撃つべきだった。
撃たなかった。
目の前には白煙。
破壊された第二陣地が巻き上げた白煙が、未だに漂っている。
その中に浮かび上がったのは兵器でもなんでもなく、人の影だった。
もし降伏の為に出てきたのであれば、攻撃する事は出来ない。
だが、それでも撃つべきだった。
だが、撃たなかった。
ハルカ〜等しき涙〜
4.1
煙の中から現れたのは、人間だった。
装甲に身を包んだ人間が、人間とは思えない程の速さで第三陣地から駆け下りてくる。
「外骨格……」
ハルカが呟く。
人の体に代わり、衝撃を受け、体を動かすロボット、それが外骨格だった。
人では持てないような物を運んだり、足を失った者の義足としてこれらの技術が用いられる。
ハルカの属する『南』では、既に試作段階まで事が進んでおり、後は実用化に向けてコストダウンを目指すという段階であった。
それが今、目の前を駆け下りてきていた。
特例として『蜘蛛』ではその技術が先進的に用いられており、適正の無い者でも一機だけであれば自分の手足のように無人機を動作させる事が可能となっている。
しかし、そういった限定的な技術の使用ではない。
『北』は既にそれを量産していた。
そしてソレが、今『龍』の前に幾人も立ちはだかっている。
見た事も無い、巨大な兵器。
それを抱えた外骨格の兵士達が、一斉に構えて駆け下りてくる。
もはや交戦の意思を疑う余地も無い。
飛騨は撃つ事を決意した。
が、躊躇した。
泣いている者が居た。
慟哭。
口々に友の恨みを叫びながら、彼らは駆け下りてきていた。
それにハルカを、そして自分達を重ねてしまう。
その涙の重さは、まるで自分達と違わないものだと理解した。
ハルカが援護射撃を試みたが、敵兵への射線に『龍』が被ってしまっていた。
後方装甲の薄い『龍』に被弾させる訳にもいかない。
戦場において、兵器を抱えた両者が、目の前に居ながらにして攻撃をする事無く相対していた。
片方は攻撃を確実に当てる為に。
もう片方は、躊躇した為に。
そして、その長くもあり短くもあった一瞬が過ぎ『龍』の随伴機が炎を巻き上げながら丘を転げ落ちた。
呆けていた飛騨が、これによって目を覚まして応戦した。
どれだけ強力な火器を持っていようと、どれだけ素早い動きをしようと、所詮人の身。
機銃が先陣を切って飛び込んできていた敵兵を薙ぎ倒す。
それを見て敵兵は岩陰へと隠れた。
岩陰から砲撃してくる敵兵。
それに対して榴弾で反撃を試みながら後退する飛騨。
応戦中だと言うのに岩陰伝いに移動する敵兵。
少しづつ距離が縮められ、少しづつ随伴機が撃墜されていく。
このままでは飛騨の部隊は壊滅させられ、その後ろに控えた連隊にも被害が及びかねない。
そう誰もが思ったその時、砲撃が『龍』と外骨格重歩兵を吹き飛ばす。
第二陣地を破壊した後、移動していなかった自走砲部隊が再び射撃を開始していた。
『龍』もろとも敵を粉砕する自走砲。
たった二機の随伴機と指令機を残して、全てが破壊された。
結局、第三陣地の制圧は後日に回され、一時的に撤退する事となった。
第一、第二陣地の破壊に成功した時点で、もうあの一帯は制圧したも同然だった為だ。
とはいえ、既に反撃の準備が完全に整っている敵陣地へ強引に攻める必要も無い。
再び奇襲に近い戦い方で攻め落とした方がよっぽど損失が少ないというものだった。
それ故の撤退だった。
「なんで、すぐに撃たなかったの?」
ハルカが怒りを露わにして言った。
その視線の先には飛騨が立っている。
「なんとか言ったら?」
「ごめん」
ハルカから顔を反らして、呟くように答えた。
「おかげで私は散々な目にあったんだから……『龍』の生産も中止だって言われちゃったし。ねぇ、聞いてる?」
「あぁ……」
「なんで撃たなかったか答えてよ? ねぇ? 散々殺しといて、今更怖くなったの?」
飛騨は、口を噤んだまま開かない。
ただ、力無く頭を垂れていた。
その様子を見て、ハルカは深く溜め息をついた。
「弱虫。もうあなたは頼りにしないから」
そう言い捨てて席を立つと、ハルカは部屋を出て行った。
違う、そうじゃない、彼は思った。
だが、そう違う事でも無かったのかも知れない。
自分達と同じ想いをしている人が相手にも居るという、そんな当たり前の事が理解出来ていなかった。
ただそれだけの事だった。
その事実に驚く事を弱虫だというのなら、それは弱虫だったのかも知れない。
煙の中から現れたのは、人間だった。
装甲に身を包んだ人間が、人間とは思えない程の速さで第三陣地から駆け下りてくる。
「外骨格……」
ハルカが呟く。
人の体に代わり、衝撃を受け、体を動かすロボット、それが外骨格だった。
人では持てないような物を運んだり、足を失った者の義足としてこれらの技術が用いられる。
ハルカの属する『南』では、既に試作段階まで事が進んでおり、後は実用化に向けてコストダウンを目指すという段階であった。
それが今、目の前を駆け下りてきていた。
特例として『蜘蛛』ではその技術が先進的に用いられており、適正の無い者でも一機だけであれば自分の手足のように無人機を動作させる事が可能となっている。
しかし、そういった限定的な技術の使用ではない。
『北』は既にそれを量産していた。
そしてソレが、今『龍』の前に幾人も立ちはだかっている。
見た事も無い、巨大な兵器。
それを抱えた外骨格の兵士達が、一斉に構えて駆け下りてくる。
もはや交戦の意思を疑う余地も無い。
飛騨は撃つ事を決意した。
が、躊躇した。
泣いている者が居た。
慟哭。
口々に友の恨みを叫びながら、彼らは駆け下りてきていた。
それにハルカを、そして自分達を重ねてしまう。
その涙の重さは、まるで自分達と違わないものだと理解した。
ハルカが援護射撃を試みたが、敵兵への射線に『龍』が被ってしまっていた。
後方装甲の薄い『龍』に被弾させる訳にもいかない。
戦場において、兵器を抱えた両者が、目の前に居ながらにして攻撃をする事無く相対していた。
片方は攻撃を確実に当てる為に。
もう片方は、躊躇した為に。
そして、その長くもあり短くもあった一瞬が過ぎ『龍』の随伴機が炎を巻き上げながら丘を転げ落ちた。
呆けていた飛騨が、これによって目を覚まして応戦した。
どれだけ強力な火器を持っていようと、どれだけ素早い動きをしようと、所詮人の身。
機銃が先陣を切って飛び込んできていた敵兵を薙ぎ倒す。
それを見て敵兵は岩陰へと隠れた。
岩陰から砲撃してくる敵兵。
それに対して榴弾で反撃を試みながら後退する飛騨。
応戦中だと言うのに岩陰伝いに移動する敵兵。
少しづつ距離が縮められ、少しづつ随伴機が撃墜されていく。
このままでは飛騨の部隊は壊滅させられ、その後ろに控えた連隊にも被害が及びかねない。
そう誰もが思ったその時、砲撃が『龍』と外骨格重歩兵を吹き飛ばす。
第二陣地を破壊した後、移動していなかった自走砲部隊が再び射撃を開始していた。
『龍』もろとも敵を粉砕する自走砲。
たった二機の随伴機と指令機を残して、全てが破壊された。
結局、第三陣地の制圧は後日に回され、一時的に撤退する事となった。
第一、第二陣地の破壊に成功した時点で、もうあの一帯は制圧したも同然だった為だ。
とはいえ、既に反撃の準備が完全に整っている敵陣地へ強引に攻める必要も無い。
再び奇襲に近い戦い方で攻め落とした方がよっぽど損失が少ないというものだった。
それ故の撤退だった。
「なんで、すぐに撃たなかったの?」
ハルカが怒りを露わにして言った。
その視線の先には飛騨が立っている。
「なんとか言ったら?」
「ごめん」
ハルカから顔を反らして、呟くように答えた。
「おかげで私は散々な目にあったんだから……『龍』の生産も中止だって言われちゃったし。ねぇ、聞いてる?」
「あぁ……」
「なんで撃たなかったか答えてよ? ねぇ? 散々殺しといて、今更怖くなったの?」
飛騨は、口を噤んだまま開かない。
ただ、力無く頭を垂れていた。
その様子を見て、ハルカは深く溜め息をついた。
「弱虫。もうあなたは頼りにしないから」
そう言い捨てて席を立つと、ハルカは部屋を出て行った。
違う、そうじゃない、彼は思った。
だが、そう違う事でも無かったのかも知れない。
自分達と同じ想いをしている人が相手にも居るという、そんな当たり前の事が理解出来ていなかった。
ただそれだけの事だった。
その事実に驚く事を弱虫だというのなら、それは弱虫だったのかも知れない。