5.
「そうですか。いつもご迷惑をおかけします。いえ……はい。感謝しています。それでは」
ハルカは受話器を置き、背もたれに体を預けた。
今日、新たな適格者が来る。
適格者とは『鴉』や『亀』などの機体に乗る事が出来る能力者の事だ。
能力者と言っても、特別な人間でないとならないという訳でもない。
条件は二つ。
ある程度の知能を持っている事。
混乱してしまうような精神的に不安定な状態でも集中が出来る事。
この二つである。
この二つの要素が、『蜘蛛』以外の三機に搭乗するのに必要なのだった。
そもそも集中とは、雑念を排除する事から始めるものだ。
それは意識的、無意識的にを問わず、視野を狭くしてしまう。
多くの機体を操縦し、視野を広く持たなくてはならないパイロットは、錯乱するかどうかというところで精神を正常に保ち、思考停止しそうになる気持ちと戦いながら集中しなければならない。
それが出来そうな人間を適格者と呼ぶ。
そうした能力面のみの適性だけでなく、祖国への忠誠であったり、その人物の性格であったりも審査されて、ハルカの部隊へと配属される。
彼女の部隊が国家機密部隊だった頃の名残である。
当然ながら、信用出来ない人間や、責任能力の無い人間などには、新型機を見せる事は出来ないからだ。
今時珍しい程の丸刈り頭の少年が、そこに居た。
「彼が新堂 薫君だ」
木場が言うと同時に薫は頭を下げた。
「ついこの前兵隊になったそうだが、この部隊に入った時点で一等兵へと昇格。だがまぁ、基本的に何も分からない、よな?」
「は、はい!」
「という事なので、色々と教えてあげて欲しい。あー、と、パイロットとしての適性が認められたという事なので、三機を同時に動かす事も、これからは可能となる」
随伴機を引き連れて動ける機体は三つある。
空を飛ぶ『鴉』に、人よりも小さい射撃兵器『亀』と、どんな不整地路面でも移動する事が出来る『龍』の三機である。
しかしパイロットはハルカと飛騨しか居なかった。
今まではこの三機のうちのいずれか二つしか同時に動かせなかったが、これからは三機を同時に動かし、作戦に当たる事も可能となったのだ。
「そうは言っても『龍』は生産中止。全く……」
ハルカが不機嫌を露わにしている。
その視線の先には飛騨。
飛騨はその視線に気付いて、顔をそらした。
「りゅ、りゅう?」
薫が少し怯えながら聞き慣れぬ単語に首を傾げた。
「まぁ、その辺は追々教えていくよ。ひとまずそこへ座って」
「はい!」
「それじゃあやっぱり、ここが今噂の新兵器部隊なんですか!」
ハルカに向かって声を荒げる少年薫。
今すぐにも立ち上がって小躍りを始めそうな勢いだった。
「どういう事? 木場少佐。なんで一般人が知ってるのよ」
「あれだけ連日暴れ回ればマスコミだって気付く。それに、情報統制は私の管轄ではないんだ。そう睨まないでもらいたい」
両手を前に突き出してポーズを取る木場。
「確かに、外骨格部隊が出てくるまでは、快進撃を続けていたからなぁ。新型兵器という事もあるし、さぞ一般大衆には好印象を与えたんだろうなぁ」
飛騨が言う。
それに対して薫はコクコクと頷いた。
「そうですよ。そりゃもう大人気で、今回の緊急召集に応じた人達も、この部隊の活躍を見てという人が多いらしいです! 英雄だって呼んでる人達も多くて……自分もこの部隊の存在を知って志願したんですよ」
「わざとマスコミに情報漏らして、人気集めのダシに使われたようにしか思えない」
ハルカが不機嫌そうに眉を顰めた。
それを見た薫が顔色を窺うようにおずおずと喋りだす。
「あの、やっぱり一般人が知っちゃいけないような事なんですか?」
「当たり前でしょ。別にうちの部隊に限らず、どの部隊もそう。装甲の材質に、厚み、どの程度の射程だとか……素人が見ただけじゃ分からない事ばかりだけど、専門家が見ればある程度は分かるような事。そういうのは知られちゃならないし、ましてや映像として流すなんて絶対にありえない。どうぞ研究してくださいって言ってるようなもんよ」
大きな音をたてながらテーブルを叩くハルカ。
機嫌が悪い事をあからさまにしていた。
それを甘んじて看過する木場。
もっとも偉い筈の木場がハルカを叱責しない事で、少なくともハルカと木場は同程度の立場なのだと薫は理解した。
「あなたには『亀』って呼んでる機体に乗ってもらうから」
「おいおい! じゃあ、僕は何に乗れば良いんだよ!?」
飛騨が椅子を後方に弾き飛ばしながら立ち上がった。
「言ったでしょ。もう頼りにしないって。まぁ『龍』だってまだ残ってるんだし、自走砲としての役割くらいはあるでしょ」
不服はあった。
だが、やはり、飛騨には返す言葉が無かった。
確かにあの時、撃つ事を躊躇ったし『龍』の評価を下げるような失敗を犯した。
そうした事実が飛騨から言葉を奪う。
「私達は英雄なんでしょ?」
ハルカが薫へと振り向いて問う。
その問いは、無知な一般市民に対するものにも聞こえたが、実際には違った。
それは、その実態を知った薫に対する質問だった。
だが、どちらにせよ薫の答えは決まっている。
彼はその実態を知って、なお、ハルカ達の属するこの部隊を英雄だと信じている。
「は、はい!」
「それじゃ、その名に恥じないだけの活躍をしてね」
「は、はっ! 了解です!」
そのやり取りを見て、微かに飛騨は笑みを浮かべた。
どこかおかしいところがあった訳じゃない。
ただその英雄という言葉が飛騨の中ではあまりにもしっくりこなかった。
復讐に燃える鬼が、そしてその使い魔が、英雄か、と。