走り出した興味 〜上昇・続伸〜
それから私は彼女、資元藍理(しもとあいり)のことが気になり、ことあるたびに目で追っていた。
彼女は休み時間に難しそうな新聞(『大手菓子メーカー続伸』などと書いてあったような)に目を通し、積極的にクラスメイトと係わろうとしない。周りもその様子に障壁を感じたのか近づかない。
始業式のことは幻だったのだろうか。それともクラスメイトと係わるようなタイプではない私に親近感を覚えたのだろうか。それならば声を掛けてきた理由に説明がつく。
きっとそう。私は改めて心の中で彼女に感謝した。
だが、私の考えが否定されるようなことが起こった。
彼女は突然立ち上がったのだ!
それは夏休み明け。
十月に開かれる体育祭の出場競技(百メートル走、障害物競走、対抗リレー、玉入れ等)をきめるとき、クラスは紛糾した。
というのもクラスメイトの好き嫌いが激しくて決まらないのだ。
そんな中でも私は日本史の本に没頭し、彼女は新聞を見たり考え込んだりして積極的にかかわろういう気はなかった。私は出場競技に興味なかった。強いて言うならリレーは避けたいくらいか。彼女も私と似たようなところだろう。
事態は私を置き去りにして進んでいく。
ダラダラと決まらないことに対する不満が教室に漂い、やがてそれは文句の応酬になってしまった。だんだんエスカレートして音量が加速度的にアップしていく。ついに私も日本史の本を読むのにとても集中していられないくらいうるさくなったとき。
スラッとした人影が教壇に姿を現した。
「静かにして」という厳しいけれどハスキーな声を響かせる。そして黒板に競技の割り振りを書き込んでいくのは彼女だった。
最初は何事がとざわついたが、淀みなく書き入れていく彼女の登場はみんなにとって意外だったらしく、教室は静まり走るチョークの動きを見守った。
そして全貌を明らかになった。
リレーには活躍したくてうずうずしている運動部の人が選ばれ、団体競技の玉入れは運動が苦手なひとをほどよくミックスされている。百メートルや障害物競争も適材適所か。私も消極的な希望が満たされ、競技は玉入れに決まった。
混乱の『こ』の字もない、みごとな収拾ぶりとしかいいようがない。
まさに資元藍理の魔法だった。
「情報を集めてその傾向を細部にまで注視すれば見えてくるものだよ。一部にとらわれず、全体を見通す視点が必要かな。私はもっと視野を研きたくて試しに動いてみたのだが」
どうしてあんなことをしたのかという疑問に対して彼女が笑みを浮かべて答えた。
私がそれ以上聞こうとしたが、その前に私の前からいなくなっていた。あまりにも軽やかな足取りが印象的だった。
知りたい。
そんな風に接する人がいなかったからかも知れない。その日から彼女に意欲的に話しかけ始めた。そして彼女のことが少しずつわかってきた。
読んでいる新聞は主に経済関係の新聞だそうだ。株式新聞や産業新聞だとか。
「なんでそんな難しい新聞読んでいるの?」
「それは、一人で生きなければならないから。貴方もそう感じているのではないですか。今の時代、資産運用は生きる上で重要な能力。これは早い内に身につけておいて悪いことはない。だから、だから今からやっているのだよ」
無邪気な子供みたいにぶつけた疑問に、彼女は相変わらず大人びた男っぽい声で想いを語った。資産がうんぬんという話はよくわからなかったけれど「一人で」という言葉は心にとまった。