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無色なチェック 〜桜色の予感〜

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 あれは去年の春のことだった。
 その朝、私は不安をいっぱいに抱えて校門をくぐった。というのも、新二年生として昨年度までの学校生活を無作為に塗り替えられてしまう恐怖の日だったから。ようやく高校を一年修了してクラスの雰囲気が体になじみはじめたというのに、それが白紙にされてしまう。
 クラス替え。
黒縁の安眼鏡に最低限の手入れしかしていない黒髪のセミロングで紺のセーラー服姿の私、佐藤眞歩は生徒手帳に見本としてのっていてもおかしくないくらい平凡だ。だから、そんなに前のクラスでの交友関係が広かったわけじゃないし、特に仲良くしていた友人もいない。それでも一年間なんとなく一緒に過ごしてくれば慣れがでてくる。慣れてくれば、居心地悪くないと感じるようになる。
 時間は残酷で、進級とともに私から学校での居場所を奪っていく。
 新たに踏み出すことで、他人から干渉を受けるのが怖くて部活動に入ろうとは思えなかった。また、委員会に入って自分の無能をさらすのが恐ろしくて、ただ趣味の日本史の本を読むことに没頭していたのでほかにつながりはない。日本史は私を無理やり浸食しない。事件や事象の起こった理由やつながりに思いをはせるのは楽しい。それに当時の私にとっては遠い昔、残虐な殺し合いが行われた戦国時代の合戦や幕末よりも、学校内の見知らぬ生徒の方がよっぽど恐怖の対象だったのだから仕方がない。それはいまも変わりない。
ただ、私の日本史好きが知れて授業中先生にからまれるのが嫌だから、ほとんど知らない一生徒に徹する。
(私は今日孤立する)
 自分にそう言い聞かせて、重い足取りを無理矢理進めて玄関に向かう。少し汚れた灰色した鉄筋コンクリートの校舎が要塞のように見えた。
 下駄箱で靴を履き替えて、廊下を少し進めばクラス表が張り出されているはずだ。
 私は無駄にツヤを光らせる黒の革靴を脱いで内履をはく。そして機械的な動きで校舎の中に入っていく。
一喜一憂する生徒たちの声が雑音にしか聞こえない。男子の声が重機のエンジン音で女子の声は動物園といったところだろう。声量から考えるに、敵は我が方の数十倍の兵力。これを突っ切って行くにはかなり骨が折れるなと考えていたときだった。
 私の進路に何か立ちはだかった。女子の平均身長とそうかわらない私より少し高い。
 誰? すぐに眼前の存在を見上げた。
 端正な顔立ちの少女だった。セーラー服を着ていなければ男性と見間違えそうなベーリーショートで、自然な笑みを浮かべている。しっかりと学生鞄をもった立ち姿も男性を思わせる存在感。それも、押しつけがましいものではなく、優しく私の心にしみこむようだ。
 一年のとき同じクラスの人を覚えている程度だったので、いくら頭の中を引っかき回しても情報が見つかるはずはなかった。その努力を続けることが無駄とわかっていても続けてしまう。知らないことが大罪であるように思えたから。
 頭の中が乱戦状態になっている私に、目の前の彼女は低めの声を響かせた。
「佐藤眞歩さん、二年三組だったよ。クラスのメンバーを見てきたけど、貴方の性格でもうまくとけ込んでゆけるから安心していい。大丈夫だ」
 なぜ私の名前を知っているのだろう。
なぜ私の不安を見透かしたようなことを言うのだろう。
 突然あらわれた新たな伏兵に混乱の度が深まっていく。いろんな場所で火の手が上がったかのように体がヒートアップする。それでも何とか声を絞り出す。
「えっと、名前はなんていうんですか。どうして私のことを知っていたんですか?」
 特徴ある彼女を知らない世間知らずなのが恥ずかしかったので顔を下げてしまった。
 私は傷だらけになったリノリウムの廊下に視線を落としながら彼女の回答を待つ。
「持っている情報を組み合わせて予測すればわかるさ。(佐藤眞歩さん、容姿は普通を装い周りからの干渉を恐れている。日本史が好きらしい。貴方には光るものがあるね)こんなところかな。これからの時代は集めた情報から一歩も二歩も先を見ていかないとだめだからね。私は資元藍理。あなたと同じクラスだよ。それではまた、佐藤眞歩さん」
 そう言い残し、颯爽と去っていった。手にした鞄の隙間にちらりと新聞が顔をのぞかせていた。
 まだ私の耳に彼女の『佐藤眞歩さん』という言葉が残る。
 学校で影のように生きてきた私のことを知っているような彼女は不思議そのもの。
 これが彼女との出会いだった。


3, 2

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