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一日目。゜。

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「いや、まだある。こっちは教えたのだからそっちも教えろ」
「不条理な言い分だな。俺は相ヶ瀨に意見を聞いたり、情報を収集させたりなどはしない」
「いずれ知ることになるかもしれないだろ」
西条寺は鼻で一笑すると、まあいいと言って歩き出す。
「あ、おい」
「健二、放送ではルール説明が『館内にて』と言っていたな。あれをどう思う」
 無駄なスマイルで西条寺の横を歩く谷口 健二(たにぐち けんじ)は先の大柄の男だ。
確かIQは160程度だったはずだ。西条寺と愛と自分の荷物を一手に持ち、全く息を切らせない歩いていたらしい。
「恐らく、館内が全ての思惑の中心であり、目的を果たせる場所なのではないでしょうか。  そして船内の事件はおそらくこれから起こり得る問題の首謀者に何らかの関わりを持った人物が被害に遭った。でなければ、船内で問題を起こす意味はなく、無駄に不安感を煽っては舞台に役者は登らない。そして、犯行現場には目撃者が必ずいるもの」
「拙い物言いだったが、これで分かっただろう? 俺達でもこの程度が関の山だ。まさか、お前らがこの程度も分からなかったとは言わせない」
 ふんと息を切る東条を横目に西条寺は歩を進め、離れていった。
「ゲームか……面白い」
 風に運ばれた音がそう言っていた。

午前八時三十八分。
「へえ、降りた時は気づかなかったが、デカイ屋敷じゃないか」
 東条が開口した先には館……。
「船のことが無ければ、本当にここに旅行しに来た感じもするのにね」
 舞が軽い息切れに乗せるように言った。
「そう思ってる奴も多いだろうな」
 東条が手を伸ばしても届かないような高さの扉に手を掛ける。
金属が擦れる音というよりは、空気が動くような音を立ててその巨大な扉が動いた。
「はー、想像以上にでかいな」
 感嘆にも似た溜め息をついて当たりを見回す東条。
インテリアにも凝っているのか天井には金色の燭台が下げられ、大理石の床、窓枠にはレースのカーテン、階段に続く床は大理石のようだった。よく見る映画の真っ赤な絨毯とは違ってオレンジに似た色合いなのは光源の加減を意識しているからだろうか。何から何までまるで貴族の家だった。その構造は大きめに作られており、エントランスだけで百人くらい入っても少なく見える。
 皆、勝手に散策したりしないのはある程度警戒しているのか、集団心理なのか。
「早く休める場所がほしい?」
 玲奈が腕を回した南子に尋ねていた。
「ここはちょっと、うるさいわね」
 話せるまでに回復しているのは彼女の精神の強さか。南子は一体どんな相手と遭遇したというのだろう。
 迷惑かけるわね。と全員を一瞥して言う南子の唇はまだ生気に満ちたものではなかった。
「しかし、よく取り乱さずにいられるな。敵の本拠地なのに」
 東条が俺に話しかけていた。
「何か起こったら俺らで対処していこう。後、森本を余計に刺激するなよ。唯一犯人を見た可能性が高い」
 南子に直接犯人を見たのかどうかを聞き出すタイミングはまだ図りかねている。俺はそんなことを考えながら玲奈と南子を見ていた。
「ちょっと、いい?」
 振り返ると舞がいた。彼女の目からはまだあの感覚が感じられる。
「分かってる」
「それはいいの。いつ……そのどうなるかとか、そういうのが分からないことは知ってる。でも、何か、今は――」
 俺は舞が何を言いたいのか察した。そして、その答えを迫られているような錯覚がした。
「やばいと思ったら俺の手を引けよ」
「うん……」
そう言うと舞はおずおずと手を伸ばした。
 その手を掴む。すると俺の脳裏に何かが焼き付くような痛みが走った。考えるより先に手を引く、それしかなかった。
――ドシャア……。
 足元が揺れるような地響き。
凍り付いた空気が流れた。
「……お、おい」
 東条が声を上げる。
 ゆっくりと目を開くと、最初に見上げた天井のシャンデリアの一つが舞のいた足元に大理石ごと砕いて落下していた。
 誰もが息を呑んだ。もう少しで舞はこの巨大な鉄の塊にのみ込まれていたかもしれないのだ。
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「おい、あれ!」
 誰かが叫んだ。声のした方を見ると皆が天井を見ていた。その先には何か影のような物が天井を蠢き這っていた。そしてそれは重力に反してある一点へと消えた。
『ザー……』
 スピーカーが何処にあるというのか。おおよそ、この場には似つかわしくないノイズが館内に流れる。
『ルール……』
「いよいよ、ゲームの始まりだな!」
 誰かがそう叫んだ。あたりは忽然の出来事に狼狽しながらも落ち着いている。それは異様な光景だった。
「ちょっと! 誰がこんな大きい音がするスピーカーを持ち出したわけ?」
 この不可思議な状況に困惑を隠せない英美は叫んだ。
「英、静かに」
『ルール……。二人以上で会ワせよ』
 ブツっという音と共に静寂が帰ってくる。
「会……話?」
 ――ギィィィ。
 さっきの振動で蝶番がおかしくなったのか扉が変に音を立てて開いた。入ってきたのは女子三人。皆、一斉に振り返る。
「あ、あれ? 皆さん、どしたの」
 あれは確かクラスメートの雪城さん、水越さん、最後が日野さんだ。
 三人は140人の注目の的になったのも束の間、喧騒が徐々に戻った。
 さっきのは偶然か? 今の影は何だったのか? このゲームは意味がわからない。いろいろな話しが飛び交っているようだった。
「ちょっと、二人とも! いつまで抱き合ってるつもり?」
 気づけば痛い視線が注がれていた。腕に収まった舞を見るとわずかに微笑んでいた。死期を感じることもない。
「ご、ごめん……あー、怪我はない?」
 急いで解放すると、少し寂しい顔をした後、破顔した。良かった。本当に。
東条が後ろから抱きついてくる。
「おい、やったなあ! 西本! お前、ちゃんと救えてたぞ」
頭をぐしゃぐしゃにしてくるそいつを俺は蹴り飛ばして嘆息をつく。
「死期は絶対ではなくなったということ?」
玲奈が突拍子もなく目の前にいた。
「みたいだ……」
「そ、じゃあこれからは後悔しないように行動するのね」
確かに今更、あがけば救える命があったなんて、後悔してもしきれない。玲奈はなるほど確信をつくのが上手い子だった。
「危機一髪」
 玲奈は落ちてきたシャンデリアを見て無表情だったが、それでもわずかに嬉しそうではあった。

午前八時四十四分。
「ちょっと、あなた」
皆も散り散りになった頃、西条寺の元に立ちはだかる少女の姿があった。名は薪先 芽依(きさき めい)と言ったはずだ。綺麗に整った長髪を揺らして西条寺の手前五歩の距離でその脚を止める。同じ高校生ならその名前を知らない奴はいない。
「学園アイドルが何の用だ」
こんな学舎でもアイドル的存在というのはいるもので、西条寺はその煩わしさから皮肉を込めて放った。
「西本という生徒ともめ事を起こすのはやめて頂戴。学級委員長として、これ以上の混乱は見過ごせないの」
西条寺は不愉快だった。何故、俺に言うのかと。
「何で西本にそれを言ってやらない。俺はあいつに話しかけてすらいない」
「学園でのあなたの評判は耳にはいっています。『策に長けた人物』だとか?」
芽依の意図するところが読めない西条寺は、その小綺麗に纏まった口がわずかに歪む様をじっと睨つける。
背後から西条寺をかばうように影を出したのは西条寺の右腕、谷口 健二(たにぐち けんじ)だった。その巨体が無言の恫喝を送る。
「……」
芽依も流石に尻込みしたのか黙する。しかし、その整った容姿がアクションを起こすことはなかった。
「疑ってるのか」
西条寺が谷口を退けて言った。
芽依は一笑に伏すと口元だけに笑みを浮かべて、
「ええ、今回の規模の大きさはあなたのような――」
「黙れ!」
突然の叫びに近い威喝に芽依は言葉を紡げなかった。
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「それ以上、お前にだけは言わせない」
「……他人の影に隠れながら、自分の立場だけは主張する……さぞかしそこは居心地がいいでしょうね」
「……」
 さよならと踵を返す。
「行かせていいのですか?」
 西条寺と谷口のさらに後ろ、丁度三歩はあろう後方に相ヶ瀨愛の姿が言った。
「……ああ、どうせ誰も脅威になんか成り得ない」
 だからこそ、このふざけたゲームを自分の手で一刻も早く終わらせるのだと、自分を脅かす存在などあってはならないと、西条寺は強く思った。
 
 午前十一時。
 館内を探索する者。食料を探す者。周囲を見て回る者。
 エントランスでは近藤先生を筆頭にこの三役を取り決めた。多少の混乱はあった。シャンデリアは故意に落とされたなどと言う生徒もいた。それでも食事は取らなければならず、それぞれ館内を探索する者は備品や部屋、浴室などの管理をすることになり、食料は近藤先生が三十日分はあるだろうという予想通り、食堂に最近の物と思われる保存食や野菜などがしっかりとあった。
 周囲の調査は人気があったのだが、危険ということからか、先生らでやることにしたらしい。何故人気があったかは言うまでもない。
 目的地が急遽変更になった。とか、遭難した。とか、そういう話しには触れなかったし、そもそも謎が多かった修学旅行なだけに皆、その辺をエキサイトしている始末。また、滞在日数や帰省する話しについては一切語られることがなく、それどころか、ゲームを楽しんでほしい等と近藤は付け足した。
 問題から注意を逸らさせるいい口実にされてしまったわけだ。
 話しは戻って、結果的に浴室や手洗い場などは女子担当。男子はもっぱら部屋の割り当てと※各部屋の掃除(仮)。※(女子が「何かやれ」とうるさいのでうわべだけ)。
 終わったのは部屋決めだけで、邪魔になりそうなものや簡単な掃除だけ男手でやって、部屋の細かい片付けは各自やってもらおうということになった。
「あ、西本さ――」
「何、手伝いに来てくれたの?」
「いえ、ち、違うんですけど」
 玲奈に連れられて行く女生徒の一人。
「ここにきて六人目だな」東条が頬杖をついて目線を逸らしながら言った。
遠ざかっていく子犬のような瞳に心の中で合掌した。
今俺達がいる食堂は西洋風の装飾で煌びやかに輝き、男子が圧倒的に多い。さっきの女子はどこにいったのか、というと裏の部屋の調理室。女子が食堂で寛ごう(?)ものなら、先のように冷ややかな視線が送られ、赤紙なしの強制連行で調理室へ。しかし、この家の人は本当に誰もいないのだろうかという疑問が沸く。まぁ、いないのだろうが。
 備品は綺麗だし、目立った汚れもない。つい先日まで人が住んでいたかのようだ。
「ふう、拉致するのも楽じゃない」
 一人戻ってくる玲奈。
「玲奈さんも手伝ってくださあい」開いた厨房の扉からは顰蹙の声。
 一人を覗いて、女子の一軍が食堂の奥で元気に食事を作っている……のだろう。大方あまりすることのなかった男子生徒は今や散策状態。俺は途中で玲奈に見つかり、出入り口に一番近い席のここに座っていろと言われた。
 東条はいたずらに動くことをせず、一番人が多いこの食堂で食膳を待ちながら、俺と今日のことをまとめていた。
「なあ、西本。何日持つと思う?」
 テーブルの上に並べられたフォークをいじりながら東条は独り言のように言った。
「どうしたんだ? 急に」
 東条は乾いた笑いと共に言った。
「俺は正直、耐えられそうにない」
 珍しく悲観的なことを言った東条に俺は、
「何日持つとかは考えるな。人が関与する行動になら俺達にだって勝ち目はある。何が目的かはわからんが、俺達は生きて帰れる。そう信じて最善の行動をしていく」
 東条は息を呑むように我に返ったのか、すっと立ち上がる。
「そうだな。野暮なこと聞いて悪かった。ちょっと、頭冷やしてくるわ」
 エントランスへ出て行く東条を見送って、俺は一人席についたまま。
「あ、西本さん」
 今度の玲奈は無言でその少女の手を引いていく。
「エ? あれ、私何かしました?」
 実はこれで九人目だったりする。流石の玲奈もいちいち事情を説明するのが億劫になってきたらしい。
 気を使って席を移すこと数分、いつの間にか横に立つ人物の存在に声をかけられる。
 名は……薪先芽依。
「こんにちは、西本君」
「座りなよ」
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 しかし、彼女は首を横に振るだけで自分は立ったままで良い、そのまま話しを聞いてほしいと言ってきた。
「それで、話しって?」
「あ、っとね」
 何が話したいのか、ポケットにあった紙とシャープペンを取り出す。
「言いづらいことなら筆談にしようか? それとも君もあのルールを気にしてる?」
 そこで芽依の気配が変わった。
「君……も?」
「ああ、何か紙とペンを持った生徒がいてね。何でもルールに従わないとどうなるか試してるみたいだった」
「馬鹿なことを……」
 紅潮した頬が蒼白に変わり、踵を返す芽依に俺は言っておくことがあった。
「あー、無駄だよ。そいつ死ぬような目にあっても構わないって笑いながら書いてたからね」
「なッ……」
 それがこの青緑学園の生徒だった。あの目は本気でそう思っている。
 俺達は孤児ではない。しかし、親がなく、家族がない。自分が通常かと問われれば疑いもせずに頭を上下する連中。
 生きるために自分を捨てた人間達。
 彼らの中の不可能とは人に理解してもらうこと。それほどまでに彼らの育った環境は精神が棚霧る。
「お前もCL[Child Less](精神的に子供を失った親)の子供ならわかるはず……。俺達は誰かに認めて貰いたい気持ちがいつも空回りする。行き過ぎる」
 だから、行ってやるなとは言いたくなかった。それでもこいつ止めに行くだろうし、メモ用紙を持った奴もそれを手放すことはない。
「……でも」
「そういや、お前は学年委員長だもんな」
 まごまごしている芽依に向かって、契機になる言葉をかける。
「私は『学級』委員長よ。それといい加減、あれのこと考えて置いて」(委員長にはあなたが……たクセに……)。
 芽依は最後に何か謎めいたことを残して「気を付けなさい」と付け加えて、去っていった。結局、何を話しに来たのだろうか。

「修君!」
 呼んでいるのは舞と英美だ。いや、英美は腕を組んでるだけだった。東条はあれからしばらくして戻ってきたのだが、することが無くなって厨房へ入ると、女の戦場に云々と突き飛ばされ、しばらく外をぶらついて帰ってくると大量の飯があった。
「何なんだ。この量は」
「どうもこうもない。食料の無駄遣いよ」
 英美は息継ぎにも似た溜め息を付きながら部屋の中央に出来たケーキの城を指して野次を飛ばす。
 男達は我先にケーキには目もくれず、女子陣の作った選り取り見取りな怪しげご飯を皿に盛っていく。
「大丈夫なのか、あれ」
「ま、よくわからないけど大丈夫でしょ。それより、あんた達には私たちが特別に作ってあげたからそっちをお勧めするわ」
「え、まじで?」
 東条はこういうことになると目の色が変わる。
ちょっと目をこらせば他の女の子達は自分の作った料理を異性に食べさせてアプローチしているが……こいつには関係なさそうだった。
「良かったな。東条」
「ああ!」
 面白いくらい素直なので黙っていることにした。
俺も東条がふくよかな指から繰り出されるポイズンクッキングに悶える姿は、出来れば見たくない。
案内されたのは食堂の奥の調理室で、そこにいる女性陣は至極質素なもので済ませていた。一瞥すると皆、赤面してしまった。
 反射的に頭を下げる俺。
 軽快な調子を見せて案内している舞は後でどやされそうだった。
 その中で一際目立つテーブルに着かされた。
「さ、召し上がれ」
「え、これ食っていいの?」
 思わず恐縮しまうほど料理が並び、そのどれもが手が込んでいると一目で分かった。料理には詳しくないがうまそうだ。
 東条の料理と俺の料理は若干違いがあったが、気づいて――
「いただきまーす」……はいないようだ。
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「まぁ、冷めるから西本も早く食べちゃってよ。後片付けは最後まで残ってる男達も引き入れるからさ」「……ん」
「そ、そうする」
「……」
 舞が横で「おいしい?」としきりに聞いてくるが、事実おいしいのでしきりに相槌を打つしかなかった。
 玲奈が後ろで食事をしていたことに後から気づくのだが、さっきから何を言っているんだ?
「…………ん」
 意識を鋭くすると皆、自分の拳を見ているように見えるのだが……。
「まさかな……」
「ん? なにが?」
 舞は横で英美は東条の横。別におかしな配置ではないか……。
 俺はこれ以上考えるのは無粋だと思って食事を再開する。……多い。

 午後九時二十二分。
 夕食は流石に作り込みが祟ったのか、残り物で事足りた。
 風呂はご丁寧に見張り役の女子とかがいて、厳重に管理され、八時から九時までが女子で九時から十時までが男子の入浴時間になった。
そして、俺にはやるべきことがあった。なるたけ多くの人間の安否を確認することだ。
芽依がいる以上はあまり抜かりはないとは思うが色々、部屋に行ってみることにした。
 廊下を急ぎ足で進んでいると生徒達が笑いながら話し合っているのを所々で見かける。
 まだ、何も起きていない。小さな安堵が起こっては消えた。

片っ端に回って八十人はいることが確認できた。思った以上に歩いたので、十時は十に過ぎている。
 最後に盲点になりそうな隅の部屋。ここは玲奈の部屋のあたりなのだが、かなり閑静としている。何かが起きてもすぐには人を呼べないこの部屋の位置は憚られたのだが、南子が居る以上は何かと人気のない場所が都合がよかった。
 扉の前に立つと妙に緊張が走った。部屋からは物音一つしない。俺は呼吸を小さく整え、控えめに小さくノックした。
――ガチャリ。「どうぞ」
 部屋の鍵が開けられた。と思うのは間違いである。実際は鍵を半回転させてわざと音を立てて元に戻しただけのフェイク。ここで開けようとすると丸一日は出てこないだろう。
要するにお互いに決めた仲間であることを確認させるための手順だった。
 三秒待ち、もう一度ノックする。今度は一秒ごとに5回。
 しかし、ノックされている方はかなり不気味な気分を味わうに違いない。
 待つこと数秒「――合言葉を言ってから入って」
 鍵を開ける音がしてないが、これでいい。もし、遠目から見ている者がいたとしてもこの最後に入ってを言われるまでは入れない。ノブを回せばアウト。つまりどのタイミングで中に入れるかは部屋主が決めるのだ。これによって真後ろで見ている者がいない限りは同じ方法では入れない。
 迅速に部屋に入ると鍵を閉める。いけないことをこれからするような錯覚に陥るが、錯覚なので妄想は割愛する。「二人とも寝てるから小声で」と言う玲奈に賛同を示して招かれるまま奥へ入っていく。
「この方法、いまいちだと思う」
「時間が掛かりすぎるのは認める。だけど、合言葉って、んなもんないから」
「馬鹿は引っかかる」
馬鹿じゃなくても一番最初の手順で引っかかると思うのだが……。
 実際はかなり分厚い扉である為、安全性は充分なのだが玲奈が編み出した扉に十のペンタグラフを描きながら頂点を叩く奥義は難解すぎて舞と英美、いずみまで出来ない上、変態行為さながらなので却下された。
「椎名さんと森本さんは寝たのか。玲奈も今日はもう寝るといい。俺からみんなに伝えておくから。後は明日の朝七時に食堂で」
「わかった」
俺は一応二人の寝顔を確認しようとしたが、それは玲奈が無言の元に制圧した。相変わらず玲奈の表情からは何も読み取れない。
「少し、話す?」
 出て行こうか決めかねているのを先に読まれたのか玲奈が切り出した。部屋の外に二人を置いて出るわけにもいかないので提案は限られる。
「ああ、筆談でいいか?」
 玲奈は頷くと紙とえんぴつ二本を持ってた。そこまで話したかったのかは自分でもわからなかった。しかし、このご時世にえんぴつ派がまだいるとは……。
〔開始〕
 隣合うようにして俺の右側に座ると始まった筆談。二人の間にある用紙に玲奈が素早く綺麗な字を左手で書くので呆気に取られた。
〔左利きだった?〕
〔右〕
 普通は左利きの人間が右も扱うことが出来るのはよくあることだが、右利きで左を器用に使いこなすのは相当な練習がいるもので、特に文字なんかは至難だ。
40, 39

ゆの舞 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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