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三日目?

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 あっさり肯定する俺。東条なんか死んでしまえばいい。性的な意味で。
 突如、脱衣室を通して聞こえる悲鳴があった。
「入らなくて正解だったね……」
「良かった。気づいてくれたか」
 俺はわずかに振り返るとそれだけを放った。
 舞はくすりと笑うと
「少し一緒に歩こう?」と言ってきた。
 断ることはないだろう。どうせ、ここにいても後でみんなから責められるだけなのだから。
「お風呂は?」
「明日の朝に入ることにする」
 苦笑いで舞はそう答えた。

 閑散とした廊下を行く二人。わずかに道を照らしているのは月明かりだった。俺たちは誰の部屋かもわからない扉の前をいくつも通り過ぎながら歩いている。
 きっと人生はこんなものだ。ふと、そんな考えがよぎる。
 俺はその扉の前を進み続ける。気になる扉は開けてみるが、そこはまた違う誰かが歩く廊下へ繋がっているのだとしたら、人生はきっとこんなものだ。
「そしたら英ちゃんがね――ね、おかしいでしょ」
 静かな空間に木霊するのは舞の小さな笑い声。彼女が鈴の音を奏でながら話す言葉には一切の毒が感じられなかった。
「そうだな」
 俺は適当に相づちを打っているだけなのに、舞は嫌な顔一つしない。思えば、昔から舞はこんなだったか……。
 本当に嫌がる子に舞は干渉しない。いつでも他人の表情から内面の悪意を探る彼女の眼はどこかもの悲しげで慈愛に満ちていた。
「……」
 舞も話しの種が尽きたのか、一息つくと歩幅を気にしながら歩き始める。
「ちょっと歩くの速かったか?」
どっちにしろ舞の歩幅に合わせるこの質問に、取り立てて意味はなかった。
「ううん」
 舞は顔を伏せたまま答えた。気の毒にも正直には言えないタイプらしい。
 少しゆっくりめに歩き始めると、舞はようやく顔を上げて辺りを見回す余裕ができた。
「人、誰もいないね」
「そうだな」
 もう夜の十一時くらいだろうか。ずいぶん歩いたらしい。照明が消えるとこの館は妙に不気味な雰囲気に包まれる。肝試しをしようとした生徒もいたようだが……。
「じゃあ、また明日」
 気がつくと舞の部屋の前だった。互いに「おやすみ」と交わして別れる。
 ふと、東条のことを思い出すが、睡魔に抗するほど重要ではない。
 廊下はどこまでいっても暗闇だった。

 三日目――。
 相変わらず外の霧が濃く、窓の外はほとんど何も見えない。
 東条はやはり既に起きていた。
「お目覚めか」
 ……。何か違和感を覚えるのは気のせいだろうか。
「東条、お前昨日風呂どうした」
「は? 風呂?」
「いや、何でもない」
 夢だった……と言えばそうかもしれない。だが、英美たちと話した後の記憶が朧気になっている。
「お前、さては風呂で俺が女湯を覗く夢でも見てたな」
「な、なぜ分かった」
「否定しないのかよっ」
 ずっこける東条。
「さすがにそこまで落ちてないぞ俺は……」
「堕ちてるだろ……にわかに夢だったとは思えない」
「だいたい、風呂は女子が早く清掃したいからって八時半くらいにはだいたいの奴ら閉め出されてるだろ」
「そうだったか」
「そうだよ……」
 コンコンと扉の向こうから音がする。
「開いてるぞ」
 東条が叫ぶように言った。
「なにこれ、不用心ね」
 入ってきたのは英美と――舞だった。
「へぇ、これが東条たちの部屋なんだ。いっつも鍵かけないで寝てるの?」
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「かけないってか、起きたら開けるようにしてるんだが」
「私たちの部屋に誰かが来たときは変なやりとりするくらい警戒してるのに、なんだか納得いかないくらい無警戒なのね」
 舞は英美の言葉に挟む。「おはよう」
「おはよう」
 俺はそれに返すが、東条と英美は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「どうした? 何か変か?」
「いや、別に」
 英美はしばし沈黙した後、
「そういえば、昨日言ってた散策、じゃなくってなんだっけ」
「見取り図か」
「そうそう、それ」
「ん、何の話しだ」
 当然のごとく知らない東条。
「昨日西本とこの屋敷の見取り図を作ってみないかって話しになってさ。実際、この屋敷は広いけど、おかしなことばっかり起きるし……ちょっと探ってみようってわけ」
 得意げに胸を張る英美。
「なんか、まるで自分が立案したみたいな言い草だな」
「べ、別にいいじゃない。ほら、西本君だって何も言わないよ」
 東条は俺の方を見て
「具体的には?」
「たぶん、というか十中八九俺たち素人がこれだけ大きい屋敷の見取り図を正確に書き出すことは無理だ。道具もないし時間もない。だけど部屋の数や部屋の大きさをある程度知るためにやっておく必要があると思うんだ」
「なるほどな、外観を見ながらこの屋敷の見取り図を照らし合わせれば怪しい点も割り出せるかもしれないな」
「ただし、あまり時間をかけられない。予想では多分今日もルールが告知される。そして、恐らく南子の件から考えてもルールに従わなかった者に何かが起きてるのは確かだ」
「とりあえず、朝ご飯にしない? 食べながらでもその話しはできると思うし」
 英美は舞を連れて俺たちを目尻に踵を返す。
「そうだな」
 異変に気づいたのは食堂に近づいてからからだった。とある生徒が突然血相を変えて話しかけてきた。
「おい! お前ら、斉藤ってやつ知ってるか?」
「いや、知らんし会ったこともないが」
「身長が高くて丸坊主のやつだ。見かけたら教えてくれ!」
 そう言い残して、足早に去っていく。
「これで三人目じゃない?」
 英美が面倒くさそうに言う。
「昨日まではそんなことなかったのにな」
 食堂に入るとその活気の無さに俺たちは一瞬とまどった。
「なんだこれ……」
 テーブルについている人の数はまばらで、食事を取っているのは数人しかいない。まるでサークルか部活仲間で遊びに来たような閑散ぶりだった。
「今、何時だ」
「えっと……」
 英美が時計を取り出す。こじゃれた電子懐中時計だった。パンダのような動物の顔にチェーンがついてアクセサリーのようにも見える。
「何これ、十二時五分って……」
 手のひらを返して俺たちに見えるように前へ突き出す。
「壊れてるのか? 舞のは?」
舞は携帯の電源をオンにしているようだった。俺も続いて携帯を取り出す。
「あ、うん。ちょっとまってね」
英美は自分の携帯のほうを見て素っ頓狂な声を上げた。
「はあ? 六時二十三分って、そんなわけないでしょ」
「おいおい、全部壊れてるのか?」
「八時丁度みたい」
 舞が今度はオンになった携帯を見て言った。
「てか東条、自分のは?」
「お前と同じだよ。わけのわからん時刻のままだ」
「舞、今すぐ携帯を切っておくんだ」
 俺がいうより早くか遅くか、舞は電源ボタンを長押ししていた。
「どういうことだ」
 俺たちは空いたテーブルにつきながら話し始めた。ちなみに俺の携帯の電源は先ほどからつけたままにしてある。
「多分、強力な磁場が発生する場所を通ったか、行ったかしたんじゃないか。俺たち全員」
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 今の携帯はそれくらいじゃ時間は狂わないが、考えられるとすれば故障するほどの電気を帯びたとしか思えない。
「ありえなさすぎ……」
 英美が携帯を操作しながら言った。
「西本の携帯はどうなんだ?」
「今日の朝から壊れてたな。夜の十時になってた」
 ふむと唸る東条。
「ちょっと他の子たちにも聞いてみてくる。それとてきとーにおにぎりでいい?」
「ああ」
 英美は二歩進んだところで、帰ってくる。椅子の上で未だに惚けていた舞を引っ張って再び背中を向けて行った。
「デジタル時計の故障もそうだが、今になって消えた生徒を気にし始める奴が多すぎないか?」
「もともとあのルールを無視する奴は結構いたんだと思う。でも、一体どこに……」
 仮にルールを実行していなかった人間を誰かが監視していたとして、失格者はどこに連れていかれたのか、宮下のあの奇行と何か関係がなければいいのだが。
「おはようございます。お二人とも」
 目の前に現れたのは千空とその連れだった。
「おはよう」
「おはよう……」
 東条だけなぜかいつもの覇気がなかった。
「今日は見取り図を作りになるとか?」
 千空が知っているのは恐らく舞が加奈という女の子に話したからだろう。
「まぁ、そうなんだけど……協力してくれる?」
「ええ、もちろん。ただ、私は少し用事がありますので代わりにこの三人を使ってやってください」
 後ろの三人は加奈、京、ほのかのことだ。
「それとは別に西本様、どうも最近おかしな人を見たということはありませんか?」
「いや、全くないけど」
「そうですか。でも不思議です。皆、ここにきているのは自分たちだけ、青緑学園生徒だけだと思っていらっしゃる……」
 どうかお気をつけくださいという言葉と同時に踵を返して一人食堂を後にする千空。
「確かに……」
「ねえねえ、この席、いいの?」
 空いた席を見て指をさす加奈。
「ごめん、そこは英美と舞の席だから……」
「そっかあ、そうだよね。あはは、ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げると加奈という少女は不思議と二人を後ろにつけて隣のテーブルに座った。じゃんけんをするとほのかが頭を抱えて食堂へ消えていく。
「あの子、序盤はパーかグーしかださないもんね」
 いや、これは聞かなかったことにしよう。
「おまたせ――」
 なにやらまな板みたいなお盆? の上におにぎりが……。
 ――どん。
「今、どんって言った」
「おにぎりの山盛りでえす」
「何それ、どこの米屋?」
「中身はおいしい梅干しだよ☆」
「昭和の人は涙ながらに食うだろうね」
「おいしいよ☆」
「おいしいを誇示するなよ。梅干しはお前の作ったおいしさじゃないよ」
 そんなやりとりを見ながら俺は舞がいないことに気づく。
「英美、舞はどうした」
「ああ、あの子なら味噌汁作って運んでるところ」
「いただきます」
「食い始めた奴を使うことは出来ないとか考えてるなら甘いぞ、東条」
「おべほほむへんはべええ」
「何々、俺を食べるんじゃねえ? 何いってんだよスカタン。お前なんか具材ですらねえよ」
「ちょ、それより東条。そんな一気に食べて大丈夫なわけ? あれ、種出してない。種も食べる人だ」
「やあい、種も食べる人」
 ――どん。
「うわ、あつッ」舞だ。
「お・ま・た・せ」
「ごめん、正直手伝いたかった。うん」
「ごほっ、ごほ」東条にもかかったらしい。
「ちょ、バカ! 米屋も泣き寝入りするほど豪快にむせてんじゃないわよ! 汚っ」
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「ふう、食った食った」
「お前、明日から同じ席で食わせんぞ……」
「俺はきっと、何かに焦っていたんだろうな」
「それで、時計はどうだった? 英美」
「あ、うん。やっぱりみんなのも壊れてたみたい」
「そうか」
 東条がそういってつまようじを咥えたのと同時にある影がよぎった。
「……?」
 こちらには気づいていない一人の女生徒だった。
「誰か来たぞ」
「え?」
 あ、ほんとだと英美も凝視する。
「なんか、様子が変じゃないかな」
 舞にもわかるのか、いや、それより――。 
 だめだ、近づいたら――。
 頭の隅、おかしな言葉を抑え付けて
「あの……」
 ふるりと振り返る生徒。しかし、それはまるでスローモーションで、眼球がない人間ではない何かが緩慢に振り返ったように感じた。
 ズキン。
「どうかシましタ?」
 ズキン。違う、この痛みは違う。
「だいジョうブですか?」
 ズキン。うるさい。
「君は青緑学園の生徒か」
「……」
 ズキン。頭を抑えて視線を逸らす。
「……おはナし、するきあるンですカ?」
「そうじゃないっ、これは……」
 非力な腕で押しのけられる俺は頭痛でソイツを捕まえる余裕もなく、あっさりと横を抜けられる。
「まて……」
 出た言葉はまるで独り言のようなものだった。誰かが死ぬ。行ってしまう。ただ、そのことだけが俺の痛覚と同じくらい強く分かった。
「おい、西本」
 膝をついた俺に東条がかけよってくる。
「西本?」
 英美が近づいてくる。それよりも早く、舞の抱擁があった。
「ここは私が看るから英ちゃんも玲奈ちゃんと東条君は部屋にもどってて」
「う、うん……」
 
「ごめん……」
 俺はいつものように舞に謝る。こんな力さえ無ければ、普通に話せたのに、こんな力さえ……。
 両腕と胸に挟まれた俺の頭は徐々に痛みを引いていった。頭についたその腕をそっと掴み降ろそうとするが、舞は許さなかった。
「その苦しみは私のせいだよ、私が修君に来てほしいって言ったから、きっと私のせい……」
 力にならない力を腕に込めて嗚咽をもらす舞。誰よりも俺のこの能力(ちから)について理解していた女性(ひと)。俺の替わりに泣いてくれる人。
「まだ、終わってない……。それに、俺が来なかったら舞が死んでいたかもしれない。それだけは絶対に御免だ」
 舞の腕から力がすっと抜ける。俺は舞が落ち着くまで待った後、腰を上げて立つ。
 彼女の腕を引いて、華奢な体を起こすと、狙ったようにあの言葉が食堂に木霊した。
『……ルール』



「こんにちは」
千空を除いた十人のメンバーが円卓テーブルについていたところに女生徒が現れた。全員がそちらを向く。
 薪先芽依の姿でそれは言った。
「初めましての方もいるようですが……」
「薪先さんですね」
 千空は自分のクラスの委員長でなくても知っていた。
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「知っていたんですか。なら、挨拶は省かせてもらいます。単刀直入にいってはやくここから逃げ出すことを考えた方がいいです」
「今回のルールはどうするの?」
 両腕を挙げながら英美が言った。
「ルールが関係してないと思ったら従わなければいい。個々の考えが明確になってなきゃ出来ないルールになっただけだ」
「でもこれ、結構くるんだけど……」
 ルールは両腕を挙げて三分間維持するというもの。内容自体は難しいことじゃないが、歩く、話すと違って今回は意識しなければ日常生活で両腕を挙げ続けることなどほとんどない。
「あの『ルール』を本気で信じているんですか?」
 芽依は懐疑な目で一瞥した。
「お前だってルールに従わないと消されると思ってそうしてきたんじゃないのか?」
「いいえ、私はルールに従おうとしたことは一度もないです」
「なるほどな」
 俺はついに二極化が始まっていることを感じた。
「? 逃げ出せばそんなルール無意味じゃないですか」芽依が言う。
 南子が二日目で怒号し、帰りたくないのかと言っていたときに少しでも耳を傾けるやつがいたのなら、もう少しマシな結果もあったかもしれない。
「それは無理」
 筑ノ瀬玲奈が誰よりも早く言下に答えた。
「どうして」
「船はもう座礁してるし、助けを呼ぶ手段もない」
「出られない?」
「初めからそう」
 まるで、芽依のほうを見ずに言った。
「私はこれ、昔の事件と似てると思うんだよねえ」
 二十年前、この青緑学園はある事件を起こしていた。
 それはまさに噂という形でしか広まらなかった些細なものだった。
「生徒消失事件だ」
「そそ」
 加奈は手首の先に人差し指を立ててくるくると回している。
「その話はネット上で一時的に騒がれたことがあって、入学時の名簿と卒業時の名簿の名前がなぜか全員違ったらしいよ」
 ほのかと舞が息を呑む。
「もっともこれだけじゃ何があったのかは全く分からないケド。噂では生徒消失事件として広まっていたってワケ。つまり、そういう曰く付きの学園なワケ」
 ワケワケ――とわけのわからないことを言いながらくるくるを速く回す加奈。
「それが嘘だろうと本当だろうと孤立してなければ問題なんかないんじゃない?」
 何かが引っかかった。



 舞の時計以外は壊れたこの状況下、腹の減り具合を見ながらおおよその時間を考えていた。
 片手に大学ノートを持ち、部屋の見取り図を描いてまわる。
 女子の部屋は千空たちに任せたが、男子の部屋は俺と舞、東条と英美で目下進行中だ。
「言って良かったの?」
 俺はあの後、芽依に宮下のことを話した。宮下が恐らくルールに従っていなかったこと。南子も宮下と同じように消えてしまったこと。
 千空一人だけが、釈然としない様子であったが芽依はそれで納得したらしかった。
「言わなきゃ信じてもらえなかったと思う」
「みんなにも同じこと言ったら何とかならないかな」
 どうだろう、と考えた後すぐにそれは無理だと回答した頭が憎らしかった。
「脅かそうとしていると感じるかもしれない」
「そこは一生懸命説得してさ」
 やってみないとわからないことではあった。ましてや、中には仲間が消えて狼狽している奴もいる。だが、この学園でそんな常識通りにいくとは到底思えなかった。
「見かけた生徒に声をかけてみようか」
「うん」

「まじで、それどんなトリックだよ」
 たまたま通りすがった相手に芽依を説得したように話してみたのがつい今しがただった。
「トリックは分からない……」
「じゃあ、そいつら二人は勝手に消えたんだろ」
 くだらないを汚く吐いて男子生徒は去っていった。
「なんか、おかしいよ……」
 舞が掠れた声で言った。
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ゆの舞 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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