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佐藤君とボクな死神

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かつて、人生でこれほど後悔したことがあっただろうか。
喘ぐように肺へと酸素を叩き込み、
関節に疲労が挟まって張り詰めた足を叱咤しながら僕は走っていた。
前に広がるのは何もない荒野。
だがその表面には幾つもの亀裂が生じ、天からは剥離した空間が落ちてくる。
地は唸り、空は軋み、そして世界が泣いていた。
dat落ち。
無数に生まれては消えていく仕切られた箱庭、
創造主の手によって生れ落ち、そして誕生の瞬間からその手を離れた独立空間。
その崩壊が始まって、もうどの程度の時間が過ぎたのか。
あまり時間は残されていない。
取り残されてはこの世界ごと消滅する。
だって言うのに。

「はあっ・・・はあっ・・・はあっ、はあっ! ちっ、くしょおおおぉぉぉーーーっ!」

「グウウウゥゥウォルアアアアアア!」

背中を鷲掴むような声。
聞いてはいけない。気にしてはいけない。
そんな余裕などないのに、強引に頭に手を置いた恐怖に振り向かされてしまう。
漆黒の異形が五体、僕を追走していた。涙が出るほど速い。
他人の側から見ていたら、
流石はdat落ちの間際に現れて住人を食い尽くすモンスター達、
何てスピードだと手を叩いていただろう。
だけど、今この瞬間に追われているのは僕だ。死にかけているのは僕だ。
冗談じゃない。
誰かが看板にコピペしやがった案内に、
うっかり興味を持って触れたら別の場所へ飛ばされたせいで命をなくすだなんて!
一時間前の僕を絞め殺してやりたい。

「ルアアアアッ!!」

畜生。畜生!
なのに現実は非常だ。きっともう何分も全力で走り続けている。
スタートを切る前から勝負はついていたのに。
相手は並の住人じゃあ対抗どころか抵抗さえ出来ない化物どもだ。
肉体で張り合って勝てるなら苦労しない。
それこそ、今をどうにか出来るなら後の苦労なんて幾らでも背負ってやるのに。
喉からひゅーひゅーと鳴る音よりも連中の吼え声の方が大きくなってきた。
気のせいか、近付いてくる唸りは歓喜を帯びているように聞こえる。
きっと腹を空かしているのだろう。
そして餌の時間を心待ちにしているに違いない。
ああそうだろう。
こんな命でも僕のものだ、もしもでもマズイなんて許せないさ!

「ぜっ・・・はっ・・・ぜっ・・・・・・うっ!?」

ああ。
だけど、やはりいつも現実は非常である、らしい。
そう言えば考えている間にも足の感覚が無くなってきていた。
僕の限界の天上は思ったより低かったようだ。
悲鳴より先に自分の両足が休憩を訴えてストライキ。
揺れる視界に立て向きの運動が加わってぶっ倒れる。
縺れた足が地面を擦る音が少しだけ聞こえた。

「・・・・・・」

自分でも意外だったのは、こんなものかという感覚が最初だったこと。

「ガルルル! ガルルルゥルルルルウウゥゥUUUUURYYYYYYY!」

ざざっ、と近くの地面が物体の急停止に擦り上げられる。
咆哮は実に嬉しそうだった。
コイツらの今日の昼飯だか夕飯は人肉一人分か。
きっと気分は最高にハイってやつなんだろうな。
そんなことを思いながら、ぼんやりと熱い体が内側から冷えていく。
何だろう、これ。
これが諦めっていう感覚なのだろうか。
今まさに奪われようとしている自分の命に対して、こんなにあっさりと?
はは。

「あはは」

死を前にして呼吸なんてのは大した問題じゃないらしい。
息苦しさの中ではっきりした笑い声が出る。
自分で自分を嘲笑しているみたいだ。何の慰めにもなりゃしない。

「ルルル・・・」

力尽きた獲物を前に、足音がゆっくりと近付いてくる。
それでも認めたくない現実があったのか、僕は本当に何となく顔を上げてしまった。
後悔する。
人狼、と言うよりもその形に黒いナニカを捏ね上げたようなモノと眼があった。

「ウルルルル」

涎を垂らす牙を剥かれ、それで貪り食われる痛みを想像してしまう。
やっぱり死にたくないな。畜生。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。

「うああ・・・」

僕の意思では動いてくれない体が震えている。

「ウォオオオーーーーーン!」

黒い金属で作ったような体毛の狼共が嬉しそうに鳴いた。
嬲るように、一つ一つ重い足音を立てながら迫ってくる。
目があった。
真っ白な、瞳のない眼球を覆う目蓋が三日月に細められる。

「ちく、しょう」

恐ろしくて、目をそらした。

「ちくしょう・・・っ」

無様に這いつくばった地面が抜けたみたいに、重力を感じない。
かたかた震えてる体が浮いているみたいだ。
落下の勢いで飛んでるみたいなのに、多分、本当はどこか暗い場所に落ちていく。
これから死ぬんだ。僕は。

「グフッ、グフッ!」

首に支えられなくなった頭は下を向いて、上からは生臭い吐息がした。
これも臨死体験みたいなものか。
見えもしないのに、音だけで連中の汚臭をリアルに想像する。
首筋に冷たい感触がかかった。

「ぐううっ!?」

「ウォウッ!」

苦しい。苦しい。
馬鹿みたいに太い腕で持ち上げられた。爪が食い込んでるみたいだ。
こんな時だってのに痛いし、肌に血が流れる感触がする。
くそったれ。
くそったれ!

「ぐ・・・がああああああ!」

「オン?」

暴れた。ワケがわからない。
何で僕はこんなところで死に掛けているんだ。
この化物はなんだよ。おい、首を絞めるな。
痛いんだよ。間抜け面で首を傾げやがって。
馬鹿にするな。笑うな。
面白そうに唾液まみれの口の中なんて見せるなよ。
やめろよ。
牙を、寄せるな。

「ガアッ」

「・・・・・・あ?」


ぽっかりと、目の前に大穴が空いている。
上下に生えた歯の並びだけは綺麗だ。
てらてら光る白いものが鋭く並んでいて、きっとすっぱり肉を切るんだろうな。
そう思うと、体が軽くなった。
滅茶苦茶に振った腕も止まる。何だよ。僕は何してないぞ。
なのに、どうしてこんな。死を。認めたみたいな。

「────────」

頭が先に死んでいた。
何か、人生を言い残そうとして思いつかない。
ザラついた舌で、頬を味見された。畜生。

「助けてよ────────誰か」

っはは。
僕の最期なんてロクなもんじゃなかった。
ここにきて他力本願か。情けない。
僕が死ぬ。
僕が消える。
ここで、個人ではなく化物の食料として、
別に誰でもよかった名無しとして死んでいく。
どうせ、走っていた時も今も、助けなんてないのに。
辞世の句モドキくらいは、考えておくべきだったか。





「うん、おおむね了解。それじゃあ────────動いちゃダメだよ?」





夜が舞った。

「・・・え?」

「オ?」

見上げた視界にたなびく黒い塊。
顔に投げかけられた影に目が細まって焦点が合う。
黒い瞳。綺麗な笑顔が降りて来た。

「『称号(コテハン)』覚醒、誘宵 満月(いざよい みつき)」

鼻先を風が撫でる。
真っ黒なブーツか何かを履いた、ぎりぎり残像の見える踵落とし。
化物の腕が砕かれた。
黒い、金属みたいな欠片が散る。

「ギアアアア!?」

「ほいっと────怖かったよね。もう大丈夫」

落ちるより早く、何か二つ、体に当てられる感触。
耳元で風が唸りながら、早送りみたいに化物の姿が遠ざかった。

「怪我はない?」

鈴鳴りみたいな声。
顔の前に、さっきの笑顔がある。

「え・・・? えっ?」

「うん。立てるようなら大丈夫かな。ちょっと待っててね────────すぐ終わるよ」

至近で突風。
影色の竜巻が生じて消えた。

「は・・・? って」

ようやく、かちんと認識がかみ合う。
全力で首を振った。

「っ!」

走るように動かした視界。
驚きに開いた目の先で、今の人────────黒衣に身を包んだ少女が、跳んでいる。

「ル、グルオアアアアア!」

「ていやあっ!」

僕を食い殺そうと襲ってきた化物は五体。
人間を二回り大きくした体に狼の頭を載せた黒い塊。
僕と同様、
ようやく思考の追いついた奴らが走り寄る影に腕を振るう。
九本の腕にそれぞれ五本の爪、四十五の刃が彼女を襲った。
その瞬間を、
思わず目をつぶろうとした僕の先で、とん、と浮かぶように彼女が跳ぶ。
三角跳び。
囲むように下ろされた爪の雨を上に逃れて、違う、攻撃のついでに回避した。
化物の一匹の顔面に足の裏を食らわせて反射、反対側の奴を踵でぶん殴って前に跳ぶ。

「よっ────とっとっと」

「ガアアアア!」

蹴られた二匹がよろめいた。
倒れこそしないが背を曲げて顔を押さえる。
その少し後ろから三匹、無傷の連中が後方へ抜けた彼女に向けて駆け出した。
長い爪を合わせるように指を曲げた腕を振り上げ、
背を向けられた僕には見えないがおそらく、かっと牙の並ぶ口を開いて吼える。
彼女が殺意に振り向き、
しかし超人的な足技の後で着地が不安定だったのか、体が揺れた。

「オンッ!」

多分、連中は吼える前に笑っただろう。
空気を裂いた爪が踊りかかる。

「なんてね」

彼女は、それを消えたかと思うくらい身を屈ませて避け、

「必殺!」

バネが跳ね戻る動きで一匹の股間を頭突いた。
気のせいか、物凄い音が聞こえる。

「ッッッッ!?」

「はああああっ!」

声もなく倒れる一匹を余所に、
彼女は巨体の下を死角としてすり抜け、更に一匹の顎を打ち抜いた。
狼の顔が上向き、一瞬、体が浮く。

「ルアッ!」

そこで最後の一匹が腕を振るった。
爪を揃え、空中の彼女へ向けて手刀の形で直線が走る。

「はっ!」

閃光のような攻撃に、彼女の腕が霞んだ。

「イギッ!?」

何をしたのかは見えない。
ただ、僕が気付いた時には化物が手首を押さえて叫んでいた。
多分、
ここまで全てがほんの数秒。
風のように彼女が距離を取ってようやく、両方の動きが止まる。

「ウ、ウウウウウ」

「ガアッ! ガアアッ!」

「オオオオーーンン!!」

「グルオウウゥ・・・」

「ガルアアアアッ!」

化物共が吼えた。
先に蹴りを食らった二匹も加えて一箇所に寄り集まり、彼女へと吼え立てる。
だが警戒しているのかすぐに仕掛けることはなく、
彼女も深く呼吸してから奴らを見返した。

「・・・・・・」

「ルルル・・・」

静寂。
彼女は沈黙し、化物は唸りながらも動かない。
どちらも機を窺っているのか。
殺気だけが間に満ちて行き、見ているこちらが怖くなるような緊迫が生まれる。
急に、喉がからからに渇いたような気がして僕は唾を飲み込んだ。
きっと、人間や普通の存在には聞こえない音。

「・・・・・・丁度いいかな。纏めて終わらせようか」

ただ、彼女の場合は化物を圧倒した体裁き同様に聴覚まで超人なのか。
膠着を確かめるように目を細め、その音が契機となったように呟いた。
次いで、素早く唇が動く。





その存在について、話だけは聞いたことがあった。
会ったことはない。
見たこともない。
だが、その『勇者』と呼ばれる存在について、知識だけはある。
栄光と平和の代名詞。
一般の名も無い住人とは隔絶した力を誇る戦力存在。
一つ一つの世界を板のように並べた上を自在に移動し、
訪れてはその世界に繁栄を、去っては平穏を残す超人達。
時にdat落ちの迫る世界に現れて化物を切り払って保守を行い、
時に無謀とさえ思える行動で武勇を立てる。
名前を持たないが故に誰でもなく、故に誰にでもなれる名無しの立場を放棄し、
あらゆる責任や批難のリスクを代償に個体の認識と力を得た存在。
『勇気の一歩を踏み出した住人』、勇者。
彼らは、それぞれが称号(コテハン)と呼ばれる固有名を持つ。
それを名乗ることによって彼らは他者とは区別され、よって隔絶し、
群体の一部から完結した個へと進化するからだ。
その力は、名も無い住人が束になっても到底及ぶものではないという。
そして。
勇者の中でも、更に一握りの者しか持ち得ないモノがあると言われている。
それは、力の具現。
彼または彼女が己に課した役割を、意思を体現する固有兵装。
その名は────────。





「『自己式(トリップ)』開放」

開放を告げる祝詞を、彼女は高く空へと紡いだ。
ごぼりと、その背後で泡の弾ける音がする。

「称号(コテハン)『誘宵 満月』に情報付加。秘匿数列(コード)#○△@?■×Ω」

始めは、彼女の着ている服が膨れ上がったのかと思った。
見た目は何も普通と変わらない彼女。
むしろ背は僕よりもずっと低く、
後ろに垂らした黒髪と白い肌は艶に満ち、顔にはまだ幼い輝きを残した瞳。
容姿だけなら、可愛いとは思っても特異には見えないだろう、少女。
その彼女を、他の存在から隔てて彼女たらしめるもう一つの境界。
夜のような黒衣。
黒い布を巻きつけたのではなく、
何枚も重ねたそれに穴を開けて頭を通したような衣装。
彼女の艶やかな黒髪も相まって、まるで烏の擬人化か────────さもなくば死神。
後半を聞き取れない呟きの後、
その漆黒の衣の背後からしぶきのような音がした。
闇色。
黒い髪を伸ばし、黒い衣を着て、
黒い瞳で僕に笑んだ彼女の、足元に存在する同じ色の影。
それが黒水の噴水として噴き上がる。
光が遮られ、彼女に濃く影が落とされた。

「反転攻性存在(Dark Attack Traitor)五体。
 保守のため、当該対象への術式展開を強制執行」

影の水柱が弾け、大気を引き裂きながら無数の闇の糸が放出される。
彼女の黒髪よりなお昏い。
紡がれた黒色の糸はたわみ、うねり、彼女の掲げた手の間へ蟠り収束する。
ただ圧倒された僕と化物達を置き去りにして深淵は世界へと固着し、
彼女の、誘宵 満月という存在の証明が具現された。

「────────」

それは、漆黒の大鎌。
彼女へ抱いた印象そのままに死神が持つような、彼女自身よりも大きい柄と刃。
柄はシンプルに純粋な黒、
しかし刃との接合部分へかけては触れば切れそうな鋭い螺旋を捻り狂わせ、
その先には光沢さえ持たない闇の刃が首を研いでいる。
彼女はそれを、捧げるように振り被って。

「ごめんね。君達に悪意も敵意もないのは知ってるよ。
 でも、君達が悪くなくても、ボクは君達の存在そのものを否定しないといけないから。
 それだけしか、守る方法がないから。許してくれなくていいよ。当然だもんね。
 だから────────苦しまずに済むように、せめて最後に良い終末を」

現れた武器。
新しい脅威に、弾かれたように動き出した化物を見詰めてそう言った。
どこか悲しそうに、それでも視線は外すことなく見据えながら。
彼女はそれを、祈りのように開放する。

「【其は安寧へと運ぶもの(デスサイズ)】」

無音。
漆黒の刃が振り抜かれ、音が死に、空間が死に、命が絶えた。
あれだけ大きい鎌と空気の摩擦音さえも聞こえない。
ただ彼女がゆらりと腕を振るい、引かれた大鎌が何もない空間を薙いだだけ。
それで、化物の胴体全てが両断された。

「────────」

声もなく。
さんざん僕を苦しめた存在は上下に分かれ、黒い煙となって消え失せる。
何も残らない。あるのは僕が感じた死、そのもの。
完全な消滅だった。
何が起きたのかまるで理解出来ない。
一つだけ分かるのは、それが彼女の力によるものだということ。
称号(コテハン)と自己式(トリップ)を併せ持つ、
一握りの勇者だけが持ち得る必滅の一撃。
個人で世界に影響を与えるほどの、
同じ世界の構成員である名無しが百人集まっても遥か及ばない『発現力』。
僕がそれを目撃したということだけだった。



「ごめんね、来るのが遅くなって」



「へ?」

初めて目にする想像を越えた光景に呆然として。
声をかけられたと理解した時には、彼女の顔がすぐそこにある。

「うわっ!?」

思わず飛び退いた僕に、
いつの間にか大鎌を消した彼女は、少し怪訝そうな顔をしてから微笑んだ。

「dat落ちそのものを先に防がなきゃいけなかったから、来るのが遅れちゃったんだ」

「え・・・? あ」

言われて気付いた。
そう言えば、dat落ち特有の地震や空の崩壊現象が止まっている。
僕が必死の追いかけっこを演じている最中に、彼女も奔走していたということか。

「あ。首のとこ、傷がついてるよ?」

思考から納得に移った瞬間、化物の爪が食い込んだ首筋を撫でられた。

「うわあっ!?」

「きゃっ!? ど、どうしたの? ボク、何か悪いことしちゃった?」

「あ・・・いや。別に」

思ったより細くてマメも何も無い指で触れられて興奮した、なんてことはない。
いやそうじゃなくて。

「えっと、あの、その・・・・・・何というか、ありがとう。助けてくれて」

我ながらなんという盛大などもり。
言いながら頭を下げたから赤面が見られずに済んで良かった。

「え? あー、ああ。ううん、いいんだよ、そんな風に頭を下げなくても。
 これがボクの使命だからね。
 そんなに畏まられると、ボク、かえって困っちゃうな」

顔を上げると、そう言いながらも満面の笑み。
おかげで、何となく緊張が解ける。

「でも・・・」

「いいのいいの」

言いながら、つい、と身を寄せてくる彼女。
僕はまたも飛び退こうとして、繰り返しにならないよう全力で阻止する。
代わりに思いきりビックゥ! と震えた僕を?を浮かべた顔で見詰めてから、
彼女がふんふんと僕の全身を見回した。

「うん。特にひどい怪我はないみたいだね。
 ・・・・・・でも首の傷は目立つし、どこか近くのスレで治療しようか」

足音も無く離れてそう言う。
そう言えば、勇者は世界をスレや板という単位で呼ぶんだったか。

「えっと、いいのかな? そこまでしてもらっても」

しかし、命まで助けてもらって、この上更に治療の手伝いの申し出とは。
ツバでもつけておけば、というのは女性の前では下品だろうか。

「いいよいいよ。
 どうせもうボクの仕事は終わったんだし、後はそのうち他の人が来るからさ。
 移動のついでにってことで。ねっ?」

邪気のない目で見詰められる。

「あ・・・それとも、他の人と行動するのが嫌いなタイプの住人さんかな?」

「いや、そんなことはないけど」

命助けてもらっておいてもそんな主義を貫こうとする奴がいれば、
それは惨殺に値する阿呆だろう。
その程度の良識は持ち合わせているし、まあ、少人数での行動くらいなら嫌いではない。

「そう? 良かった!
 実は、ここがどういう経緯でdat落ちしかけたのか聞いておきたかったんだ。
 途中、出来たらそれについて教えてもらえないかな?」

「まあ、別に構わないけど」

死にかけるまでの経過をわざわざ思い出すのはなんだが、
命の対価として考えればむしろ安過ぎて申し訳ない。
そこは素直に頷いておくと、彼女はぱっ、と花やいだ顔を見せてくれた。

「ありがとう、助かるよっ!」

「いやいや。こちらこそ、助かったし」

むずかゆいと言うか、違和感。お礼を言うには立場が逆だろう。
その程度で恩返しになるなら幾らでもおkだ。

「えへへ。じゃあお互い様ってことで」

「君がそれでいいなら」

「全然おkだよ」

多分、
助けられた者は恩義を感じるべきだとか、そういうことには頓着しない性格なのだろう。
随分と良心的に手打ちを済ませると、

「じゃあ次のスレまで案内するから、一緒に来てね」

そう告げて歩き出す。
展開が早いというか、どうも行動派っぽい。

「分かったよ。案内を頼む」

何となく偉そうな言い方に聞こえないかと気にしつつ、

「うん!」

快活な声に内心で胸を撫で下ろす。
と、僕よりも小さな歩幅なのにずんずん先行していた彼女が振り返った。

「あ。そう言えば」

くりん、と黒い瞳で下から目線。

「君のこと、何て呼べばいいかな?」

不意な質問。
彼女の視線よりもその内容に困惑する。

「何て・・・って言われても、見ての通りの名無しだけど」

でなければ化物相手でも簡単に喰われかけたりはしない。
彼女が首を縦に振る。

「うん。だけど、そうじゃなくってさ。
 道中、お話するのに呼び名がないと不便だから。
 こう、何か臨時のニックネームとかない?」

愛称とは、少なくとも臨時で用いるものではないと思うのだけれど。
まあいいか。

「そう、だね・・・・・・それじゃあ、佐藤(暫定)で」

人名と聞いて思い浮かぶものを挙げてみる。
もしもコテハンをつけるとすれば先ず使わない名前だ。
申請なしだからこれで僕が名無し廃業になるわけでもなし、代用には丁度いいだろう。

「わかったよ、佐藤君だね。それじゃあ佐藤君っ!」

急に、ぎゅっ、と手を握られた。
反射で顔面に血が集まるよりも早く手を引かれる。

「行こうっ!」

「ってうわわわわ!?」

何が楽しいのか。
駆け出した彼女に引きずられて空中に浮く。
ビバ、超人の筋力。

「ボクね、最近ヒマだったんだ!」

隠し切れないような声だった。

「だから、次のスレで治療が終わるまではいっぱい話を聞かせてね?
 こんな辺境のスレまで来るくらいなんだから話題は豊富なんでしょっ?」

実は釣り針に釣られて飛ばされた、とは言わないほうがよさそうだ。
流れる景色の中で顎に手を当てて思案する。
その程度の労力は上乗せしてもお釣りがくるよな、常識的に考えて。
命救われているんだし。

「分かったよ。お気に召すかはわからないけど、まあ頑張ってみる」

「絶対だよ?」

笑顔。念を押すように言われた。
これは、プレッシャーだな。

「じゃあ急ぐから、しっかり掴まっててね!」

彼女、最初から二人仲良く徒歩という選択肢は外していたらしい。
黒衣の裾をたなびかせ、ひっ掴んだ僕を揺らしながら加速した。
いや、確かに一緒に来て、であって、ついて来てとは言われていないけど。
ごめん。実は僕、乗り物酔いとかひどいんだ。

「ちょ、待────────」

「ぃいいいっっくよぉおおおおぉぉっっ!!」

制止しようとしけど、ごめん、無理。
いつの間にか綺麗に修復された青空の下、彼女は僕の悲鳴をひきずって叫びを上げた。



まあ、とにもかくにも。



化物に追われた世界の崩壊間際。
ひび割れた大地と空の狭間で、この日。
僕は死神みたいな格好のボクっ娘に救われて。
こうして、『勇者』という存在に出会ったのだった。




















続か・・・・・・ねーよw
15

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