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第10話「悲しみのボーカロイド」後編

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第10話『悲しみのボーカロイド』後編


 俺は車に乗り込み、エンジンを掛ける。
 リンとレンはすでにシートベルトを装着しておとなしく座っている。ミクもどうやら疲れたのか、先ほどまでとは違って落ち着いた様子で座席に着いている。
「それじゃあ行くぞ」
 俺がそう言って三人の返答を確認すると、三人は笑顔で頷いた。
 俺はゆっくりアクセルを踏み、車を発進させる。
 通勤時間もすでに終わっているので、帰りも混んでいるという事はないだろう。
 そう考えながら車を走らせていると、やはり道路は快適な状態だった。大きい道ではないが、車が一台もいないお陰でなかなかスムーズに帰る事ができそうだ。
 三人の様子を見ると、少し名残惜しそうに右手に見える海を眺めている。
「もうちょっと遊んでいたかったか?」
 俺がそう問うと、三人共、微笑みながら首を横に振り俺に答えた。
「そうか」
 俺は三人に微笑みかけ、車をそのまま走らせる。前に走っている車がいない分、行きよりもスムーズに車を運転することが出来た。
 そのまま快適なドライブが続き、車は行きにも通ったトンネル付近まで来た。
「あのトンネルを通ったら海は見えなくなるからな」
 俺がそういってトンネルを指差すと、三人はやはり名残惜しそうに海を眺めている。
 そのまま車はトンネル内へと入っていき、すぐに海は見えなくなった。
 トンネル内で車を運転しながら、俺は三人の表情を見てみる。
 以外にもミクは思い残しがないような表情をしており、レンは笑顔でこちらを見ている。
 しかしリンはどこか悲しげな表情でじっと窓の外を眺めていた。
 きっと楽しかったんだろう。なんだかんだ言って一番喜んでいたのはリンだ。
「なぁリン。楽しかったんだろ?」
 俺がそう声を掛けるとリンは、
「うん。楽しかった」
と気の抜けた声で答えた。
 俺はそのまま続けてリンに言葉を掛ける。
「ならまた来ようぜ。今度はカイトも連れて。それと、メイコもだ。メイコとカイトを含めた、みんなで来よう」
 バックミラー越しにリンを見てみると、リンは先ほどと同じ体勢で外を眺めている。
 なかなか返事をしなかったが、しばらくするとリンは、
「うん。そうね」
とだけ返事をした。
 そのリンの表情が俺には、ほんの少しだけ微笑んでいるように見えた。
 本当に、いつかまた来ればいいんだ。リン達が来たいと言うならば、俺はいくらでも連れて行ってやろう。
 そんな事を思いながら俺は暗いトンネルから早く抜けるべく、アクセルを踏み込み車を走らせた。


 俺は以前ミクと共に行ったスーパーへと車を止める。
「ここどこ?」
 リンが不思議そうな顔で、後部座席から運転席の方へと身を乗り出し、俺に尋ねる。
「スーパーだ。晩御飯の買い物に来たんだ」
 俺がそう答えると、リンは納得したようで後部座席の方へと引っ込んで行った。
 ここに来ればミクのテンションが上がるかと思っていたが、残念な事にミクはトンネルを出ると同時ぐらいに、夢の世界へと旅立ってしまった。今もまだ、大口を開けて爆睡している。
 昨日は寝ていなかったから疲れているのだろう。俺だってそろそろ眠くなりそうだ。
「なんか食いたいものないか?」
 どうせなら特別ゲストの二人が食べたいものを作ろうと考えた俺は、後部座席へと振り向き、尋ねてみる。
 しかし俺の優しさは望まれていなかったようで、二人は無表情で首を横に振るだけだった。
 ミクはキモチよさそうに寝ているし、結局俺が考えるしかないか……。
 まあそれなりに事前に考えていた事もあり、いくつか候補はあった。
「鍋とかどうだ?」
 俺がそう問うと二人は特になんの意思表示もなく、晩御飯が鍋になる事を了承した。
 俺がスーパー内へついてくるかと二人に尋ねると、自分達が目立つのは避けたいから止めておく、と答え、車内で待つことを二人は選んだ。ミクを起こしてやるのも気が引けるので、待っててくれるのはありがたい。
 俺は車から降りてスーパーへと向かう。
 出来る限り早めに買い物を済ませるためにも、俺は歩いている最中に頭の中で買うものを選定する。
 一人暮らしをしてきた俺は、今やそこらの主婦をも超える主婦スキルがある自信がある。一度行ったスーパーの間取りは忘れない。
 そのお陰で、俺は目的の物をすぐに揃える事が出来た。
 豆腐、鶏肉、水菜、白菜と、あとはミクの為の長ネギだ。まあミクが長ネギが好きなのかは分からないが、なんとなく長ネギは入れておいた。土鍋は家にあるので問題はない。
 しかしながら鍋なんて自分で作った事はないので、どんなものを入れればいいかがよく分からなかったが、ここは男の鍋だという事で勘弁して貰おう。
 買い物カゴいっぱいに材料を詰め込み、俺はレジに向かう。
 代金はなかなかビックリな値段になっていたが、ミクに後でグダグダ言われるぐらいならこれぐらいの出費は我慢が出来た。
 俺が両手に大量の買い物袋をぶら下げて帰ると、リンとレンは車に詰め込むのを手伝ってくれた。
 一睡もしていない俺には、この大量の食料はなかなかの重量だった。
 そんな事はお構い無しに、ミクは未だに大口を開いて爆睡している。
 俺はリンとレンに礼を言って、車を再び走らせる。
 次に向かうは前回ミクと共に行ったマクドナルド。目的はと言えば、これまた前回と一緒で、昼飯を買うためだ。
 飽きずにマクドナルドばかりを選ぶのは別に考えるのが面倒だからとかそういうわけではない。ボーカロイドを引き連れて、外食するなんて事は不可能だからだ。

 道路が空いているお陰で、マクドナルドへは思っていたよりも早く到着する事が出来た。
 俺はミクの分はビックマックにしておこうと考えていたが、ドライブスルーへと入ると共にミクは目を覚ました。匂いで起きたのか、店員の声で起きたのか……。大した食い意地だ。
 俺の、テリヤキは食べにくいぞと言う忠告を無視して、ミクはテリヤキマックバーガーを選んでいた。
 リンとレンはよく分からなかったようだったので、適当に俺がチェイスをしていくつか注文した。
 前回とは違って今回は家に帰ってから食べる予定だ。いまから何処かに行くわけでもないからな。
 ミクが永遠とマクドナルドの袋を眺めて鼻をヒクヒクさせているのを無視して、俺は家へと車を走らせた。


 家に着き荷物を降ろし、ボーカロイド達に大人しくしていろと釘を刺し、俺は車を返しに行く。
 レンタカー屋は近いので帰りは、行きに乗って行った自転車を飛ばして家へと帰った。
 帰ると三人は仲良く大人しく、テレビを見ていた。
「ただいまー」
 俺がそう言うと、リンとレンは揃って「おかえりー」と言い、ミクは片手を上げて俺に答えた。
 どうやら、リンとレンは俺の意図を理解していたようで、ハンバーガー達はコタツ机の上で手付かずの状態だった。
 俺はハンバーガーの無事を祝いつつ、コタツ机の空いている場所へと腰を降ろした。
「さあ食べようか」
 俺がそう言うと共にミクは袋の中を漁りだした。この食い意地は尊敬に値するな。
 リンとレンはチーズバーガーとポテトをおいしそうに頬張り、ミクはテリヤキバーガーにかぶりついている。
 やはりミクは食べ方が下手で、上のパンズだけを先に食べてしまい、ハンバーグの乗ったパンに成り下がったテリヤキバーガーを悲しそうな顔で食べていた。そんな状態になりはしたが、何かを汚したりしたわけではないので、ミクがリンに説教をされる事もなくテレビを見ながら談笑という、なかなか理想的な昼食を取ることが出来た。
 昼食を食べ終わってからは全員でテレビを見て、のんびりとした時間を過した。
 途中で、冷蔵庫に入らなかった分の買い物袋からお菓子を取り出そうとしたミクが、何を考えたのか長ネギを取り出して振り回すという奇行に走ったりもしたが、そんなミクの行動にミクを含めた全員で涙が出るほど笑ったりして本当に楽しい時間を過せた。
 そんな風に楽しい時間を過していると、リンが突然立ち上がり、口を開いた。
「私達、ちょっとカイト兄さんの所に行ってくるね」
「あれ、なんで? 帰ってくるんだろ?」
 俺がそう問うと、リンは微笑み答える。
「もちろん帰ってくるわよ。晩御飯食べなきゃだもん。カイト兄さんに回復したって伝えてあげなきゃ」
「確かにそうだな。どうせならカイトも晩飯に誘ってこいよ」
 リンは笑顔で大きく頷き、レンもゆっくり立ち上がると、俺とミクに対して微笑みながら「行ってきます」と言って手を振った。
「いってらっしゃい」
 俺が片手を上げてそう言うと、リンとレンは笑顔で頷きつつ歌を歌い、ミクが手を振っている事を確認しながら瞬間移動して行った。
 俺とミクはその後も二人でテレビを見続けていたが、そのうち俺はテレビに飽きてしまい、パソコンでインターネットサーフィンをしていた。
 俺の耳にはテレビの音やミクの動いた音、俺がマウスをクリックした音が聞こえてくる。
 それ以外は静かなもので、一定のリズムで聞こえてくるそれらの音を聞いていると、俺に段々と眠気が押し寄せてきた。
 ブログやなんかを見ていても、まぶたが重くて頭に入ってこない。いま寝てしまえば、起きるのが辛いだろうから、我慢をしようとするが、これがなかなか難しい。
 俺は顔を洗うべく席を立ち、洗面台へと向かう。
 顔に思い切り冷たい水を浴びせても、一向に眠気が取れない。
 さすがに一睡もしていなければこれぐらいは眠たくもなるだろう。
 こりゃだめだ……。眠すぎる。
 俺がベットの近くで立ちながら目を擦っていると、ベットに持たれかかっていたミクがこちらに顔を向け首を傾げる。
 俺はそのままパソコンの電源を切ることもせず、ベットにうつ伏せに倒れこみ、口を開く。
「俺ちょっとだけ寝るわ。限界だ」
 俺がうつ伏せのまま顔をミクの方へと向けると、ミクは俺の方へと体ごと向け、軽く頷く。
「その枕返して」
 俺が、ミクが背もたれ代わりに使っていた枕を返して貰うべく、ミクの方へと手を伸ばすと、ミクは嫌そうな顔をして俺に渋々枕を渡す。
「なんだよ。文句あっか」
 ミクは体をこちらに向けたまま、俺を馬鹿にした態度を取る。
 そんなミクの態度に俺は思わず笑ってしまう。
「もうやめろよなー。眠いんだからわらかすなって」
 ミクは微笑み、もうしないという事を両手を上げて表現する。
 おもしろい奴だな。本当に。
「リン達が帰ってきたら起こしてくれ」
 俺がそう頼むと、ミクは笑顔で頷き、もう一度テレビの方へと振り向いて行った。
 ミクはお菓子を摘みながら、テレビを楽しそうに見ている。
「なあミク」
 俺はなんとなくもう一度ミクに話し掛ける。眠い事は眠いのだが、なぜかミクと話したくなった。
 ミクがもう一度こちらに振り向いたことを確認して俺は話を続ける。
「今日さ、レンと話をしたんだよ。なに話したと思う?」
 俺がそう問うと、ミクは全く検討が付かない様で、首を大きく傾けている。
「知りたい?」
 当然ミクは頷く。
「男同士の会話だから内緒だ」
 俺がボーっとした態度でそう言うと、ミクはまたしても変な顔をする。
 俺は眠いながらも笑い、突っ込みを入れる。
「もう、その顔は分かったって」
 俺とミクは、二人で笑い、二人で笑い終える。
 凄まじい睡魔が襲って来てはいるのだが、こうしてミクと会話をする事を止めたくなかった。眠気が俺を饒舌にしているのかも知れない。
「んじゃあ一つだけレンとの会話を教えてやるよ。これなら話してもレンは怒らないだろうから」
 ミクは微笑みながら俺をじっと見ている。
「えとな、なんでミクに良くしてくれるのかって尋ねられたんだよ」
 ミクは笑いから、興味深そうな顔へと表情を変化させ、俺を見つめ続ける。
「なんて答えたと思う?」
 ミクは首を傾げる。
 俺はたっぷりと間を置いてミクを焦らした後、ゆっくりと答えてやる。
「わかんないって答えたんだ」
 ミクは呆れた表情をした後、クスリと笑いを溢した。
 始めてミクと会った日は、こんな風に打ち解けるなんて事は想像していなかった。
 毎日ミクと一緒に過していて、今ではこうして二人で一緒にいる事なんて当たり前に感じられるぐらいだ。
 ミクだってきっと同じだろう。毎日20時間以上同じ空間で生活をすれば、お互いの存在が隣にある事が当然に感じられるのだ。
 俺は眠さの限界を感じながらも、口を開く。
「理由はわかんないけどさ。俺はミクの事大切に思ってるぞ」
 俺のこの言葉に、ミクは少し驚いた様子だったが、しばらくすると俺の右手をそっと握って俺に微笑んだ。
 ミクのその行動に癒され、眠気が限界に達している事がよく分かる。
 ずっとこうして話をしていたいが、そろそろ限界だ。
「なあ……ミク」
 瞼が落ちてくることを感じながらも無理やり声を絞り出すと、ミクは微笑んだまま、小さく首を傾ける。
「……もう、俺に隠し事とか……するなよ」
 俺がそう言うと、俺の手を握っているミクの手の力が少しだけ強くなった気がした。
 段々と閉じていく瞼の隙間からミクの事を見ると、ミクが何かを言おうと口を開いているようにも見えたが、眠る寸前の俺の思考でははっきり理解することが出来ず、俺はそのまま眠りへと入っていった。



 俺の体が揺さぶられていることが感じ取れる。
 薄っすらと目を開けて耳を澄ますと、リンの声が聞こえてくる。
「起きて!」
 俺はリンが大きな声を出している事に気が付き、飛び起きる。
「どうしたんだ」
 俺が割と冷静に尋ねると、リンも先ほどとは違い冷静に俺に答える。
「すぐに逃げる準備をして。メイコ姉さんがここに気付いたかもしれないから」
「えっ。どういうことだよ」
 寝起きの頭を必死でフル回転しても、今の状況に脳みそが追いつけていない。
 リンの様子からそれほど切羽詰っているってわけでもないようだ。
「メイコ姉さんがこっちの方角へと飛んで向かって来てるの。ここを完璧に特定出来ているかは分からないけど、念のために貴方達に伝えに行く、とだけカイト兄さんに言って帰ってきたの」
 この説明で状況が飲み込めてくる。ミクもレンも真剣な眼差しで俺を見つめている。
「そうか。わかった、逃げた方が良さそうだな」
 俺はすぐに財布やケータイをポケットに詰め始める。
 大急ぎで、外に出る準備をしていたのだが、ふと引っかかった。
「いや、ちょっとまてよ。メイコが完全にここを見つけているとすれば、飛んだりなんてせずにここに直接ワープしてくるんじゃないか?」
 俺のこの思いつきの発言にリンは、顔をしかめて少し考えている。
「たしかにそうね……」
 リンが頭を悩ませている横でレンが口を開く。
「ここの正確な場所がわかっていない可能性は十分にあるよ。いくらメイコとはいえ、広範囲に網を張る事はできないだろうから、大体の方角だけで探しに来ているってだけかもしれない」
 続けてリンが俺に話す。
「どっちにしろ何処かに隠れて貰った方がいいわ。早く逃げて」
 俺はリンに一言だけ答え、すぐに言われるままに逃げる準備をする。
 大急ぎで準備を終え、俺はミクに声を掛けようとするが、それとほぼ同時にパソコンが光を放った。
「おいおい。メイコじゃないよな?」
 俺がリン達に問うと、リン達はこれはカイトだと俺に説明した。
 しばらくすると光はカイトへと変化していく。
 光がカイトへと変化した事を確認した俺は声を掛けようとするが、俺が口を開くよりも先に、カイトが叫んだ。
「すぐに逃げてください! メイコはここに完全に気付いた!」
 カイトの様子は普通じゃない。冗談ではないのは明らかだ。
「どういうことだよ」
 俺が動揺を抑えてカイトに尋ねると、今まで見せた事のない様子でカイトは俺に答える。
「メイコがこちらへ飛んでいたのは罠だった。ここに誰かが移動するのを誘っていたんです! なんでもいいから早く逃げて!」
 カイトは大声で叫んでいる。一分一秒争う事態なんだろう。
 俺はその言葉で冷静になり、すぐさまミクの手を掴む。

 そのままミクの手を引き、俺が走り出そうとしたその時――――。

 突然、パソコン裏のモジュラージャックが激しい光を放った。

 その光は俺の部屋の中央へと集束していく。
 今俺の知っているボーカロイドは全員ここにいる。
 そのボーカロイド達は光を驚愕の表情で見ている。
 体を動かしてミクと逃げようと思うが、恐怖で体が動かない。
 この光が何に変化するのかなんて、今俺の部屋にいる全員が分かっているだろう。
 光が凄まじいペースで形作られていく。
「間に合わなかった…………」
 カイトは絶望に近い様子で、言葉を漏らす。
 光はすぐに変化して、一人の黒い服を着た女が現れた。
 これが誰だか俺は知っている。
 俺の知っている赤い服は着ていない。
 それでもこの黒い服を着た女が、誰なのかははっきりと分かる。
 ミク達の敵であり同じ存在。人間の敵である最強のボーカロイド。

 俺達の前に現れた女は、メイコだ。

 俺達の動揺をよそに、メイコは不気味な笑みを溢しながら、ゆっくりと口を開く。

「…………みーっけ」


第10話完
14

石目 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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