トップに戻る

<< 前 次 >>

#10 我ら報復のために集いて -急- 

単ページ   最大化   

 相川の依頼があってから、二日が経った。
クラスは騒がしいままの様子で、相川も孤高ながらそこにいた。
連中が、相川をここぞとけしかけるわけでもなかった。
彼らも相川も、互いに関わろうとしていなかったし、その間には深奥な溝があった。
超えられそうもない溝だったが、超える必要もない。そんな、暗黙の内の関係性。
そのせいかクラスでは、相川の話題も、コスモスの話題さえも、のぼらなくなった。
意図的に避けられていたのかは定かではないが、いずれにせよ教室内には、
騒がしさとともに、やり切れないぎこちなさが髣髴としていた。
そして・・やり切れないのは・・俺も、同じだった。

あれから相川とも、黒峰とも、委員長とも会話をしていない。
内二人は、機関のことが絡まなければ、普段から会話をしない相手だったし、
むしろ余計にコンタクトをとるほうが、芳しくなかったのも事実だ。
しかし委員長においては、少し事情が違った。
彼女が話しかけてきても、うまく返事ができないでいた。
顔も合わせられなくて、「どうしたのか」と尋ねられたこともあった。
打ち明けてしまおうかと思った。彼女の言った通りに、彼女に頼ろうかとも思った。
でもそれは、逆に彼女をコスモスに巻き込む事態に帰結しかねない。
一人で解決するしかないのだ、と思って、その度に思いとどまっていた。
「俺は・・・」
自分を誰より買いかぶっていたのは、自分だった。
「何を・・」
自分の弱さを認めていたのに、まだ強がっていた。
「何をしていたんだっ!」
屋上の鉄柵に蹴りを入れる。
足に響いてくる鈍痛。それも承知の上だ。
「痛み」が欲しかった。誰かに痛めつけてほしかった。
「・・・・・」
誰かに笑ってほしかった。「情けない」と嘲笑ってほしかった。
「・・・くそ」
情けない。「罰」を受ければ、全てが帳消しになると思っている。
まだ終わったわけじゃないだろう。委員長を助けるには、まだ間に合うのに。
「くそっ!くそっ!」
ここで、あきらめては・・・また姉さんと同じことに・・・
「・・・・」
青空を見上げても、何をしても、
「今日は・・もう、帰るか・・」
学校にいたところで、発想が好転しない。
ネガティブに逡巡するくらいなら、いっそここじゃないどこかにいたほうがいい。
どこかへ消えてしまいたい。
「・・・くだらない」
そうだ。消えることなんて、できるわけがないのに・・。

下駄箱に手を入れると、手に何か紙切れのようなものが当たった。
取り出してみると、ノートの切れ端だった。そこには無機質に、こう記されていた。
「夜八時。屋上にて」
紙に汗が滲む。それほどまでに、威力のある文字群だった。
「黒峰かっ・・・」
おそらくその場で、相川の依頼に関する算段を決めるつもりだろう。
委員長に、どう「罰」を下すか・・。
「どうする・・・いや」
答えは、最初から出ている。
「行くしかないだろ・・」
行って、立ち向かうしかない。なんとか軌道を修正できるように。
黒峰をあしらえるとは到底思えない。だがこの程度、乗り越えなければ・・
「俺が・・潰される」

あの部屋を出る前の、霧野のことを思い出していた。
「入谷君」
淵に佇んだ俺を、さっと現実に引き戻すような、呼びかけだった。
「初依頼ですね。がんばりどころじゃないですか?」
「・・・・」
黙る俺をよそに、霧野は飄々と続けた。
「同じクラスの方だというのが、いたたまれませんね・・」
嘘をつけ。オマエも黒峰も、演技のレベルはどんぐりの背比べだ、そう思っていた。
「・・・なんて、言うと思いましたか?」
「・・!?」
霧野は、それまでの空気を、颯爽と裏返した。
「言っておきますが、同情の余地なんて、それこそ毛ほどもありませんよ」
今度は、身に刺さるような、研磨された冷気。
「同情・・だと?そんなもの、買うつもりもない!」
「そうでしょうね。そうでなくては、役目も務まりませんからね」
やはり、食えない男だ。実感した。
「せいぜい、がんばってみて下さい。さもなくば」
錐で穿たれるような、刺々しい空気だ・・。
「入谷君が・・潰されてしまいますよ・・・」
戸が開く音がして、
「最近は・・野蛮な輩も、多いようですからね・・」
そのまま、静かに、閉まった。

--------------------------------------------------------------------

夜。
それが示唆する心象は、人によって千差万別だろう。
暗黒、重力、闇、深淵、絶望、悲哀。
今の俺にある感情は、そのどれをも想起させなかった。
もう一度、自分を奮い立たせようと努めていた。
反乱の口火を灯して、その明かりで、この闇夜から闇を奪えるようでなければ。
潰されるのは、俺だ。いいや、俺だけではすまないんだ。
その決意を確かめるように、一つ一つ、階段を踏みしめて、彼の地へ向かう。
いつも登り慣れているこの階段が、俺を振り落とそうとしている気がした。
足元がふらつくのは、暗がりのせいだけではなかった。
「くっ・・」
やっとのことで、屋上の戸までたどり着く。
施錠されているはずだが、当然のごとく、開いていた。
夏でも夜になれば、屋上は寒いほどだ。まさに、世界が暗転したかのごとく。
世界が俺に向けて、別の表情を作ったかのように。
屋上に踏み入れると、夜風が俺を突く。
「・・・?」
足元に、奇妙な感触があった。何かを踏んでいるようだった。
「!」
いや、待て!これは・・人!?人が倒れているのか!?
「何・・」
飛びのくように、そこから身を退けると、辺りが月明かりに照らされてよく見えた。
倒れているのは、一人だけじゃない。
「何だよ・・これ・・」
寒気とも違う。そんな感覚が、電流のように背筋を伝わる。
ざっと数えても七、八人はいる。それだけの人数が、屋上の床に伏して倒れていた。
まさか死んではいないだろう。それでも、恐怖感を増幅させるには十分だった。
「う・・」
いくら不審事件が連発しているといっても、現場に遭遇したのは、初めてだった。
これは、コスモスの仕業なのか?何故俺は、ここに呼ばれたんだ・・?
「黒峰・・?」
よもや彼女にこんなことができるわけが・・違う奴らか・・?
「ぐぅ・・・お・・」
自分でも驚いた。背筋の悪寒を追い越して、吐き気がやってきたのだ。
嫌悪。今までのそれとは比類ない、凄まじい嫌悪。
どんな考えや憶測を並べても、無条件で駆逐されるような、事態の混沌さ。
理屈を排して、神経に訴えてくるような、異様なまでの恐怖。
「はぁ・・・はぁ・・・」
逃れられるなら、逃れたい。
立ち向かわなくてはと思っても、こんなことに予測など追いつかなかった。
自分の情けなさに痛み入る暇もない。
きっと、戦場に取り残された兵士というのは、こんな気分なんだろう。
後にも先にも、こんな絶望感に触れることはない。決意なんて、どこ吹く風だ。
「・・はぁ・・・」
俺が望んだ日常なんて、矮小すぎる。そもそも俺に、日常なんてあったのだろうか。
どこか遠くで起きていることだと思っていた。ちっぽけな遠雷を眺める気分でいた。
それなのに、コスモスと出会った途端、こうだ。
「ぐ・・」
世界が、俺に身を背けていただけだ。俺が世界の裏側を、見ようとしなかっただけ。
俺は、世界から・・取り残されていた・・・

「来てくれた・・・のね」

声のする方に振り向くと、そこにいたのは、最も逆説的な存在。
「ゆ・・・」
呂律がうまく回らない。訥弁ながら、それでも声を振り絞った。
「雪村・・?」
彼女は、倒れている人の山を縫って、こちらへやってくる。
なんだかその光景は超現実的すぎて、理解に苦しんだ。
「あれ・・読んでくれた・・だから・・来てくれた」
「オマエ・・」
もう、本当に何がなんだか・・考える気力も失せる。
仮説なんて立てたって、あらぬ方向から崩されるだけ。その連続。
「待っていた・・物理的にも・・精神的にも・・」
だから、彼女が説明するまで、俺は何もしない。それが一番、力を消費しなくて済んだ。
「あなたを・・あなたのような人を・・ずっと」
そう言うと、彼女は特に話をするわけでもなく、口をつぐんでしまった。
手厳しい措置だ。その間にどれほどの問いが、浮かんでは消えたことか。
「これを・・見たでしょ・・?」
「見えてなきゃ、目に節穴どころの騒ぎじゃないだろ・・・」
喋り始めたのは、次に風が吹いてきてからだった。
「あなたも・・もう知っているのだろうけれど・・・」
そこでやっと、中枢に言及する。
「これが・・コスモスのやり口・・・」
そのキーワードさえ出れば、あとはこちらの攻勢。
まくしたてずに、待っていた甲斐があった。やりとりに、慣れてきたのかもしれない。
・・慣れたくもなかったのだが。
「オマエも・・コスモスなのか・・?」
だからといって、これをやったのは雪村じゃないだろう。そんなの笑えない。
とにかく、今はコイツと向かい合うだけだ。
「半分ダウト・・」
ダウトって・・
「もっと・・論理的になって・・」
わかってるよ。いや、わかってないのはオマエだよ。
俺を論理的にさせないのは、誰が登場したせいだと思っているんだ。
「じゃあ、何でこんなところに・・いや、俺を呼んだのはオマエか」
「もっと・・論理的に・・」
相川の気持ちがわからないでもない。コイツを虐げてやりたくなってきた。
「・・・」
また風が、俺たちの間をすり抜けたあと、
雪村からは、話そうとしなくなった。俺に何を期待しているのか。
「じゃあ、何で俺を呼んだんだよ・・俺は今、こんなことしてる場合じゃ・・」
してる場合じゃあ・・ないんだよ・・
「それ」
不意に、雪村が俺を指差す。
「は?」
「それ・・あなたが焦っている・・そのこと・・」
委員長の・・こと?いや、きっと違う。もっと・・もっと、本質的な・・
「私が・・あなたを呼んだのは・・・あなたに、協力するため・・」
そう・・もっと本質的なこと。
「報復。コスモスへの・・報復」

それは、エースなのか、ジョーカーなのか。
いずれにせよ、俺の手札に、予期せぬカードが加わることになった。
多分・・どちらも正解だろう。今は、想像したくなかった。
10

やずや 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る