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理想と現実の話

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-ハード・ボイルド-を知っているか?
ハード・ボイルドとは不器用な男の生き方。
そう、俺はハード・ボイルドに生まれ、死ぬ運命なのだ。

今夜も一人、行きつけのバーのカウンターの一番奥の席で、
葉巻(もしくはクシャクシャの煙草)をフカし、ウイスキーを煽る。

「マスター、そろそろ行くよ」そう言ってテーブルの上にクシャクシャの紙幣を置いて、
グラスに残っているウイスキーを一気に胃の中へ流し込む。

「カラン・・・」とドアに付いているベルが鳴り、11月の夜の街の冷たい風が、
酒で火照った頬を冷やす。

俺は新しい葉巻に火を付け、寝床へと足を進める。

俺は某駅裏の裏路地にある雑居ビルの3Fで事務所を構えている。
なんでも屋の事務所だ。

ハード・ボイルドな俺には気楽な商売が向いている。

故障中のエレベーターを通り過ぎ、階段を3Fまで上り事務所の鍵を開ける。
コートを脱ぎ、ソファーに投げ捨てる。

突然、電話が鳴り出した。

俺は慌てず、椅子に座り足を組み、受話器を取り決まり文句を言う。
「はい、鍵開けから引っ越しまでなんでも致します。なんでも屋HARDです」
ハード・ボイルドっぽいトーンで言う。

「あ、那須君?突然で悪いんだけど、今日バイトの子が休みだから代わりに出てくんない?」
バイト先の店長だ。

「ああ、はい。いいですよ、これからいきます」
そう言って受話器を置く。

酔いを醒ます為、一杯の水を飲み、コートを着る。
雑居ビルの前で葉巻に火を付け、深夜の街の中を駅前のコンビニまで歩く。

俺は正直迷っていた。
子供の頃、マンガのハード・ボイルドな主人公に憧れて、
俺も大きくなったらハード・ボイルドな探偵になろう。と夢見ていた。
しかし現実は探偵にはなれず、なんでも屋。
しかも、依頼は殆ど無く、実質フリーター状態。
俺も26歳。そろそろ今後や現実について考えなければ。
でも、「夢を諦めたくない」その気持ちを大事にしていたい。

そんな事を考えていると、目的のコンビニに到着した。

ぐいぃぃーん。ピロリンピロリン・・・
自動ドアが開き、ベルが鳴る。
「はよーざいまーす。店長~?」
店長を捜して控え室に向かう。
「あっ、ごめんね那須君。急に出て貰って」
この店長は俺が事務所を開く為の資金を貯めている時からの知り合いだ。

「いいですよ、どうせヒマですから・・・」
あまり言いたくない言葉だ。

「じゃあ僕はもう帰るから後ヨロシクね」
そう言って、さっさと帰る。

深夜とはいえ、駅前のコンビニに人が一人も居ないのはどうなのだろうか?
人の心配をしている場合では無いが、このコンビニも経営危ないんじゃ・・・

「あ、お疲れ様でーす。災難ですねぇ急に呼ばれて」
倉庫からモップを持って女がでてきた。
彼女もこのコンビニで働いていてる。ちなみにフリーター。

適当な会話をしつつ仕事をする。
掃除、品だし、商品の整理・・・かれこれ4時間経つが、客は一人も来てない。
仕事が無くなり、控え室で休憩。

そのまま朝まで客は一人も来なかった。
バイトの交代が来て、俺達は解放された。
「はー、疲れた」彼女はそう言いながら、自転車を押す。

「お疲れさま」そう言って、事務所に戻ろうとした時。
「事務所見せて貰っていいですか?」と彼女は言った。

断る理由は無いので、事務所に招き入れる。
「へー、ドラマの探偵みたいな事務所ですねぇ」
彼女は感嘆の声を上げる。

俺はコートを脱いで、椅子に掛ける。
「何か飲む?」と言いつつ冷蔵庫を開けると、

「お酒が良い!!」妙に力強く彼女は言った。

結局、二人で酒を飲む。

何を話しているのか理解できなかった。
俺の頭の中は「男女二人きり、酒、夜勤明け・・・」などの要素が絡んで、
人には言えないような妄想が頭に浮かぶ。

しかし、俺はハード・ボイルド。
向こうからくれば頂くが、自分から攻めるのは・・・
そんな事を考えていると。

「・・・ぇ・・・ねぇ・・・おい!!」
軽く頭を叩かれた。
「夢が有るのか聞いてるでしょ?答えなさい!!」
彼女は酒を飲むと性格が少し変わる様だ。

「俺の夢はハード・ボイルドな探偵かな・・・」
つい、口が滑ってしまった。コレを話すと大抵笑われる。

「へぇ・・・ちゃんと夢あるんだ」
意外にも、彼女は笑わなかった。

まともに俺の夢を聞いてくれる人が居た・・・。
俺は少し感動して泣きそうになった。

「たしか、ハードボイルドってぇ・・・」
「違う!!ハードボイルドでは無い、ハード・ボイルド!」
俺には、この違いが許せなかった。

「いや、えっと。たしか、ハードボイルドって「固ゆでの卵」って意味ですよね?」
彼女は持っているグラスを見つめながら言った。

「えっ・・・・・・・???」
「固ゆで卵?ハード・ボイルドって「固ゆで卵」って意味なの?」
俺は少し錯乱気味に彼女を問いつめる。

「え?うん、確かね・・・」
相変わらず、グラスを見つめて答える。

そこから先の記憶は無い。

気付くと、目の前のソファーに彼女は寝ていた。

ブラインドから夕日が差し込む。

俺は熱いブラックコーヒーを淹れ、一口飲む。
そして、客用のミルクと砂糖をコーヒーに大量に入れた。

一口飲む。甘い、そして懐かしい味。
ハード・ボイルドといえばコーヒーはブラック!
でも、俺は甘いコーヒーが好きだったんだ。
その時点で俺はハード・ボイルドにはなれなかった。

「うぅ~ん・・・あれ? ここどこ?」
彼女が起きた様だ。俺の人生を救ってくれた恩人だ。

彼女にも甘いコーヒーを淹れてあげよう。
夢から醒めた俺の甘いコーヒーを。





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