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閉ざされた世界の復讐者

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第一話、家族

この街は巨大な円柱の形をしている。
上に行く程、身分の高い人々が暮らし、太陽が降り注ぐ。
下に行く程、暗く、身分の低い人々が暮らす。
最下層は最悪で、犯罪、病気などが蔓延し、太陽の光も殆ど届かない。

僕は6歳の時に此処、最下層の孤児院に売られた。
孤児院とは表向きで、実際は人身売買の倉庫みたいな物だった。

母は僕を生んだ時に死に、父は事故で死んだ。
父が死んだ後、家に仕えていた人達に売られて此処に来たのだ。

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「何してんだ?ああ?糞ガキが!」
孤児院の院長が怒鳴っている。一回・・・二回・・・僕を棒で叩く。

「うるせえよ、いつか見てろよ、糞ジジイ!」
僕の隣で男の子が院長に向かって大声を上げる。

僕は、彼がこの孤児院から逃げようとしている所を見つけ、止めようとした。
そして彼に近づいた所を院長に見つかり、一緒に罰を受けている。

パカンッ!!木と骨が当たった音がして、男の子は倒れた。

「おい!何してたのか言ってみろ」
院長は棒の先を僕の顔に押しつけながら、言った。

「ぅ・・・あ・・・・・・」
僕は上手く説明できなかった。

「イライラさせんな、糞ガキがぁ!」
院長は棒を振り下ろした。が、つい僕は避けてしまった。

「ああ?コラなに避けてるんだよっ!!」
ゴッ・・・っという音が聞こえて僕は気を失った。

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気が付いたら、既に皆寝ていた。
「よお、起きたか?」
僕と一緒に怒られてた男の子だ。

「悪かったな、俺のせいで殴られて。俺は「ジェイ」っていうんだ。よろしくな」
彼・・・ジェイはパンを差し出して言った。
「へへっ、食堂から盗んで来たんだ」

「僕は・・・「フェイ」っていうんだ・・・よろしく・・・」
僕はパンを受け取りながら言った。

突然ジェイは僕の背中を叩いて言った。
「もっとハキハキ喋れ!それと、「僕」なんてやめろ。「俺」って言え!」
彼は立ち上がって続けた。
「僕なんて言ってる様じゃあ、この先、生き残れねぇぞ」
彼はイジワルな笑みを浮かべて言った。

「あ・・・うん・・・」
僕はパンをカジりながら、答えた。

「俺達は今から兄弟だ。一緒に此処を出ようぜ!」
ジェイは僕の肩に腕を掛けて言った。

兄弟か・・・兄弟って事は、家族なんだ。
僕は嬉しかった。
両親が死んで、僕には家族がもう居なかったから・・・。
でも、また家族が出来た。
僕は純粋に嬉しかった。
第二話、脱出そして出会い

僕とジェイは仲良しになった。
よく二人で隠れて、孤児院の脱出作戦を考えていた。

「いいか?昼間の内に裏のフェンスを切って逃げるんだ。」
ジェイは地面に絵を描いて僕に説明した。

僕は黙って頷く。

「夜だと小さな音で気付かれるし、この街は昼間でも暗いから隠れるのは問題無い。」
ジェイは頭が良かった。度胸も有る。

僕とジェイが家族になってから一週間が経っていた。
                    
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殆どの怪我が治って2日後、僕達は脱出作戦を実行した。
「フェイ、荷物持っててくれ」
僕に荷物を預けると、ジェイは針金のフェンスを切って外に出た。
外にいるジェイに荷物を渡し、僕もフェンスの切れ目を通り、外に出る。

「行くぞ」
ジェイがそう言って走りだした。
僕は無言で頷き、後を追って走った。
           
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無心で走り続け、街の端まで来た。
大きな壁がずっと続いている。

「とりあえず、休もうぜ・・・」
さすがのジェイも疲れた様子で、建物と「街の壁」の間に座った。
僕もジェイの隣に座る。

「なあ、知ってるか?」
ジェイは息を整えて言った。
「あそこに見える大きな屋敷。あそこには死体を使って人間を作って売ってるジジイが居るんだぜ!」
ジェイはイジワルな笑みを浮かべて言った。

「嘘でしょ?え・・・本当なの?」
僕は孤児院で読んだ本を思い出した。
物語の中に出てくる博士が雷の電気を使って人間を甦らせたり、作ったりする話だ。

「ああ、本当だぜ。作られた人間は上に売られるんだってよ、ボディーガードとか奴隷にする為に」
ジェイは嘘を殆ど言わない、だから、本当なんだろう・・・。
僕は気味が悪くなった。

呼吸も落ち着いて、静かな沈黙が漂い始めた時。
ジェイは鞄を開けてパンを取り出した。
食事で出されるパンを残して溜めていたのだ。

ジェイはパンを半分にして僕に差し出した。
僕はパンを受け取る為、首の向きを変えた時、視界の端に倒れている人を見つけた。
僕は立ち上がり、倒れている人に近づく。

「止めとけって、行き倒れなんて此処では良くある事だ」
ジェイはそう言った。

「・・・・・・・・・」
僕は止まらずに、真っ直ぐ近づいた。
ジェイも「仕方ない」という感じで付いてくる。

「あの・・・大丈夫ですか?・・・・」
声を掛けながら、体を揺する。

「うっ、痛っ・・・」
女の人だ、辛そうに呻いている。

「ジェイ、何処かに移そう」
ジェイは頷くと辺りの家を見て回り、無人のボロ屋を見つけた。

女の人をボロ屋に移動する。

ジェイは鞄からパンと水を出して、女の人に渡した。
女の人は、それを食べたら寝てしまった。

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翌日の朝。
朝といっても、此処は朝も夜も変わらずに暗い。
目が覚めると、ジェイは居なかった。

「うう・・ん?・・・・」
女の人が起きた様だ。

彼女は僕に言った。
「あの・・・昨日は有り難う。私は「ミア」って言うの。あなたは?」

「ぼく・・・俺は「フェイ」・・・よろしく」

僕と彼女が自己紹介と雑談をしていると、

「あーっ!なに楽しそうにしてんだよ、俺が苦労してメシ探してきてるのに!」
入り口で袋をぶら下げたジェイが大声で言った。

僕とジェイとミアは食事をしながら色々な事を話した。
ミアは僕達より5つ年上で、足が悪い事。
僕達2人は孤児院を脱走して、逃げている事。
そして、これからの事・・・。

ミアは足が悪く、此処では一人で生きていけない。
知り合ってしまった以上、見殺しには出来ない。
ジェイも「俺に任せろ」と言ってくれた事。

以上を踏まえた上で、「一緒に住む」という結論になった。
家族がもう一人増えた。キレイな女の人だ。
キレイとか女の人とか関係無く、家族が増えた事が嬉しかった。 
4, 3

  

第三話、楽しい時間と別れ

僕とジェイ、そしてミアの3人での生活は本当に楽しかった。

僕とジェイで食料を手に入れる為に色々な事・・・良い事も悪い事もした。
拾った物を売ってお金に換えたり、店の手伝いをして褒美を貰ったり、店から盗んだりした。

少しすると、最下層の事も解ってきた。
街の中央に大きな柱が三本あり、それが上の街を支えているらしい。
上の人は下へ自由に来られるが、下の人が上に行くのはとても難しいという事。
殺人、強盗、強姦、窃盗・・・数えたらキリが無い程に此処には犯罪が溢れていた。

親を殺された、又は親に捨てられて路頭に迷っている小さな子供を家族に加えたりして、
僕の家族は増えていった。

最初は3人だった家族が、今では6人だ。
ジェイは子供達から「リーダー」なんて呼ばれてるし、
ミアは子供達にとって母親代わりみたいになっていた。
彼女は足が悪い為、一日の殆どをベッドの上で過ごした。

その日によって食べる物が少なかったり、場合によっては無い日もあった。
苦しい時でも家族が一緒なら我慢出来た。
本当に楽しくて、家族と一緒に居られるのが嬉しかった。

汚かった「ボロ屋」も皆で力を合わせて、「ほったて小屋」位にはなった。

そんな生活が6ヶ月目を迎えようとしていた日の事だった。

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皆で夕食を食べている時だった。
知らないオジサンが僕達の小屋を尋ねて来た。

「お前がジェイだな? 本当の両親が、お前を引き取りたいそうだ。」
僕には、オジサンの言葉の意味が解らなかった。

「あ?何言ってるんだよ!俺の母さんは病気で死んだ!アンタ誰だよ!」
ジェイはフォークを握り締め、怒鳴った。

オジサンはジェイの質問を無視して続けた。
「お前は誘拐されて最下層に来たんだ。お前の両親は上の方に住む裕福な家だ。」

ジェイも意味が解らなそうに、ポカンとしていた。

「お前は女に誘拐されたんだよ。お前の両親はずっと探していたそうだ。」
オジサンは煙草の煙を吐きながらジェイを見た。

「家に戻れば、そんな物、食わなくて済むぞ、服も綺麗な物を着れる・・・」
オジサンが話している途中でジェイは叫んだ。

「ウルサイッ!!黙れ!俺の母さんは一人だ、今はコイツらが家族だっ!」
ジェイはオジサンに言った。

「もう、帰れよ・・・俺の親は、もう居ないんだよ」
ジェイはうつむいて言った。

オジサンは煙草を地面に捨て、足でグリグリと踏んで言った。
「また来る。それまでによく考えておけ」

そう言って帰って行った。

賑やかだった食事が静まりかえってしまった。

僕は最初に声をだした。
「ジェイ、両親が待ってるなら帰った方が良いよ・・・」

「お前、俺が邪魔なのか?俺は必要無いのかよ!?」
ジェイは怒った様に僕を睨んで言った。

「そうじゃ無い。ジェイは家族だよ、家族の幸せを願うのは当たり前だろ?」
僕がそう言うと、ジェイは黙ってしまった。

「そうね、両親の所で幸せになって」
ミアも僕の意見に賛成の様だ。

黙っていた皆が口々に言い始めた。
「そうだよ!リーダーが居なくても、僕達は大丈夫だよ」
「私もお金稼ぐの頑張るから・・・」
「やだよ・・・リーダー・・・」
皆、それぞれの思いを口にする。

黙って下を向いているジェイの肩を僕は軽く叩き、言った。
「ジェイ、上に戻って偉くなって、こんな最悪な街を変えてくれよ」
「後は俺が頑張るから心配しないでくれ・・・な?」
僕は話しながら涙を堪えた、本当は行かないで欲しかった。

ジェイは何も言わなかった。


3日後、ジェイは、「僕らのリーダー」はオジサンと一緒に上に帰って行った。
僕が8才になる直前の事だった。
第四話、悲劇の結末

ジェイが上に帰って、13年が経った。
その間、楽しいこと、嬉しい事も一杯あった。
でも、悲しい事も一杯あった。
その度に家族で分かち合い乗り越えてきた。

俺は20歳になっていた。
毎日頑張って働いている。家族を飢えさせる訳にはいかない。

俺が18歳、ミアが23歳の時から俺達2人は恋人同士だった。
あと半年もすれば、もう一人家族が増える。俺の血が通った「家族」だ。

今は、俺とミア、他に5人の子供と一匹の犬がいる。

理屈じゃない、血も生まれも犬も人も関係無い。皆、俺の家族だ。

ミアは相変わらず足が不自由だけど、幸せな日々だ。

ジェイは上に帰って幸せになれただろうか?
俺には確かめる術は無い、ただ幸せである事を祈るだけだ。

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俺は毎朝早くに家を出る。
「それじゃあ、ミア行ってくるね。」
「お前たち、家を頼むよ。」
仕事に出掛ける前にミアと子供達に挨拶をする。

いつもの朝、家族の「行ってらっしゃい、頑張ってね」の言葉を背中で受けながら、家を出る。

俺の朝はゴミ捨て場で始まる。
使える物を拾い、直して売るのだ。
その後、食堂で夕方まで働き、夜は飲み屋で働く。

この街の最下層では賃金が低い為、これでもギリギリの仕事量だ。
だが、家族に満足な食事を与える為なら、苦にならない。

そんな、いつもと変わらない日だった。
違ったのは、「普段より少し飲み屋が繁盛していた」ということだ。
いつもより忙しかった為、帰るのが少し遅くなった。


仕事からの帰り道、俺はいつも嬉しい。
家に帰れば、俺の家族が待っているからだ。
その為、俺は家までの曲がり角を数えて帰る。
あと、3つ・・・。2つ・・・。そこの角を曲がれば、俺の家が見える・・・。

そうやって、いつもの様に角を曲がる。
俺の家が見えた!が、おかしい・・・明かりが付いて無い。
なんとも言えない不安が俺を襲う。
この街では殺人や強盗などは日常茶飯事だからだ。

「まさか・・・!」
家に向かって走る。
家の前に着いた時、犬が・・・子供達が拾って来た犬が死んでいた。
踏みつぶされた様にぐったりとしている。

ドアを開けると、そこには地獄が広がっていた。

五人ともテーブルの前で倒れている。
俺は駆け寄り、大声で叫んだ。
「どうした!?おいっ・・・」
反応も息も無い。
子供達を触った手には、べっとりと血が付いていた。

俺はその場で座り込んでしまった。
呆然としていると、奥の部屋から明かりと、小さな声が聞こえる。

「ミア?生きている!?」僅かな希望を見つけ、奥の部屋へと続くドアを開ける。

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奥の部屋に居たのはミアだけでは無かった。
もう一人居た。
ミアの上にズボンを降ろし、覆い被さっている。

自分の目を疑った。
気付くと、ミアの上にいた男を殴り付けていた。

息を切らしながら、ミアを見る。
涙を流し、こちらを見ようとしない。
「ゴメン・・・ミア、かける言葉が見つからない・・・」

俺が殴り飛ばした男が起きあがりながら言った
「へっ、お前まだガキ共の面倒見てたのかよ・・・」

そして、再び俺は自分の目を疑った。
「ジェイ・・・お前・・・」
言葉が出なかった。

「俺は知っちまったんだよ、上から見ると最下層にいるのは人じゃねえんだよ」
「最下層で起きてる殺人や強姦の大半は上の人間がウサ晴らしにやってるんだよ」
「ワリーな、俺も一度こんな良い女抱いてみたかったもんでよぉ」

ジェイの言っている事は気にならなかった。
何故・・・どうして・・・俺の家族を・・・殺す・・・ミアを・・・

「ジェイッ!!お前!」そう言って、一歩ジェイに近づく。

「おっと、動くな。殺されたくなければ黙ってろ」
ジェイは銃を構えて言った。
「俺の実家はマフィアだったんだよ・・・今じゃ幹部様だぜ。」
銃口は俺に向いている。

「いいじゃねえか、その辺にガキはゴロゴロ居るしよ、一発ヤった位でそんな怒んなくたってよぉ」
怒りが込み上げて来る。
「なあ、兄弟。俺達は家族だろう?」
ジェイは片手でベルトを締めながら言う。

「・ぇ・・ぁ・・・」
俺は拳を握り締めた

「あ?何だって?」
耳に手を当て、大げさなリアクションで聞き返してくる。 

「限界だって・・・言ったんだよっ!」
撃たれるのを覚悟で殴りかかった。

「パンッ!」乾いた音がした。
火薬が爆発し、弾丸が発射されるときの音だ。

しかし、俺に痛みは無い。

頬を思いっきり殴り付けた。
「ゴキッ」と手首の辺りから鈍い音がして、痛みが走った。

自分の身体を見る、血は出てない。
弾が外れたのかと思った・・・でも違った。
俺に銃弾が当たらなかったのは、ミアが銃にしがみついたからだ。

「ミア!大丈夫か」声を掛けたが返事は無い。
既に絶命している様だ。

「ミアーーーーーーッ!!」
思いっきり強く抱きしめても、大声で名前を呼んでも、反応は返って来ない。

そして、さっきと同じ乾いた音。
命を奪う機械の出す音が響く。

背中に鋭い痛み。
振り返る・・・今度は胸に腹に腕にノドに何発もの銃弾がメリ込んだ。

「チッ!ガキとできそこない女くらいで2回も殴りやがって・・・」
そう言って、ジェイは部屋から出ていった。

どれ位の間生きていたのだろう。
身体は動かなかったが意識は有った。
考えていた事は一つ。
「憎い!子供達を、ミアを、そして・・・新しい命を奪った奴に復讐を・・・」

突然、男が入って来た。
長く最下層に住んでいるが、見た事の無い男。

何か言っているようだ。。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何を言っているのか、既に聞こえなかった。



そして俺は死んだ。
6, 5

  

目が覚める。
目の前に広がるのは、俺の家の天井・・・では無かった。

視界が霞んで、よく見えない。
とりあえず、仰向けの状態から上半身だけ起こす。

俺は何かの液体に浸けられていた様だ。
頭がボヤッとしてて何も考えられない。

「目が醒めたか、気分はどうだ?」
聞いた事が無い男の声がした。
後ろを振り向くと、白い老人が居た。

「・・・・・・」喋ろうとしたが、声が出なかった。

「銃弾に声帯をやられていた。修復にジャマなので、切り取らせて貰ったよ」
老人はコーヒーをかき混ぜながら、言った。

銃弾?切り取る?何を言っているんだ?
俺には老人の言っている事が理解出来なかった。

「その身体のタイムリミットは約250時間。定期的に薬の投与が必要だ」
老人は小さな箱を持って来た。
 
「コレは高濃度の麻薬みたいな物だ、通常の人間ならばショック死する程のな・・・」
老人が見せてくれた箱の中には小さな注射器が5本入っていた。

「身体の動きが鈍くなったら投与しろ。無くすなよ」
老人は次々に説明をするが、老人が誰なのか、何を言っているのか、俺は理解出来なかった。
しかし、声を出せない俺には、それを伝える手段が無かった。

「ボーッとしてるな!時間が無いぞ、さっさと準備をしろ。」

俺は大きな水槽から出て、服を着た。
関節が固まっていて動きづらい・・・

「お前の身体は特別製だ、大事に扱えよ。」

「・・・・・・・・・・」
よく解らないが、とりあえず解放してくれるようだ。

家に帰ろう・・・。

                     ・ 
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                     ・

外に出て解った。
俺が居たのは、死体から人間を作って売っている奴の屋敷だった。

昔、ジェイに教えて貰った事だ。

と言う事は、俺の家はすぐ近所だ。

あと、二つ。いつもの様に曲がり角を数えながら帰る。

あと一つ・・・そこを曲がれば俺の家が見える。

俺の家まであと少し。

俺はいつも通りにドアを開ける。

そうしたら、いつもの様に家族が迎えて・・・いない?

俺の家族は居なかった。
変わりに、床に半分腐敗した死体が転がっているだけだ。




全てを思い出した。
俺は家族を殺され、自分も撃たれて死んだ。



「・・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・・・・ぁぅ・・・・・・・・・・・・・・・・!」

俺は泣き叫んだ。
でも声も涙も出なかった。
そして、家族を失った悲しみも、すぐに消えて何も感じなくなった。

俺は家族を運び、この最下層で数少ない太陽光の当たる場所に埋葬した。

俺の中には、家族を失った悲しみも、自分が死んだ事に対する絶望も無かった。
俺に残された物、それは「憎悪」だけだ。

「復讐」それだけの為に俺は甦り、生きている。


残された時間、残り約9日間。
「ガガッ!キィ~」
古いからか、耳障りな音を立ててドアが開く。

「何故帰って来た?」
老人は静かに聞いた。

俺は紙とペンを探し、言いたい事を書いた。
「全部思い出した、 この身体の事を教えてくれ、 何故甦らせた?」

老人は紙を見て、独り言を言った。
「ふむ、記憶障害か・・・記録しておこう。」

「さて、じゃあ質問に答えてやる。ついでに簡単な整備もしてやる。」
老人は俺の近くの椅子に座り話し始めた。
「簡単に言えば、その身体は死体だ。特別製のな・・・」

老人は、俺に怪しげな注射をしながら言った。
「お前達の事は前から知っていた。あの日、家族を殺されたお前の目には憎悪があった。」
「憎悪を持った死人。興味深いだろう?」
「私は研究者だ。目の前の興味を無視する事は出来ん。お前にとっても都合が良いだろう?」

老人は近くの資料を見せながら説明した。
「その身体は通常の人間では考えられない身体能力がある。」
「まず、物理的な力、運動能力、体の耐久度がケタ違いだ。」

老人は興奮気味に話し続ける。
「そして、痛みを感じない様にした。復讐するのには邪魔だろうと思ってな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」
話そうとして、言葉が出ない事を思い出した。
仕方無く、また紙に書く。

「この身体で復讐しろと?」
そう皮肉を書こうと思ったが、やめた。
代わりに、「ありがとう」そう書いて俺は部屋を出た。

俺は自分の家に向かいながら、「上」を見上げる。
太い柱が天井に伸びていき、天井を支えている。

もう俺は、家に帰るまでに「曲がり角の数」を数えなかった。
そして、俺は自分の家に火を付けた。

燃えていく。

思い出も家族の痕跡も・・・俺の痕跡も。

家を包む炎を触る。
熱く無い・・・、だが皮膚は焼けてただれた。

焼けた指先を握り締め、俺は「上」に向かう為の昇降口に向かって歩き出した。


残された時間、残り8日と半日。
8, 7

  

この街の昇降口は最北端に一つだけだ。

そこには、マフィアに金で雇われたチンピラ達が見張り番をしている。
「万が一にも、下層の人々を上部に上げてはいけない」それがこの街のルール。

相手は恐らく銃や刃物などの武器を持っているだろう。
こちらも何か武器が必要だ。

銃とは言わない、丈夫な刃物か・・・無ければ鉄パイプでもいい・・・
鉄パイプ・・・そうだ、ゴミ山になら・・・

家族を養う為、俺が毎朝通っていたゴミの山がある。
丁度近くだったので、ゴミ山へ行く事にする。

相変わらず此処には鉄クズや壊れた家具等が転がっている。
手頃そうな、鉄パイプが飛び出している。
うっすらとサビが浮かんでいるものの、まだ頑丈そうだ。

俺はその鉄パイプをしっかりと掴んで引っ張った。

すると、握った部分は潰れ、先には太く頑丈な鉄骨がくっついていた。

一人の人間が動かせる大きさの鉄骨では無かった。
その上、この鉄骨は完全にゴミに埋まっていたのだ。

どうやら本当に俺の身体は「特別製」らしい。

鉄骨にしっかり付いている鉄パイプを引き剥がす。
まるで、小さな枝を折る様に、力を入れなくても取る事が出来た。

俺は3メートル位ある鉄骨と引き剥がした鉄パイプを持ち、北の昇降口へ向かった。

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                      ・
                      ・

見えた、あれが昇降口だ。
実際に昇降口に近づいた事は無かった、ジェイに「行くな」と言われていたからだ。
捨てられてからの俺に取って、ジェイはすごく大きな存在だった。

でも、今は「大きな存在」の意味が違う。
俺は今、奴を殺す為だけに生きているのだから・・・

昇降口の手前まで来た。
予想通り、チンピラ共が出てくる。
ざっと、20人・・・

銃を持っている奴は半分位、これも予想通りだ。

「止まれ! 何だお前は? そんな物持ってどうするつもりだ!」
チンピラの中の一人が一歩前に出て言った。

奴がリーダーか・・・?
どちらにしろ、関係無い。
俺の邪魔をするならば・・・「殺す」だけだ。

「テメェ!コラきいてん ノゴッ!」
俺の投げた鉄パイプはリーダーらしき奴の腹を突き抜けた。

チンピラ共が騒ぐ。
数人が銃を構えるのが見えた。

盾にする為、リーダーらしき男の首を掴み、持ち上げた。
まだ生きている「ぐっ・・・ご、ゴボッ・・・」苦しそうな声が聞こえる。


銃を持っている奴らは撃つのを躊躇している。
ブラリと力が抜けた男の身体は軽かった。
掴んでいる首もヌイグルミの様に柔らかい。

俺は目を瞑り、首を掴む手に力を込めた。

簡単だった。

リーダーらしき男の首は簡単に手の中で潰れ、頭と胴体が別れて地面に落下した。

叫び、怒声、銃声・・・何も感じない。
手には大量の血が付いている。

前にも同じ事が有った・・・。
子供達の死体を思い出した。

悲しくは無かった。
ただ・・・憎かった。
子供達を、ミアを殺した・・・アイツが・・・。

                   ・
                   ・
                   ・

気が付くと、俺は一人の男の頭を掴んでいた。
苦しそうな声を出している。

辺りには何体もの死体が転がっていた。
腹に大きな穴が開いている者、頭が無い者、変な形に曲がっている者・・・

全部、俺が殺したのか・・・?

俺は再び、掴んでいる男を見る。
頭の形が歪み、既に動いていなかった。

その男を離し、自分の身体を見ると、着ている服に何カ所か小さな穴が開いている。
俺の身体にも小さな穴が開いていた。
銃で撃たれた様だ。

昇降口に設置されている鉄柵の隙間を無理矢理に広げ、奥の階段を登る。

自分に開いた穴と、簡単に殺せたチンピラ達・・・。
それを思い出すと、「人の命」は何て軽いのか。と、嫌になる。

その嫌な気分も数秒後には消えているだろう。

俺は、あと何体の死体を作るのだろうか・・・


残された時間、残り8日。
薄暗く、長い階段を上る。

存在するのは鉄板と靴底の当たる音だけ。

既に、チンピラを何人も殺した「罪の意識」も「後悔」も無かった。
ただ俺の家族を殺した「アイツ」を殺す事だけを考えている。

長い階段を上り終えると、一枚のドアがあった。

錆びた鉄のドアは大きな音を立てて開く。

ドアの先に見張りは居ない。
どうやら、規制されるのは下から上に行く場合だけの様だ。

俺は、この階の「人々の生活」を知らないが、最下層よりは遙かに良い様だ。
建物はどれも汚いが、子供達が元気に走り回って遊んでいる。

重く沈んだ気分が、少しだけ軽くなった気がした。


そういえば、俺はジェイの居場所を知らない。
奴は俺を殺した時、「実家がマフィアで今は幹部」と言っていた。

大抵のマフィアが住むのは、此処より一階上の層だ。
一部の幹部連中は最上部に住んでいる事もあるが・・・。

兎も角、此処にいるのは金で雇われたチンピラ程度だ。

ならば、この階に用は無い。
此処から上の階にいくには南の昇降口を上がれば良いハズだ。

俺は元気に遊ぶ子供達を見ながら、横を通り過ぎた。


正面を向いた時、銃を持った数十人のチンピラが走ってきた。
気付いたのが遅かった。

俺の後ろで子供が遊んでいるのに、銃撃を始めた。

無意識に子供達の前に立ち、盾になる。

身体に突き刺さる銃弾・・・血液は出るが、相変わらず痛みは無い。
この瞬間、自分は既に人では無い事を実感する。

後ろで子供達の泣き声が聞こえる。

振り返ると、数人の子供が血を流し倒れている。
中には動いていない子供もいた。

唐突に思い出した。
俺の家族の死体を見つけた時を。


自然に呼吸が荒くなる。
目を見開き、何も言わなくなった家族達の顔が、頭に浮かんでは消えていく・・・。
力一杯に拳を握りしめ、歯を食いしばる。


しかし、急に気分が落ち着いた。
今、自分が何故怒っていたのか理解出来なかった。


足下の石を拾ってチンピラに投げる。
顔に当たったチンピラが後ろに飛び、少しもがいてから動かなくなった。


一番近くに居たチンピラの脇腹を蹴り飛ばす。
その場で二つの塊に分かれた。

その横に居た奴の胸部を殴る。
腕の太さと同じ大きさの穴が開いた。

そうか、俺はこうやって死体を作ったのか・・・。
ただ、自分の行動を冷静に見ているだけだった。


突然、後ろから物凄い力で弾き飛ばされた。

正面の建物と「何か」の間に挟まる。
ぶつかった建物が崩れ、外から声が聞こえてくる。

「やった!  ザマーミロ  死んだか? ・・・」

動く、身体は壊れてない。

起きあがり、振り返ると、建設用の重機が目の前にあった。

建物から出ると、また銃撃が始まった。

一つ思い出した。「俺には時間が無い」事を・・・。


崩れた建物の屋根に使われていた鉄板を掴み、振り回す。
チンピラ共は簡単に切れてバラバラになり、死んでいく・・・。

今度は何人殺したのだろう。
バラバラになった「人間の部品」を数えれば解るだろうが・・・。

さっきの子供達を見る。
やはり、血を流したまま動いていない子が数人いる。

今度は何も思わなかった。
俺のやることは此処には無いから。


南の昇降口が見えてきた。
恐らく見張りがいるだろう。


暫く歩いていると、急に足が動かなくなった。

不思議に思っていると、立っていられなくなった。
思い出した、白い老人が薬の事を言っていた。

ズボンのポケットから注射器を一つ取り出し、腕に刺して薬液を体内に注入する。
目がチカチカした後に吐き気がする。

30秒程、安静にしてから、長い息を吐き出し、立ち上がる。
これほど急に動かなくなるとは思わなかった。

大体、50時間前後で動かなくなる様だ。
次は動かなくなる前に打っておこう。


南の昇降口へ向かって歩き出す。

残された時間、残り7日と半日。
10, 9

  

「ハァ・・・ハァ・・・」
歩いているだけで、息が切れる。

視界が歪み、揺れている。
まともに歩けない。

「白い老人から貰った薬」を注射してから、体調がおかしい・・・。
通常の人間ならばショック死するらしいが・・・。


俺には時間が無い、急がなければ・・・。

ふらつきながら、歩いていると「南の昇降口」の近くまで辿り着いた。

建物の影から見張りの数を確認する。
相手も、ついに本気になったらしい、150人は居る。
しかも、建設用の重機や自動小銃を持った奴までいる。

しかし、俺が一番心配なのは、人が入っている水槽だ。
恐らく俺と同じ改造人間だろう・・・
あの老人は「人間を改造して売っている」と聞いた。

今の自分の体調と相手の武装+人数を考えると勝てる確率は、高くない。

強力な武器を探すか、一度に数を減らす方法を考えなくては・・・。
そう考えて昇降口を離れようとした時。

「いたぞーーーーー!!」すぐ近くで大声が聞こえた。
見張りに見つかった様だ。

やるしかない・・・か。
息を大きく吸い込み、建物の影から飛び出て走る。

一台の重機が向かってくる。
正面から受け止め、力を込めたら持ち上げてしまった。

自分でも驚いた。
俺はこの重機を「銃撃からの盾」にしようと思い、受け止めたのだ。
それが力を込めると浮いてしまった。

薬を打った直後だからか・・・?
どちらにしろ、好都合だ。

重機を敵集団の中央へ投げた。
一斉に敵は逃げるが、間に合わずに何人も潰れた。

更に、重機や岩などを投げつけ数を減らす。
敵は逃げるのに精一杯で殆ど反撃して来ない。

「勝てる」そう確信した。


しかし、俺は忘れていた。
俺と同じ、「改造人間」が居た事を・・・

重機から漏れた燃料に引火し、燃え上がる炎の中から一人、歩いて出てきた。
全身の皮膚が焼けただれ、「まぶた」や「髪の毛」は焼け落ちていた。

苦しげな呻き声を上げ、ゆっくりと近づいてくる。

俺はチンピラの死体から自動小銃を拾い、
人造人間に向けて、発砲した。

自動小銃は大きな音を立てて、銃弾を連続で射出した。

しかし、人造人間は一向に足を止めない。
相変わらず、苦しそうに呻きながら近づいてくる。

銃を捨て、また岩を持ち上げた。

人造人間の方を向くと・・・居ない。
さっきまで歩いていたのに、今は居ない。

何処に行った?

「ぅ・・ぅうぅぅ・・・」背後から呻き声が聞こえた。
振り返る前に、前方に弾き飛ばされた。

恐らく、奴も俺と同じ「死に難い身体」だろう。
ならば・・・手足を切断し、「行動不能にする」か、「完全に殺す」しかない。

立ち上がり、距離を一気に詰める。
人造人間は「殴る」為の動きをした。

人造人間の拳を右手で受け止め、肩を左手で掴んだ。
そして、力一杯に握る。

「ゴッ・・・ギリッ、ギギギ・・・ビッ!ビィィィ・・・」
肩が外れ、骨が砕け、皮膚が引き裂ける音。


俺の右手には、力の抜けた「人の腕」が握られていた。
肩から大量の血液を流しながら、人造人間は立ち上がる。

恐らく、既に恐怖も自我も無く、ただ俺を殺す為に立ち上がるのだろう・・・

「今、楽にしてやるから・・・」
心の中でつぶやいた。

人造人間は、残った右腕で又殴ろうとする。
今度は左手で拳を受け止め、右手で頭を掴む。

そう「人を殺す」のは簡単だ。
頭を潰せば良い、虫と同じだ・・・。

「ぅぅぅ・・・」苦しそうに呻く人造人間の声を聞きながら、

俺は右手に力を込めた。








気が付くと、チンピラ達の姿が消えていた。
追いかける気は無い、邪魔をしないなら殺す理由が無いからだ。

俺は人造人間を火の中に投げ入れた、潰れた頭部と腕も一緒に・・・。
望んで改造された自分と違い、一般人の死体から作られたのだろう。

望んでいないのに、死体を改造され殺戮に使われる・・・。
俺の中の「人の部分」が痛む。

俺は純粋な復讐マシーンになれていない。
人の部分が少しだけ残っている。

嬉しいのか、悲しいのか解らなかった。

しっかりと葬ってやりたいが、俺には余分な時間は無い。
昇降口の階段に向かって歩き出す。

歩きながら、身体の損傷を確認する。
今回は特に大きな損傷は無いようだ。

こんな時、「痛み」が無いと不便だ。
有ればもっと不便だが・・・。

鎖と鉄筋、錠前で強固に閉じられた扉を蹴破って階段を上る。
恐らく、この一階層上に「ジェイ」は居る。


そんな気がした。

残された時間、残り6日。
また長い階段を上る。

ただ復讐する為に・・・。

家族を殺した男を殺す為に・・・。


-----「復讐」して何になる?


突然、頭の中に声が響いた。

何になる? ただ憎いから「殺す」、それだけだ。


一つの質問に答えても頭の中の声は止まらない。

-----家族を殺されたから、殺すのか?  
             -----人の命を奪うのか?
 


-----お前の家族は帰ってくるのか?死んだ人間は生きていてはいけない。
                 
                  -----死ぬべきなのは、お前の方じゃないのか?


強引に頭の中の声を振り切った。

そんな事は解っている。
ジェイを殺しても・・・子供達もミアも帰って来ない、俺も生き返らない。

でも、この憎しみをどうすれば良い?

「エゴイスト」だと言われても、俺にはどうする事も出来ない。


以前にも見た鉄のドアが現れた。

今度は比較的スムーズにドアは開いた。
頻繁に開けられているのだろうか?

此処は上から数えて二番目の階層だ。
太陽の光が上から漏れていて明るく、電灯や火を灯している人が居ない。

時間的には早朝の為、多くの人は居ない。


流石に見張りが居ると思っていたが、予測が外れた。
下の階で確実に俺を殺せると思っていたのか?

どちらにしろ、ジェイは登ってくるのが俺だと知らないハズだ。
ヤツの住居を探しだし、隙を見て・・・殺す。

                    ・
                    ・
                    ・

地面に座り、所々から漏れてくる朝日を見ながら時間が過ぎるのを待つ。

とにかく、人が活動する時間まで待たなければ居場所を見つけられない。

しかし、此処には廃屋も隠れるのに適した場所も見当たらない。

残り時間は6日弱か・・・。
此処で仕留められるならば、十分な時間だ。

ポケットから薬が入った注射器を取り出し、腕に刺す。
眩暈と吐き気がする。
前回の注射時よりは弱いが・・・。

目を閉じて落ち着くのを待つ。

俺には、ジェイを殺す理由も決意も有る。
しかし、階段を上っている時から頭の中に響く「声」が、
俺に疑問の答えを迫り、決意を鈍らせる。

今の俺には「人間の部分」は不必要だ。
冷酷に、ただ目的を達成すれば良い、それだけのハズなのに・・・。


整然と立ち並ぶ家から朝食の臭いが漂ってくる。
ジェイを探そう。

頭の中の声を振り切り、立ち上がる。
やはり、薬を打った後は身体が軽い気がする。

歩きながら、もう一度自分の決意を確認する。
「そう・・・俺に人間の部分は必要無い。」


残された時間、残り5日半。
12, 11

  

ジェイを探す為、フラフラと街の中を歩き始める。

人の姿が増えてきた大通り沿いを歩いていると、一つの事に気が付いた。
周囲の人々が俺を見ている。

自分の姿を見れば、その理由も解る。
全身血塗れで傷だらけの汚れた格好の男がキョロキョロしながら歩いていれば、
誰でも不審に思うだろう。

今、目立つ訳にはいかない。
噂や情報を与え、警戒されると厄介だからだ。


人の目から逃げる様に、狭い路地に入る。
もう少しマトモな服を調達しなければ、堂々とジェイを探すのは無理そうだ・・・。

子供の頃、古くなった服や家具・・・つまり廃棄する物は、
「ダストシュート」と呼ばれるゴミを最下層に捨てる為の穴に捨てていた。
自分で捨てに行った事は無いが・・・。

そこを見つければ、服は調達出来るだろう。
「恐らく、街の端の方に在るだろう。」

俺は街の端を目指して狭い通りを進んだ。

                   ・
                   ・
                   ・

思ったより簡単に「ダストシュート」は見つかった。

山の様に積まれているゴミを数人の男達が大きな穴に捨てていく。
恐らくソレが仕事なのだろう。

早速、マトモな服を探し始めたが・・・。
ほぼ、破れていたり汚れている服だ。

「中流階級の人達も流石に綺麗な服は捨てないか・・・。」
下層の人々は、この破れた服を洗い、繕って着ている。
俺が最上層に住んでいた頃は気に入らなくなったり、
ちょっと汚れたら捨てていたのだが・・・。


大きな袋を見つけて開けると、まだ綺麗で立派な服が入っていた。
袋の中を見た限り、コレはギャングの幹部が捨てたゴミだろうと推測できる。

黒いコートと白いYシャツを取り出し、サイズを確認すると大丈夫そうだ。
早速、服を脱いで着替え始める。

最下層から着てきた血塗れのグレーのコートを脱ぎ、
銃弾で穴の開いた黒いTシャツを脱ぎ、身体を見ると・・・。

血が乾燥して汚れていた。
古いシャツで乾燥した血を拭き取り、新しく調達した白いYシャツを着て、
黒いコートに腕を通す。

「少しはマトモになったかな・・・?」
これで、堂々と大通りを歩ける。

                   ・
                   ・
                   ・

上から僅かに漏れて差す日差しが赤くなってきた。

結局、見つからない。
街の溢れる人々の中から一人の人間を、たった一人で探すのだ。
すぐに見つかるとは思っていなかったが、残りの時間も少なくなってきた。

「急がなければ・・・。」という焦りが出始めた。

その時、目の前を黒くて大きな車が通りすぎた。
車の行く先を何気なく見ると、すぐ近くの大きな家の前で止まった。

数人の護衛らしき人の後に出てきたのは・・・ジェイだった。
「やっと見つけた。」

早足で確実に近づいて行く・・・。
頭の中に響く、「決意を鈍らせる声」は既に聞こえない。

あと数十メートルという所で、
大きな家のドアが開き、子供が2人走って出てきた。
「パパーおかえりー。」
笑っている子供達の後から母親と思われる女の人も出てきた。
何を話しているのか聞こえなかったが、仲が良さそうに笑っている。


   -あの幸せそうな家族を引き裂くのか?-

            -残された子供や奥さんはどうする? 責任は取れるのか?-


あの「決意を鈍らせる声」が頭に響く。
俺の足は前に進む事を止めた。

ジェイが憎い気持ちは変わらない。
でも、「俺の子供達」の笑った顔が頭に浮かんできて殺せなかった。

「とりあえず、子供や奥さんの目の前で殺す必要は無いだろう・・・」
そう考え、振り返って歩き始める。

先程の送迎を見る限り、護衛は運転手を含め4人。
明日の朝、出掛ける所を狙って殺す。


「ジェイの家族はヤツが死んで悲しむだろうか?」
そんな「当たり前の質問」が頭に浮かんだ。


残された時間、残り5日
仕事や学校へ行く人々の姿が消え、少し静かになった街。
その中を黒く大きな車がゆっくりと静かに進んでいく。

その車にはジェイが乗っているはずだ。

タイミングを見て、車の前に飛び出す。
すると、車は急ブレーキを掛け、俺の直前で止まった。

車の正面から覗き込み、奥の席にジェイが居る事を確認する。
そして、車を持ち上げて、ひっくり返す。

車の屋根は自重で簡単に潰れ、窓のガラスが音を立てて砕ける。
黒い服の男2人が、ドアを無理やり開けて出てきた。
手には銃を持っている。

「パンッ!」小さな銃声が鳴り、足を撃たれた。
銃を撃った男の頭を掴み、握り潰す。
手の中でトマトを潰すよりも簡単に潰れた。
純粋な腕力に怪我の影響は無い様だ。

もう一人の男が悲鳴を上げながら銃を連射する。
プツプツと身体にメリ込む弾丸の音が聞こえる。

ゆっくりと近づき、右手を振り上げると、
黒服の男は顔の前に手を突き出し防御をした。

しかし、俺の拳は黒服の男の腕と頭を簡単に潰して、
壁に血と肉の跡を作った。

振り返ると、ジェイが2人の男と逃げ出していた。
小石を拾い、ジェイの足を狙って投げた。

親指の先程度の小石はジェイの太股の辺りを貫通し、
ジェイは倒れた。

俺は静かに近づき、残りの護衛を殺した。

そして、ジェイと俺は路上に2人きりになった。
ジェイは最初、「俺」だと気付いていない様子だった。

当然だ、本来なら「自分が殺した男」が居るハズは無いのだから・・・。
しかし、ついに気づいた。

「お前・・・フェイか?」
複雑な表情をしながらジェイは言った。

「恐れ」、「驚き」、そして「信じられない」といった表情だ。

「そうだ」と言えたらそれで済むのに・・・。
言葉を無くしたのは少々不便だ。

そのまま十秒間程見合っていると、ジェイは話を始めた。

「そうか、俺を殺したいか・・・。当然だな・・・」
諦めた様に目を瞑り、続けて言った。
「家族を殺され、奥さんを犯された。俺も同じ様に仕返しするだろうなぁ・・・」

ジェイは一人言の後、よろよろと立ち上がった。

「さあ、殺せよ・・・。その為に来たんだろ?」
ジェイは両手を広げ、俺に「殺せ」と言った。

銃を拾い、ジェイの眉間を狙う。
このまま、人差し指を引けば、それで終わり。

それだけなのに、俺の指は動かない。
俺の家族と、ジェイの家族の顔が交互に頭の中に浮かぶ。

俺は躊躇していた。


「フェイ・・・。早く殺せ、でないと・・・また死ぬ事になるぜ」
ジェイは笑みを浮かべて言った。

意味が解らなかった。
その直後、後ろからカン高いエンジンの音が聞こえた。

そして、ブチブチと何かが切れる音。
音の先を見ると、俺の脇腹に何かが食い込んでいた。
周りが高速で回転する何か・・・チェーン・ソーだ。

骨盤の上、肋骨の下の骨の無い部分に歯が入り、背骨の近くまで入っていた。
おびただしい量の血と肉片が飛ぶ。

「ハァッハハハハ・・・」ジェイが反り返って笑う。

後ろを振り返り、チェーン・ソーを持った男を殴り飛ばす。
ジェイに振り返った時、ヤツは既に逃げていた。

力が抜ける。
出血し過ぎたせいだろう。

気付くと後ろには、十人程の黒服の男達が立っていた。
ふらつきながら立ち上がり、殴りかかる。

視界が薄暗くなり、力が出ない。
が、当たれば人の形が変わる程度の力は出ている様だ。

十人程の黒服の男を倒した後、服を脱ぎ傷を確認する。
流石にマズイ。

取り合えず、シャツで傷口を抑え、近くの家に入る。
住人が騒ぐ、しかし今は気にしていられない。

棚をひっくり返し、裁縫道具を探し出した、それで傷を適当に縫う。
縫い終わると、今度は椅子に付いている合皮の様な物を剥がし、
傷に当てて更に縫う。

適当な「修理」だが、取り合えず大量の出血は滲む程度に治まった。
シーツを引きちぎり、傷の上からグルグルと巻く。

住人に頭を下げ、家を出る。


恐らく、ジェイは上に、向かったのだろう。
理由は2つ。
・上にはマフィアの親玉クラスが住んでいる為、報告に行く。
・上の設備が整っている病院で足の怪我を治療する為。

もし、推測が間違っていても下へ向かえば良いだけの事だ。

最下層まで行けば完全な「修理」を受けられるだろうが、そんな時間は無い。
それに、多少ふらふらしても、一撃で人を殺せる程度の力は残っている。

そして、俺は十数年振りに最上階、
この街で唯一、太陽が照る場所へと向かう。


残された時間、残り4日と半日。
14, 13

南京玉簾 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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