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prologue 1

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 皆さんもご存知の通り、ジョン・ギブソンは偉大な人物です。
先人たちの愚かな戦争により、核の汚染が進み
我々は穢れた地上には住むことができなくなりましたが
彼の大偉業の一つである永久持続型エネルギー取得法``パンドラ''の開発により
皆さんの今立っている機械大陸カンパネルラを始めとした様々な機械大陸が
穢れた地上を離れ汚染のされていない空に存在できている訳です。
彼の偉業を称え、先人たちの失敗を忘れずに、我々の空での繁栄をより確かなものとするために、
皆さんにはこれからの五年間で正しい知識を学んでいって欲しいと思っています。

明るい未来と夢が、あなたたちと共にありますように。

教育省長官 マイケル・ローランド 


─────カンパネルラ大陸 マスタング共和国指定 中等教育社会科教科書 前書きより抜粋。







 「『神は堕ち、そして人は空へと昇った』、か.....」
部屋の隅にある緑色の薄汚れたソファに寝転がり、青い装丁の本を一ページめくり、リーベルト・スミスは呟く。
電灯が切れ掛かっているのか、半地下の事務所は薄暗い。部屋には机と椅子とソファ、それにダンボールの箱がいくつかあるだけだ。
細身の長身が唯一の取り柄であると彼の助手は言う。ソファから革製の靴を履いた彼の足がはみ出ているところを見ると、助手の言うことの半分は当たっているようだ。
「こら! スミスさんサボらないの!」
ソファの横から彼の顔を覗き込むようにして、彼の助手、アンネ・ベンジャミンが叫ぶ。
少々勝気が強いため少年に間違えられることも少なくないが、ミドルカットで艶のある茶髪に、それに未だ発達盛りの丸みのある体には女性らしさが漂っている。
「落ち着きたまえ....君の唾が顔にかかったじゃないか」
袖で顔を擦りながらゆっくりと起き上がり、ソファの横に立った。
シワのついたワイシャツにチノパンというなんともシンプルな出で立ちでありながら、不思議な存在感を彼が醸し出している理由というのは、彼の整った顔立ちと長身に他ならないだろう。
通った鼻筋、輝く金髪に程よく肉の付いた細身の体は周りの女性たちの目を奪うこと間違いなしだ。
最も、女性というのはこの世で最も手懐けにくい動物である、が持論である彼にとって、色恋沙汰というのは興味の沸かない分野であるらしいが。
「それはすいませんでしたね。でも、せっかく晴れてこの事務所を開けることになったのに、所長であるスミスさんが引越しの手伝いしないでどーするんですか!」
ダンボールの箱をせっせと運びながら、せわしなく喋るアンネ。
「いいじゃないか。この大陸に来るのは初めてなんだし、ここの歴史についてでも学んでみようかと思ってね」
リーベルトは先ほど読んでいた青い装丁の本を掲げる。
「なんですかその本.....『記録:破壊戦争の悲劇』....また随分古臭くて難しそうな本読んでますねぇ」
先ほど抱えていた箱とは別の箱を胸に抱え、アンネはリーベルトの手に掲げられた古い装丁の表紙を読む。
「君もこれを読んでみるといいと思うよ。我々の祖先はいかにして愚かな過ちを犯し、空へと舞い上がってきたのかがよく学べる....」
本をひらひらとなびかせるリーベルト。
「でもそんなの常識ばっかりなんじゃないですか? 私だってアルタに居たころは普通に学校で学んでましたよ。あ、そっか。スミスさんはアングラ生まれなんでしたっけ」
ダンボール箱を積み上げるアンネ。
「そうだよ。私だって空中都市にはまだ五年ほどしかいないし、わからないことも多いからね。色々学習しておきたいんだ」
リーゼルトがソファに再度掛けると、バネが窮屈そうに軋んだ。
「ふーん、ま、でも、所長が助手に引越し全部任せるのはどうかと思いますけどね」
アンネが腰掛けるリーベルトの腕をぐいと引っ張る。
「さ、外に置いてある本棚運びますよ。私一人じゃ無理だから手伝ってください」
溌剌とした、太陽のような彼女の笑顔は、リーベルトの心を和ませる。
やれやれ、とため息をつき、彼は立ち上がって外界へと続く階段を上っていった。
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