第二回「銀嶺公園の死闘」1
人のいない神社の境内は、とても静かだ。時々風が松の葉を揺らしていくだけ。
縁側に座ってぼんやりと庭を眺めていたあたしは、振り返って畳の上にしかれた布団に横になっている護を見た。
リーヴとかいう甲冑野郎に吹き飛ばされてから三日、護は、まだ目を覚まさない。
もう三日も経つのに。もしかしたら、このままずっと目を覚まさないんじゃないかと思う。
何考えてんのバカ。あたしのバカ。軽く頭を振って、嫌な考えを追い出す。
護、あんた、目を覚まさなかったら承知しないからね。
枕元まで行って、軽く耳を引っ張ってみる。もちろん反応はない。まるで人形みたいだ。
起きなよっ。遅刻するぞ。ねぇっ。
「お、何しとんのや美奈?」背後から急に声がした。
「うはぁ!ちょっとイーロン、気配を消して近づくなって言ってるでしょ!」
振り向いたそこには、「怪しい」としか形容しようのない男が一人、立っていた。
映画村から抜け出してきたような忍び装束。怪しい関西弁。そして実は中国人(らしい)。
どこからどう見ても怪しいこいつの名前は星 一龍(イーロン)。一年前、一緒に
魔国でキング・ドーンを倒した仲間だ。彼がリーヴにやられた護とあたしを見つけ、
ここに運んできてくれたのだ。イーロンの住む「銀嶺神社」に。
「それよりおまえ何やっとってん?今何かこいつに口移ししようとしてなかったか?」
「してないわよっ!失礼ね!!」あたしは手近に会ったものを掴んで投げつけた。
「ちょ、何でそんなに怒るん?まて、ちょ、薬のビン投げんな!口移しは病人に良いんや、
痛い!」
「良くないわよっ!」
「痛、何、美奈、痛い!」
あたしはイーロンの襟首をつかみ、精一杯ドスの利いた声で脅した。
「…いいかい、今あたしがしようとしたこと誰かに喋ったら、ただじゃおかないよ…」
「はい…」
かわいそうに、イーロンは震え上がっている。
「うるせぇなぁ。静かにしろよ」
「何よ!大体あんたがね…」
あ。護が。護が上半身を起こしてる。護が起きた!
「護…!」あたしは、声をかけようとしたが、言葉が続かなかった。
護は、恐い顔で布団を睨みつけている。
「あいつはどこだ…」護は低くうなるように呟いた。
「え?」
「あの俺をガキ扱いしたリーヴとかいう奴!あいつ、こんど会ったら絶対…!」
「あんさん、そのリーヴとかいう奴にボコボコにされたらしいのぉ。」
「何だと…!あ、イーロン、イーロンじゃねぇか!」
「久しぶりやの、護。」忍び装束の口布が、にっと笑った。
「おう、今までどこに…アイタタタ」立ち上がろうとした護を、イーロンは肩を持って
押さえ、彼の傍らに座った。
「びっくりしたで。隕石落ちた思うて学校のほう行ったらお前が倒れとんねんもん。ま、
しばらくは養生し。どうせその様子じゃまだまだ動けんさかい。」
「いや、俺はすぐにでもあいつを探して、倒さなくちゃならないんだ!」
「…何でや?」
「あいつ、俺をバカにしたんだ、ガキだって!な、それよりまた一緒に戦おうぜ、イーロン。
地球の平和のためにさ!」
彼の言葉を聞き、イーロンは目を閉じた。
「いやや」静かな声で、彼は言う。
「何でだよ!お前この世界を守りたいんじゃないのかよ!」
「世界はそりゃ守りたいわ。俺の使命やと思ってる。けどな、今のあんさんの言葉な…
うわすべりしてたんよ。そんな奴とは一緒に闘えんわ」
「おい、そりゃどういう…」
「知らん」
イーロンは立ち上がって庭へ出ると、松林に向かって跳躍し、あっという間に見えなくなった。
「…どういう意味なんだよ…」
松の枝が、それに答えるような、答えていないような音で、さらさらと鳴った。
第二回「銀嶺公園の死闘」
第二回「銀嶺公園の死闘」2
午前4時。あたしは自分の部屋を出て、息を殺して廊下を歩き、玄関へと向かった。
なるたけ音が鳴らないようにゆっくりゆっくり、ドアの鍵を回す。
かち。ぎいいいいい。
何てことないはずの音なのに、あたしは心臓が止まるかと思うくらいどきどきした。
ごめん、パパ、ママ。あたし悪い子だ。
でもこのままじゃ眠れない。イーロンに何か一言言ってやらなきゃ、あたしの気がすまないの。
どうして戦わないのよ。この臆病者。護の力になってあげなさいよ。
世界がまた大変なことになろうとしてるのよ。何へそ曲げてるのよ。バカ。
細く開けたドアからすり抜けるようにして出て、あたしは静かにドアを閉めた。
庭先につながれているユーサクが、ねぼけてバウバウと吠える。
しーっ、とあたしは唇に人差し指を当て、満月が照らす深夜の住宅街を駆け抜けていった。
イーロンは、神社の本殿の屋根瓦の上に立って、月を眺めていた。
「イーロン」あたしが呼びかけると、イーロンは少し驚いたような顔をしてこっちを見たが、すぐにまた視線を月に戻した。
「昼間のあれ、どういうつもりなの」
「昼間の?」
「何で一緒に戦おうって言わないのよ。何で力を貸す、って言わないのよ」
満月を見上げたまま、イーロンは答えない。どこかでりーん、りーんと虫が鳴いている。
「…忍者ってな、いつも一人やねん」ややあって、イーロンは口を開いた。
「…ひとり?」
「誰にも気づかれず、一人で生きて、一人で戦って、ほんで一人で死んでいく。そいつが生きてたことも、死んだことすら誰も気づかへん。それが世界を裏で支えてきた、忍者の生き方や。」
「イーロン…」
「でもな、あいつは、護は、前の戦いで忍者の生きかたしてたら絶対に味わえへんもんを教えてくれた。だから俺はあいつと一緒に戦ってみようって、そう思ったんや。」
「忍者の、生き方…」
「そやけど今のあいつにはそれがない。ただ復讐心だけで動いとる。そんな奴に手は貸せんわ。」
「それはそうかもしれないけど…」
あたしがそう言いかけたとき。
胃袋が握られるような重々しい響きとともに、地面が揺れた。
振り返ると、闇の中、あの光の柱があがっている。あれは、まさか。
「イーロン、あれ…!」
屋根瓦を見ると、あいつはもういなかった。
「何なのよ…そうだ、護は…?」
嫌な予感がする。離れに向かい、あたしは縁側からのぞきこんだ。
思ったとおり、ふとんはもう、もぬけのからだった。
めくれた布団だけが、白々とした月光に照らされている。
「しばらくは動けないはずなのに、あのおバカ…!」
あたしは、光を放っていた場所に向かった。町の中心部にある、銀嶺公園。
そこではすでに、護と、二匹の怪物が相対していた。あたしはベンチの陰に隠れ、様子をうかがう。
「この街を潰してこいってリーヴ様が言うから来てみれば…なんだおめぇ?」
耳障りな声でそういったのは、馬の頭をした筋肉ムキムキの赤銅色の巨大な怪物。
「がが、がまんできない、はははやく、ここ、こわそう、ざむば」
こっちはやたら呂律の回らない、これまたムキムキの緑色の牛頭の化け物だ。
「そうはいってもよぉバーン」ザムバと呼ばれた化け物が護をあごで指した。
「こいついかにも邪魔してやる、って雰囲気だぜ」
「お前ら、リーヴの手下か?」護が言った。
「虫けらがリーヴ様を呼び捨てたぁいい度胸だ」
「なんでもいい。俺はお前ら雑魚を全員ぶったおして、さっさとリーヴをいぶり出すだけだ」
「ふん、人間風情が…生意気なんだよっ!!」そういってザムバは護に突進していった。
速い。あの巨体からは想像も出来ないスピードだ。
「おらっ!」ザムバは護の腹に丸太のような腕で拳を叩き込んだ。
「ぐあっ」護の顔が苦痛に歪む。めきっ、という肋骨のきしむ音が、ここまで聞こえてきそうだ。
「さっきまでの威勢はどうしたおらっ!」ザムバは今度は横蹴りを放った。
護は不敵に笑い、わきでザムバの足を抱え込む。蹴りの勢いのまま護の体が数十センチほど横滑りし、砂埃が舞う。
「見切った!」
「やるねぇ。だが」
「がぁっ!」背後から不意の一撃を受け、護がよろめいた。
護の後ろから、バーンが両手を組んで振り下ろしたのだ。
「二対一ってことを忘れてたみてぇだな。」
あぁ、どうしよう。助けに行きたい。でも。あたしは、思わず後ずさった。
からん。しまった、空き缶!!
怪物どもがこっちを向く。
「なぁんだ、もう一人いたのか」肌が粟立つような声で、ザムバが言った。
「ここ、こいつも、こわす?」バーンとザムバが近づいてくる。もうだめ。
「美奈!」遠くなる意識のはしっこで、護が叫んだ。ごめん、迷惑、かけちゃったね。
あたしは思わず目をつぶった。バーンとザムバの腕が振り上げられそして…
ばきいっ!
あぁ、あたし殴られた。あんな太い腕で殴られたんだもん。死んだよね。あたし。
ごめんなさい。パパ、ママ。生まれ変わったらもう夜遊びしません。いい子になります。
イーロン、ちゃんと護と仲直りしてね。
護、まもる、あんたは私のことただの幼馴染だって思ってたよね?でもあたしは…
…あれ?あたしこんなに考えてる。あたし、生きてる?
私はおそるおそる目を開いた。
護。
あたしが最初に見たのは、二本の鋼鉄の腕を背中に受け、苦しそうにせきこむ護の姿だった。
「ひゃははは、なに自分から喰らいにきてんだよ!あたまイカれたのか、えぇ?」
狂ったように笑うザムバ。
「あぁ、狂っちまったみてぇだな。」静かに、護は呟いた。
「い、い、いかれた、いかれた」バーンもぐひぐひ笑う。
「でもそんなイカれた状態でもな、てめぇらよりはずっとマシだぜ!」
「いいやがったなこのぉ!今度こそ死ね!」
バーンとザムバが腕を振り上げたその時、天を割って二筋の銀の光が落ちてきた。
「ぎゃぁっ!」銀の光はバーンの右腕、そしてザムバの左腕を一気に断ち切った。
「これは…」護が息を呑む。
地に付き刺さる、二本の剣。見覚えがある。そう、これは…!
「乱刀<ラント>!莉刃<リーガ>!」護も驚いている。
ラント。リーガ。魔王キング・ドーンを倒した、護の武器。
でもなんで。あれは魔国においてきたはずなのに…
「今のあんさんなら使ってもええ、そう思えるわ。」
月の光を浴びて、公園の電灯の上で腕組みをしながら立っている男が言った。
「イーロン!」
「悪いな、遅うなって。それを取りに行っとったんや。
ま、話はあとや。まずはこいつら、片付けるで!」
「おう!」
「ふざけやがってぇ…ふん!」にちゃっ。ザムバの腕の切り口から、新しい腕が生えた。
「ふ、ふん」バーンの腕も再生する。
「俺が動きを止める、その間にあいつら、いてもうたれ!」
「分かった!」
「喰らえ、電磁クナイ『雷獣』!」
イーロンの手から放たれた数本のクナイが、青白い光をまとって怪物どもの周りの地面に刺さった。
「ぐはは、どこ狙って…うおお?」
クナイの放つ青い光同士が、互いに結びつきあい、電磁の場を形成する。
「う、動けん…!」
「今や護!」
「おう!」
「筋肉の継ぎ目を狙え!そこなら剣も刺さる!」
「了解!でやああっ!」
イーロンの指示通り、護はラントをザムバに、リーガをバーンに突き刺した。
「がはあ!」
「行け!あれをやったれ護!」
「ふうううう…」護が丹田に力をこめ、それに呼応するかのように二本の剣が朝日のように輝きだす。
「あああ、あつ、あつい…」
「地獄に戻れ…天神二刀流奥義!『絶』!」
「ごおおおお!リーヴ様ぁ!」
バーンとザムバは、内部からの朝の光に耐え切れなくなったかのように爆発し、
塵に、かえった。
「なぁ」
「うん?」
「悪いな、俺、間違ってた。」
「ん…」
「何で自分が戦ってたのか忘れてた…あれ、自分のためじゃなかったよな…」
「…」
「この世界の人のため、この世界の平和のため…そう思ってたのに…なんで忘れてたんだろ…情けなくて…涙が出るぜ…」
護は手のひらで顔を押さえた。
イーロンは護の肩を優しく、ぽんと叩いた。
「いや、わかったならええんよ。さ、ちょい早いけど朝飯にしようか!俺が作るで」
「つくるって…どうせ納豆と味噌汁と漬け物だろ?えっらそうに…」
「あほか、お前みたいにジャンクフードばっかり食うよりましやっちゅうねん」
「ああああ!」あたしの素っ頓狂な声にふたりはびくっとした。
「な、何やねん…」
「あたし家抜け出してきたの忘れてた!そろそろ親がおきるうう!」
「何だ、そんなことか」
「そんなことって何よ!親がアメリカにいるあんたにゃ分からないだろうけどね、
乙女が夜抜け出すってのは親にとってどれだけ…」
「行かなくてええんか?」
「行くわよ行くわよ、もう!」
あたしは二人の笑い声を背に受けて走り出した。
朝日が、昇り始めていた。
午前4時。あたしは自分の部屋を出て、息を殺して廊下を歩き、玄関へと向かった。
なるたけ音が鳴らないようにゆっくりゆっくり、ドアの鍵を回す。
かち。ぎいいいいい。
何てことないはずの音なのに、あたしは心臓が止まるかと思うくらいどきどきした。
ごめん、パパ、ママ。あたし悪い子だ。
でもこのままじゃ眠れない。イーロンに何か一言言ってやらなきゃ、あたしの気がすまないの。
どうして戦わないのよ。この臆病者。護の力になってあげなさいよ。
世界がまた大変なことになろうとしてるのよ。何へそ曲げてるのよ。バカ。
細く開けたドアからすり抜けるようにして出て、あたしは静かにドアを閉めた。
庭先につながれているユーサクが、ねぼけてバウバウと吠える。
しーっ、とあたしは唇に人差し指を当て、満月が照らす深夜の住宅街を駆け抜けていった。
イーロンは、神社の本殿の屋根瓦の上に立って、月を眺めていた。
「イーロン」あたしが呼びかけると、イーロンは少し驚いたような顔をしてこっちを見たが、すぐにまた視線を月に戻した。
「昼間のあれ、どういうつもりなの」
「昼間の?」
「何で一緒に戦おうって言わないのよ。何で力を貸す、って言わないのよ」
満月を見上げたまま、イーロンは答えない。どこかでりーん、りーんと虫が鳴いている。
「…忍者ってな、いつも一人やねん」ややあって、イーロンは口を開いた。
「…ひとり?」
「誰にも気づかれず、一人で生きて、一人で戦って、ほんで一人で死んでいく。そいつが生きてたことも、死んだことすら誰も気づかへん。それが世界を裏で支えてきた、忍者の生き方や。」
「イーロン…」
「でもな、あいつは、護は、前の戦いで忍者の生きかたしてたら絶対に味わえへんもんを教えてくれた。だから俺はあいつと一緒に戦ってみようって、そう思ったんや。」
「忍者の、生き方…」
「そやけど今のあいつにはそれがない。ただ復讐心だけで動いとる。そんな奴に手は貸せんわ。」
「それはそうかもしれないけど…」
あたしがそう言いかけたとき。
胃袋が握られるような重々しい響きとともに、地面が揺れた。
振り返ると、闇の中、あの光の柱があがっている。あれは、まさか。
「イーロン、あれ…!」
屋根瓦を見ると、あいつはもういなかった。
「何なのよ…そうだ、護は…?」
嫌な予感がする。離れに向かい、あたしは縁側からのぞきこんだ。
思ったとおり、ふとんはもう、もぬけのからだった。
めくれた布団だけが、白々とした月光に照らされている。
「しばらくは動けないはずなのに、あのおバカ…!」
あたしは、光を放っていた場所に向かった。町の中心部にある、銀嶺公園。
そこではすでに、護と、二匹の怪物が相対していた。あたしはベンチの陰に隠れ、様子をうかがう。
「この街を潰してこいってリーヴ様が言うから来てみれば…なんだおめぇ?」
耳障りな声でそういったのは、馬の頭をした筋肉ムキムキの赤銅色の巨大な怪物。
「がが、がまんできない、はははやく、ここ、こわそう、ざむば」
こっちはやたら呂律の回らない、これまたムキムキの緑色の牛頭の化け物だ。
「そうはいってもよぉバーン」ザムバと呼ばれた化け物が護をあごで指した。
「こいついかにも邪魔してやる、って雰囲気だぜ」
「お前ら、リーヴの手下か?」護が言った。
「虫けらがリーヴ様を呼び捨てたぁいい度胸だ」
「なんでもいい。俺はお前ら雑魚を全員ぶったおして、さっさとリーヴをいぶり出すだけだ」
「ふん、人間風情が…生意気なんだよっ!!」そういってザムバは護に突進していった。
速い。あの巨体からは想像も出来ないスピードだ。
「おらっ!」ザムバは護の腹に丸太のような腕で拳を叩き込んだ。
「ぐあっ」護の顔が苦痛に歪む。めきっ、という肋骨のきしむ音が、ここまで聞こえてきそうだ。
「さっきまでの威勢はどうしたおらっ!」ザムバは今度は横蹴りを放った。
護は不敵に笑い、わきでザムバの足を抱え込む。蹴りの勢いのまま護の体が数十センチほど横滑りし、砂埃が舞う。
「見切った!」
「やるねぇ。だが」
「がぁっ!」背後から不意の一撃を受け、護がよろめいた。
護の後ろから、バーンが両手を組んで振り下ろしたのだ。
「二対一ってことを忘れてたみてぇだな。」
あぁ、どうしよう。助けに行きたい。でも。あたしは、思わず後ずさった。
からん。しまった、空き缶!!
怪物どもがこっちを向く。
「なぁんだ、もう一人いたのか」肌が粟立つような声で、ザムバが言った。
「ここ、こいつも、こわす?」バーンとザムバが近づいてくる。もうだめ。
「美奈!」遠くなる意識のはしっこで、護が叫んだ。ごめん、迷惑、かけちゃったね。
あたしは思わず目をつぶった。バーンとザムバの腕が振り上げられそして…
ばきいっ!
あぁ、あたし殴られた。あんな太い腕で殴られたんだもん。死んだよね。あたし。
ごめんなさい。パパ、ママ。生まれ変わったらもう夜遊びしません。いい子になります。
イーロン、ちゃんと護と仲直りしてね。
護、まもる、あんたは私のことただの幼馴染だって思ってたよね?でもあたしは…
…あれ?あたしこんなに考えてる。あたし、生きてる?
私はおそるおそる目を開いた。
護。
あたしが最初に見たのは、二本の鋼鉄の腕を背中に受け、苦しそうにせきこむ護の姿だった。
「ひゃははは、なに自分から喰らいにきてんだよ!あたまイカれたのか、えぇ?」
狂ったように笑うザムバ。
「あぁ、狂っちまったみてぇだな。」静かに、護は呟いた。
「い、い、いかれた、いかれた」バーンもぐひぐひ笑う。
「でもそんなイカれた状態でもな、てめぇらよりはずっとマシだぜ!」
「いいやがったなこのぉ!今度こそ死ね!」
バーンとザムバが腕を振り上げたその時、天を割って二筋の銀の光が落ちてきた。
「ぎゃぁっ!」銀の光はバーンの右腕、そしてザムバの左腕を一気に断ち切った。
「これは…」護が息を呑む。
地に付き刺さる、二本の剣。見覚えがある。そう、これは…!
「乱刀<ラント>!莉刃<リーガ>!」護も驚いている。
ラント。リーガ。魔王キング・ドーンを倒した、護の武器。
でもなんで。あれは魔国においてきたはずなのに…
「今のあんさんなら使ってもええ、そう思えるわ。」
月の光を浴びて、公園の電灯の上で腕組みをしながら立っている男が言った。
「イーロン!」
「悪いな、遅うなって。それを取りに行っとったんや。
ま、話はあとや。まずはこいつら、片付けるで!」
「おう!」
「ふざけやがってぇ…ふん!」にちゃっ。ザムバの腕の切り口から、新しい腕が生えた。
「ふ、ふん」バーンの腕も再生する。
「俺が動きを止める、その間にあいつら、いてもうたれ!」
「分かった!」
「喰らえ、電磁クナイ『雷獣』!」
イーロンの手から放たれた数本のクナイが、青白い光をまとって怪物どもの周りの地面に刺さった。
「ぐはは、どこ狙って…うおお?」
クナイの放つ青い光同士が、互いに結びつきあい、電磁の場を形成する。
「う、動けん…!」
「今や護!」
「おう!」
「筋肉の継ぎ目を狙え!そこなら剣も刺さる!」
「了解!でやああっ!」
イーロンの指示通り、護はラントをザムバに、リーガをバーンに突き刺した。
「がはあ!」
「行け!あれをやったれ護!」
「ふうううう…」護が丹田に力をこめ、それに呼応するかのように二本の剣が朝日のように輝きだす。
「あああ、あつ、あつい…」
「地獄に戻れ…天神二刀流奥義!『絶』!」
「ごおおおお!リーヴ様ぁ!」
バーンとザムバは、内部からの朝の光に耐え切れなくなったかのように爆発し、
塵に、かえった。
「なぁ」
「うん?」
「悪いな、俺、間違ってた。」
「ん…」
「何で自分が戦ってたのか忘れてた…あれ、自分のためじゃなかったよな…」
「…」
「この世界の人のため、この世界の平和のため…そう思ってたのに…なんで忘れてたんだろ…情けなくて…涙が出るぜ…」
護は手のひらで顔を押さえた。
イーロンは護の肩を優しく、ぽんと叩いた。
「いや、わかったならええんよ。さ、ちょい早いけど朝飯にしようか!俺が作るで」
「つくるって…どうせ納豆と味噌汁と漬け物だろ?えっらそうに…」
「あほか、お前みたいにジャンクフードばっかり食うよりましやっちゅうねん」
「ああああ!」あたしの素っ頓狂な声にふたりはびくっとした。
「な、何やねん…」
「あたし家抜け出してきたの忘れてた!そろそろ親がおきるうう!」
「何だ、そんなことか」
「そんなことって何よ!親がアメリカにいるあんたにゃ分からないだろうけどね、
乙女が夜抜け出すってのは親にとってどれだけ…」
「行かなくてええんか?」
「行くわよ行くわよ、もう!」
あたしは二人の笑い声を背に受けて走り出した。
朝日が、昇り始めていた。