第三回「護るもの、護られるもの」
第三回「護る者、護られる者」
幼稚園のころ、あいつは、とっても弱虫だった。
弱虫で泣き虫でぐずでのろまで鼻水たらしてて、いっつも体の大きないじめっ子達にからかわれてた。
あいつは、誰かに泣かされる度「みなちゃ~ん、えぐえぐ」なんて言いながら、
あたしのところに来て、誰にどんなことをされたのか、涙ながらに訴えかけるのだった。
そしてあたし。けっこう素敵なレディーの今のあたしとは違って、あのころあたしはかなりの腕白坊主だった。
いや、一応女の子だったから、腕白姫というべきか?
ま、それはともかく、
パンツ脱がされて川に捨てられた。
三輪車を取りあげられた。
遊具に乗せてもらえなかった。
あいつがいじめられたと泣き付いてきた瞬間、あたしは速攻そのいじめっ子のところに行って、
あいつをいじめた奴をいつもぼっこぼこにしばいてやるのだった。
「もうしません。」って顔中引っかき傷だらけにして相手が謝るまで。
「みなちゃんつよいなぁ、いいなぁ」鼻水で顔をべとべとにしながら、あいつはいつも、あたしが助けた後安心したように笑った。
「あんたね、ほら、はなふいて」
「うん、ちーん」
「うわ、これあたしのふく!」
「ご、ごめん」
「もういいから。これからもいじめられたらね、あたしにいうんだよ?」
「うん、みなちゃんだいすき」
…幼稚園の頃、あいつのあだ名は「うじまも(うじうじしたまもる、かな?)」
そしてあたしは「デビル美奈」だった。今考えると、そのあだ名って女の子に対してものすごく失礼だと思う。
「はっ!」イーロンが一意専心、忍者刀を護の頭に振り下ろす。
「くっ!!」護は二本の刀を交差させ、イーロンの忍者刀を間一髪防いだ。
その勢いを殺さぬまま護は右に大きく一回転をし、左胴を狙って斬りかかる。
「遅い!」イーロンは忍者刀を逆手に持ちかえ、左からの二つの太刀筋を受けとめた。
護の額から、汗が流れ落ちる。一進一退の攻防。どちらの技量も、甲乙付けがたい。
決着の一太刀で寸止めするとは分かっていても、思わず息を呑んでしまう稽古。
それは昔のあいつを知っているあたしからすれば、にわかには信じがたい光景だった。
なにせ地風流忍者の頭目だったイーロンと、あの「うじまも」が互角に渡りあっているのだから。
あいつが両親とアメリカに行くと知ったとき、あたしはものすごくものすごく心配した。
それはそうだろう。今まで自分が守ってきたものが、自分には守れない場所に行くのだから。
「あんたね、むこうのいじめっこになぐられてもやりかえしてやれる?…むりよね。
なにかとられても、じぶんでとりかえせる?むりよね。
やめろっていって、かみついたりひっかいたり…むりよねぇ…」
あたしは幼稚園児らしからぬ深いため息をついた。
「だいじょおぶだよぉ。みなちゃんがいるもん」あいつは、へらへらわらっている。
あんた、これから自分がどこ行くか分かってないでしょう。アメリカよ、アメリカ。
アメリカってね、隣の町より遠いんだよ?
あたしがそう言っても、あいつはただ、へらへらへらへらしているだけだった。
イーロンが間合いを取る。懐に手を入れ、クナイを取り出す。
「いくで、爆裂クナイ『狐火』!」
イーロンの指の間に挟まれた8本のクナイが、一斉にぼうっ、と炎に包まれた。
「おりゃっ!」まるでサーカスのナイフ投げのように正確に、イーロンのクナイが護を狙う。
それに対し、護は冷静に、二本の刀、乱刀<ラント>と莉刃<リーガ>でクナイを一本一本打ち落としていく。
無駄のない、完璧な動き。
だが8本打ち落とした…と思ったその時、9本目のクナイが、8本目の陰から飛んできた。
「ぐっ」クナイが護のほおを掠める。
「油断したな、護」イーロンが忍び装束の下でふっと笑った。
この世界を守るため、日々鍛錬を続けるイーロンと護。
あたしはというと、ここでただ見ているだけ。
でも良く考えると、魔界で戦ってた時もあたしは何もしていなかった。
ただ、見ていただけ。あたしはいつも、見ているだけ。
あーあ、あたしも…(ツヨクナリタイ?)
「…?」あたしは周りを見回した。誰かがあたしにしゃべりかけてきた気がしたのだ。
当然誰もいない。イーロンと護が稽古しているだけだ。
今のは、一体…?
答えるものはない。ただ青空に、剣を交える金属音が、鈍く、あるいは鋭く響いてくるだけだった。
幼稚園のころ、あいつは、とっても弱虫だった。
弱虫で泣き虫でぐずでのろまで鼻水たらしてて、いっつも体の大きないじめっ子達にからかわれてた。
あいつは、誰かに泣かされる度「みなちゃ~ん、えぐえぐ」なんて言いながら、
あたしのところに来て、誰にどんなことをされたのか、涙ながらに訴えかけるのだった。
そしてあたし。けっこう素敵なレディーの今のあたしとは違って、あのころあたしはかなりの腕白坊主だった。
いや、一応女の子だったから、腕白姫というべきか?
ま、それはともかく、
パンツ脱がされて川に捨てられた。
三輪車を取りあげられた。
遊具に乗せてもらえなかった。
あいつがいじめられたと泣き付いてきた瞬間、あたしは速攻そのいじめっ子のところに行って、
あいつをいじめた奴をいつもぼっこぼこにしばいてやるのだった。
「もうしません。」って顔中引っかき傷だらけにして相手が謝るまで。
「みなちゃんつよいなぁ、いいなぁ」鼻水で顔をべとべとにしながら、あいつはいつも、あたしが助けた後安心したように笑った。
「あんたね、ほら、はなふいて」
「うん、ちーん」
「うわ、これあたしのふく!」
「ご、ごめん」
「もういいから。これからもいじめられたらね、あたしにいうんだよ?」
「うん、みなちゃんだいすき」
…幼稚園の頃、あいつのあだ名は「うじまも(うじうじしたまもる、かな?)」
そしてあたしは「デビル美奈」だった。今考えると、そのあだ名って女の子に対してものすごく失礼だと思う。
「はっ!」イーロンが一意専心、忍者刀を護の頭に振り下ろす。
「くっ!!」護は二本の刀を交差させ、イーロンの忍者刀を間一髪防いだ。
その勢いを殺さぬまま護は右に大きく一回転をし、左胴を狙って斬りかかる。
「遅い!」イーロンは忍者刀を逆手に持ちかえ、左からの二つの太刀筋を受けとめた。
護の額から、汗が流れ落ちる。一進一退の攻防。どちらの技量も、甲乙付けがたい。
決着の一太刀で寸止めするとは分かっていても、思わず息を呑んでしまう稽古。
それは昔のあいつを知っているあたしからすれば、にわかには信じがたい光景だった。
なにせ地風流忍者の頭目だったイーロンと、あの「うじまも」が互角に渡りあっているのだから。
あいつが両親とアメリカに行くと知ったとき、あたしはものすごくものすごく心配した。
それはそうだろう。今まで自分が守ってきたものが、自分には守れない場所に行くのだから。
「あんたね、むこうのいじめっこになぐられてもやりかえしてやれる?…むりよね。
なにかとられても、じぶんでとりかえせる?むりよね。
やめろっていって、かみついたりひっかいたり…むりよねぇ…」
あたしは幼稚園児らしからぬ深いため息をついた。
「だいじょおぶだよぉ。みなちゃんがいるもん」あいつは、へらへらわらっている。
あんた、これから自分がどこ行くか分かってないでしょう。アメリカよ、アメリカ。
アメリカってね、隣の町より遠いんだよ?
あたしがそう言っても、あいつはただ、へらへらへらへらしているだけだった。
イーロンが間合いを取る。懐に手を入れ、クナイを取り出す。
「いくで、爆裂クナイ『狐火』!」
イーロンの指の間に挟まれた8本のクナイが、一斉にぼうっ、と炎に包まれた。
「おりゃっ!」まるでサーカスのナイフ投げのように正確に、イーロンのクナイが護を狙う。
それに対し、護は冷静に、二本の刀、乱刀<ラント>と莉刃<リーガ>でクナイを一本一本打ち落としていく。
無駄のない、完璧な動き。
だが8本打ち落とした…と思ったその時、9本目のクナイが、8本目の陰から飛んできた。
「ぐっ」クナイが護のほおを掠める。
「油断したな、護」イーロンが忍び装束の下でふっと笑った。
この世界を守るため、日々鍛錬を続けるイーロンと護。
あたしはというと、ここでただ見ているだけ。
でも良く考えると、魔界で戦ってた時もあたしは何もしていなかった。
ただ、見ていただけ。あたしはいつも、見ているだけ。
あーあ、あたしも…(ツヨクナリタイ?)
「…?」あたしは周りを見回した。誰かがあたしにしゃべりかけてきた気がしたのだ。
当然誰もいない。イーロンと護が稽古しているだけだ。
今のは、一体…?
答えるものはない。ただ青空に、剣を交える金属音が、鈍く、あるいは鋭く響いてくるだけだった。
第三回「護る者、護られる者」2
(ツヨクナリタイ…?)
あの声、まだ聞こえる。何だか頭の中に響いてくるみたい。
気持ち悪い。あたしは、変な声から意識をそらすために、他のことを考えることにした。
で。護。何か考えようとすると、護の事が思い浮かぶ。
稽古を見ていても、護の顔、護の動き、護の一挙一動に自然と目が行ってしまう。
いや違う。これは恋じゃない。と、思う。
ただ、まだあいつのことが心配なだけ。あいつはあたしにとってまだ「うじまも」なんだから。
あいつと再会したのは、中学校の入学式の日だった。
あいつは、式が終わって教室に戻る途中、あたしに話しかけてきた。
「よう!久しぶりだな!!元気にしてたか!?なんだ、同じ中学なんだ、これからもよろしくな!」
あたしの手を取って飛び跳ねながら早口でまくし立てるあいつを、あたしは最初誰かと思った。
「すいません。人違いじゃ…?」新手のナンパ…?警戒してじりじりと下がるあたし。
そんなあたしに、あいつは太陽みたいに「にぱっ」て笑いかけて、それからこう言った。子供みたいな口調で。
「ひどいよぉう、みなちゃぁん、えぐえぐ」
「う…うじまも?」
「思い出した?そう、『うじまも』だよ」にっ。あいつの八重歯。間違いない。
でも、そのうじまもからは『うじ』が消えていた。
きらきら輝く瞳。少し浅黒い、すらっと伸びた手足。笑みを絶やさない、きゅっとしまった唇。
あいつは太陽みたいに笑う、カリフォルニアオレンジみたいな男に変わっていた。
(さなぎが蝶に変わるって…男にも使えるのねぇ)
あたしは昔のあいつと、目の前にいるこの男を比べ、ほけっとそんなことを考えてしまった。
そして魔界での戦い。あいつはまた、ずっとずっと強くなった。(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
あいつはもう、誰の護りも必要としない。(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
あいつはもう、あたしの助けなんか必要ない。(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
あいつはもう、あたしなんか必要じゃない。(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
あたしはまだ、あいつを護ってあげたいのに(アナタモ、ツヨクナリタイ…?)
あたしには、力がない。あいつを護ってあげられない(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
(ツヨクナリタイツヨクナリタイツヨクナリタイツヨクナリタイ…??)
「おい!美奈、大丈夫か?」いつの間にか護があたしの顔をのぞきこんでいる。稽古は終わったみたいだ。
「あ、ごめん、ぼーっとしてた」
「おいおい、しっかりしてくれよ」護が笑った。
しっかりしてくれよ。
なぜだか知らないけど、その言葉で、あたしの脳がまるで火がついたみたいに熱くなった。
止められない怒りが、まるでマグマみたいに湧き出してくる。
こいつ、あたしを見下してる。(ソウ コイツハ オマエヲ ミクダシテル)
違う。そんなつもりで言ったんじゃない。(コイツハ オマエヲ ミクダシテル)
あたしが弱いから。役立たずだから。(コイツハ オマエヲ ミクダシテル)
違う、気遣っただけ。なんて事ない言葉じゃない。(コイツハ オマエヲ ミクダシテル)
でも、あたしがもっと強ければ。護に心配かけないくらいに強ければ。(ソウ アナタガ ツヨケレバイイ)
強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。
「おい、美奈…?」
「何よ…あたしが弱いからって、哀れんでるの?」あたしが言った。え?今のあたしが言ったの?
「いや、そんなつもりじゃ…」護は思わぬ怒りに焦っている。ごめん、あたしのほうこそそんなつもりじゃ。
でもその言葉は口には出てこない。まるで言葉をコントロールされてるみたいだ。
「許せない!あたしが弱いから!あたしが弱いから!あたしが弱いからって!」感情が、自分の感情が制御できない。
あたしは泣きながら、銀嶺神社の石段を駆け下りていった。
「あ、おい、美奈!」後ろから護の声が聞こえる。止まらない、でも声が出ない!
助けて、助けて護!
あたしは石段を降り、大通りに沿って走っている。
こんな時に限って、見たくないものが見える。
赤ん坊の横でタバコを吸う無神経な男。(コロシタイ)
弱そうな男から金を脅し取る不良。(コロシタイ)
電気店の店頭に置かれたテレビから、幼い男の子を誘拐し、殺害した凶悪犯のニュースが流れる。(コロシテヤリタイ)
こんなやつら、こんなやつら、あたしがもっともっと強ければ。
「あたしも…」
「ツヨクナリタイ?」
「え?」あたしは立ち止まり、声のするほうを振り返った。
あたしの目の高さくらいのところに、白いビニール袋のようなものが浮いていた。
二つ穴が開いていて、黄色い光を放っている。まるでそこが目、みたいだ。
「何これ…」
「ボク ロキロキ アナタヲツヨクシテアゲル」
そういってその化け物は、あたしの口に飛び込んできた。
あたしの視界が、一瞬真っ赤に染まり、それから急に真っ暗になった。
(ツヨクナリタイ…?)
あの声、まだ聞こえる。何だか頭の中に響いてくるみたい。
気持ち悪い。あたしは、変な声から意識をそらすために、他のことを考えることにした。
で。護。何か考えようとすると、護の事が思い浮かぶ。
稽古を見ていても、護の顔、護の動き、護の一挙一動に自然と目が行ってしまう。
いや違う。これは恋じゃない。と、思う。
ただ、まだあいつのことが心配なだけ。あいつはあたしにとってまだ「うじまも」なんだから。
あいつと再会したのは、中学校の入学式の日だった。
あいつは、式が終わって教室に戻る途中、あたしに話しかけてきた。
「よう!久しぶりだな!!元気にしてたか!?なんだ、同じ中学なんだ、これからもよろしくな!」
あたしの手を取って飛び跳ねながら早口でまくし立てるあいつを、あたしは最初誰かと思った。
「すいません。人違いじゃ…?」新手のナンパ…?警戒してじりじりと下がるあたし。
そんなあたしに、あいつは太陽みたいに「にぱっ」て笑いかけて、それからこう言った。子供みたいな口調で。
「ひどいよぉう、みなちゃぁん、えぐえぐ」
「う…うじまも?」
「思い出した?そう、『うじまも』だよ」にっ。あいつの八重歯。間違いない。
でも、そのうじまもからは『うじ』が消えていた。
きらきら輝く瞳。少し浅黒い、すらっと伸びた手足。笑みを絶やさない、きゅっとしまった唇。
あいつは太陽みたいに笑う、カリフォルニアオレンジみたいな男に変わっていた。
(さなぎが蝶に変わるって…男にも使えるのねぇ)
あたしは昔のあいつと、目の前にいるこの男を比べ、ほけっとそんなことを考えてしまった。
そして魔界での戦い。あいつはまた、ずっとずっと強くなった。(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
あいつはもう、誰の護りも必要としない。(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
あいつはもう、あたしの助けなんか必要ない。(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
あいつはもう、あたしなんか必要じゃない。(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
あたしはまだ、あいつを護ってあげたいのに(アナタモ、ツヨクナリタイ…?)
あたしには、力がない。あいつを護ってあげられない(アナタモ ツヨクナリタイ…?)
(ツヨクナリタイツヨクナリタイツヨクナリタイツヨクナリタイ…??)
「おい!美奈、大丈夫か?」いつの間にか護があたしの顔をのぞきこんでいる。稽古は終わったみたいだ。
「あ、ごめん、ぼーっとしてた」
「おいおい、しっかりしてくれよ」護が笑った。
しっかりしてくれよ。
なぜだか知らないけど、その言葉で、あたしの脳がまるで火がついたみたいに熱くなった。
止められない怒りが、まるでマグマみたいに湧き出してくる。
こいつ、あたしを見下してる。(ソウ コイツハ オマエヲ ミクダシテル)
違う。そんなつもりで言ったんじゃない。(コイツハ オマエヲ ミクダシテル)
あたしが弱いから。役立たずだから。(コイツハ オマエヲ ミクダシテル)
違う、気遣っただけ。なんて事ない言葉じゃない。(コイツハ オマエヲ ミクダシテル)
でも、あたしがもっと強ければ。護に心配かけないくらいに強ければ。(ソウ アナタガ ツヨケレバイイ)
強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。
「おい、美奈…?」
「何よ…あたしが弱いからって、哀れんでるの?」あたしが言った。え?今のあたしが言ったの?
「いや、そんなつもりじゃ…」護は思わぬ怒りに焦っている。ごめん、あたしのほうこそそんなつもりじゃ。
でもその言葉は口には出てこない。まるで言葉をコントロールされてるみたいだ。
「許せない!あたしが弱いから!あたしが弱いから!あたしが弱いからって!」感情が、自分の感情が制御できない。
あたしは泣きながら、銀嶺神社の石段を駆け下りていった。
「あ、おい、美奈!」後ろから護の声が聞こえる。止まらない、でも声が出ない!
助けて、助けて護!
あたしは石段を降り、大通りに沿って走っている。
こんな時に限って、見たくないものが見える。
赤ん坊の横でタバコを吸う無神経な男。(コロシタイ)
弱そうな男から金を脅し取る不良。(コロシタイ)
電気店の店頭に置かれたテレビから、幼い男の子を誘拐し、殺害した凶悪犯のニュースが流れる。(コロシテヤリタイ)
こんなやつら、こんなやつら、あたしがもっともっと強ければ。
「あたしも…」
「ツヨクナリタイ?」
「え?」あたしは立ち止まり、声のするほうを振り返った。
あたしの目の高さくらいのところに、白いビニール袋のようなものが浮いていた。
二つ穴が開いていて、黄色い光を放っている。まるでそこが目、みたいだ。
「何これ…」
「ボク ロキロキ アナタヲツヨクシテアゲル」
そういってその化け物は、あたしの口に飛び込んできた。
あたしの視界が、一瞬真っ赤に染まり、それから急に真っ暗になった。
第三回「護る者、護られる者」3
気が付くと、あたしはどこかの住宅街の、ブロック塀の前に立っていた。
―あたし、何してたんだっけ。
―ああそうだ、何だか自分の感情が止められなくなって、何か言いたくない事いっぱい言って、それで―
そこで『あたし』は右腕を思いっきり振りかぶった。
え?
あたしが自分の行動の意味を考える前に、『あたし』はブロックを力いっぱい殴り始めた。
何度も、何度も、何度も、何度も。『あたし』の手がブロックを殴るのを、あたしは一生懸命止めようとした。
手が折れる!やめて!なんであたしにこんなことさせるのよ!あたしの体を返して!!
あたしは心の中で必死に叫んだ。しかしその声は『あたし』には届かない。
壊れる…あたしの腕が…壊れる…!
だが、先に壊れたのは、ブロック塀のほうだった。
『あたし』に殴られつづけたブロックは、まるで発泡スチロールみたいに、粉々に砕け散った。
不思議と、手の痛みはない。信じられない。
「強く、なりたああああああああアイ・・・」
不気味な声で、あたしが呻く。違う、あたしが欲しかった強さは、こんなんじゃない。
『あたし』は、くるっと右を向き、のし、のし、と歩き出す。『あたし』から見えるその光景に、思わずあたしはぞっとなった。
電信柱が折れ、ブロック塀はあちこちで粉々に砕かれ、道に止めてある車はスクラップ同然になっている。まるでゴーストタウンだ。
これは、『あたし』がやったんだ。きっとそうだ。あたしは愕然とした。
人がいないのが、何よりの救いだ。もし誰かいたなら、あたしはきっとその人を…
「見つけたで!こっちや護!!」後ろから聞き覚えのある関西弁が飛んできた。イーロンだ!あたしの胸に、希望がともる。
あたしが振り向いた先には、クナイを構えたイーロンと、ためらいながらも両手に剣を握る護がいた。
「悪いな、ちょっと動き停めさせてもらうで…」指の間に挟んだイーロンのクナイが、緑色に輝き始める。
「麻酔クナイ『獺』<カワウソ>!」
この技専用の針のようなクナイが、あたしの手や足に刺さる。
この技なら何度も見た事がある。人体にあるツボを刺して、対象を眠らせる術だ。
良かった、これで『あたし』は停まる…
ことは、なかった。
「強ク、なリたああああああああああああああイ!!」
逆に勢いを増した『あたし』は、風を切り裂いてイーロンにかかっていく。
「なんでや、なんで効かんのや!」
一瞬で、間合いをつめる。速い。あたしも何が何だか分からないうちに、驚愕するイーロンの顔が目の前に迫った。
「はああああああああああ!」間合いをつめたその勢いのまま、『あたし』はイーロンのみぞおちに肘をめり込ませた。
「ぐほぉっ!」イーロンが水切りをした石みたいに、軽々と吹っ飛んでいく。
「つぅよぉく、ナリタアイ…」あたしはじろっ、と護を見た。
やめて、この人だけは、傷つけないで。お願いだからやめて。
あたしの思いも虚しく、『あたし』は、逡巡する護にじりじりと近寄っていく。
「カーーーーーーーーー!」
奇声を発しながら『あたし』は護に飛びかかった。つかみかかろうとするその腕を、護は剣の柄で何とか弾く。
だが『あたし』の攻撃は終わらない。まるで野獣みたいに、狂ったように拳を繰り出す。
護は、防ぐ一方だ。でもあたしにも、『あたし』は止められない。
護、あたしを斬って。あなたを傷つける前に。あたしを殺して。あなたの手で。
違う、こんなの強さじゃない、こんな強さいらない、こんな強さ…
こんな強さ、いらない!
あたしがそう強く願った時だった。あたしの体がぽうっと薄く光を放ち始め…
次の瞬間、目の前には、あの白いビニールの化け物がいた。
体が、自由を取り戻している。あたしを乗っ取っていたこいつが、なぜかあたしから離れたのだ。
「ア…アレ…?」
魔物も戸惑っている、こいつも、何が起きたか理解できていないようだ。でも…
「護、今よ!!」
「元に戻ったんだな、美奈!こいつか、こいつが美奈を…!!」
「ア、アア…ナゼ…ナゼダ…」
「さぁな、地獄でゆっくり考えなよ!天神二刀流!『断』!!」
「ウオオオオオオオオ!」
ビニールの化け物、ロキロキは、空間ごとねじ切られ、塵と化した。
「護…ありがとう…」
「あぁ…でも今のは何だったんだろう…?何が起きたんだ…?」
「『M/m』だよ」
突如上から声が降ってきた。背筋がぞくっとする。異常なほどに柔らかい声。こいつは…!
あたしと護が見上げた先には、そう、あいつがいた。
「ヴァイマール…リーヴ!」護とあたしの頭上に、紫の甲冑が浮かんでいた。ヴァイマール・リーヴ。
この世界を破壊しようとする、魔王!
「覚えててくれたか。嬉しいなぁ。」
「ふざけるな!美奈に何をした!!」
「精神を揺るがせ、競争心と闘争本能を異常増大させるモンスター、『ロキロキ』を放たせてもらった。ちょっと確かめたい事があってね」
「確かめたい事だと…?」
「でももう分かった。その子は『M/m』を持っている」
「え、えむえむ…?」
「おや、自分のことなのに知らなかったのかい?ま、確かに使いこなしている様子は無かったが」
「M/mって、何よ!」
「ふむ、教えてしまうのもつまらないが、教えないのもつまらないな。よし、ヒントをあげよう。
初めて会ったとき、私は護君を吹き飛ばした。」
「ああ…」
「実はあの時、私は美奈君も吹き飛ばすつもりだったんだ。」
「え?」
「でも実際に吹き飛ばされたのは護君だけだった。それで感づいたんだ。『M/m』じゃないかって」
「そのM/mって…」
「ちょっと喋りすぎたかな。帰るとしよう。」
「待て!」
「あ、もう一つ言っておこう。美奈君、君の力はいずれ世界を滅ぼすものになるだろうね。」
「…?」
「その力が育ちきるのが楽しみだよ。はははっ」
「おい、それはどういう…」
「ごきげんよう」
ヴァイマール・リーヴは、次元の狭間へと帰っていった。
大きな謎を残され、なすすべもなく立ち尽くすあたしと護を残して。
気が付くと、あたしはどこかの住宅街の、ブロック塀の前に立っていた。
―あたし、何してたんだっけ。
―ああそうだ、何だか自分の感情が止められなくなって、何か言いたくない事いっぱい言って、それで―
そこで『あたし』は右腕を思いっきり振りかぶった。
え?
あたしが自分の行動の意味を考える前に、『あたし』はブロックを力いっぱい殴り始めた。
何度も、何度も、何度も、何度も。『あたし』の手がブロックを殴るのを、あたしは一生懸命止めようとした。
手が折れる!やめて!なんであたしにこんなことさせるのよ!あたしの体を返して!!
あたしは心の中で必死に叫んだ。しかしその声は『あたし』には届かない。
壊れる…あたしの腕が…壊れる…!
だが、先に壊れたのは、ブロック塀のほうだった。
『あたし』に殴られつづけたブロックは、まるで発泡スチロールみたいに、粉々に砕け散った。
不思議と、手の痛みはない。信じられない。
「強く、なりたああああああああアイ・・・」
不気味な声で、あたしが呻く。違う、あたしが欲しかった強さは、こんなんじゃない。
『あたし』は、くるっと右を向き、のし、のし、と歩き出す。『あたし』から見えるその光景に、思わずあたしはぞっとなった。
電信柱が折れ、ブロック塀はあちこちで粉々に砕かれ、道に止めてある車はスクラップ同然になっている。まるでゴーストタウンだ。
これは、『あたし』がやったんだ。きっとそうだ。あたしは愕然とした。
人がいないのが、何よりの救いだ。もし誰かいたなら、あたしはきっとその人を…
「見つけたで!こっちや護!!」後ろから聞き覚えのある関西弁が飛んできた。イーロンだ!あたしの胸に、希望がともる。
あたしが振り向いた先には、クナイを構えたイーロンと、ためらいながらも両手に剣を握る護がいた。
「悪いな、ちょっと動き停めさせてもらうで…」指の間に挟んだイーロンのクナイが、緑色に輝き始める。
「麻酔クナイ『獺』<カワウソ>!」
この技専用の針のようなクナイが、あたしの手や足に刺さる。
この技なら何度も見た事がある。人体にあるツボを刺して、対象を眠らせる術だ。
良かった、これで『あたし』は停まる…
ことは、なかった。
「強ク、なリたああああああああああああああイ!!」
逆に勢いを増した『あたし』は、風を切り裂いてイーロンにかかっていく。
「なんでや、なんで効かんのや!」
一瞬で、間合いをつめる。速い。あたしも何が何だか分からないうちに、驚愕するイーロンの顔が目の前に迫った。
「はああああああああああ!」間合いをつめたその勢いのまま、『あたし』はイーロンのみぞおちに肘をめり込ませた。
「ぐほぉっ!」イーロンが水切りをした石みたいに、軽々と吹っ飛んでいく。
「つぅよぉく、ナリタアイ…」あたしはじろっ、と護を見た。
やめて、この人だけは、傷つけないで。お願いだからやめて。
あたしの思いも虚しく、『あたし』は、逡巡する護にじりじりと近寄っていく。
「カーーーーーーーーー!」
奇声を発しながら『あたし』は護に飛びかかった。つかみかかろうとするその腕を、護は剣の柄で何とか弾く。
だが『あたし』の攻撃は終わらない。まるで野獣みたいに、狂ったように拳を繰り出す。
護は、防ぐ一方だ。でもあたしにも、『あたし』は止められない。
護、あたしを斬って。あなたを傷つける前に。あたしを殺して。あなたの手で。
違う、こんなの強さじゃない、こんな強さいらない、こんな強さ…
こんな強さ、いらない!
あたしがそう強く願った時だった。あたしの体がぽうっと薄く光を放ち始め…
次の瞬間、目の前には、あの白いビニールの化け物がいた。
体が、自由を取り戻している。あたしを乗っ取っていたこいつが、なぜかあたしから離れたのだ。
「ア…アレ…?」
魔物も戸惑っている、こいつも、何が起きたか理解できていないようだ。でも…
「護、今よ!!」
「元に戻ったんだな、美奈!こいつか、こいつが美奈を…!!」
「ア、アア…ナゼ…ナゼダ…」
「さぁな、地獄でゆっくり考えなよ!天神二刀流!『断』!!」
「ウオオオオオオオオ!」
ビニールの化け物、ロキロキは、空間ごとねじ切られ、塵と化した。
「護…ありがとう…」
「あぁ…でも今のは何だったんだろう…?何が起きたんだ…?」
「『M/m』だよ」
突如上から声が降ってきた。背筋がぞくっとする。異常なほどに柔らかい声。こいつは…!
あたしと護が見上げた先には、そう、あいつがいた。
「ヴァイマール…リーヴ!」護とあたしの頭上に、紫の甲冑が浮かんでいた。ヴァイマール・リーヴ。
この世界を破壊しようとする、魔王!
「覚えててくれたか。嬉しいなぁ。」
「ふざけるな!美奈に何をした!!」
「精神を揺るがせ、競争心と闘争本能を異常増大させるモンスター、『ロキロキ』を放たせてもらった。ちょっと確かめたい事があってね」
「確かめたい事だと…?」
「でももう分かった。その子は『M/m』を持っている」
「え、えむえむ…?」
「おや、自分のことなのに知らなかったのかい?ま、確かに使いこなしている様子は無かったが」
「M/mって、何よ!」
「ふむ、教えてしまうのもつまらないが、教えないのもつまらないな。よし、ヒントをあげよう。
初めて会ったとき、私は護君を吹き飛ばした。」
「ああ…」
「実はあの時、私は美奈君も吹き飛ばすつもりだったんだ。」
「え?」
「でも実際に吹き飛ばされたのは護君だけだった。それで感づいたんだ。『M/m』じゃないかって」
「そのM/mって…」
「ちょっと喋りすぎたかな。帰るとしよう。」
「待て!」
「あ、もう一つ言っておこう。美奈君、君の力はいずれ世界を滅ぼすものになるだろうね。」
「…?」
「その力が育ちきるのが楽しみだよ。はははっ」
「おい、それはどういう…」
「ごきげんよう」
ヴァイマール・リーヴは、次元の狭間へと帰っていった。
大きな謎を残され、なすすべもなく立ち尽くすあたしと護を残して。