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「白崎 思織の語り」

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寝袋の中から上半身だけを出して寝ていた。手はだらんと屋上の壁の上に投げ出されていて上からみると丁の字に似ていたことだろう。いい加減な体勢で寝ていたから疲れなど取れていない。今の私の状況は漫画の中に出てきた蓑虫のモンスターに限りなく似ていた。

真っ黒な空の上に修正液をぽつぽつと垂らしているように星が瞬いている。私はきしむ体を強引に動かして私の隣に立っているものを片付ける。

大砲のように天を向いている白い体の望遠鏡は私の相棒だ。組み立て式のこれを手馴れた手つきでそれを解体して鞄の中にしまう。空には梟が羽ばたいていてその黒い体が月に重なり、黒い穴が開いているように思えた。私はばらばらになった望遠鏡を鞄の中にしまうと学校の屋上を後にする。

寮生として自慢できる唯一のことがこの深夜の学校徘徊である。言うまでもなく禁止されていることだけど私たち寮生、そして一部の当直の先生には黙認されていることだ。戸締りはきちんと行われているので私たちが歩き回ったところで害はないだろうと踏んでいるのだろう。

月明かりだけを頼りに階段を降りていく。こつこつと私の足音の他に別の足音が入り混じっているような気がした。だけど立ち止まっても何も聞こえない。私はほっと息をつくとまた寮に戻っていく。

私が住んでいる学校は年季がある。私が入学するまでは何度も建て替え工事を行っていたらしい。見た目としては鉄筋コンクリートの学校なので少しも年季を感じていない。だから夜の学校を簡単に歩けるのかもしれない。木造の校舎だったら歩くたびに悲鳴のようなきしむ音がして私はそれに耐えられないだろう。

鞄を赤子を抱えるように私は廊下を歩き、遥か遠くを見る。取り留めのない不安に駆られてふと立ち止まる。こつこつという床を叩く音は遠くから聞こえてくる。それと同時に前方から白い光が私に向かって伸びていった。

どきんという心臓の鼓動の後にふと隠れたい衝動に駆られていく。だけどそれをなんとか踏みとどまって私はその光に向かって進んでいく。それの光源は一つの懐中電灯でそれの持ち主は私の顔を見てうんざりしていた。

私は簡単にまとっているこの人の白いカーディガンの方に目を奪われていた。今まで見なかったものだった。この人も外見に金をかけることがあるとはね。

「おやすみなさい。平坂先生」

さりげなく傍を通り過ぎようとする私の首根っこを掴むと耳元で平坂先生がささやいた。私の顔に向けて懐中電灯の光を浴びせ続けるのでとてもまぶしい。

「白崎さん。今日はもう消灯時刻なの。それにここは夜は入ってはいけません」
「やだな。平坂先生。それくらい私だって知っています」

冗談を言っただけなのに平坂先生は私の首を掴む力を強める。私は暴力が反対だというよりも、冗談を飲み込んでくれない平坂先生の心の余裕のなさが残念だった。私は今日の当直が平坂先生であることを見越して、学校に忍び込んでいる。

平坂先生は不機嫌さを体全体で表しているが私が自身の忠告に従わないことを知っている。だが平坂先生は何時もよりも機嫌を悪くしていたようだ。射抜くような視線で私を睨みつけ、私も先生が本気であることを少し理解する。

「あの事件のことがあるのだから少しはおとなしくしなさい」
「あの事件ですかぁ?」

あまり詳しくは知らないけど最近校舎の裏で女生徒が倒れていたらしい。それが事故ではなくどうやら事件のようだ。

噂が噂を呼びかって、その女生徒は誰かに暴行されたのではないかという憶測が飛び交っていた。そしてその信憑性は決して薄くはなく、発見されたとき衣服がずたずたにされていたこと。そして今も呆然として何もしゃべらないこと。

そのような事実から今は学校を騒がす一大事となっている。しかも発見されたのが校舎の裏側ということと彼女が寮生ということだったのがまずく、つまり男性寮に住む人が犯人ではないのだろうかと疑う女生徒も少なくない。

「一応寮は男性と女性に分かれているから
 うかつには接触しないけど何かあってからでは遅いのだからね。
 ほとぼりが冷めるまで十分注意しなさい。
 でもあなたはまず大丈夫だと思うけどね」
「なんですかその自信?」
「自分に聞いてみなさい」

私は手探りで自分の体をなぞる。平坂先生はその年齢の女性として平均的な身長をしているが私の身長はそれより頭一つ小さい。高校二年の今でも小学生に間違えられるくらいだ。しかも体型も小学生と何一つ変わっていない。

そのような体型を自分で確認して、その情けなさが恥ずかしくなった。きらりと先生の目が鈍く光る。先生の目が私には女性としての魅力が足りないと語っているようだった。

「まぁあんたはまだ成長期かもしれないからまだ希望はあるわよ。
 今日はもう寝なさい。寝る子は育つというからね。
 寮まで送ってあげる」

私はそのまま寮まで引っ張られるようにつれられていった。

平坂先生はことあるごとに私の体型を馬鹿にする。そしてそれを睡眠と関連付けて笑う。私はそれを念仏のように聞き流す。大体就寝していないのは私だけではないのに。今も起きている寮の相方の顔を思い浮かべて私は自分の部屋に帰っていった。
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私の予想は外れていなく薄暗い蛍光灯の下でそいつは机にかじりついていた。パジャマ姿の上からカーディガンを羽織り一心不乱に鉛筆を動かしている。

「七子はまだ起きていたの?」

鞄を部屋の端において私は制服を脱いでパジャマを手に取る。初夏の暑さのためかすこし体は汗ばんでいた。下着まで替えようかと思ったけど結局やめてパジャマに着替えた。七子は私の呆れるような声色で出した疑問に答えることはしない。

多分七子は私が入ってきたことにも気づいていない。生活するのに最小限広さしかないこの部屋の中でかりかりという鉛筆の音が私の耳をつつく。私は七子の集中力と情熱に呆れるしかない。

パジャマに着替え終わった私はそろりそろりと七子の背後へと近づく。このようなことをしなくても七子は気づかないのだけどまぁ形式というものだ。幸い床は絨毯になっているので足音は響かない。

視線が机に釘付けのままの七子の背後を取り、ひょいと、肩に顔を乗せて七子が書いているものを目にする。七子の肩がびくつき、その後硬直した。私はニヤニヤ笑いながら七子が書いていたものに目を通す。

だけど私がそれを文字と認識する前に七子は机に乗せていた原稿用紙を自分の上半身で隠す。七子は胸でそれらを覆い隠した後私を睨み上げた。七子の顔にぴったりなサイズの丸い瞳にはうっすらと涙が溜まっている。

「ごめん。私が悪かったわよ。ところで何かいているの」

七子は答えない。桃のような色をしている七子の唇はきつく閉じられたままである。私は何か言いたそうに口をもごもごさせる。七子はどこか後悔しているように瞳を泳がせ、おずおずと上体をあげた。私はそのような彼女の動作を見るのがいたたまれなくなる。ちょっとからかいすぎたようだ。

「いいの。いいの。答えなくて。でも書き上げたら私が最初に読ませてもらうからね」

私は二段ベットの上に上がると布団にもぐりこむ。もぐりこむ直前にちらりと七子のほうを見る。さっきまでの地蔵のような表情からほぐれ、向日葵を連想させる笑顔を見せた。私はそれに手を振ってちゃんと布団の中にもぐる。

七子の机の上にある蛍光灯のせいで私たちの部屋は完全に暗いということはない。けど私はすぐにうとうととし始め、すぐに眠りについた。明るいということを気にすることはなく簡単に眠れることができるのは私の特技であった。

そしてそれは私と七子の絆を表しているようで、私はそれがいつもうれしかった。

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七子は子供のような体型をしている私とは違って、高校生の女性として理想的な体つきをしている。私はたまにその体をどこかうらやましくなってしまう。

だけど私は別の体型の七子など想像しようにもできない。七子は今のままの七子で私は満足だった。

七子とはこの高校に入学してから知り合った。そして私はこの年になって友好関係に時間は関係ないことを知ることになる。私と七子は神に導かれるままに同じ寮の同じ部屋になる。それが私と七子の初めての出会いだった。

初めて顔をあわせたときの七子のことを今でも覚えている。私はベットの上に西洋人形が寝転がされているのだと錯覚した。だけど大きさは人形の規格を超えているし、まさかこれが噂に聞く空気嫁というものだろうかと一人勝手に舞い上がっていた。

そのとき人形が起き上がった。そして私のほうを向いた。間抜けを体現するように口を開いている。そして人形はしゃべった。

「狩屋 七子です。よろしく」

そう言ってまたごろりと横になる。ベットは硬いのだろうか。それとも彼女の体重がないのだろうか。ベットのシーツには皺一つついていない。本当に彼女の体には内臓が詰まっているのだろうか。

私はただ白崎 思織と簡単に自己紹介してその一日は終わった。

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七子とのぎこちない生活は私が思っていたよりも続くことはなかった。もともと私のほうが人付き合いが得意なわけでそして七子をエスコートするように彼女にべたべたと接触していた。

初めは私に対して警戒心を全身で表していた七子だけど私の暑苦しいふれあいが徐々に彼女のそれを溶かしていったようだ。ぽつり、ぽつりと私に対して話をしてくれるようになってくれた。

ただなぜ寮生活をするのかは答えてくれなかった。私もそれは聞かないほうがいいと感じた。寮という施設があるもののこれを利用する生徒は五十を満たない。環境の悪さからいって一目見て寮で生活するという選択肢を真っ先に外す新入生は少なくない。

だからよっぽどのことがない限り寮生活をすることはしないのである。よって七子もなにか面白そうな理由があるのかと思ったのだが、私がどれほど優しく話したってそれは答えてくれなかった。

まぁ人にはいろいろ事情がある。七子はまだ誰にも話したくないのだろう。それに私だって、そのことについては例外ではない。
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私から見る七子はとても冷静な人間だった。目の前にある事実を客観的に受け止め的確な行動をしてくれる。私よりも幾分大人に見える。だけど七子にも譲れない情熱的な部分を持っていた。

まぁでもそれはいかにも七子らしい静かな青い炎を思い浮かべる情熱だ。七子は小説を書くのが趣味だった。七子は夜遅くまでよく小説を書いている。だけど、これはこれで七子らしいのだが、それを七子は今まで誰にも見せたことがないらしい。

私だって七子の趣味に気づいたのは七子と仲良くなってから半月がたったときだ。結果として良い方向に転んだがあの時は自分でも悪いことをしたと思う。七子の机の上に散らばっていた原稿用紙を私はつまみあげて読んでしまった。

七子の小説は私にとって日常会話でよく使う表現や、台詞回しが多用されていて、ちょっと斬新さにかけると思った。だけど私は読むのを止められない。簡単な話の展開なのに、どんどん引き込まれていく。登場人物の気持ちが痛いほどに流れ込んでくる。

私が全部読み終えたときに七子が入ってきた。七子は日ごろの七子とは思えないほどに俊敏な動きで私から原稿用紙をひったくるとそれを抱えるようにして私から距離をおく。七子は今にも泣きそうに顔をくしゃくしゃにして私と眼を合わせない。

私はここまで来て初めて自分の行動の軽さを呪った。だけど私は今更になって行動の基準を返ることはできなかった。私は七子の肩をぽんぽんと叩くと思いっきり大きな声を張り上げた。

「とっても面白いじゃない。七子の小説また読みたいな」

きょとんとした表情を七子はつくり、そしてその後笑った。それは笑うのに慣れていない七子の微笑だったけど私が初めて見た七子の微笑だった。

私は寮での生活を初めて良かったと心の底から感じた。七子に会えただけではない。昔の生活を忘れることができる。七子の存在が私の中で大きな支柱となっていた。七子を元気にさせたいと思って頑張っているうちに私はいつの間にか七子に頼っている部分もあった。私と七子はお互いに支えあって生きている。

それがずっと続くと思った。

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私は星を見て何を探しているのだろう。天体観測が私の趣味だった。学校の屋上に忍び込むのも天体観測が目的である。天体観測は暗い夜空でも光があることを教えてくれる。不安に押しつぶされそうな私を導いてくれる星の輝きは私を励ましてくれる。私が一人ではないことを教えてくれる。

だから天体観測が私の趣味だった。だけどどうしてその趣味に走ったのかは思い出せなかった。いつのまにか私はむしゃくしゃすると望遠鏡を片手に広い場所に走り出す。今は屋上だけだけど昔は公園や川原などでも天体観測を行っていた。けどいつも一人だった。

一旦疑問を持つとそれをこねくり回すだけで無駄にその疑問は大きくなってゆく。その日私は珍しく情緒が不安定になって望遠鏡から目を離す。寝袋に入って転寝でもしようかと考えたが眠気は一向に襲ってこない。趣味のはずなのに少しも面白くない。

七子もこういうことにぶち当たるときがあるのだろうか。私は寝袋から張って抜け出すと帰る準備を始めた。七子の隣で漫画でも読んでいたほうがよほど上手く時間を使えるだろう。

帰る途中にまた平坂先生に会って、ぶつぶつとした平坂先生の愚痴を聞きながら二人で寮に戻った。

「じゃあね白崎さん。本当に最近物騒なのだから私を困らせないでよ」
「デモ先生。私ハ学校内ヲ徘徊シテイルダケダカラ心配シテイルヨリカハ安全ダト思イマ スヨ」
「そういう油断がいけないの。今日はもう寝なさい。あとそのロボットみたいなしゃべり 方は止めなさい。それからまだ起きているはずの狩屋さんにもそういってね。
 夜更かしは体に毒よ」

七子などずっと寮の部屋の中にいるのだから私より安全だろう。全く平坂先生は心配性すぎる。

「ただいま」

扉を開く。辺りを見回す。思わず口が開く。鞄を落とす。七子がいない。

何時もがいる七子の部屋から七子だけが抜け出ていったようだ。つけっぱなしの蛍光灯の下には書きかけの小説がある。その上にはむなしく鉛筆が何本も転がっていた。

まさか。トイレに行っているだけだろう。すぐ戻ってくる。平坂先生があのようなことを言うから私は心がかき乱されるのだ。

七子の椅子に座り彼女の帰りを待つ。五分たっても十分たっても三十分たっても七子は私は待ち続けた。

私はやることがなくて机の上にある原稿用紙に目を落とす。一番上に積まれている原稿用紙の一行目には誰かのセリフが書かれてある。

「助けて、梟に殺される」

それが小説内のセリフなのか、それとも七子の叫びなのかは少しも分からなかった。窓が開け放たれている。開いている窓から風が入り込み、カーテンがめちゃくちゃにはためいている。開いた窓の向こうで梟が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

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■人物

○狩屋 七子 かりや しちこ ♀

 思織と寮部屋を共有している女性。高校一年生。思織とは知り合ってまだ一ヶ月ほどし かたっていない。なぜ寮生活をしているのかは不明。
 良くも悪くも深窓の令嬢のような外見と性格をしていて、
 人付き合いにあまり慣れていない。本人はその性格を悪い癖だと考えている。
 押しに弱く世の中を流れるままに生きている七子だが自分の意思というものはちゃんと 持ち合わせていて、それが小説となって形に残っている。
 ただ前に述べた正確が災いして誰にも読ませていなかった。思織が勝手に読んだとき一 瞬だけ怒りを感じたがすぐに感謝していた。

○白崎 思織

 天体観測が趣味の女の子。高校二年生。二年に進級したときに寮生活を始め七子に出会 った。自分と対極的な位置に立っている彼女のことに興味を持つ。
 そしてだんだんと彼女が隠していた素直さに惹かれていた。
 思いついたことはすぐ行動する。考えたことはすぐ口にする極めて自分の本能に正直な 分かりやすい性格をしている。
 しかし明るい性格は自分に自信がもてないことの裏返しである。そして孤独と閉所を一 番嫌う人でもある。だから七子に会えたのは思織にとって幸運なことだった。
 子供っぽい自分の性格は割り切っているもののそれに上手くかみ合わさるかのような自 分の容姿をとても気にしている。授業中に考えていることはどうやったら魅力を上げる ことができるかということ。
 なぜ寮生活を二年になって始めたのかは不明。


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