「なーなー。そんな石をパチパチ楽しいのか?」
彼女は俺の言葉なんかを無視して、黙々と白黒の石を木の板に置いていく。
俺はずっと横で見ているが、オセロと何が違うのかわからない。
左手で本を開きながら打っていることがまず不思議だった。
読書しながらなんかするって大変じゃないのか?
放課後二人っきりの教室。一見するといいシチュエーションなのかもしれない。
しかし、部屋に響いてるのは楽しそうな声じゃなくて甲高い音。
窓から見える校庭には、サッカー部が球を追っかけている。
その奥でコーチにノックをしてもらっている野球部の姿がある。
みんな高校生活、部活に精を出している。
しかし、俺みたいなやつは運動を嫌っている。
だが、そういう奴らはバイトしていたり家事の手伝いやら何かしらしている。
俺は違う。何もしていない。
言い訳かもしれないが、熱中できるものがない。
バスケを中学の時していたが、あれだけ頑張ったにも関わらず予選落ちだった。
それからである、俺が何事にも本気で取り組まなくなったのは。
何をしたって必ず失敗する。そんなネガティブな思考になってしまったのである。
だから、今だって暇そうに女の子の真剣な横顔を見ているのである。
「で、何?見られてちゃ打ちにくいんだけど」
本を大げさに閉じ、ため息交じりに俺に向かって言ってくる。
そんなに邪魔だったかよ。
「いや、そんな五目並べみたいなのが面白いのかなーってさ」
「囲碁を馬鹿にしないでよね。……あ、もうこんな時間なんだ」
「めちゃくちゃ真剣に並べてたからな。石」
「ずっと見てたの?」
「ああ、もちろん。何から何までずっと」
ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がると、顔を伏せたままロッカーへ駆けてく。
「それ片付けといて!帰る準備するから」
俺は仕方がなく黒と白の石を片付ける。丸いケースにはまだまだ石が残っている。
それにしてもこの板めちゃくちゃ広いんだな。まるで自分の陣地を築いていくみたいだな。
彼女の名は佐倉葵(さくら あおい)。幼稚園の時からの幼馴染だ。
聞いた話では、俺が2歳の時に隣に家を建てたらしい。ちょうど空き地だったらしい。
そしてそこからずっと腐れ縁なのだ。小中はわかるが高校まで一緒だ。
そんな葵が囲碁とかいうのを打つやつになりたいって言ったのはいつだっけか。
そうそう、中学3年の卒業文集に書いたんだ。散々いじったけな。
その時、俺はまだ子供だった。将来にやりたいことがあっただけよかった。
俺なんかは未来から逃げ出して、3年間の出来事を書いた。
「片付いた?帰るわよ」
「ああ、これどこしまうんだ?」
「そこ、入れといて」
常にこんな命令口調なのだが、俺は葵にどんどん惹かれている。
そのことにはっきり気づいたのが高1だった。
葵の下駄箱にラブレターを入れていたのを見つけてしまい、何を思ったが捨ててしまった。
今では少なからず葵を恋愛対象にしている。
沈黙状態だった部屋に、俺の携帯の機械音が鳴り響いた。
葵はにやにやした表情でこっちを見ているが、俺は構わず携帯を手に取る。
「誰?彼女?」
「……確かに女だけど、お袋だよ」
「そいえば、優斗(ゆうと)あんまり携帯使ってないよね」
「する相手いねーし。友達バイトとか部活とか忙しいみたいだし」
「ねーじゃあさ」
「私でよかったらメールしてあげてもいいよ?」