「俺はここに打つ!」
まだ持ち方も覚えていないこの俺が、精一杯のかっこいい打ち方をしてみた。
盤の中央の黒い点がある場所に力強く打ち込む。木を固いもので叩いた、乾いた音が響いた。
俺は自信満々に葵を見てみると、少し興奮したような強張ったような顔をしていた。
「そこはね、"天元"と言ってねあんまり打たないところなの」
「天元……俺と同じ名前だ!」
「うん……前から思ってたんだ。囲碁と関係がある名前なのかなって。珍しい苗字じゃない?」
「そうだったのか、だから葵は俺を何回も誘ってたんだな」
「そ、そんなつもりじゃなかったけど。別に一緒にやりたかったってわけじゃないんだからね」
「ま、まぁ置いといて。打たれないってことは、弱い一手なのか?」
「いや……19路盤ではシチョウに有利になるだけで、全然地に絡んでこない一手なの」
「9路盤は狭いから中央を押さえたら勝てるんじゃないのか?」
「序盤はね、布石と言って盤面全体に大まかに打っていくことなのよ」
「うんうん、そいで?」
「隅の方がね地を作りやすいの。ほら、石を取る時に少なく済むでしょ?そんな感じ」
「ああ、4つから3つ2つだったな」
「だからね、三々、小目、星と打つ人が多いの」
「三々は、3番目と3番目の重なった点だろ?星ってのは、この黒い印のやつだろ?」
「そうそう、小目はね3番目と4番目の線の交点、4番目と3番目の線の交点の所よ」
「なるほど、星の横2つなんだな。これは端っこが固められてる感じだな」
「でしょ?じゃあ私は、右上の隅に打つわ」
葵が打った音は、俺のとは違って澄んだ高い音が鳴った。
持ち方もなんかよく分かんないし……。やっぱりキャリアなのか?
「あなたみたいに初手に天元を打つ人を見るのは初めてよ。もっと私を楽しませて!」
「なーんか定石とか布石とかあるみたいだが、そんなのは関係ねえな!」
俺は出来るだけ葵のまねをして、鋭く打ち込んだ。
吸い込まれるような感覚に陥り、自分に酔っているみたいだ。
「……ホントに初めてなの?3手目をここに打つわけがない」
「隅を打てって言ったじゃん。だから、右の隅を打ったんだよ」
「右下じゃなくて天元から右に1間トビ。右上に打った私の石を牽制しながら、自分の地を広げたのね」
「何言ってんのかわかんねえけど、早く打ってな」
「優斗、あなたの才能にはビックリ。でもね、感だけでもう打てないわよ」
「おい、あんまり教えてくれてないだろ!そんなんじゃ無理だって」
そこからはただ石を打つ音だけしか聞こえなかった。
「取れるのか……?これ」
「ふふっ、死活の問題は難しいから……ってなんで私こんなにムキになってるの?相手はさっき始めたばかりの初心者。なのになんでこんなにも……」
「へへ、ここだと全部取れるだろ!」
「え?なんでそんなこと」
「さっき葵に同じことやられたからな。もう覚えたぜ」
「でも、残念。それはさっきの優斗の返しが悪かっただけ。私なら死なない!」
「え、そんな……そこに打っただけで取れないのか。……」
「大した洞察力と記憶力ね、じゃあ私からすべて盗みなさい」
「……俺の12目負けか」
「実際にはコミが入るからもっとね」
はぁ、まだまだ強くならないとな。でも、自信が付いてきた!
これなら1週間であの部長をぶっ倒せる!
「ね、もしよかったらさ、明日ネットカフェ行かない?」
「ん?いいけど?」
「私がネットで碁を打つから横で見てなさいよ。慣れたら打っていいから」
「ネットでそんなのがあるのか?行く!」
葵は嬉しそうな顔で微笑んでいた。囲碁を好きになったから喜んでるのかな?
帰ったらパソコンで囲碁の詳しいルールでも調べるかな。
そうして、俺は葵の家を後にした。とはいっても1分で俺の家だがな。