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2/6 : バイトとヒント

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 ベッドの上の女性は、静かに語る。
「あの子ねえ、困っている人を放っておけないのよ。そのくせ、自分は何も出来てないだなんて言い張るの」
「……そうですか」
 彼女の物言いは、私の昨日の記憶を呼び起こす。私は少し、後悔した。
 ――私は、助くんのお母さんの病室を訪ねていた。
 元々、私たちは他人同士であるわけで、どうしても話題が、二人の接点である助くんのことになってしまう。
 それでも私たちは、気まずい雰囲気を挟むことなく、自然に会話を続けることが出来ていた。
「たまには、あの子のことを助けてあげてね」
「……はい」
 その時、私の後ろ側にある病室の扉が開いた。私は沙織さんが戻ってきたものだと思ったが、その予想は半分だけ当たっていて、半分は外れていた。
「どうも、こんにちは」
 沙織さんの隣に、薫ちゃんの姿があった。
「あら、薫ちゃん。また来てくれたのね」
「助にも連絡取ったんですけど、あいつバイトとか言ってました――あ、弥生もいるのか」
 いそいそとコートをマフラーを脱ぎつつ、薫ちゃんが言う。
「ええ、こんにちは」
「弥生ちゃんと知り合いなの?」
 おばさんが尋ねる。
「ええ、まあ――助繋がりで」
 ――この様子だと、薫ちゃんとおばさんはかなり親しいようだ。それもまた、「助繋がり」ってやつなのだろう。
「……あー、せっかく買いに行ったのに、エレベーターの前で出くわしちゃったから、薫の分買ってないや」
 沙織さんが、自販機で買って来たらしい缶を数えていた。
「あ……じゃあ、私の……」
 そう言って、私の分を差し出そうとすると、薫ちゃんが言った。
「いいっていいって。飲みたかったら自分で買うから」
「……そう、悪いわね」
 申し訳ないような気もするが、ここはありがたく頂いておこう。
「薫ちゃんにもしょっちゅう来てもらっちゃって悪いわね」
 おばさんが苦笑いする。
「いいんですよ、高校の時は散々、家に入り浸らせてもらってたんですから」
「あの頻度は異常だよねえ」
 沙織さんが頷きながら言う。
「そんなに、三人とも仲が良かったの?」
 思わず私は質問した。
「最初は私と薫の仲が良かったわけじゃないの。助が昔、まだうちに住んでた時に薫と仲良くなって――」
 そのまま、と沙織さんが笑った。
「薫は助の話にもついていけるし、私とも話が合うし、貴重な存在なの」
「……ああ」
 薫ちゃんの特徴のことを言っているんだろう。
「……でも、なんで助くんは独立したの?」
「それは――」
 今まで楽しそうに喋っていた沙織さんの口が閉じてしまった。
「勝手に……喋っちゃマズいかな?」
 上目使いでおばさんを見ている姿は、許しを請うているように見えた。
「苗字でバレバレよ」
「あ、それもそうか」
 そう言うと、沙織さんは私に向き直った。
「助はね、本当はうちのお隣さんだったの。ま、それを訳あってうちに住まわせてあげたってとこかな」
「へえ、そうなの」
 その「訳」については、追々分かればいいだろう。
「いつまでも、お隣さんに世話になるわけにはいかないって助が聞かなくて」
「沙織と助は昔から本当に仲が良くてね」
 おばさんの、何も見ていないような眼は、実は昔を見ている。そう感じた。
「最初は私も、二人の空間に割って入っていいものかって戸惑ったなあ」
 薫ちゃんも頷く。
 私を除く三人は、昔のことを嬉しそうに語り始めた。この話題なら、誰も「これから」のことを言わなくていい。「今まで」のことを話してさえいればいい。
 話についていけない私は、そんなことを、ぼんやりと考えていた。

「あ、そうそう」
 薫ちゃんが思い出したように言った。
「一昨日、助と弥生と、あともう一人、ハルカって人と一緒に、ケーキ食べに行ったんだけどさ――というか、その時に弥生を紹介されたの」
「あら、そうなの?」
「助に無理やりバイト代わらされたから、奢らせたんですよ」
 そう言って無邪気に笑う。
「最初に薫ちゃんを見た時はちょっとビックリしたわ――」
 素直に感じたことを述べた。
「みんなそう言うよ」
「まあでも、話しやすい子でよかったわ」
「そりゃどうも――でも、なんで助、二人を紹介してくれたんだろ?」
 ――この子は、気付いていない。
「まあ、久々に友達増えたからいいか」
 まさにそれが、その理由であるというのに。助くんは、あなたのことを思って私たちを紹介して――苦しんでいる。
 一言、ありがとうと言ってあげて欲しい。でもきっと、真実を伝えることは許されないんだろう。この子のことを想っている理解者が、彼が許さないだろう。
「弥生ちゃん、薫ちゃんと仲良くしてあげてね――沙織とも」
 おばさんが微笑んでいる。
「ええ、もちろん。こちらからお願いしたいくらいです」
 ――例えこれが一月限りになってしまったとしても、その間、この約束は果たしましょう。
「賑やかな方が楽しいよ」
 沙織さんが言う。
「沙織は一人っ子なのに、なんだか四人兄弟みたいになっちゃったわね」
 まだ出会って間もない私たちを、兄弟のようだと比喩するには早いかもしれない。でも彼女の心は、すでに私たちを実の子同然に扱っているんだ――。
 ふっとハルカの言っていたことを思い出す。
 ――彼女の死も、「非業の死」だったらいいのに。
 二月の病室の空気は、温かい。



 ――気分が晴れない。後悔先に立たず。
 俺はコンビニのレジに立って、気のない接客を続けていた。
「高宮君、レジを代わるから、棚の整理をしてくれるかな?」
「分かりました」
 俺はレジを離れると、店内の品物の整理を始めた。
「バイトを入れてなければ、薫の誘いを受けてたんだけどな……」
 昨夜の弥生に続いて、同じ件で薫まで誘いをくれた。
 昨日の一件で、俺は人恋しさをすっかり失い、逆に孤独を望んでいた。独りで、寒い部屋で、じっくりと自分と向き合いたかった。
 けれども、母の見舞いに気心の知れた友達と行くとなれば、考えないこともない。
 それに、母なら何か俺が気が付いていないような事実に気づかせてくれて、さらには慰めの言葉をくれるかもしれない。
 またしても母に頼ろうとする思考を振り払うため、頭を左右に振った。
 昨夜の話の後、弥生は俺を必死にフォローしてくれ、俺はなんとか、母親に話をさせたことについては納得できた。
 しかし、薫には悪いことをした。
 ――弥生が言わなければ、気がつかないままでいられたのに。
 筋違いな怒りが胸の中に芽生えたかと思うと、自分の良心がそれを否定して、枯らす。
「俺が悪いんだ」
 自分に言い聞かせた。棚に並んだパンを、見栄えが良くなるように並べなおす。
「切り替えろ」
 再び、言い聞かせた。パッケージの向きが揃っていない菓子を並べなおす。
 なあ、俺に言い訳をさせてくれ。せめてこの一ヶ月だけでも、薫の理解者を増やすことが出来たら――それは、薫を傷付けることにならないだろ?
 一ヶ月経った後のことは、俺がどうとでもしてやれる。だから俺は、今までよりもっと、薫のことを気にかけてやろう。
 それで、許してくれないか。
 無理やり結論付けた俺は、もう一つの重要事項について考え始める。
 ――もうすぐ一週間。
 二月も一週間を終えてしまう。正直、俺は焦っていた。目下の最優先課題である弥生のことについて、未だに何のアクションも起こせていない。
 雑誌の向きを一冊ずつ揃えていきながら、模索していた。
 ――何か俺に出来ることはないか。
 頭を回転させながら、なおも手は動き、商品を確認していく。まるで、そうしていくことで答えが見つかると確信しているかのように。
 そして、雑誌コーナーを離れ、最近物騒になって少しだけ店に置くようになった防犯用商品コーナーに目が留まる。
「そうか……これだ」
 ――見つかった。弥生にしてやれることが、ひとつだけ。
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