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一話 気まぐれと責任 中篇

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 4、信用できる、いやな奴

 部屋に入ると中に立ち込めた油のにおいが鼻に着く。
 いい匂いだ。落ち着く。
 特にこれからすごくむかつく奴と話しをするときは、な。
「あっ、もしもし。・・・俺だけど。」
「やーねぇ。今更オレオレ詐欺なんて誰も引っかからないわよ。」
 ・・・・・。
「携帯なんだから液晶に名前ぐらい出てるだろうが!」
「急いで出たから名前見るの忘れちゃったー♪」
 ・・・・・。
「蒼夜だ、蒼夜。」
「あっ。私に忠実な下僕の蒼夜か~。元気してた~?」
「誰が下僕だ!!・・・たくっ、だから嫌なんだよ。コイツ。」
「本音が漏れちゃってますよー。そういうのは心の中で愚痴りましょう。――はい。で、何?」
 ああーーー。いちいち疲れる。でも他に頼れる奴はいないんだよなー。
 仕方なく気持ちを切り替える。
「実はな・・・」


 バルルルルルルルル―――――低い轟音が地面を揺らす。
 デカくて真っ黒なモンスターが道路を駆ける。交通規則なんて知ったこと。縦横無尽、自由に走り回る。後ろに数匹の犬を引き連れて。
「クソッ。」
 ガツンと窓ガラスを叩いて、禿げた頭を反射させている、藤木 辰巳(とうぎ たつみ)は愚痴を洩らした。
「また奴か!ええい。誰か奴を止められる奴はおらんのか。」
「そんなのいるわけ無いでしょう。あっちは改造バイク。多分300は出てるんじゃないですか。対してこっちは国産パトカー。いくらドライビングテクニックがあったて、勝ち目なんて全然無いですよ。」
 その横でパトカーを運転していた、月宮 高平(つきみや こうへい)は苦笑を浮かべた。
 どうせなら俺もパトカーじゃなくて、あんなのに乗ってみたいなぁ。
「何か言ったか?」
「!?い、いや、何も言ってません。」
 危ない、危ない。いつの間にか口に出てたみたいだ。気を付けないと。
「あいつのせいで私は夜も満足に眠れんのだ!眠ろうとすると、いつもあの騒音が聞こえてくる。このままじゃいかれちまうよ。・・・大体なんで――――。」
 ほら、また始まっちゃうよ。藤木さんの愚痴弁論。そんな愚痴ばっか言ってるから禿げるんじゃ・・・。
「何か言ったか。」
「・・・!?何も言ってませんが。」
 ・・・最近口のしまりが悪いなぁ。
 はるか遠くを走っているモンスターの車体に反射した光をみつめながら月宮はため息をついた。


 バルルルルルルルルルルルルルルルゥゥゥゥゥゥ。キキッー。
 盛大な爆音で絶は目が覚めた。そして寝ていたことに気づいた。額から汗が垂れる。それを見て、やっぱり扇風機ぐらいは必要かな、とか思ってしまう。
 
 体を起こす―――せなかった。腰から下が妙に重い。
 目を擦りながら腰の方を見るとムゥが抱きついていた。汗を掻いたのはこいつのせいか。
 気持ちよさそうに寝ている、ムゥの額に右手を近づける。パチン。中指のデコピンは渾身の一撃を放った。
 ムゥは痛みでウー、ウー言いながら床を転げまわった。
「ポカリでも飲むか。」
 今度こそ立ち上がる。時計を見るとまだ30分しかたっていない。首元をパタパタと仰ぎながら冷蔵庫に向かう。
 コップなんてどこに埋もれているのか。確か最後に使ったのは一週間前ぐらいだったはず。それはコップがシンクの中の亜空間にあることを物語る。
 冷蔵庫を開けて二リットルのポカリスゥイットを出してそのまま口をつける。甘い液体が喉を潤す。
 ガタガタッ、ガチャ。
 ドアが開いた。蒼夜かと思ってドアの方をみると、全身黒一色の何かが拳銃を構えていた。一瞬でペットボトルから口を離すと次の瞬間こめかみに激しい衝撃がはしった。
 意識が次第に遠のいていく。
 意識を失う前にみたのは真っ赤な口紅だった。


 絶の部屋でドタバタと痛みにのた打ち回ったムゥは、次第に痛みが引いてきたので、誰もいない部屋に反論を返す。
「ったー。痛いですよ。・・・にゃんですか、『猫』がせっかく気持ちよく寝ているときに。」
 ・・・・・返答なし。

 ムゥが痛みで転げまわった後はかなり静かだった。部屋には何も無いから散らかることなんて全く無い。
「あれ?絶さんがいにゃいです。どこに行ったんでしょうか。」
 誰もいない部屋に一人でいるのはなんとも心細い。部屋の隅の闇が今にも襲いかかってきそうで。・・・・・まだ心の傷は癒えてないようだ。たった二、三日では到底この傷は癒えないのは分かっている。何となく。
 でも、体が変われば心の容量も大きくなるんじゃないか、なんて希望もなかったわけじゃない。だからその希望が違うことに気づいて、一層寂しくなった。
 

 ガチャリ。(ガチャ)
 部屋のドアを開けるのと同時に、玄関も開いていた。そして外から入ってきた黒い人影。その人影の手にはこれまた黒い拳銃が握られていた。
 !?
 パンッと銃声が鳴って、その後すぐに何かが倒れる音を聞いてムゥは無意識のうちに部屋から飛び出した。

 倒れていたのは絶だった。そしてその上に覆いかぶさっている、黒ずくめ。
「・・・おーい。生きてる~?―――めんどくさい事になったわね。どうせなら、もう少し確認してから撃つんだったわ。」
 声で黒ずくめは女だと分かる。そして絶を撃ったのがその女だと言うことも。状況を理解した瞬間に勢いをつけ、前に突っ込んだ。そして右手を振り上げ、女にめがけて一気に振り下ろす。
 
 キーンと、金属音ががぶつかり合う音がする。
 女はムゥが駆けてきたときにムゥに気づいて、とっさに拳銃で振り落とされてきたムゥの右手をガードした。その後、拳銃に乗せられている銀色の鉤爪を眺めた。ムゥの体もじっくり舐め回すように観察する。
「この、銀色の鉤爪、そして銀色の髪。あなたムゥちゃんでしょ。・・・だとしたらその鉤爪があなたの能力かしら。」
「・・・・・・・」
 ムゥは質問に答えない。鉤爪がなぜあるのか、全く理解ができてなくて、自分でも何を言っていいのか分からなかったし、絶を撃ったような相手と口をききたくも無い。無言のまま右手に力を加え続けるだけだ。

 その数秒後、まだ二人は同じ姿勢で固まっていた。ムゥは普通の女子が出せる力を超えた力で拳銃を押さえつけているものの、謎の女もそれに尋常じゃない力で対抗していた。しかし、二つのパワーに挟まれている拳銃は絶え切れなくなっていた。
「このままじゃヤバイわね。」
 女は拳銃から手を離し、横に跳んだ。その直後、拳銃は空中で分解した。辺りに黒い塊が飛び散る。ムゥはそのまま女が跳んだ方向に右手を振り抜いた。鉤爪の先が女の前髪にかかったが、女は後ろにさらに跳んで攻撃をかわした。
「いやー。今のは正直危なかったわー。あなた、運動神経はなかなかいいわね。ふふん。もっと遊んじゃいたくなっちゃいそう。」
 女はクスクスと笑った。ムゥはそれが気に食わなかった。もう一度女に向かって駆け出した。それをみて女はニヤリと不気味に微笑む。
「・・・・・でも、まだまだ実力が足りないのよね。」


「・・・・・・・にゃ!?」
 ムゥはいきなり転んだ。足がもつれたのでも、何かにつまづいたのでもない。
 足を確認すると、何かドロリとした不透明なものが足に絡み付いていた。足を動かそうとしてもびくともしない。絡みつかれた部分は少し冷たい。ムゥが振り向くと女は冷たい笑みを浮かべてムゥに近づいてきた。
「これが私の透ス者の能力。つまり『液体を自由に動かす力』よ。今あなたの足にくっついているのはそこにこぼれていたポカリスウィットだから、別に危険は無いと思うわ。あなた意気込みは素敵だけど―――、直線すぎね。その体のしなやかさがあればもっと多彩な攻撃もできると思うわよ。」

 あれだけ激しく動いたというのに、女は呼吸を少しも乱していない。そればかりか、ムゥにアドバイスを与える余裕すら見せている。
 ムゥはここまで来て、ようやく思い知った―――この人は強い。
 女は「それに・・・」と話しを続ける。
「あなた、ちゃんと状況を把握しているの?あの男の子は死んではいないわ。ちょっと当たり所が悪くて気を失っているだけよ。」
 絶のほうをよくみると周りに血らしき赤いものは確かにない。女はムゥが確認をしている間に散らばった黒い塊に近寄った。
「あと、これは本物の拳銃じゃないわよ。」
 そう言って、女が黒い塊をさらに分解すると中からパラパラと何かが落ちてきた。
「・・・・・BB弾?」
「せいか~い。そうこれはただのエアガンよ。」
「じゃあ、なんで絶さんをえあがんってやつで撃ったんですか。」
「それはちょっとした手違いなのよ~。」
 ニコニコしながら謝罪する女。態度がコロコロ変わる、変な女だとムゥは思った。

 ガチャッ。
 そのときドアが開いた。玄関には、口にタバコを咥えて、片手に買い物袋を提げた蒼夜が立っている。タバコは家の中を見たせいで開いたままの口から落ちそうになっている。
「あっ蒼夜だ。おっひさー。何してたの~?」
 明るく振舞う女とは対照的にすごく嫌な顔をして蒼夜は呟いた。
「それはこっちのセリフだ。」
13, 12

  


 
 リビングはぐちゃぐちゃになっていて足の置き場も無い。絶もなぜか倒れている。そんな状況をみて蒼夜は心底嫌そうな顔をした。
「あー。これ?・・・ちょっとこの子達と遊んでたのよ。そしたらこの子が思ってたより強かったんでちょっと真剣に勝負を―――」
 自然とため息が出る。
「はいはい。・・・もういい。そこら辺、片付けとけよっと。」
 蒼夜はひょいと散らかっている所を飛び越え、自分の部屋に入った。女は「はぁーい」と笑顔で返していた。

「あの、あなたは誰ですか。」
 蒼夜が気軽に(迷惑そうに?)話していたところをみると、蒼夜の知り合いらしいが、まだどんな人なのか、なんて名前の人なのか分かっていない。
「あら、そういえば名前言ってなかったわね。私は九重 三重(ここのえ みえ)よ。三重って呼んでくれたらいいわ。よろしくね、ムゥちゃん。」
 と言って手を差し出してきた。おそるおそる手を出すとガシっと握られた。握る手のひらはしっとりとしていた。これも能力のせいなのか、それは聞かなかった。


「ううう・・・。」
 絶がうめき声を上げた。
「そうだった。この子を忘れてたわ。片付ける前にこの子を起こしましょ。」
 三重はパチンと手を叩いて、シンクのほうに向かった。そして汚いシンクの中は見ずに、蛇口を上に向けて捻った。
 水道水が勢い良く飛び出して、絶に降り注いだ。絶が目を覚ますともう全身水浸しで、何が起きたのか理解できなかったみたいだ。
「あっ起きた?いや~ごめんね。私の手違いで。ま、私に免じて水に流してくれないかな。私は九重 三重。よろしくね~。」
「・・・・・・・どうも。」
 キャハハと笑う三重を見る、絶の横顔に訳が分からないと大きく書いていたので今までのことをムゥが説明した。それでもまだピンと来ないみたいだ。

「まあまあ、そんな顔しないで。そうだ今から私の能力でも見ててよ。」
 そういうと三重は水浸しの絶の頭に手を置いた。すると絶から流れていた水が三重の手の平に集まってぶよぶよした球体になった。絶の体はもうすっかり乾いていた。
 そしてその水の塊を辺りにばら撒いた。絶には何をしているのか分からなかったが、ムゥには予想できた。

 散らばった水は一つ、二つと次第に手首から上だけの手の形になり、机や椅子をもとの位置に戻し、エアガンの残骸をゴミ箱に捨てて、ついでにシンクの食器洗いもしている。
「へぇ・・・すごいな。」
 絶はそれだけ呟いて、そういえばとムゥのほうに向いた。
「ムゥ、お前の鉤爪はどうなんだ。」
 ムゥはそれで思い出した。みると右手の鉤爪はもう無い。
「いや、どうって言われても・・・・・よく分からにゃいです。いつの間にか、右手に付いていて、いつの間にか、にゃくにゃってます。分かったのは鉤爪をつけているときは力がすごく強くにゃるってことだけです。」
「そうよ~。この子の力ほんとに強かったんだから。わたしもちょっと本気出しちゃった。」
 ちょっと本気を出すだけで、その力に対抗できる三重は化け物じゃないかとムゥは思ってしまった。
 片付けが終わると部屋の中はムゥが来たときよりもきれいになっていた。特にシンクの中とか。


「さあ、片付けも終わったし、蒼夜にごほうびでも貰っちゃおうかな。」
 三重は蒼夜の部屋を勝手に開けて中を探り始めた。
 中にいた蒼夜はいきなりのことで驚いていた。
「おい、何してんだ!」
「いやぁ~、キッチンをきれいにしたから、ごほうびを貰おうと思って―――で、例のあれはどこにあるの?」
「・・・・・・例のあれってなんだ。」

 フフンと三重は微笑んだ。
「あれって言えば、『ハイドロ』に決まってるじゃない。」
 蒼夜は明らかに焦っていた。
「なんで、それを・・・」
「蒼夜がいつ、どこで、何を買ったかなんて、わたしにかかれば三分もかからずに分かるわよ。」
 蒼夜の顔はもう真っ青だ。でもやっぱりあきらめ切れないらしく、必死に抵抗していた。
「あの二人ってなんだかんだで、仲いいじゃん。」
 ムゥも、同じことを考えていたから頷きながら、ちぐはぐな争いを眺めていた。

 5、覚悟

 その後、結局『ハイドロ』だとかいうワインを三重に見つけられて、渋々蒼夜が折れていっしょに飲むことになった。そして子供たちの前で、堂々と飲む大人たちを黙って眺めている子供たち。そんな午後三時。

 顔を少し赤らめながら、三重は『ハイドロ』のビンを撫で回した。
「さすがねぇ。アルコール度数が高いのに全然悪酔いしないわ。味は言うまでも無く美味しいし。おつまみなんて邪魔なだけになっちゃうわ」
「ほんとは一人でゆっくりと味わいたかったんだが――――まあ、二人で飲むのもこれはこれでいいか。」
 蒼夜の顔は、いつもどおりケロっとしていた。それからカランっと音をさせて4回目の乾杯。

「ムゥちゃん一つ聞いていい?」
「あっ、はい。」
「あなた、ここに来る前に何があったの?」
「・・・・・・・・・」
 それは甘ったるい声音だが目は真剣にムゥを捉えながら三重は尋ねてきた。ムゥのほうを見ると、言おうか言うまいか考えこんでいるみたいだった。
 そして、決心が付いたのか顔を上げた。

「私はもともと野良猫でした。気づいたときには周りに誰もいなくて・・・・・だから親のことも全く覚えてにゃくて。いつも独りでした。生きていくことはそれほど難しくにゃかったんですけど。生きることが辛かった。そんなとき一人の女の人がわたしを引き取ってくれました。それがわたしの前のご主人様です。」
俯きながらただ、たんたんとムゥは喋っていた。前にいる二人も耳を傾けながら、ワインを飲んでいた。
「わたしも最初はうれしかった。毎日が楽しくて仕方にゃかった。ご主人様は他にも猫を飼っていて、独りににゃることもにゃかった。生きることが辛くにゃくにゃった。生きていることにとても感謝した。でも・・・。」
「ある日、そのご主人様は豹変し、猫たちを殺し始めた。それであなたは左足に傷を負いながらも命からがら逃げてきた―――ってところかな?」
 ムゥは、はっとして顔を上げた。

「霧宮 直美(きりみや なおみ)。歳は24才。仕事は事務をしていて、周りからは期待の新人と言う評価を受けている。友人も多く、人とのコミュニケーション能力も高い。大学は名門校出、成績は優秀。」
 初め、何を言っているのか分からなかったが、多分ムゥの前の飼い主のことだろう。
「相変わらず、お前の情報網は広いな。おれにも分けてくれよ。」
「フフっ。ほめ言葉として受け取っておくね、今の言葉。」
 ワインのせいか、作者のせいか、三重の口調が少し変わっている。たぶん前者のほうだろう。
「それで、あなた今どうなの。」
「・・・・・・はい?」
「だから、あなたは霧宮にその足の怪我を負わされたんでしょ。復讐したいとか思わないの。」
「それは・・・・・できません。」
 キッパリとムゥは言った。
「それは恐怖心から?それとも自分にはそんな力は無いと言いたいの?」
「あの人は、確かに取り返しの付かにゃいことをしたと思います。そしてわたしも怪我をしました。・・・でもわたしを拾って、短い間でしたが、わたしに生きる喜びをくれました。だから、わたしに復讐はできません。」

 ふうんと三重はつまらなそうにため息ををついた。
「普通少しはやり返したいとか思ったりするところなんだけど。と、言った所であなたの意思は堅そうね。・・・・・しょうがない。それじゃあ、わたしがするよ?」
「復讐ですか?」
 あまりに唐突だったので、先に俺のほうから聞いてしまった。
「まあ、復讐っていうか、仕事よ、仕事。あなたたちテレビとか見てないの?・・・あっそうかこの家、テレビがないのか。ま、いいや。あのね、ここ最近、あちこちの猫が殺されている事件が起こっているの。事件が最初に起こったのは一週間前、路上に猫の死体が三匹あったの。猫の死骸は手足を切断されていて、内臓がズタズタに裂かれてて、とても無残に殺されていたの。それから毎日、いたるところで同じように殺されていた猫の死骸が見つかった。その手口から連続犯だとは分かったんだけど、殺されていたのが動物だったからそれほど大きく取り上げられていなかったんだ。」
 全員、(蒼夜はいつもどおりだが)息を飲んで三重の話を聞いていた。絶は『猫』の単語が出てきたときに、何かいやな予感がした。それは他の二人も同じのようだった。

「日に、日に、猫の死骸は増していた。三日前は確か―――八匹殺されていたと思う。中には飼い猫なども含まれていて、段々犯罪が過激になってきたから、警察がようやく動き出した。小さい動きだったけどね。そして一昨日。ついに犯人は猫から目標を変えた。一昨日殺されたのは女性だった。」
「犯人が同じだと分かっているってことはまさか・・・・」
 三重は正解と言った。
「手足をもぎとられていた。中身もぐちゃぐちゃにね。そして昨日もまた一人。だから警察も今度ばかりは思い腰を上げたって訳。」
 でも何か引っかかる。
 ただの頭のいかれた人なら猫を殺すことぐらいならするかもしれないが、果たして人間を殺すことまでするだろうか。いや、そもそも人を殺せるのか?
「そいつは能力者なんだろう?―――――犯人は霧宮 直美。」
 いきなり真剣な口調で蒼夜が犯人を答えた。
「あれ、分かっちゃった?」
 カラカラと笑い三重は『ハイドロ』の最後の一滴をグラスに注いだ。
15, 14

  


「お前は無駄なことはあまりしないからな。」
 俺のことは無駄じゃなかったのか。そう思っている俺の横でムゥがうなだれていた。膝の上のこぶしをしっかりと握り締めて。
「うん。蒼夜の言う通り、犯人は霧宮だと思う。現場には指紋や凶器は残されていなかった。だけどが他のものが残ってた。――――歯型よ。」
「どこに、どうして歯形なんてあるんだ。」
「被害者は猫も含めて、内臓がズタズタになっているって言ったでしょ。最初は鋭利なナイフか何かで裂かれていたのかと思ったんだけど。――――女性が殺されたときにズタズタにされた部分を見ると、歯型がついていた
。犬だったら手足は切り落とせないし、歯型の大きさから女性だと分かった。そこから捜査していくと彼女に絞られたってわけ。」
 

 カチカチと時計の音だけがする。みるともう、5時半だった。窓からオレンジ色の光が差し込んでいた。
「ムゥちゃん。霧宮の家にいた猫は何匹で何色の猫だった。」
「・・・・・・・三匹で、黒、縞々、三毛でした。」
 やっぱりねと言って三重は立ち上がった。そしてそのまま玄関に向かった。
 呆然とそれを見ていたが、ムゥが声を張り上げた。
「待ってください!!」
「・・・・・何、いまさらどこに行くかなんて野暮なことは言わないわよね?」
 三重はもう笑ってはいなかった。酷く冷たい目をしていた。思わず背筋がぞくっとした。多分これが彼女の仕事の時の顔なんだろう。そこには今までのちょっとお茶らけた感じの三重はいなかった。

「やっぱり、私も・・・・・私も行きます!」
「覚悟はできているの?」
「覚悟はできています。・・・あの人は私を拾ってくれて生きる楽しさも教えてくれた。だから私があの人を止めたい。止めにゃきゃいけにゃいんです。」
「ふうん。猫の恩返しってわけ?・・・正義感が妙に強いのかしらねぇ。そうね―――だったら、絶くんも付いてきなさい。それだったらついて来てもいいわ。」
「・・・えっ?」
 突然で反応が少し遅れた。なんで俺が出てくるんだ。そもそもこれはムゥの問題で。
「絶さん。」
 ・・・・・だからそんな顔すんなって。
「分かったって。行きゃあいいんだろ。」
 絶は立ち上がって、クローゼットに向かう。開けると掛かっていたジャケットを一つとって着た。ドサっとした重みが肩に掛かった。ポケットからジャラッと音を鳴らした。

 蒼夜はいつの間にかタバコを口に咥えていた。モクモクと辺りに煙を漂わせている。
「蒼夜はどうする?」
「俺は残っているよ。おまえがいるなら大丈夫だろう。」
「それじゃあ、おいしいご飯でもつくって待っててね。」
 ヒラヒラとこちらを見ずに手を振り、送り出す蒼夜を残して三人は霧宮の家へと向かった。

 外は真っ赤に染まっていた。
 そろそろ6時だが、季節が季節なだけにまだ日は落ちそうに無い。
 赤色の道を三人で歩いていた。
 ムゥの履いているのは、例の通り俺の靴で、靴紐を最大まで引き締めているがパタパタと音を鳴らしていた。

「霧宮の家ってどこにあるんですか。」
「あと十分ぐらいよ。事件が起こっていたのはここらだったんだけど。なにか聞いてないの?うわさとか。」
「友達なんていないんで。」
それこそ挨拶をするほどの関係すら持っていない。これっぽちも。
「でも、友達がいなかったから、この事件のことを知ることができなかったんでしょ。まあ、テレビがあったら一番いいんだけどね。」
 
 あいつ、身の回りのことはあんまり考えない奴だからねぇ、と三重は補足した。過去を思い出してみると、蒼夜は確かに自分の身の回りについてはあまり気にしていなかった。
 それこそあんなボロアパートなんかに(大家さんはいい人だけど)『ハイドロ』なんてものが買えるほど、懐に余裕があるのに今でも居座っていることがいい例だ。
 友達のことについてはノーコメント。それはいつか暇なときに夢の中で、考えることにする。めんどくさいから。
「そうですよ、友達作ったほうがいいですよ。絶さん。」
 ムゥも話に乗ってきた。俺は苦笑するしかできなかった。
 ―――今一番辛いのはお前だろうが。なんでそんなにヘラヘラ笑ってられるんだよ。
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パチ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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