三話 闇より深し狂気 二章
2.過去・現在・未来
絶は走っていた。
全力で雨が降りしきる中を逃げていた。
追うものの姿は見えない。自分さえもその姿を見ていない。しかし確かに感じる。何かが自分に着いてきていると、体の五感ざわめいている。
もしかしたら、すぐ後ろにいるかも知れない。だから振り向けない。
もしかしたら、すぐ横にいるかも知れない。だから脇目を振らない。
もしかしたら、前で待っているのかも知れない。だけど立ち止まることは出来ない。
逃げることだけを考えて、どこを走っているのかさえ分からないまま、ただただ逃げ続けて。
しかし、そこに一つの疑問が生まれた。
その疑問は余裕が無いはずの頭をどんどん侵食していった。
・・・・・その恐怖がもし、他の何かではなく、追ってきているのでも、着いてきているのでもなく、その恐怖自体が逃げているのだとすれば――――
クックックック。
どこからか黒い『もや』が笑った。出てきたのは紛れも無く自分の口からだった。その証拠に口からはまだ白い息が糸を引いていた。
俺は何かの建物の前に座り込んだ。
それは、雨で体の節々が引き締まったせいでもあったが、決して体を休めるためではなかった。
――――諦めだ。
凍える体を温めるように両足を抱え込んだ。
自分自信がその恐怖なら逃げたって意味が無い。
口を閉じようとしたが、震えで閉じることも出来ず余計に目の前が白くなった。
黒い『もや』は薄ら笑いを浮かべたが無視した。
その後何度と無く逃げる前の出来事がフラッシュバックした。
側に落としたナイフを右手に握り締めた。そしてそのまま左手首に刃先を向けた。
―――トドメヲサシテヤる
そのときどこからともなく声をかけられた。
「お前何やってんだ。」
顔を上げると、タバコを口に咥え、傘を持って、革ジャンを着たサングラスの男がいた。
男は買い物の帰りなのか傘を持つ反対の手にビニール袋を提げていた。
男はじっくりと俺の体を観察するように見ていた。サングラスをかけているせいでほんとに見ているかは分からなかったが。
俺は何も言えず黙っていたが次第に体が動かせないことに気が付いた。黒い『もや』が体を覆っていることだけが分かる。
体は勝手に動きナイフを逆手に持ち替え、立ち上がった。
目が焼けるような痛みに襲われ、しかし瞬きをする回数は変わらない。
うっすらと視界に赤い点や線が見え始め、やがてそれは質感を持った。
目は男の胸にある、一点に集中していき、ナイフを振り上げた。
男はその俺の突然の行動に対して驚きもせず、タバコを口から落とした。
俺は男の態度に口の端を吊り上げながら一点にナイフを振り下ろそうとした。
だが、それは一瞬にして中断された。
目の前にスッと一閃が走り、赤々とした炎が上がった。それに体が一瞬怯んだ。その隙に炎から男の拳が飛び出し、鳩尾にめり込んだ。それと同時に黒い『もや』が全身から離れ体の底に溜まるのを感じた。
「カハッ」
俺は腹を押さえその場にうずくまった。手からナイフが零れ落ちた。
「おれはまだ死にたくなんかねぇんだ。」
男は火の消えたタバコを足ですりつぶすと立ち去ろうと歩き出した。が、数歩歩いた所で振り返ってこちらを見ずに言った。
「行く場所が無いなら、着いてきな。飯でも食わしてやるよ。」
どうする?―――無意識のうちに黒い『もや』に訊ねたが、返事は返ってこなかった。
俺は男の言葉に戸惑いながらも、憔悴しきっている体を放っといてこれから奇跡的観測が起こるとも思えず、ナイフを置いて男についていくことにした。
そこで画面が段々黒くなり始め、やがて音も無く消えた。
目が覚めると覗き込む二つの顔があった。
「絶さん大丈夫ですか?」
「絶君、ごめ~ん。つい手が滑っちゃって。」
ムゥと響だった。
「あれ、ここどこ・・・痛っっ!」」
ムゥに状況を聞こうとしたら、急に額が痛み出した。額に触れると少し山になっている。しかし、一向にそうなった記憶が思い出せない。
「あれ・・・ここどこだっけ。」
体を起こして、周りを見渡すと三人を囲むように軽い人だかりが出来ていた。中には携帯を手にしている人もいる。
「響さん!絶さんが大変です!・・・記憶消失みたいです!」
「・・・うーん。ムゥちゃん、それは記憶喪失っていうんだよ。」
「あっ、そうでした。」
顔を見合わせて、ハハハと笑う二人。完璧に俺のことは忘れられている。
「たくっ。何があったか分からずじまいじゃねえか。・・・・・んあ、そうだ。」
額の痛みに比例して、今日の記憶が鮮明に浮かび上がってきた。
そう、今日は三人でゲーセンに来てたんだ。
――――事の成り行きは、響が俺の生活について聞いてきたことから始まった。
「絶君ってさ。両親いないんでしょ。それで今はどこに住んでいるの?まさか施設?」
「違う。今は・・・知り合いの家に居候している。」
「ふーん。それじゃあ二人きりなのかぁ。」
「いや、三人だ。いや、もう一匹と言ったほうが良いのか・・・?」
俺が上手く伝えられずドモった所に響は敏感に興味を示した。
「え~、それってどういう意味?」
その後何度もしつこく聞いてくる響に俺が折れて状況を説明することになった。
「ふーん。それで二人と一匹か~。あっ、そうだ。そのムゥちゃんって子に会わせてよ。」
「あっ?なんで?」
「そりゃあ、ほら、あれだって。『友達』は多いほうが楽しいでしょ。それにムゥちゃんだって同い年ぐらいの女友達とかいたほうがいいと思うんだけどな~。」
それもそうだと思い、ムゥを次の日曜に紹介することになった。
ムゥの方も知り合いもとい、友達が出来るのが嬉しいのか即座に首を縦に振った。
――――そして今日。
二人は会った瞬間、十年来の親友のようにすぐに打ち解けた。
相性がいいのか女同士だからなのかは、男の俺にはよく分からないが、前を歩く二人の周りに薄いドーム状の世界が出来た、かのように二人は熱心にお洒落のことで話あっていた。いや、話合ってたというより、響が話し、ムゥが聞きながら相槌を打っていたのがほとんどだが。
その二人の後ろに着いている俺は、別段寂しいとも思わず、ただ暇で何度も欠伸を噛み締めた。
「あっ。ここに入ろうよ。」
「あ・・・ここは・・・」
と、響が指差したのは俺と響が始めて会った、ゲーセンだった。
「いいですよ。入りましょう。」
ムゥも思い出したのか、UFOキャッチャーが楽しみだと顔に出しながら言った。
そして中に入るや否やムゥは商品選びをしだした。・・・なんだあの素早さ。
「ほえー。興味深々だねぇ。ソフトクリームを初めて見て、バニラにするかチョコにするか、それとも欲張ってミックスにするか、って悩んでいるみたいだね。」
「いや、あいつは一度やっ・・・・」
「よし、わたしも貰ってくるか!」
人の話もそこそこに響は繰り出した。いや、貰うって・・・。
それから一時間後。
俺は両手にヌイグルミや菓子が詰まった袋を両手にぶら提げていた。一個一個は軽いはずだが手にかかる重みは思っていたより重い。
「響さん、やっぱり上手いですね。特にあの『トライデント』っていうのがすごかったです。」
「いやいや、ムゥちゃんもなかなか良かったよ。あの目利き。危うくわたしの『獲物』が無くなるところだったわよ。」
「えー、そんにゃことにゃいですよー。」
こんなにとるのなら、帰りにすればよかったのに、なんて野暮なことは言わなかった。
悪魔で今日は二人が主役だ。自分は仲介役として、後ろに着いているだけでいいのだ。しかし、結局、自分はこの二匹の小悪魔が手を結ぶ手伝いをしてしまった、哀れな羊だということを今更ながらしみじみと思った。
そんなことを想像していると二人は違うゲームの方へ行ってしまった。それで渋々俺は荷物を持って歩き出した。
気が付くともう空が赤く、焦げ始めていた。
横にちらりと目をやると、二人は疲れきったみたいで肩をだらんと下げてジュースを飲んでいた。
「そろそろ、時間だ。」
「ん?・・・あら、もうこんな時間か・・・。ま、よく遊んだし、それじゃあ帰るとしますか。」
二人は缶を持って、俺は缶をゴミ箱に捨て、両手に袋を持って立ち上がった。
三人は出口に向かって足を進めていたのだが、響が「あっ」と声をだして立ち止まった。
そしてそのまま、右にカーブしていった。
「あ?なんだ?」
「響さん、どこ行っちゃうんですかー?」
「ちょっとやり忘れたことがあったー。」
響は後ろを向きながらも早足で目的地に向かっていった。取り残された俺たちは訳が分からないまま、その後を追った。
着いた場所は太鼓の前だった。そしてその前に仁王立ちで響がいた。
「ごめん、ごめん。わたし、これやんないと気がすまない、たちでして・・・。」
と、言った響の前の画面には、大きく『太鼓の鉄人10』とあった。
『太鼓の鉄人』と言えば、ゲーセンでは誰もが知っている、定番ゲーム。
用意された二つのバチで、太鼓の形をした機械を流れる曲に合わせて、右から左に流れる叩くポイントをリズム良く叩いてポイントを多く稼いで遊ぶ。高得点が出せるかどうかは、ミスをいかに無くし、かつリズム良く叩けるかで決まる。
また、このゲームの人気の要因は三つあり、一つは曲の多さ。
バージョンが上がるごとにメジャーなものからマイナーな曲まで、最低30曲ずつ増やして、客に飽きを感じさせない。ということは『太鼓の鉄人10』は約300曲以上の曲が入ってることになる。
また難易度の選択も一曲ずつ、易しい→普通→難しい、とあり、初心者から上級者まで誰もが楽しむことが出来る。
二つ目は、他の客の目を寄せ付けやすいことだ。
大画面の機械はそれだけでも目立ち、音が流れさらに客の興味を引く。そして自然と人の遊ぶ姿に目が留まる。遊ぶ曲が難しいものであればあるほど、周りは関心を持ち、その素早い動きに心を魅了される。そこに憧れを持ち、他の客が遊び始め、上級者は魅せるために己の腕を磨き、そして、しだいに遊ぶ人が増えるのだ。
そのため、普通、難しいの曲を2連続でパーフェクトクリア(出てくるポイントを全て叩いてクリア。)をして分かる、難しいより上の難易度の『鬼畜』を出す方法を『太鼓の鉄人』遊んだことが無い人でも知っていたりする。
そして三つ目は、このゲームは二人で遊ぶことも出来るという点だ。
例えば、友達と、親子で、カップルで・・・などなど、好きな人と協力してプレイすることが出来るのだ。これで、楽しく遊びそれと同時に、二人の距離感も縮めることが出来て一石二鳥なのだ。
あと、協力プレイの他に対戦モードもある。これも勿論好きな人たちと遊ぶのもいいが、最近では、知らない人と顔を合わせていきなりバトル!・・・なんてこともあったりなかったり。
ま、とにかく、とても面白いゲームなのだ。
・・・・・・と、目の前にあるゲームのことを全く知らなかった俺とムゥに、響が熱心に語ってくれた。
「でもね。実はまだ隠されていることがあるのよ。」
と言って、呆然としている二人を置いて響はバチを取り上げ、太鼓を曲を選び出した。その選曲の速さから、かなりバチを速く打てることと、選んだ曲がお気に入りの曲だと分かった。
響は、難易度選択で、難しいにカーソルを合わせて右に10回ほどバチを打った。すると難しいの横に『鬼畜』という難易度が現れた。
「これは今さっき話した、『鬼畜』モード。でもあることをするとさらに難しいモードが現れるの。」
と言って響はなぜかもう一台の機械にお金を入れた。
「なんでもう一台のほうにも金を入れるんだ?」
「まあまあ落ち着いてよ。」
響は新しくつけたほうの太鼓を叩いて遊ぶモードの選択画面に移った。何をしだすのか分からないが、響の周りの雰囲気が熱くなっていくのを感じた。
響は協力プレイのところにカーソルを合わせると、今度は左にバチを十回打った。すると二つに分割されていた画面がいきなり一つになり、地獄モードという文字が現れて、曲選択の画面になった。
「・・・と、こうなるわけ。」
自慢げに響は振り返って言った。
「これが一番難しいんですか?」
「うん。今の所はそうみたい。」
「んで、これからどうするんだよ。」
「ん?」
「いや、機械が二つ、点いちまってるがもう一つの方はどうするんだよ。」
と言って、新しく点けたほうの機械を指差した。が、それを響は、さも当然だという風にこう言った。
「二つとも使うに決まってんじゃん。」
「はあ?」
完全に意表を突かれた。それというのも俺は響の前に遊んでいた中学生の姿を見ていた。その中学生は難易度、難しいで遊んでいたが目が痛くなるほどポイントが流れてきていて、遊んだことの無い俺から見ても難しい事が分かった。
それをそれより二段階上、難しいものを太鼓二つ同時に使ってするという荒業をしようとしている響の心理は理解不能だった。
などと考えていると響は、すでに二つの太鼓の間にバチを持って構えていた。その姿は真剣そのもので目の前にあるのがゲームだということを忘れてしまいそうだった。
そして10秒ほど、曲が始まるまで沈黙が流れてから、一気に右から左に沢山のポイントが流れてきた。
「・・・・なんだこれ・・・・」
俺は二つのことに対してこんな言葉を言った。
画面にはポイントはあまりにも重なりすぎて半分が他のポイントに隠れているほどだった。それが上下に分かれて右と左、二つの太鼓ごとに違うタイミングで流れてくる。しかも途中の空白が一切無い。それはつまり腕を振り続けなければならないということだ。この難しさは難しいというのを通り越して不気味だった。
そしてもう一つ不気味なのが、そんな無茶苦茶に対する響の顔には笑みが浮かんでいたこと。
「・・・・・すごい」
ムゥも思わず口から賞賛が漏れる。その目は響の腕に注目していた。
その速さ。あまりにも腕を振るのが速すぎて腕が五本ぐらいに見える。いわゆる目にも追えないという奴だ。
そして正確さ。ポイントが消えるところは見えないが、横にあるコンボ数が徐々に増えていってる。ミスをせず叩き続けている証拠だ。
ふと、横に目をやると周りにいつの間にか人が立っていた。それが次第に増えていき、最後にはまわりに円を作っていた。
その中からも感嘆ととれる単語が出てきて、改めて目の前の異様さに目を見張った。
曲の終盤。曲のクライマックスに入って今までより響の動きが荒々しくなった。響の顔からも汗が流れている。
そして、ようやくポイントの最後が現れた。
「よし!!」
と響は言って最後のポイントを渾身の力でたたきつけた。最後のポイントが消えて曲が終わった。
「やったぁ!」
とムゥも喜んだ。
・・・そして、ここであることが起こった。
響が最後の力を振り絞って振り下ろしたバチは力強く太鼓を叩いた。そして反作用でその叩いた力がバチに跳ね返ってきた。だが、響は疲れきっていてそれを抑える力は残っていない。バチは勢い良く響の手から飛び出した。
そのバチはそのまま真っ直ぐに後ろに居た俺の方に向かって飛んできた。あまりのことで身動き一つ取れずバチは俺の額にぶつかって、俺はその衝撃で後ろに倒れ気を失った。
これが俺が思い出した今日の出来事だ。
しかし、俺は思い出したからといって、響に怒りを覚えるようなことにはならなかった。むしろ、そんなに自分が弱いものなんだと実感して、逆に白けてしまった。それで、何も言わずそして自分たちからも事件のことは一切話さない子悪魔二匹を連れてゲーセンを出ることにした。
「藤木さん。今どこに向かてるんですか?俺もう力残ってないっすよ。あんなところまで出張ったら、次は引き返せと。」
月宮は疲れていた。経費を抑えるためと、高速道路を使わず片道2時間はある山道を走っていた。岩がゴロゴロ転がっていて、それでパンクしないように注意しながら運転するのは、精神的にもいくらか苦しいものがあった。
「いいじゃねえか。死ぬ『ギリギリ』が好きなんだろ。着く頃には結構良い具合になっとるわ。」
「死んでも過労死だけは絶対に嫌です!」
思わず矛盾した答えを出してしまった。藤木はそれを聞いて少し吹き出して言った。
「ハハハ。そうだな、こんな所で死んでもらっちゃあ車の中が臭くて困る。今から向かう所は重要参考人の住んでいる場所だ。」
月宮は死んだ後の自分の待遇に少し不平を漏らしたが、すぐに頭を切り替えた。
「事件の目撃者ですか。」
乗客が死んだといっても、それは前の座席の客のみ。後部座席の客は無事だった。それならもしかすると通路から誰かが見ていたかもしれない。
「目撃者というより、たった一人の生存者だ。」
思わずブレーキを踏んでいた。二人の体が前につんのめる
「生存者がいたんですか!?」
「ああ。表面上では死んだことになってるがな。ほれ、さっさと車を出さんと日が暮れるぞ。」
せかされて車を発進させた。まだ道のりを半分も走ってない。藤木の冗談もこのままでは本当に冗談じゃなくなるかもしれない。
「それも上からの命令ですか。」
「一応、そういうことになるな。」
「なんか・・・あれですよ。この警察って組織は隠し事が大きくて、そして多すぎますよ。」
自分の立場ながら月宮は苦笑した。
「それには被害者側への配慮も多少はあるんだがな。」
「多少・・・ですか。」
こんな所で嘘を言わないのだから、黙って口をゆがめるしかない。
藤木は昔の光景を見るために遠い目をして話し出した。
「夏楼 蒼夜って名前の高校生のだったんだが・・・。酷いもんだ。家族旅行で飛行機に乗れば自分以外全員殺されて。そのショックで、口も聞けない飯も食わないって日が数日続いた。」
月宮は藤木の話を黙って聞いていた。
「その後は、普通に生活できるまでは回復したんだが。―――精神的に滅入っちまったんだろうな。目に生気はなく、人との関わりも持とうとしなかった。それでマスコミに報道されると被害者の身が持たないと判断した当時の上が下した決断は、夏楼の戸籍を抹消し、マスコミに圧力をかけることで少年の安全を守るというものだった。だからこれは警察内でも俺を含め関係者しか知らない事実だ。」
「・・・夏楼の証言はどうだったんですか。」
月宮は最初から謎で気になっていた部分を聞いた。
「何故、夏楼は一人だけ無事だったのか・・・。あの日、聞いたときは耳を疑い、目にしたときは目を疑ったのを覚えている。夏楼はまるで手品師のように体から火を出した。」
「そんな―――――いや、ほんとなんでしょうね。」
馬鹿なという言葉を即座に飲み込んだ。口を開いた瞬間に写真の化け物の姿が頭に浮かんだから。
嘘のような事実。
今の状況ならネッシーやツチノコすら信じてしまうだろう。
「俺の頭がおかしくなかったら本当のことだ。あの日俺が持っていたビールを夏楼は突然奪って飲んだ。そしてこういった。『俺はこの力で自分の身を守った。この力の使い方は教えて貰ったわけじゃない。いつの間にか知っていた。だが、一つだけ分かっていることがある。この力は事件の日に手に入れたってことだ』と。俺はついに発狂したかと思い駆け寄った。すると夏楼の指からいきなり火がついた。それが瞬時に体を包んだ。俺が呆気に取られていると火は10秒ほどで消えて中から顔だけ笑いながら、火傷一つ負わずに夏楼が出てきたよ。」
喋り疲れたのか藤木はそこで咳払いを一つした。
「その後のことは俺はよく知らねぇ。知っているのは、数日後に大学病院で検査を行ったが原因は分からなかったらしいということだけだ。」
車内に沈黙が流れた。
「藤木さん。」
「何だ。」
「まだホシ(犯人)の事を聞いてませんよ。」
「だったか?まあ、いい。俺たちの追っているホシの名前は、黒神 明(くろがみ あきら)元自衛官だ。今は名前を変えているだろうがな。」
黒神・・・。男の名前からして鎌を持った死神を連想させた。