三話 闇より深し狂気 三章
3.集結
絶とムゥは響と別れて、家に向かっていた。
絶は両手にヌイグルミの入った紙袋を持って、ムゥは二匹目のブタのヌイグルミをいじりながら。
そうしているとムゥが突然立ち止まって、前を指差した。
「絶さん。家の前に何か停まってますよ。」
視力が良いらしいムゥは、まるで目の前にあるように言っているが、家までは結構な距離があって、絶にはぼやけて見える。それでも白と黒のボーダーラインと赤のランプでそれが何か分かった。
「・・・なんで警察が来てるんだ。」
嫌な予感がする。
家に戻るかどうか、ためらった。家の前にあるパトカーを見るのは、黒猫が目の前を通り過ぎるよりたちが悪い。それに反して興味を示したムゥがパトカーに近づいていく。
少し悩んだが、その後を追った。ここで待っていてもしょうがない、そう思ったからだ。
ムゥはパトカーの前で珍しそうにマジマジと観察している。
「絶さん。これってもしかして・・・」
「ああ、パト・・・」
「パンダですか?!」
「・・・・・・・・」
いや、白と黒のモノクロカラーだけどさ・・・。
両手の荷物を降ろして、袋の中を探す・・・あった。見つけたパンダのヌイグルミをムゥのの顔に突きつけた。
「ムワニフウンデフファ?」
もがくムゥに説明してやる。
「これが、パンダだ。パンダは動物で間違ってもこんな鉄の塊じゃない。ついでに頭にあんな赤いものはついていない。目の前にあるのはパトカーだ。」
「プハァッ。あっほんとだ、赤いのがついてます。パトカーっていうんですかー、フムフム・・・」
分かっているのか、いないのか。ムゥはパンダのヌイグルミとパトカー見比べながら一人うなづいている。
すると、アパートの階段から二人の男が下りてきた。
すぐに二人の男たちを観察する。
前を歩く見た目は中年の男、少し出た腹をベルトで縛っている。顔を下げていて禿げた頭しか見えない。その後ろには中年男とは対照的に体が細く、スーツを着た若い男がついている。
二人の男は階段の下まで降りると、パトカーの方を向き、側にいる俺たちを見た。
「ちょっとそこの君たち、聞きたいことがあるんだが・・・・いいかね?」
中年の男は優しい顔をしながら聞いてきた。
二人は私服だが警察で間違いないだろう。
ムゥは男の声で、ようやく男たちの存在に気づいたらしい。
「別にいいですけど・・・なんですか?」
断ると何かと面倒なので素直に話を聞くことにした。
「実は私達はこういう者なんだが・・・」
と言いながら、男は慣れた手つきで胸ポケットから手帳を取り出し、片手で開いた。
上下に開かれた手帳には上に男の写真、下にポリスと描かれた金のバッジがついていた。
やっぱり警察だった。
「これはなんですか?」
すると、ムゥが食いついてきた。
「それにあなたが何者なのか、聞いてないですよ。」
普通に”な”が言えているのは、相手に気を許していないときだ。
ムゥはパトカーを知らなければ、警察も知らない。それは部屋にテレビが無いのも関係があるだろう。
男は面食らった顔をして言いなおした。
「いや、すまない。少し分かりづらかったかな?私たちは警察だ。わたしの名前は藤木」
「僕は月宮ね。よろしく。」
後ろの男がやっと話しに入ってきた。
「警察ってなんですか。」
「えっと警察というのはだね・・・」
長くなりそうだ。ムゥを後ろにやり、話を元に戻す。
「こいつのことは放っといていいんで。・・・それで話とは何でしょうか?」
ムゥがウーと唸り出した。
「後で教えてやるから。」
「約束ですからね。」
口を膨らませてそっぽをむいている姿はまだまだ子供のままだ。
「あ・・・ああ。ゴホン。それで話というのは、人を探しているんだ。」
「人探し、ですか。」
「そう。それで、この辺りに『夏楼 蒼夜』という男を知らないかね。」
どうやら嫌な予感が当たったらしい。あの人今度は何をやらかしたのやら・・・。
一応ここは他人の振りをして話を聞き出すか。
「いや、そんな人は知らな・・・」
「蒼夜さんがどうかしたんですか?」
と、思ったがあえなく失敗した。なんでこんなときだけコイツの行動は速くなるんだ!
藤木はムゥの言葉に敏感に反応した。
「君は、『夏楼 蒼夜』の事を知っているのかね。」
「はい。一緒に住んでいます。」
「何?本当か!」
月宮が藤木に耳打ちしている。しかし、藤木に一蹴されたらしい。首をかしげながら元の位置に戻った。
「あー、それで、今『夏楼 蒼夜』の居場所を知らないかい?」
どうやら、部屋にはいないのだろう。アパートの中に赤いスポーツカーが残っている。だとすれば・・・
「タバコでも買いに行ってるんじゃないですかね。」
「ふむ。そうか。だったら、すぐに帰ってくるか。月宮ここで待つぞ。」
「あっ。はい。」
藤木は警察手帳が入っている、胸ポケットからタバコを取り出しながら言った。
「絶さん。私たちは帰りましょうよ。足が疲れました。」
パトカーに興味が無くなったのか。服の袖を引っ張り出した。
「それもそうだな。荷物を置いてくるか。」
そう言って荷物を持ち上げるのと、遠い曲がり角から、轟音を鳴らしながら黒いバイクが走ってきたのは同時だった。
「あっ。三重さんだ。」
ムゥの言うとおり、あの大型マシンに乗っているのは三重さんだろう。それにしてもあの轟音は住宅街では近所迷惑以外の何者でもない。
「藤木さん。あれは・・・?」
「こんなところで奴に会うとは!?」
何故か警察二人も騒ぎ出した。
・・・・まさか、あのマシン。不正改造でもしているのだろうか。
そんな思いもよそに、マシンは俺たちの前で停まった。フルフェイスのヘルメットを取り上げると、顔の前の髪を散らせるために頭を振りながら、三重が顔を出した。
「よ、おっひさー。二人とも元気だったー?」
「お久し振りです。」
「久し振り、と言ってもまだ一ヶ月しか経ってないですけど。」
「あれ、そうだっけ?まあまあ、いいじゃない、気にしない、気にしない。蒼夜はいる?」
そんな一通りの挨拶を交わすと、やっと終わったかとばかりに、藤木が咳を一つついて、間に入ってきた。
三重はそれでやっと新顔の二人に気づいたらしく、訝しげな目で見つめている。
「やっと、見つけたぞ。さんざん手こずらせやがって。・・・ゴホン。お前を交通法違反で逮捕する!」
勝ち誇った顔で警察手帳を突きつける藤木。三重は一拍置いて、「へー。」と呟いた後、こっちを向いて尋ねてきた。
「あたし、なんかやったけ?」
「・・・・・そんなの、俺たちが知ってるわけ無いじゃないですか。」
警察が前にいながら、何故こんなにも平然としていられるのか全く分からない。
「主にスピード違反ですね。」
月宮がすかさずフォロー?する。三重はそれに「はー・・・。」と理解しているのか分からない、気の抜けた返事を返すだけだった。
「何はともあれ、署まで同行してもらう。月宮!俺は残る。お前が連れて行け。」
藤木の声で月宮が返事をしようとすると、
「その必要はないわ。」
と、三重が言った。
藤木は何を言うといった感じに三重を睨んだ。
「三重さん。それはどういう・・・・」
「まま、ちょっと待っててよ。刑事さんも、そんな怖い顔せずにさー。」
そう言ってバイクの座る椅子の部分を上げると、中をゴソゴソし出した。藤木おもむろにタバコを取り出し口に咥え、月宮は空を仰いだ。
「三重さんどうにゃるんですか?」
ムゥが突然口を開いて聞いてきた。
「このままだったら捕まっちまうな。」
「何で捕まるんですか?」
「何でって・・・・悪いことをした・・・らしい、から。」
ムゥはそこまで聞いて、何かを探している三重を見た。
「大丈夫でしょうか・・・」
服の裾を引っ張る力が強くなった。三重のことを心配しているらしい。
俺はムゥの頭をぶっきらぼうに撫でて言ってやった。
「大丈夫。三重さんは絶対に捕まらないさ。」
言った後に急に歯がゆくなった。絶対なんて誰も保障できないのに。いつもの俺らしくも無い。
「・・・・・・・そうですよね。」
それでも。
ムゥの笑顔を見るとそれでもいいかと思えてしまう。・・・こんなのは俺のキャラじゃない。
「あった。あった!」
ようやく何かを見つけた三重は大声を上げて、両手に何か手帳のようなものと、一枚の紙切れを持っていた。
「はい、これ。刑事さん。」
「たくっ・・・今更何を見せようっていうんだ?」
受け取った紙切れを見ると藤木の顔は段々と驚きのものになっていった。
「まさか・・・そんな・・・」
「嘘だと思うなら、直接電話でもしてみます?」
ニッコリ笑う三重。藤木からの返事の無いのを見て、バイクの椅子を下げに戻った。
「藤木さん?どうしてんですか。」
月宮が聞くと、藤木は黙って紙を渡した。
渡された紙を見るとそれはいくつもの規則の緩和承認書だった。その中には勿論スピード違反の項目も載っている。
そして九重 三重の名前の横には、
「け、警視総監の印!!」
つまり、この書類は警視総監直々の令状ということになる。
そこから考えると、目の前の三重という女性は重要人物、あるいは特殊隊員の一員なのかもしれない。
一緒に手渡された手帳の中には写真と共に『SABF所属 九重 三重』と書かれていた。
「SABF?こんなの聞いたことないな。」
「特殊戦闘能力部隊のことよ。知らないのは当たり前。コッソリと作られたんだから。知ってるのは上層部だけよ。」
「・・・・・・上はつくづく隠し事が多い。」
月宮は手帳を返しながらため息をついた。
「それで、そのSBAFとやらが何故、夏楼を探しているんだ。」
藤木が聞くと、不機嫌そうに三重が答えた。
「SBAFじゃ無くて、SABF!サブの名で知られてるわ。・・・限られた人だけに。それで、何?蒼夜を探している理由?事件の報告に決まってるじゃない。」
・・・じゃないと言われても知らないものは分からない。
「事件の報告?」
「あれ、言わなかったけ?蒼夜もわたしと同じ、SABFのリーダーってこと。」
「・・・・ふぅん。リーダーに、ねぇ・・・、あいつ。こっちにはこねぇって言ってやがったのに。」
藤木は、理解しがたい形に顔を歪めながら、タバコをふかした。しかし月宮にはその口の端が微妙につり上がっているように見えた。
まさか、昔の自分の担当した事件の被害者が、同じ道を歩んでいるが意外だったのかもしれない。いや、同じ道かは定かではないが。
「それで、おじさん達は蒼夜に何の用よ?」
三重は藤木をおじさん呼ばわりして、そう言った。藤木は子供でもないので受け流して用件を伝えた。
「ある事件の話を聞きに来たんだが、あいにく出掛けているらしくてな。」
藤木はさも、残念そうに頭をかいた。
「・・・・・・・L4事件の話?」
「・・・ああ、そうだ。」
しかし、三重の言葉で一気に場は張り詰めた。それが何故なのか、L4事件というのが関係しているらしいが、月宮は全く知らなかった。
「刑事の間で使われている隠語の一つで、L4は未解決かホシ(犯人)が捕まっていない事件を言うんだ。」
「ふふ。こちらの刑事さんは何も知らないみたいね。」
三重が月宮を静かに嘲笑する。
「全く。役にたたん奴だ。」
藤木も何故かそれに乗ってしまった。
・・・・・俺の周りに見方はいないのか?
「散々こき使っといてそりゃ無いですよ・・・」
ハハハ、と苦笑いするだけだった。
「でもね。八年前の事件を調べてもあなたたちには何も出来ないわ。どうせ、今回の村民殺戮事件が繋がっているとか、思ってるんでしょ?」
あらかじめ知っていたかのように、三重はサラリと言いのけた。
「その通りだが。何が言いたい?」
「その事件は今回の事件とは繋がってなんかいないわ。」
舌を出して残念でしたとでも言いそうなキッパリとした口調だ。しかし・・・
「・・・・嘘だな。」
藤木はそれをあっさりと否定した。
「なんで、そう思うの?」
「何にもねぇ、タダ、長年付き添ったカンさ。」
不思議そうに聞いた三重にそう答えた。
結局。藤木は、自分より上の権限を持つ人物の忠言より、競馬で一度も万馬券など当てたことの無い山カンを頼ったことになる。
そんな無茶なと、月宮が思っていると、三重が突然笑い出した。
「うんうん。おじさん、面白い人だね。・・・よし、分かった。捜査員に加えてあげましょ。でも、一つだけ教えてくれない?」
どうやら、藤木のカンは当たったようだ。タダ単にギャンブルに弱いだけなのかもしれない。
「なんだ?」
「なんで、そんなにあの事件にこだわるの?何か理由があるんでしょ。」
わざわざ、遠くまで出張ってまで追いかける、八年前の事件。藤木にはそれに何か強い思入れがあるんじゃないか?三重はそう聞いているのだ。月宮も聞いてみたい気がしてきた。
「理由か。・・・警察は、約束を守らなきゃあ、いけねぇだろ?それが理由だ。」
藤木はあやふやに、しかし、なんとなく分かるような曖昧な答えをだした。
それに三重も月宮は分かったように頷いた。
「兄貴はまだ帰ってこないんですか。」
絶は話の区切りがついたばかりらしい三人に尋ねた。
「まだ、帰ってこないけど。・・・そうね。タバコを買ってくるにしては遅すぎるわ。あいつ。どこをほっついてんのかしら。携帯にも連絡が繋がらないし・・・。」
そういいながら、三重は携帯を取り出して電話をしだした。
そのときムゥがアパートの玄関から大声を上げて飛び出してきた。
「絶さーん!!にゃにか変にゃものが置いてありましたー!うにゃ!?」
ムゥは何かをびっくりして落とした。そして、少し間を空けてそれを取り上げた。
絶はそれを目を細めて確認した。
「あれは・・・兄貴の携帯か!ムゥ!兄貴の部屋の棚に財布があるか確かめてくれ!」
「はい。探して見ます!」
ムゥが部屋の中に入っていったのを見て、三重に話を伝えようとしたが三重は目線を合わせるとすぐに頷き返した。それと同時にムゥの財布が無いという声が聞こえた。
「蒼夜はもう向かっているかも知れない―――ムゥちゃんに伝えてくれる?車のキーも取ってきてって。」
絶は了解の意の頷きを返して、ムゥに伝えた。
10分後。赤いスポーツカーと白黒のパトカーは再び昨日の現場に向かって走り出した。