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百億万回生きた猫

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 夜の街はまったく他人のように沈黙していて、オレたちはその暗闇の中をただぼんやりと歩いている。
 完全夜行性であるオレは、日が沈むまで起きることはないのだ。紫外線にあたると死ぬもんで。
「なんでわざわざみんな寝静まってから外に出るんですか。眠いんですけど。超眠いんですけど」
 首子はどうやら生前(?)から規則正しい生活を送っていたらしく、オレが床に就く正午前にはもう起床していて、眠ろうとするオレを起こそうとしてくれやがった。とはいえ彼女はオレの助けがないと、文字通り手も足も出ないので、シカトしてやったが。
「外敵のうようよしている日中にわざわざ外へ出る必要はない」
「外敵ってなんですか。ここはアフリカですか」
「お前にはわからんのだよ。親の目とか近所の目とか警察の目とか……」
 遠い目で満月を睨むオレ。カッコイー。
「……ちょっと気になったのですが、ただおさん、お仕事は」
「自由業を営んでおります」
「自由業って、どういう仕事ですか?」
「親の金で自由に生きる仕事であります」
「ほう、どうやらわたしの辞書とあなたの辞書では少々自由業の定義について食い違いがあるようです。できればあなた、死んだほうがいいでしょう」
「ひどいことを言いますね」
「現実から目を逸らすために、さくっとコメント返信です」
>[2] 会話ばっかじゃねえかwエロゲかっつうの <'2008 09/30 11:12> PRqmLU4/P
「エロゲじゃねえよ。見りゃわかんだろ」
「首子さん、そんなにキレないデ!」
>[3] 作中でコメ返しすんなww取り敢えず生首は二次でも不気味という事はわかった スカルファック <'2008 09/30 19:31> mC2ePFL/P
「作中でコメ返しすんなよ」
「なんでわたしに言うんですか」
「お前、不気味だってさ」
「なんでわたしに言うんですか」
「お前以外の誰に言うんだよ!」
「シット! スカルファック!」
「下ネタは止めテ!」
>[4] 主人公の弱みと首子のキャラがいいなw <'2008 10/01 05:44> zEljmIW0P
「弱くない、オレは弱くなんてないぞ!」
「大体、生首に尻に敷かれるなんて洒落にならないじゃん。あ、今オレ上手いこといったよね?」
「死んでください」
「トホー。はい、お後がよろしいようで」
「終わらないですから! まだ終わらないですから! 助けてください! 誰か助けてください!」
「時に落ち着け、首者」
「落ち着きました、落ち着きましたからそんなに顔近づけないでください」
「おお、悪い悪い。ついうっかり。生首相手だと勝手がわからなくてさ」
「いえ、別に…………心臓なくても、どきどきするんですね」
「今なんて?」
「なんでもないです」
 そのとき突然、
「そこの二人、何でこんな路上で漫才をやっているんにゃ?」
 背後から声がする。少女のもののような、少年のもののような、どっちともつかない、あるいは人間のものではないような、そういう不思議な響きの声。
 通常よりはるか下方から聞こえたということも、不思議さを助長する。
 だいたい、いつのまに背後に人が? 静かな住宅地で人通りも無く、誰かが近づいてくればすぐにわかるはずなのに。
 一体どうしたことかと、オレたちが振り向くと(正確には彼女は僕が振り向くことによって視線の向く方向を変えたのだから、振り向いたのはオレだけなのであるが)、そこには誰もいなかった。コンクリート塀と電信柱、ごみ収集場に並べられた青いポリバケツ。あるのはそれだけだった。いや、猫がいる。暗闇に映える青みがかった灰色の猫が、塀の上に鎮座ましましている。でも、本当にそれだけだ。
 オレと首子は顔を見合わせる。
「誰もいないよな……」
「おかしいですね」
「よく見るにゃ、ここにいるにゃ!」
 するとまた、声が聞こえる。
 もう一度振り返るも、やっぱり誰もいない。
 コンクリート塀と電信柱、ごみ収集場に並べられた青いポリバケツ。後、猫。どう見てもそれだけだ。
「なるほど、話が見えてきたぞ……」
「どういうことです?」
「大宇宙からの電波が! 幻聴を聞かせているんだ! 保護を! 電波からの保護を! アルミホイルを巻けぇー!」
「落ち着いてください! 落ち着いてください!」
「そうにゃ、落ち着くにゃ」
 もう幻聴なんかじゃないなんていわないよ絶対。聞こえている。はっきりと聞こえている。どうやらその声の発信源は、
「もしかして……こいつか?」
 オレに指差されて、猫はしゃきっと背筋を伸ばし、こちらを見返してくる。
「ようやく気づいたかにゃ?」
「猫が喋った!」
 驚く首子を抱えたまま、オレは空を見る。
「猫も喋る。豚も木に登る。トキオは空を飛ぶ。そういう時代なんだよ。これも小泉改革のツケか」
「わけわかんない悟り開いた上に遠い目してないで!」
「そうだ、今日はキャベツを食べよう」
「錯乱しないでください!」
「ああ、大丈夫だ、大丈夫、全部わかっている」
「何がわかっているんだにゃ?」
「わかっていることはたった一つの、単純なことだ」
 オレは首子を地面に置いて、振りかぶる。
「猫は喋ったりしねーんだよ、ドアホウ!」
 オレの拳は空を切って、塀に直撃。
「ぎゃあああ、手が!」
「お前、アホだにゃ」
 痛みによってようやく落ち着きを取り戻したオレは、きっと猫に向き直る。同時に首子を拾い上げる。
「お前、何だよ?」
「うにゃにゃん! わがはいは猫なのにゃ!」
「見りゃわかるさ」
「もちろん名前はまだにゃい」
「見りゃわかるさ」
「それは見てわかっちゃ困るにゃ!」
「じゃあオレが名前をつけてやるよ」
「飼う気かにゃ? 飼ってくれるのかにゃ? 野良猫の身分から救ってくれるのかにゃ?」
「もちろん明日保健所だ」
「なんでにゃ! 理不尽にゃ!」
「こいつ、なんて品種なのかな」
「ロシアンブルーですね」
「人の話を聞くにゃ! いや、猫の話を聞くにゃ!」
「そうだなあ、スターリンなんてどうだ」
「どうしてにゃ」
「ロシアといったらスターリンだろう」
「お前のロシア観は歪みすぎにゃ」
「いい名前ですね」
「お前のセンスも歪みすぎにゃ」
「よろしくなスターリン!」
 オレが首子を抱えたまま激しくスターリンを撫で回したので、彼女は振り回される形になる。だけど彼女は楽しそうに笑う。
「きゃあ、うふふ」
「にゃー! お前ら二人ともシベリア送りにゃ!」
「お、わかってるじゃないか」
 その時である。どこか遠くから悲鳴が聞こえた。もしこれが若い女性のものであるのならオレは即座に助けに向かい大丈夫ですかお嬢さんとキザな言葉をかけ、女性のほうも、ただおさんステキ……わたしと一緒の生命保険に入ってくださいとなるはずなのだが、残念なことにおっさんの悲鳴っぽかったのでスルーすることにした。
「スターリン、お前なにか彼女の胴体のありかについて手がかりを知らないか?」
「ちょっと待て、なんで今の悲鳴をスルーするにゃ! 明らかに物語が展開する合図だろにゃ!」
「いや、だって生命保険が」
「生命保険ってなんにゃ!」
「ほら、また聞こえましたよ」
 その声はなにやら助けてくれとかヘルプミーとか我を救いたもうとかその辺の意味合いの言葉のようで、その上悲鳴の主のおっさんは少しずつこちらに近づいているらしい。うわー、めんどくせえ。
「ほら、あっちですよ」
 と首子が顎で方角を指し示す。猫はさっさとそちらへ向かう。どうしようかと立ちすくんでいたら、首子が睨んできたので歩き出す。
 十字路に差し掛かった。
 ここを右に曲がったあたりから、悲鳴が聞こえたと思う。
 用心のために塀に背中をつける。何が飛び出してくるかわからない。猫も喋るんだ。ライオンが襲ってくることくらい想定しておきたい。
「チキンが」
 なにやら首子さんが失礼なことをおっしゃっているが、華麗に無視。
 さっと踊りだそうとしたとき、どたーっと何かが倒れこんでくる。
 赤い液体にまみれたおっさんだ。
 おいおい、ちょっと待てよ。
 この液体って……
 おっさんの死体(たぶん死んでる)を調べようとかがみこんだとき、首子がアッ、と小さく悲鳴をあげる。
「あ、あれ……」
 彼女の視線の先には、愉快なものが待っていた。
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