「ではスティーブ、リヴァプールの監督就任に当たって力強い意気込みをお願いします!」
前任のティエリが体調不良を理由に職を辞するという急な事態から1週間。ついに私は愛するレッズを束ねる立場となった。アカデミーを出て生え抜きとして引退までの18年間をここで過ごし、引退後すぐにコーチングライセンスを取って単身海外のあちこちのクラブを走り回っていた私に声がかかったのは、つい3日前のことだ。
「今、私は最高に心震える瞬間にこの身を置く幸せをかみしめています」
そして今。私は再びこのチームに必要とされる喜びに満たされていると同時に選手時代とは違う責任の重さというものを感じていた。
「勿論優勝、すなわちプレミアの頂点に立つことが絶対的な目標ですし、また現有戦力から見てもそれを十分に成し得る可能性を秘めたチームであると確信しています。これまでティエリが作り上げてきた魅力あふれるチームをベースに私なりのエッセンスを加えた究極のアタッキング・フットボールをお見せいたしますので、皆様どうか期待していてください」
さあ、もう後戻りは出来ない。これから、かつて自分がピッチの中で身を持って得たいろんなことを若い衆に叩き込んでやるんだ。大丈夫、きっと俺なら上手くやれる。かつてこの地で王として君臨し続けてきたという絶対的な自信がある。
鳴り止まないフラッシュの音。こうして私の第二の人生のキックオフを告げる笛が鳴り響いたのだった――。
「パパァ! 起きて!」
5歳になったばかりの愛娘リリーの声で私は目ざめた。もう何度目だろうか、この夢を見るようになったのは。
「おはようリリー。今日も可愛いぞ」
「ふふ。ねえパパ、今日試合?」
「ああ。今日はチェルシー戦だ。アンフィールドへ向かう夕方には、赤と青のサポーターたちで街がまたわんさか埋め尽くされるだろうね」
「じゃあリリー、また神様にパパのゴールをお祈りしてあげる!」
リリーはそう言ってはにかむと、シーツに隠れている私のひざの上に飛び乗った。
「ありがとう。パパはいつもリリーのことを想ってプレーしているよ。試合が上手くいかなくてつらいとき、リリーはいつもパパを勇気付けてくれるんだ」
「わーい! じゃあママはー?」
「もちろんママのことだって想っているさ。でもリリーが1番だ。これ、ママには内緒だぞ」
「あらスティーブ。随分なこと言ってくれちゃって。妬けちゃうじゃなーい?」
「え!?」
しまった、見られた。やば。
「ア、アレックス!? いや、誤解だ、何も違う!」
「ふぅーん……」
隣のリビングで朝食の用意を済ませたのか、エプロンを着けたままのアレックスはベッドに歩み寄ってくる。ああ、もはや言い逃れることは出来ないな。
どうにでもしろと両手を挙げて瞳を閉じた私に、彼女はそっとキスをした。恐る恐る眼を開けた俺に彼女は少し悲しげな顔を見せる。ボディーコンタクトの激しいイングランドのフットボールを、彼女はいつも心配しているのだ。
「体だけは気をつけて、って言ってもどうせ試合になると無茶しちゃうんだろうしね。あなたが想うままに、後悔だけはしないようプレーしてくれれば、私はそれで満足よ」
「アレックス……。いつも君には気苦労をかけて申し訳ないと思ってるよ。もうちょっとかかると思うけど、引退したら思う存分君を楽しませてあげたいと思ってる」
「あら嬉しい。でもあんまり期待しないで待ってるわ。だってアナタの一番の恋人は、いつだってフットボールですものね」
「参ったな……何も言えないや。いや、たはは……」
「「あはははは!!」」
2人が笑っている。サッカーボールと家族がいればそれだけで私の心は満たされる。
私は2人ともうすぐ生まれてくるもう1人の分まで、命を背負って今日もピッチを走る。
パパとして、そしてアンフィールドの王様として。
今日も勝利を、ゴールを。