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心の声、送心。(上)

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 携帯電話の必要性を全く感じない。むしろ、嫌いだ。
 一日を過ごす内で、誰かしらが携帯電話を片手に歩く姿を目にしない日は、もはや無い。用途の差こそあれ、ほとんどの人々が年々小型・多機能化しつつあるそれを手にしている。
 僕はその中でもメール機能に違和感を覚えてやまなかった。皆がメールに熱中する様がどうにも不思議だった。ある種の奇妙さみたいなものを抱いていた。授業中、先生の板書作業の合間にコソコソと机の引き出しに手をやる女子たち。休み時間ともなれば、ほとんどの者が誰かしらへ向けてせっせと指を動かす。内容も至ってチープでくだらないものばかりだ。
 メールなんて回りくどいだけじゃないのか。そんなものを一々打つより、電話したり直接会って話したほうがずっと楽だし時間もかからないだろう。まあ何かしらの突発的緊急事態とか(?)で声を出せない状況に陥った時、文字を送って相手と会話が出来る点を利点と言えば利点とも言えようか……って、そんな状況がそもそもあるのかどうかも怪しいけれど。
 通いだして1ヶ月もすれば、高校生活にも大分慣れてクラスメイトとの関わりも格段にスムーズなものになっていく。新しい環境、新しい出会い。皆一気に友達が増えて連絡を取り合うことも多くなってくる頃。となれば、こうなるもまた必然か。忙しそうだな、まったく。
 学校に通うバスの道すがら、女子生徒たちが必死にうつむいている様子を見ながら僕はまた今日もそう思うのだ。そして大体こう結論づける。
 ご苦労様、と。

 ★ ★ ★
 
 高校に通うようになって1年がすぎた頃。僕は自転車に乗っている途中、ものすごいスピードで分離帯から突進してきた乗用車に精一杯はねられた。車はその後蛇行しながら10メートルほど進み電柱にぶつかり停車、騒ぎを聞きつけた人によると、僕は自転車から投げ出されて隣家の庭先に突っ込むわ、車は大破してクラクションが延々なり続けるわで、もうハチャメチャひどかったらしい。
 らしい、というのも、僕は3日間生死の境を行ったり来たりしていて、何も事故当時の状況を覚えておらず、なんとかすんでの所で現世に引き返すことができた時は、既にその人が亡くなっていた後だった。乗車していた男性は酒酔い運転で即死だったそうだ。おそらくしこたま飲んでイイ気分だったろうし、罪の意識を感じる前に冷たくなった分、死に方としてはマシな方だろう。
 おかげでこっちはいい迷惑だ。
 でも死なずにすんでよかった。たった10数年で他界なんて、せっかく親から貰った命なのに勿体無いことこの上ない。これから経験してみたいことだってまだまだ山のようにある。
 医者によるとどうやら僕は奇跡の生還を遂げたらしい。その後様態と意識が安定した僕の病室には、大勢の人々がやってきて泣いたり笑ったりしてくれた。一応円満な人間関係を構築してきた甲斐もあって、小学校時代の知人なんかも遠く離れた場所から足を運んでくれたりしてくれたのだった。
 普段お目にかかれない、同級生一同の泣き顔。これは一見の価値があった。いつもは僕を小馬鹿にしたような態度を見せる一部のトガった連中も、この時ばかりは皆良い奴だった。
 
 
 けれど、神様からまだ人間をやってもいいよと言われたかわりに、それなりの、いや、生きていく上での大きな大きな枷を、僕は背負うことになる。
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