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『続・死の可能性』

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『続・死の可能性』



「サメの肝油に含まれるなんちゃらとかいう成分はお肌に良かったり免疫に良かったりするらしいぞ。ついでにフカヒレは味がしないらしい」
 銀髪女の背後に立ち、イケメンと対峙する形で俺はサメフィールドを展開した。見れば顔を俺に向ける銀髪女は“きがくるっとる”的な表情を浮かべていて、イケメンはイケメン。むかつくなおいイケメン。
「要するにだな、隅から隅まで役に立っているサメに免じて物騒なことは止めろと言いたいんだ俺は。それでいいだろオイ。黙るなよ。まるで俺がちょっと滑った話を無理矢理な比喩表現で流れを戻そうとしてるみたいじゃねえか」
「……面白いね、君。それはもしかして、ガーラックを庇っているのかい?」
 俺の必死な自分フォローを聞き流して、イケメンは薄っすらと笑みを浮かべながら、そんなことを言った。
「いやだってどう考えてもこのままじゃ死んじゃうじゃんこの子。ちょっとバイオレンスな奴だけど、目の前で死なれるのは夢見が悪いじゃん」
「僕は別にいいんだけどね。ただ、彼女に庇う価値なんてあるのかな。彼女は例え盾となるために人が目の前に現れても、後ろから刺してしまうような女だよ」
「それは困るな」
 なんとなくイケメンの言うことを聞くのが癪だったので、俺は応えながら銀髪女の前に進み出た。背後で息を呑むような音が聞こえたような気がしなくもない。……もしかして今、俺ってば滅茶苦茶カッコいいんじゃね。自分に惚れるわ。
「まあそれはそれとしてだな、物騒だから今もぷかぷか浮いてるメテオ候補生達をどっかにやってくんねえかな。当たったら死んじゃうかもしれねえだろが」
「ふん。なんで僕が先に折れなくちゃいけないのさ。それを言うなら、君の後ろで今も殺意の波動に目覚めている彼女に言うべきじゃないのかな」
 振り返る。すぐにイケメンに向き直った。
「……そんなこともある。というかそんな子供地味たこと言うな」
「大体ね、僕は久しぶりに楽しんでたんだよ。それに僕は君を助けていると言ってもいい。なんで邪魔するのさ」
「あ?」
 俺の言葉を無視して、イケメンの顔が歪む。さっきまでの余裕すら見れた笑みは消えて、なにやら捲し立てている。
「その女は敵なんだよ! どうしてわからないんだ! ここで殺しておいたほうがいいに決まってる!」
「おい殺すとか言うなよおい。話を聞けよ」
 俺が一歩前に出たところで、数歩先にコンクリ片が飛散した。
「邪魔しないでよね」
「容赦ねえな。頼むから落ち着いて話を聞けよ。せっかくのイケメンが台無しだぞコラ。人が死んじゃうようなことはやめろっつってんだよ。そうじゃなかったら別に邪魔はしねえよ。お前ら二人で心置きなく好きなだけやってろ」
 ぼごん。今度はさっきよりも近い場所にコンクリ片がSPLASHHHHHH! 洒落にならない。さっきから破片が足に当たってちょっと痛い。
 ちょっとビキビキしながらイケメンを睨むと、イケメンはもっとビキビキしてました。ガキかコイツは。
「自慢じゃないが、俺は何の能力も無いぞ。そんな俺にそんなそんなことしちゃちゃちゃっていいんですか!?」
 心の中では余裕のあるお兄さん的な感じで考えてたけど、口から漏れたのはちょっと頼りない言葉でした。自分で言っておいてなんだけど、相変わらず生きて帰れる気がしない。今日の晩御飯はカレースープ。食いてえ。泣けてきた。
 どうやらイケメンは落ち着く気なんて全く無いようで。宙に手を置きながら、視線は俺を確実に捉えていた。……さすがに殺されないよな? 銀髪女はともかく、コイツは殺そうなんてしないよな。だよな。
 なんて思ってたら、頭上から風を切るような音が聞こえてきた。聞こえてきてから不審に思うまでの間に、右肩に鈍い痛みが走った。体全体に響くようなものを感じて原因と思われる右肩を見れば、ちょっと鋭めのコンクリ片がしっかりと刺さっていた。なんか血まで滲んじゃったりして、どうしようもなく刺さってる。……遅れて、痛みを感じた。
「うあ、ぐ、ひゃあああ、痛い、痛い、なんじゃこりゃあああ、へぁあ! いてえ!」
「すんなり当たっちゃうんだ。……まあ死にはしないから落ち着きなよ。君、面白いかと思ったけど、“そう”じゃないみたいだし。もうどっか行っていいよ」
 イケメンの言葉を辛うじて聞き取りながら、俺は心臓が動くたびに激しくビートを刻む右肩から視線を逸らすことが出来なかった。重い響きが右肩から全身に広がる度、それ相応の痛みが頭の中を支配する。
 痛いなんてもんじゃない。口を開いたら“痛い”としか言えないほど痛い。そりゃあ何時間も放っておかない限り死にはしないだろうけど、それにしても痛い。ひどい。痛い。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよ。理不尽すぎる。こんなんじゃカレースープなんて食えねえよ。また病院の不味い飯だよ。また入院かよ。ふざけんなマジもう怒った。俺怒った。もうやばい。何がやばいって痛い。それだ。痛すぎてもう無理。
「いたい痛いいたたたたた痛い! 痛い! 痛いんだよ! いたたた!」
 いつの間にへたり込んでいたのか、俺は喚きながら自分の足に喝を入れて立ち上がる。痛い。重い。そう重い。まだコンクリ片が右肩に刺さったままなんだけど。抜いたら血がドビシャアっと出そうな気がして抜けない。重い。痛い。
 痛いんだけど重いんだけどもうなんだけど、とりあえずイケメンが許せない。一発と言わずそのイケメンがクリーチャーレベルになるまで殴りたい。ボッコボコにしたい。怒った。痛いけど怒った。
「お前マジ痛い。いや痛いに違いないんだけど、とりあえずお前マジボッコボコにするわ痛いけど」
「うるさいなあ。なんでこんなのを連れて行かなきゃいけないんだか。……はいはい、いいから大人しく――お前っ」
「――あ? 痛いんだけど? うえあ」
 呆れたようなイケメンの顔が一瞬で緊迫したものに変わった。その瞬間、俺の視界がイケメンから横倒しにされたフェンスに変わる。そこまではわかった。けど、誰かに押されたのか、俺がうつ伏せの形で地面にぺったんこしている理由がわからない。……いやだから背中を押されたんだよ。痛いんだよ。背中も痛くなってんだよ!
 俺は最後の希望となった左手に全てを委ね、背中を触る。何やら棒状の物が背中に生えていた。いやいや現実逃避は止しましょう。刺さっていた。ナイフっぽい何かが。背中を押されたんじゃなくて、背中を刺された。もちろん誰がやったかなんてわかりきったことだ。銀髪女だよ。
 ファッキンビッチが助けた恩も忘れて俺のことを刺しやがったんだよ。そんな具合のことを口に出して言おうとしたが、何故か口からはねっとりとしたものしか出なかった。舌がやけに絡んで、上手く喋れない。というか、いつの間にか痛みが無い。……なんとなく、いやな予感がした。
「どうしてくれるんだよ! 相羽光史を殺しちゃったら、僕が怒られるってのにさあ!」
「……知らないわよ。ま、それで“アイツ”等が困るなら、してやったり、ってとこかしらね。――いいわ、殺しなさいよ。私のこと、殺したかったんでしょう?」
「言われなくても殺すよ! 殺す! 絶対に殺す! 今殺す!」
 なんて、穏やかじゃない会話が聞こえてから少しの沈黙が流れ、不意に何かが潰れるような音が聞こえた。卵を潰す音をもう少し重くしたような。そんな音が耳を通り過ぎた直後、俺の視界を占有していたフェンスを遮るように、何かが倒れこんできた。
 赤く染まっているコンクリ片は原形をとどめている所為かなんとなくわかった。片が原型なのかどうかはともかくとして、そのコンクリ片がめり込んでいる物がよくわからない。銀色を下地にして、赤いものが今もドクドクと流れ出ている。ちらちらと垣間見えるピンク色が映えていて、時おり痙攣している。ちょっと視線をずらせば、見飽きた制服。
 なんだこりゃ、頭が潰れた死体じゃねえか。……あ、俺も似たようなもんだわ。死んだ。
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