トップに戻る

<< 前 次 >>

第十一話『共同戦線なんて死んでもお断りよ』

単ページ   最大化   





 常識ってさ、言ってしまえば線引きだよね。こっからここまでは許すみたいな、不可侵領域とも言えちゃうそれ。人間って実はすげえバカだと思うんだわ。で、そこに常識っつー“おおよそ”の行動原理があるおかげで、インテリぶっていられる。やっていいことダメなことが最初から決まってんだから、そりゃあ楽だ。なんも考えないでいい。もちろん俺も例に漏れずそんな常識を当てにして今まで生きてきたわけなんだけど、さて、よく考えてみようじゃないか。
「……」
 目の前に変な粘液を飛ばしまくる触手を何十本も携えたおもっきしグロテスクな肉塊が現れた場合、それは果たして常識か、否か。……ふっ。
「俺はお前を知っているぞ化け物ォー! よくもテメエ俺を殺してくれやがったな! めっちゃえぐいわ!!」
 今も頭の中で流れ続けるえぐい映像。なんてこった、気付かない内にまたも俺は死んでしまったのか。しかも相当えぐい感じに死んでる。俯瞰っぽく見てる俺がもう既に痛い気がするのだから、当の本人である“俺”の痛みと言ったら言葉に出来ないくらいにひどいものに違いない。俺じゃなくてよかったよかった。
 俺は立ち上がると、今知り得た情報を整理する。……濃厚だ。すごく濃厚だ。情報ってのは集まると質量すら持てるんじゃないのかと思えるくらい、この映像の情報量は多かった。まあ同時進行で文字媒体でも把握出来ちゃってるんだから、濃いのも当たり前っちゃ当たり前か。
「さて」
 ふう、と一息。大体は把握した。未だ見ぬどこかの俺よ、俺の犠牲は無駄にしないぞ。その分俺が家に帰ってやるし、カレーも食ってやる。だから安心して成仏してくれよ。
 俺は合唱しながら、何かを忘れていることに気付いた。目を開けて怪物を見ると、周りを漂う触手の内の一本が、こちらを向いていた。
 いかん、そういえば開幕即死攻撃食らったヤツがいるんだった。と、頭で理解するよりも早く体が動いていた。俺のすぐ傍で立ち尽くすサングラスAに向かって渾身のタックル。一呼吸置いて、後ろから初めて聞くのに聞き慣れた破壊音。振り向けば、触手が床にめり込んでいた。あぶねえ。
「たっ、助かった。感謝する」
 サングラスAはそう言うと、その場に立ち上がって全力で逃げていった。……あれ、なんか期待してた反応と違う。おかしいな。……まあ死ななかったしね! これで後は逃げるだけ!
 後ろを振り返れば、割と遠くのほうへ逃げようとしている隊長の姿があった。慌てて俺もそれについて行く。
「隊長、逃げようぜ!」
「言われなくとも」
 俺がついて来たことに安心したのか、隊長をスピードを上げる。速いな。割と足の速いオッサンといい勝負をするんじゃないのだろうか。まあ、ひとまずそれは置いといて。
 俺はちらりと一瞬だけ後ろを見る。怪物は追いかけて来ているけど、その進む速さと言えば遅々としたもので、とりあえずは安心だと、ほっと一息。
 隊長と俺がエレベータホールにたどり着く。よし、俺が嘔吐したり尻餅ついたまま呆然としていなかったおかげか、銀髪女はまだここに来てないようだ。隊長も危険が無いことを確認したのか、エレベーターのボタンを押していた。光っているのは上へ行くボタン。俺も負けじとエレベーターに近寄ると、下へ行くボタンを押した。
「よし」
「なっ、何が“よし”だ! 下へ行ってどうする!」
「へ……? いや、俺が一緒に上へ行く必要なんてないでしょ」
「む、まあ、そうだがしかし。……いや! 俺は貴様を連れてくるようにとの命令も受けている。やはり認めるわけにはいかんな」
 あー、そんな命令もあったのね。それじゃあ一筋縄じゃあ帰してくれそうにないな。人選を見誤ったか。というか隊長ってば超強面のくせして割とフランクな会話が成立しちゃうのね。そこも見誤った。
 そんなやり取りから数秒。エレベーターの扉の向こう側から音と言うにはか細い、耳鳴りのようなものが聞こえてきた。それが段々と大きくなってきて。
 待っている間に、俺はあの怪物について詳しく聞いておくことにした。
「なあ、あの怪物……011だっけ。あれってなんなの。どう考えてもこの世にあっちゃいけない類のモノだよね、あれ」
「アレは足立が手にかけた人間が辿った末路の内の一つだ。……貴様の意見には同感だが、アレの元となっているのは人間だ。あまり悪く言うのは気が引ける」
「人間て。人間て。アンタもアレを自分の兄貴とか言っちゃう類の人ですか」
「よくわからんが、アレを兄と呼べる者はこの世で一人しか居ないだろうな」
「いるのかよ」
 隊長はそれ以上語ろうとはせず、押し黙ってしまった。なにその寸止め。……まあ、見当は付くけどね。
 しかしまあ、あだっちが手にかけたってのはどうなんだ。創ったってことか、あれを。正直な話、そんなマッドサイエンティストな事をする人には見えない。ううむ、まだまだこの世は謎で満ちておる。
 そこで、チン、と。ホールに甲高い音が響き渡った。見ればエレベーターの現在位置を示すランプはこの階を指していて。……あれ、待て待て。すっかり安心してたけど、そういえば銀髪女ってばここに来るんだよね。もしかしなくともこのエレベーターに乗ってるんじゃねえの!
 目の前を見る。エレベーターの扉がゆっくり開いていて――い、いかん! 緊急回避だ!
「隊長! 横に超高速で前転しまくって!」
 言われた通りに動いてくれる隊長。さすがだわ。俺もそれに続くようにエレベーターの直線上から離れる。遅れて、さっきの甲高い音とは比べ物にならないほどの大きな音、銃声が鳴り響いた。
 火薬の匂いが充満する中、銃声を響かせた本人が、ゆっくりとエレベーターから姿を現す。……あぶないあぶない、扉の間に銀色の何かが見えなかったら、危うく俺か隊長、少なくともどちらかは死んでたね。歩く災害かよこの女は。
 銀髪女。気だるそうに辺りを見渡すと、俺を見た時点で視線の動きが止まる。
「あら、誰かと思えばカレー大好きうんこマンじゃない。こんなところにいたら私に殺されるわよ」
「女の子がうんこなんて言うもんじゃありません!」
 余裕綽々と、銀髪女は俺に銃を向ける。ファック、この状況からどう“変えれば”いいんだ。このままじゃ、また後ろから怪物がやってきてみんな死んじまう。
 と、立ち尽くす俺の傍でもう一つの銃。隊長が銀髪女に対し銃を構えていた。銀髪女は前方にいる俺に銃を向け、その銀髪女の右側面に向かい銃を向ける隊長。
「ハインリーケ・ガーラックだな」
「だとしたら、なに? メテオ・チルドレン以外は殺したくないの。三秒以内に銃を下ろさないと、殺すわよ」
「残念ながら出来ない相談だ。お前を連れてくるようにという命令が最優先事項にあるものでね」
「ふーん」
 銀髪女が俺から隊長へと、銃口を移動させる。やる気満々じゃねえか。……考えろ、誰も死なずに済む方法を。このままじゃ隊長があっさり殺されてしまう。隊長には悪いけど、ここは銃を下ろしてもらわないと。
「おい銀髪女。隊長は一般人だぞ。なのに殺すのか」
「殺したくないわよ。でも、相手が私を殺そうとしているのなら話は別だわ」
「殺傷する気はない。お前が武器を捨て、同行してくれるのならばな」
「……残念ながら出来ない相談ね」
「いいから! 待てよお前ら! ちょっと待って! 今俺すごいこと思いついたから!」
 不敵な笑みを飛ばし合いまくってるとこに悪いけど、俺は二人の間に入って叫ぶ。
「銀髪女は殺したくないし、隊長も別に殺すつもりはない。じゃあ別に二人とも殺さなくていいじゃん。隊長は上に行ってアレを報告するっていう目的もあるだろ。銀髪女はそんな一般人よりも俺を殺すほうがいいだろうし。それでいいだろ! ダメかよ!」
 子供に言い聞かすように、順を追って問い詰める。二人は少しの間考えて、ほぼ同時に応えた。
「ダメじゃないけど」
「ダメではないな」
 俺を殺すっていうくだりは否定して欲しかった。
 二人はあっさりと納得して、同時に銃を下ろす。
 この場は収まったと判断したのか、隊長はすかさず開いたままになっているエレベーターに乗り込むと、俺を見ながら口を開く。
「すぐに助けに来る。それまで死ぬな」
 俺が返事をする前に、エレベーターの扉が閉まってしまった。……残されたのは、俺と銀髪女の二人だけ。早業過ぎて何も言えなかった。コイツと二人きりにするなんて、隊長は俺に死ねと言ってるのだろうか。
「しかし物好きね、アンタも。隊長だっけ、あの男に私の相手をさせておいて、自分から逃げればよかったじゃない」
「うるせえな、“ここ”じゃないけど、あの人には色々とお世話になってんだよ」
「そ」
 そっけない返事と共に、銀髪女はあらためて俺に銃を向ける。毎度思うけどさ、銃口の前に立つのってすんごい恐いんだわ。いつ相手の気まぐれで銃弾が飛び出すかもわからないってのにさ、よくもまあ会話が成り立ってると自分でも思うよ俺は。
 自分の置かれている状況をあえて客観的に見ることにより、緊張を落ち着かせる。そうだそうだ、落ち着け。俺は隊長を助けることが出来たんだぞ。つまりは未来を変えたんだ。俺以外に誰も知らない未来だけど、誰も褒めてくれないけど、なら自分で自分を褒めてやろうじゃないか。……そうだ、これは見方を変えると、世界を作るに等しい行為だ。神だよ神、割と神。そんな俺がこんなところで死ぬわけないじゃない。
 変えてやる。
「おい銀髪女」
 心の中で自分を鼓舞した俺は、銃口を見ながら口を開いた。
「たぶんもうしばらくすると、俺の後ろからとんでもやばい卑猥触手怪物が姿を現すって言ったら信じるか?」
「いきなり何の冗談よ」
「しかも人を食う。そりゃあもう凶暴な怪物だ。アレはやばい、マジでやばい」
「だから何を」
「いやね、この際だからもう種明かししちゃうけどさ、俺ってもう何回かお前に殺されてんだよね」
「……は? 気でも狂ったのかしら。あのね、私は貴方の法螺話に付き合っていられるほど暇じゃないの」
「――後ろから現れる怪物はお前の兄貴だ」



『ねえ、私がわかるかしら? それとも、さすがにもう死んでる? ねえ、お兄ちゃん
前々から狂ってるとは思っていたけどまさかもう手遅れだったとはいやもしくは本当にアレが血の繋がった兄という可能性もあるねどうりで銀髪女ってば怪物じみた強さを持っているわけだよ兄がアレとか勝てる気がしないわけだわ俺は一通り納得して銀髪女を観察するやっぱり死んでるよね殺してあげる肉親なんじゃねえの!?と俺が叫ぶ前に銀髪女は空いた手でスカートの中から手榴弾っぽい物を取り出したどこから出してんだよどうりで感じるわけだよ銀髪女は両手が塞がっているからだろう口で安全ピンっぽいものを引き抜くとそのまま怪物に向かって力任せに投げた手榴弾っぽいものは放物線を描きながら触手の中心にある肉塊へ吸い込まれるように飛び文字通りそのまま肉塊に吸い込まれてしまった肉塊おわったなその吸い込むという選択はYESじゃないねでいつになったら爆発すんのよ何秒経っただろうか10秒?20秒?映画なんかだと結構な早さで爆発してたもんだけどもしかして遅効性みたいなやつなのかわからんけどそうに違いない銀髪女には考えがあるんだろう爆発しないなんでそんなめっちゃうろたえていらっしゃるどうやら不発もしくは無効化されたらしく一向に爆発する気配はない爆発する気配はないが怪物が動く気配はあったゆらりと二本の触手が動いたかと思うとその内の一本が先っちょを銀髪女に定めゆっくりと目標に向かい始めたむこの動きはさっき見たぞいきなり速くなるんだよねさてその事を銀髪女に言うべきだろうか銀髪女を見れば未だに呆然と怪物を見ているだけで触手が向かってきていることにすら気付いていそうにない確かに銀髪女は隊長を殺したそれは許しちゃいけないことだけど目の前で死にそうになっているヤツを助けることが出来るのにあえて助けないというのも人殺しになるんじゃないのか嫌なジレンマだわ銀髪女は許せないけど死んでいいかと聞かれればそれは違うああ違うね!』



 あー、複雑だ。ここじゃ思うはずのない感情がいっぱい沸きあがってくる感じ。なんか自分の物じゃないような気がしてきて、若干のオリジナル憂鬱感。何がトリガーになっているかはわからんけど、唐突に映像を流すのは止めて欲しいわ。とんだ欠陥能力だなふぁっきん。
 混乱する頭を抑えながら、今見た映像を現実で打ち消すように、目の前を見る。銀髪女が立っていた。依然として銃を構えながら、濃い銀色を俺に放っている。……うーむ、もし“あの”通りになったら、コイツも死ぬんだよな。いや、“あれ”の場合、銀髪女は人を殺してた。死んでも仕方がない。うむ、納得の死と言えよう。
 でも、と。目の前を見る。銀髪女は銃を下ろして、何かに思い耽るように呆然と立っていた。
 “ここ”のコイツはまだ人を殺してない。少なくとも、俺の目の前じゃコイツは人殺しでもなんでもない、ただの変人だ。なら別に死ななくてもいいじゃん。というか、死んじゃダメじゃんね。
「……ねえ、うんこ。その怪物とやらの“ナンバー”はわかるの?」
「ナンバーが何かはわからんけど、他の人は“011”って呼んでたぞ」
「……」
 人をうんこ呼ばわりしておきながら答えを聞いたら黙りやがったよ。なんなのコイツ。やっぱむかつくわ。
 気を取り直して。
「あのさ、銀髪女。別に信じてくれなくてもいいから、とりあえずこの階から離れようぜ。じゃないと死ぬぞお前」
 今までの積もり積もった憤りが顔を出さないよう、とっても優しく話しかける。
「それは困るわね。……いいわ、私も新しく目的が出来た。ここから離れるのでしょう? なら、上へ行きましょう?」
「え、いや、上はちょっと」
「なにか?」
 スチャっと銃口が俺の目の前に突き付けられる。ほんとコイツってば可愛くないのな。だから女は嫌なんだよ。何でも自分の都合通りにいくと思ってやがる。
 俺は引きつった笑みを浮かべながら、首を振ってなんでもないということを伝える。泣くな俺。いつかコイツには天罰が下る。それまで耐え忍ぶんだ。
 なんて、俺がすごく切ない気持ちに浸っている間に、銀髪女はエレベーターのボタンを押していた。光っているのはもちろん上。あーあ、いやだねホント。俺から色々と重要な情報をもらっておきながら、感謝の言葉もなしだよこの人。しかも逃がしてくれそうにないし。
「不満そうね」
「ハハハ、そんなことありませんよファッキンビッチいつかぶっ転がす」
「……聞かなかったことにしてあげるから、少し質問していいかしら?」
「なんだよ」
 エレベーターを待つ時間ってのは質問タイムなのか。実は決まっていたのか。そんなどうでもいいことを考えていると、銀髪女が俺をじっと見つめていることに気付いた。……可愛い。いや、正直な話、銀髪女は俺の目から見てもかなりの美人さんに入ると思うんだわ。でも。
「ごめんなさいですけど、もうちょっと離れてください出来れば顔を向けないでくださいどっか行って下さい」
 近すぎた。喋りながら俺は割りと大げさな動きで頭を下げ、視界全部を床一面にする。
 心臓が激しく脈打つ。決して銀髪女にスキトキメキトキスしたわけじゃなくて、全く逆の嫌な鼓動。額には冷や汗の感触。……落ち着こう。
 俺はわざとらしい笑みを浮かべながら、銀髪女に向き直る。
「いやあ、で、質問ってなんでしょうか?」
「アンタって挙動不審よね。話していてもそうだけど、見ているだけでも疲れるなんて、よくもまあこんな人間がいたものだわ」
「え? なに? 俺ってそんな挙動不審? うそ。というか質問ってそれ? ひどくない? 割と傷ついたんだけど」
 割と真顔でそんなことを言われても……やべえ、言葉は人を傷つけるね。刃だね。心をみじん切りにされた気分だわ。とんかつと一緒に出されてもなんら違和感はないレベル。
「そういう受け応えが挙動不審なのよ……はあ、なんでこんなに疲れなきゃいけないんだか」
 追い討ちされちゃうなんて……くやしいっ……ビクンビクンッ。
「話が進まないわね、ホント。質問っていうのは他でもない、アンタの持っている能力の話よ。なんなの、それ。私に兄弟が居るなんて、父親かこのビルに居る極少数の人間しか知らないはずよ。それをなんでアンタが知ってるの」
 何かが溜まっていたんだろう、銀髪女の口から矢継ぎ早に言葉が放たれる。
「いやあ、俺が知ってたって言うよりかは、普通にお前から聞いたと言うか」
「冗談は止して、言うわけないじゃない」
「冗談とか法螺吹きとか言いたい放題なのな! あのね、別に俺はふざけてるわけでもなんでもない、真剣なんですよ!」
「じゃあどういう理屈なのか説明しなさいよ!」
「“ここ”じゃないけど限りなく“ここ”に近い別の場所でお前が怪物に向かって呟いてたのを聞いたんだよ!」
「ありえない!」
「ありえるの!」
 くそっ! どうしたら信じてもらえるんだよ。というかもうエレベーター来てるし! ふぁっく! 本当にコイツとは相性が悪いわ。
「とりあえずエレベーターに乗りませんか。続きはそこからにしようじゃないか」
「そうね、私を納得させる説明がもらえることを期待してるわ」
 俺と銀髪女はいやあな笑みを浮かべながらエレベーターに乗り込む。……おっと、そういえば何階に行くんだコイツは。
「おい、何階に行けば――」
 ――不意に、舐めるような視線を感じた。唐突過ぎて銀髪女の頭にチョップしてしまったが、それどころじゃない。エレベーターの中から見たホールの先には、いつの間に追いついたのか、あのおぞましい怪物の姿があった。
 おいおい冗談じゃねえ。今の視線っぽいのは間違いなく“犯してやるぜげへへ”的な危険《あぶない》ものがあったぞ。こうしちゃいられない。
「おい銀髪女、ひとまずこれで怪物のことは信じてくれたろ。そこでだ、俺達は何階へ行けばいいのかね」
「……まさか」
 なにが「まさか」だよなにが! またコイツは“あれ”と同じように。もう!
「おい! 何階に行くんだよ腐れマンコカパック!」
「このっ、何階でもいいわよ! 早く閉めて!」
 見れば怪物は動きは遅いものの、確実にこちらへ近付いて来ていた。咄嗟に俺は怪物に視線を釘付けられたまま、適当にボタンを押す。遅れて、エレベーターの扉が閉まった。
「ふう、一安心だぜ」
「何が一安心よ! 行き先が屋上になってるじゃない!」
「どこでもいいって言っただろ!」
「何階でもいいって言ったのよ! 屋上が何階か言ってごらんなさいな!」
「ひぎい……!」
 バカな……俺ともあろうものが論破されるだなんて……。そうだね、屋上は何階とかじゃ表せないよね。すごい当たり前のことなんだけど、なんか凄いことを指摘されちゃった気分。
 一息ついて。
 俺は傍にある銀髪女の気配を振り切るように、延々と点滅し続けているランプを見ていた。今は16階。……なんか60階くらいあるんだけど。
 銀髪女を見ると、恨みがましい目で俺を見つめていた。そんな目で見るなよ。俺だって悪気があってやったわけじゃないんだよ。信じてくれよ。というアイコンタクトを試みたが、どうみても伝わっている様子はなかった。……ああ、山田の存在が今は遠く思えるよ。
「あの怪物、あれが011なのね」
「あ? そうらしいぞ」
 沈黙が流れる。どうすりゃいいんだよこの空気。「あれが兄貴とかマジかよぷぎゃろすお前も触手出してみろよオラオラ」なんて言いたかったけど、“あの”銀髪女がこの空気を形成しているかと思うと、二の足を踏んでしまう。下手に手を出したらいかん気がする。
「あのね、お前に何があるかなんて俺は知ったこっちゃないけどな、アレが兄貴だったとして何の問題があるのかね。確かに触手が生えてたり人を食べちゃったりそもそも人の形を成してないけどさ、別にいいじゃん。お前だけでも兄貴だって言ってやれば、それは間違いなく兄貴なんだよ」
 あれ、なんで俺ってばこんな心に響く台詞吐いちゃってんの。銀髪女をなぐさめるような、こんな、めっちゃこそばゆいわ。
「得意げな顔してるけど、それ、フォローになってないわよ」
「あ、さいですか」
 なんかバカにするような銀髪女の顔があったので背を向ける。やっぱ外道だわこの女。
「そんなことよりもさっきの話だけど、ある程度は信じるわ。アレを見ちゃったわけだし。で、アンタの能力ってなんなのよ」
 背後から、なにやら色々と諦めた感のある銀髪女の声。コイツはどうしても俺を稀代の大法螺吹きにしたかったらしいな。
「またそれかよ。……まあなんだ、わかりにくいかもしれないけど、信じてくれよ? その、俺らが生きていく際にはさ、絶対に選択肢みたいなのがあると思うのよね。で、俺はその選択肢の内、俺が望む理想の選択肢を選べるってわけ。わかるかな」
「いまいち」
「あー、例えばだ、コインの裏表で賭けてたとする。で、俺は裏表の知らない。知らないんだけど、別の俺……パラレルワールドって言うの? そんな感じの俺は既に裏表のどっちかを選んでた。その時の映像が勝手にオリジナルの俺に流れ込んでくる。んで、知らないけど知ってる状態になる。で、正解がわかっちゃうの。おっけー?」
「簡潔にお願いするわ」
「つまり俺は俺が望んだとおりの未来を作れるってことなの!」
「……なるほど、反則ね」
「すみません」
 俺の長ったらしい説明を一蹴するかのような銀髪女の一言。そうだね、反則だね。でもね、ここまで来るだけでも割と死んじゃってるのよね俺。どうせならもっと反則にして欲しかったわ。
 銀髪女はそれっきり、黙ってしまう。ランプを見れば、39階を指している。……長い。なんて不便なんだこのビルは。こんな高いビルを一つ建てるよりも、このビルを三等分して建てたほうがよっぽど作業効率は上がると思う。絶対上がると思う。
 一刻も早くこの密室から離れたい。そんなことを思っていた時、ふと、背中に違和感。なにかが当たっている。何だこれは。未知の感触だ。なにやらとても柔らかいようで且つ弾力があるような。
 にゅっ。続いて、後ろから肌色が飛び出してきた。……腕? ……おいィ?
 混乱していた。すごく混乱していた。腕は俺を絡めとるように交差されている。
 ここに居るのは俺と銀髪女の二人だけだ。その状況から見るに、何故だか理解に苦しむけど、どうやら銀髪女が後ろから俺に抱き着いているらしい。……なんで? 背中の感触ってもしかしなくてもめっちゃおっぱいやん。
「えっ、ちょっと待って、意味がわからな――」
 グキッ。目の前の腕が俺の頭を掴むと、思いっきり後ろへ捻った。痛みと同時に、視界を覆うように銀髪女の顔が現れる。……いかん、さぶいぼが。女の子の顔がこんなに近い。それはまずい。恐い。
 俺は咄嗟に目を瞑ると、この場を逃れようともがきながら口を開く。
「割とマジで洒落になってないので今すぐこの拘束を解いてください。いやホントお願いします。今だから言えるけど俺あんまり女が好きくないというかどちらかと言えば苦手な部類に入るんですマジで。だから離して――むぐ」
 必死に説き伏せようと喋っていたら、それを塞ぎこむようになんかやーらかいのが口に押し付けられた。しっとりとした感触。他人の鼻息が顔にかかる。……え、なんか、ぬるっとしたものが唇を割って入って、わ、わわ、いかん、舌はらめええええええええ!
「む、むぐ、っつおりゃあああ!」
 俺は全力で目の前の柔らかくて割と良い匂いのする人間を突き飛ばす。遅れて、猛烈な吐き気が襲い掛かってきた。
 ――ダメだ、思い出してしまう。
 あの日は夕焼けが綺麗な日だった。小学校から帰ってきた俺は、なるべくおばさんと顔を合わせないように急いで自分の部屋に向かった。あの時から既に、俺の中じゃおばさんは苦手な部類に入ってたから。そして俺は自分の部屋に戻った時、目の前に広がる光景をどう表現したら良いのか、その時の知識じゃあわからなかった。今でも耳に残るのは激しく乱れるおばさんと部屋中に響き渡る粘着質な音といやな臭い。その後の記憶はほとんど無い。残っているのは印象的な事だけ。ぶよぶよとした脂肪の塊が俺の体中にまとわりついて、全身を舐め回され、その時の俺には過ぎた快感が何度も脳天を突き抜けて。全てが終わった時、俺の中には女に対する不信感と不快感しか残らなかった。
 そうだ、女ってのはどいつもこいつも淫乱ビッチなくそったれ野郎に決まっている。現に、今、銀髪女は何をした。今までの行いからは考えられないほどの柔らかな口付け。それを甘美な物だと思ってしまう自分に吐き気がする。
「テメエ……洒落になってねえぞ……」
「心外ね、てっきり喜ぶかと思ったわ」
 しれっと、悪びれもせず銀髪女はそんなことを言う。ふざけるな。
「何のつもりだよ。事と次第によっちゃ俺の総力をもって潰すが」
 そこで、チン、と。甲高い音が鳴った。遅れて、冷たい外気と共にエレベーターの扉が開く。……屋上に着いたのか。
 銀髪女はそんなことを気にも留めてないと言うように、応えた。
「私を好きになりなさい」
「……へ?」
 

第十一話『共同戦線なんて死んでもお断りよ』


 なんなんだよ。なんなんだよコイツは。俺の色々と隠しておきたかったトラウマを抉るばかりか、その直後に好きになれって。告白か、愛の告白か。自慢じゃないけど今までコイツとの間に愛が芽生える要素なんて全くと言っていいくらいに無かったはずだ。
「言ってる意味がよくわかんないんだけど」
「そのままの意味よ」
「だから、なんで俺がお前を好きになんなきゃいけないの。言っとくけど俺の中のお前に対する好感度はマイナスですよマイナス。まださっきの隊長の方が好感度は上ですわ」
 俺の言葉を聞いて、銀髪女の口が反射的に開く。が、言葉は無い。一瞬の間を置いて、銀髪女が再度口を開く。
「私が貴方のことを好きだと言っても?」
 寒気がした。コイツが言った言葉もそうだけど、なによりも、コイツの目だ。明らかに俺を好いてる目じゃない。なんか殺気を感じるもん。え、なにコイツ、演技なの? いや、別にそれは良いけど、何故このタイミングで? ちょっと意味がわからない。
 さすがの俺も銀髪女の奇行には辟易ですわ。心なしか吐き気もだいぶ収まった気がする。……ああ、どうしよコレ。
「あの、もう俺怒ってないからさ、そろそろ止めませんかその演技。見ているこっちが痛々しいっつーか、なんか哀れっすわ」
「……このっ、くっ、もう! なんでよ! こんな超美人が好きだって言ってるのに、なびきもしないなんてアンタ実は男色の気があるんじゃないの!?」
「ちょっと待ってよ確かに女の子は苦手だけどだからって男がいいとかそんなことねえからそういう根も葉もないこと言うの止めてください!」
「ならなんで、はあ……」
「溜め息つきたいのはこっちなんですけど……」
 何がしたいんだ。俺はうんざりしながら、寒いのでエレベーターの扉を閉める。……なんか勝手に動き出したけどいいか。屋上以外なら別にどこでも。
 銀髪女を見る。なんか爪を噛みながらこの世の全てを呪うような表情を浮かべている。ど、どうすんだよコレ……。
「あのさ、もう全然なんとも思ってないからなんであんな事したのか教えろよ」
「なんとも思ってないっていうのも、それはそれで頭にくるわね。……アンタ、自分の望む未来にすることが出来るって言ったでしょう?」
「言ったけど」
「つまり、貴方が私を好きになれば、私にとっても少なくとも死ぬことは無い、つまり都合のいい未来になるってことじゃない?」
「……何その短絡的な考え。そんなので俺の貴重な唇が奪われたとか今になって泣きたくなってきたんですけど」
「うるさいわね……」
 銀髪女は、それっきり黙ってしまう。……まあ、アレは無かったことにしよう。俺にとっても、それに銀髪女にとっても黒歴史になることだろう。
 しかし、俺はちょっと引っかかっていた。“あの”銀髪女が、はたしてそんな理由だけであんなことをするんだろうか。他にも何か理由がある、なんて勘繰ってしまう。まあいいか、なんかどっと疲れたわ。
 しん、と静まり返ったエレベーターの中。今になってエレベーターの駆動音が聞こえてきて、不意に、それを失速し始めた。慌てて階数を示すランプを見れば、13階。60階の内13階というのは果たして高いのか低いのか。それはともかくとして、完全に止まったエレベーターの扉が開いた。
「……」
 俺はそのまま閉ボタンを押した。……目の錯覚か。さっきまで8階に居たはずの怪物が何故か目の前に居るという幻を見てしまった。さすがの俺も“あんなこと”があった後だもんね、そりゃあ幻覚の一つや二つ見ちゃっても不思議じゃあない。
「ねえ、いま目の前にいたのって」
 可哀想に、銀髪女もなんだかんだ言ってショックだったのだろう、俺と同じ幻覚を見てしまったようだ。
 と、ひとまず一番下の階まで逃げようかと1階のボタンを押した時だった。急に地震が起きたかのように、エレベーターの内部が縦に揺れた。そのまま、照明が消えて静まり返ってしまう。
「故障かね」
「なわけないでしょう! どう考えても今見た“アレ”が――!」
 ギィ。不意に金属の軋む音が聞こえた。メコリ、メコリ。目の前の扉が見る見るうちにひしゃげてゆく。……ああ、幻覚が現実に打ち勝ってしまった。いや、打ち勝たなきゃいけないのは俺か。どうやら怪物がエレベーターに何らかのダイレクトアタックを仕掛けているらしい。超絶ピンチじゃん!
「ピンチじゃん!」
「言われなくてもわかるわよ!」
 ベコリ。一際大きな音と共に、生暖かい、嫌な空気が流れ込んできた。見れば、目の前には極太の淫乱触手が待ち構えていた。……やべえ、こんなの挿れられたらさすがの俺の処女も散るどころの騒ぎじゃない。
 俺は自然と後退する。と、背中に何かがぶつかった。銀髪女だな。……野郎、いつもは「殺すわ」とか言って冷静に俺のことを殺しちゃってくれてるくせに、怪物に対しては普通の女の子ちゃんかよ。使えねえな。
「オラ、邪魔だからもっと奥に行ってやがれ」
「ちょ、ちょっと」
 俺は振り返ると、銀髪女を奥へ押し込む。……さて、もう一度触手の方を見て、金玉が縮み上がった。触手は準備万全と言わんばかりに、その大きな口を開けて口の中に生えている無数の牙を見せ付けていた。
 万事休すってのはこういうことだね。ここまで来ても“映像”は流れてこないし、どうやら俺も死ぬ運命にあったようだ。……だがしかし、ただでは死なぬ。目の前で人が死ぬのを見るのは精神衛生上良くないからね、銀髪女よりも先に死のう。
 身構える。触手が首をもたげ、今正に俺の体はぐっちょんぐっちょんに。――なるかと思った。
「アアァァァ! 燃え上がれ! 俺のボルケーノォォォオ!」
 轟という音と共に熱風が俺の目の前を駆け抜けた。遅れて、猛火が走る。その中には瞬時に消し炭となる触手の影。……ああ、我等が放火魔が来た。
 さっきまでの炎が嘘のように掻き消える。それが能力から生まれたモノだと物語っていて。今の今まで触手がいた場所には、黒いコートに身を包み、ニット帽を深く被った男が立っていた。
「む、相羽光史、か。……それに、貴様は」
「開道寺……!」
 カチャリ。背後で金属の鳴る音。おいおい銀髪女ってばこの状況でもやりあうつもりかよ。
 俺が制止しようと口を開きかけた時、その前に開道寺が言葉を発した。
「悪いがガーラック、今は貴様とやりあうつもりはない。このままアレを放っておけば、このビルを破壊されかねん」
「アンタのやる気が無くとも、私にはあるのよ。……死になさい」
 銀髪女を見ると、既に銃を構え、指は引き金にかかっていた。この腐れビッチ、ホントにお構いなしだな。
 俺はすかさず銀髪女にタックルをかます。同時に乾いた音が耳に突き刺さる。が、お構い無しに俺はタックルの衝撃で落としたんだろう銃を拾い上げる。そのまま立ち上がり、銃をエレベーターの外へ投げた。
 綺麗に決まりすぎて今になって焦ってきたわ。俺って実は超すごいんじゃなかろうか。
「銃が無くたって……!」
「ばっ、ナイフとか卑怯くせえ!」
 銀髪女は素早く立ち上がったかと思うと、スカートの中からナイフを取り出し、こっちに突進してきた。だからお前のスカートの中身はどうなってんだよ! と、ふざけたことを考えながらも割と絶体絶命なことに気付いて焦る。慌てて反射的に手で顔を庇った、その時、どごん、と。床が揺れた。さっきの衝撃とは比べ物にならない、エレベーターの中だけじゃなく、この階全体が揺れるような衝撃。
「う、わっ」
「ひゃあっ」
 遅れて、エレベーターがこれまたさっきよりも激しく縦に揺れた。強制的にジャンプをさせられたような形になった俺と銀髪女は、そのまま床にべちゃりと、不恰好な姿勢で投げ出される。
「漫才はそこまでしておいて、早くそこから離れろ! 逃げ場が無いぞ!」
 声がした方を見れば、開道寺が全力だろう速さで走り始めたところだった。その奥に、なにやら見慣れたグロテスクマテリアルが一つ。見れば床のあちこちにひびが入っていて、そのひびの中心には、体を半分ほど露出させるように、怪物の本体だろう肉塊が床からせり出していた。
 やべえ、なんか最初に見たときよりもでかくなってるんですけど。どうしたのよ彼は。
「……ったあ」
 今頃になって、銀髪女が頭を擦りながら起き上がる。どうやらナイフはどっかに吹っ飛んだようで、これで一安心だな。
「一安心だな」
「ナイフが無くとも、まだ私には手榴弾が……って、ちょっと、なんでここに居るのよアレが」
 銀髪女の殺意のこもった瞳が一変、困惑の光を宿す。俺だって困惑だよ。俺が聞きたいよ。
「相談なんですけどね、ひとまずここは休戦といきませんか」
 俺は立ち上がりながら、遠慮がちに休戦を申し出る。
「はあ? なによそれ。あのね、どんな事になろうとも、私が貴方たちを殺すことに変わりは――」
「やべえ、あぶねえ!」
 何度か見ていた。触手の、あの標的を決めた時のゆっくりとした動き。肉塊から離れていて意識するのが遅れたけど、肉塊がでかくなってるということは、同時に触手もそれなりに長くなっているということ。
 一本が俺達の居るエレベーターを向いていた。それを理解した直後、俺は銀髪女を抱え、そのままホールへと転がるように出る。遅れて、強烈な破壊音と金属の飛び散る音がすぐ傍から聞こえてきた。
「お前なあ、今はそんなこと言ってる場合かよ。今も死ぬとこだったじゃねえかよ。そんなことばっか言ってたら、今度は助けねえかんな」
「……ぐ、でも」
 銀髪女は俺の腕の中でなにやらとても悔しそうに悶えている。ハハハ、ざまあ。……と、何やら割と良い匂いが鼻をくすぐっていることに気付く。あれ、なんか近くね。
「ばっかお前離れろよ! いつまでくっ付いてんだ変態かよ!」
「なっ、なっ」
 いきなり突き飛ばされて何がなんだかわからない。と、銀髪女の顔が物語っております。いや、ちょっと悪いかな、なんて思ったけど、まあ、仕方ないよね。ああ、さぶいぼが。
「貴様ら、そんなに死にたいのか」
「え?」
 気が付けば、開道寺がすぐ傍に立っていた。……あれ、なんかすごい気まずくなってきたんだけど、あれ、なにこれ。アレだアレ、涼子さんに俺の秘蔵本、『世界のカレーレシピ全集』が見つかった時のような、そんな感じ。
 俺は平静を装いながら応える。
「めっちゃ死にたくないでござる」
「ならば、まずは目の前のアレをどうにかするぞ。俺一人では攻撃に専念できない」
 怪物を見る。肉塊は依然として床に埋まっているが、触手は食べ物を探すように地面を這いずり回ったり、空中できょろきょろと動いていたり。見れば見るほどレジェンドクリーチャーだな。そりゃあ場に一枚しか出せないわけだわ。
 俺は視線を開道寺に戻すと、無言のアイコンタクト。うむ、俺はどうにかするつもりだぞ、アレを。別に開道寺ってば悪いやつじゃないんだよね。それはわかってる。だから。
 俺と開道寺、二人して銀髪女を見る。
「言っとくけど、共同戦線なんて死んでもお断りよ」
「いやあ、さすがの銀髪女さんもここまで来ておいて“殺すわ”なんて言っちゃったりしないですよね? そんなザ・空気読めないことしませんよね?」
「ぐ」
「今は遺憾ながら、貴様の力が必要だ。罪の無い人々の命を守るためならば、それも仕方の無いこと。そうは思わないか?」  
「罪の無いって――! ここで働いてる時点でそいつらはみんな」
「殺す? またまたご冗談を。守る、の間違いですよね? 銀髪女さん?」
 銀髪女がぷるぷると体を震わせている。ははは、こいつはいい。長らく眠っていた俺のサディスティックな部分が目覚めてしまいそうだ。わはは。
「く、ううううう! もう! 後ろよ、早く避けなさい!」
「え?」
 ガッ、と。ごつい腕が俺の首にラリアットをかます。遅れて、何か大きなものが通り過ぎる感覚。痛む首を動かして見れば、触手が通り過ぎた音だったんだと理解する。
 俺は命を救うラリアットをかましてくれた開道寺にお礼を言いながら、銀髪女を見る。なんかふてくされた子供のようにあらぬ方向を見ながらそわそわしていた。
「……ても、いいわよ」
「え? 聞こえないです。銀髪女さん、何かを言うときは大きな声でって習いませんでしたか?」
 ニヤニヤ。俺はあからさまな態度をとりながら、銀髪女追い討ちをかける。と、不意に鈍い音が体中を駆け巡った。腹を中心として、痛みが遅れてやってくる。ボ……ボディ……?
「げふお」
「さっきから聞いてれば銀髪女銀髪女ってね、最初からイライラしてたのよ。アンタってばそもそも同じ教室にいたでしょう! なんで名前を知らないのよ! 私はハインリーケ・ガーラックよ! 覚えときなさい! それと、今だけアンタ達を見逃してあげるわ。感謝しなさい!」
「ふぁっく……うええ」
 “銀髪女”はふんぞり返りながら、悶絶する俺に指を差し、これでもかとまくし立てた。
 ……ああ、まじもうほんとどうしてくれようかコイツ。





次回:第十二話『母さんはもうカレーを作ってくれないのか』
24

人大甲 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る