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――《ダイブ・とぅ・ザ・ワールド》

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「いっけえええええええ! 必殺、月・光・斬!」
 迷彩パターンの機体、その両腕から一本ずつ、光の筋が延びる。続けざまに全てのブースターが火を噴き、相手となる重量級機体との距離を一瞬で詰め、そのまま流れるように両腕が交差したかと思うと、重量機体は破壊された。
「ぐおおおああああ! まさか両腕の格納武器両方にブレードを仕込んでいたとはあああああああああ!」
 筐体の画面に表示される“GAMEOVER”の文字を見て、男が叫ぶ。対して、隣の筐体に座っていた男が立ち上がった。
「甘いな、刹那・F・セイエイ! そんなことじゃあこの俺、キラ様と黒き疾風《シュバルツ・ヴィント》には勝てないぜ!」
「俺は……ネクストにはなれない……」
 とぼとぼと筐体から離れてゆく刹那・F・セイエイ(リンクス名)を傍目に、キラ(リンクス名)は満足げに溜め息を一つ。
 キラ……いや、山田一雄は、今日も一人ゲームセンターにてその最強の名を轟かせていた。そう、一人。
 山田はここしばらくの間、相羽光史と遊んでいないことを思い出す。一ヶ月前、相羽光史は突然入院してしまった。面会謝絶、せっかくバイト代を奮発して買ったアーセナル・コアポータブルも、自分でやる羽目になった。
 今度は違う意味合いの溜め息を一つ。山田はさっきまでの勝利の余興がとても空しいものに取って代わるような気がしてくると、それを振り払うように、ゲームセンターから出る。
 取り残されているような感じがした。山田は緩々と家路に着くも、もやもやとした気持ちを持て余す。
 相羽光史の件だけではなく、幼馴染である長谷川未央のことも気にかかっていた。以前にも増して、長谷川未央は素っ気無くなり、加えて、最近は夜遊びもしていると言う。一週間前、長谷川未央の両親に頼まれて夜遊びをやめるように言ったはいいものの、無視を決め込まれたことを思い出し、憂鬱になる山田。
 何かが起こっているのかもしれない。でも、それは山田一雄に関係無い事であって。何かをしたいが、その何かがわからないような。山田はここしばらく、ずっとそんな感覚に苛んでいた。
 山田は気を紛らわすように周囲に目を配る。予想以上にゲームをやり過ぎたのか、周りに人影は無く、腕時計を見れば既に夜中前。また親に怒られる、と。怒った母親の顔を想像しながら、何気なしにビルとビルの間に目を向けた時だった。その路地裏を横切るように、人影が一つ走り抜けていったのだ。別に人影くらいどうということはない。そのまま家に帰ればいい――山田は、そうは思わなかった。
 気付けば足は路地裏に向かっており、人影が通り過ぎた方向へ走っていた。
 確かに見た、間違いない。山田は、見間違えるはずも無い、長谷川未央の姿を偶然捉えたのだ。向こうの親から夜遊びをしていると聞いた時は半信半疑だったものだが、山田は今見た人影を思い出し、その話は本当だったのだと、今になって信じた。
 ……そもそも、山田にとっての長谷川未央とは幼馴染であり、姉であり、教師であり、そして、想い人なのだ。そんな彼女が夜遊びをしているなどと、にわかに信じることが出来なかったのは当然だった。
 姿は既に見えず、だが、微かに反響している足音を頼りに、山田は走り、気付けば路地裏を抜けていた。
 楠木ビル近くの公園、山田が自分の立つ場所を理解した時、背後で砂利を踏みしだく音が聞こえ、はっと振り返る。そこには、見慣れた姿があった。
「未央……?」
「カズちゃん? ……って、え、なんでカズちゃんがここにいんの。おかしいでしょ、常識的に考えて」



――《ダイブ・とぅ・ザ・ワールド》



 月明かりに照らされたお互いの顔をお互いが見て、お互いが驚く。
「え、待って、未央こそなんでこんな夜遅くにこんな場所でこんなじゃんかよ!」
「落ち着きなさい、カズちゃん。まずは素数を数えるのよ。よん――」
「初っ端から間違えてる! すげえ! お前が落ち着け!」
「落ち着いているわさね! もう! なんでこんな時に限ってカズちゃんがここにいんの!」
 わあわあと夜遅くにもかかわらず大声で言い合う二人。と、今までおちゃらけていた長谷川未央が、急に表情を固くする。山田は長谷川未央の視線が自分の後ろへ注がれていることに気付き、振り返った。
 だが、そこには何も無い。何を見ているのか、と聞こうとした時、ふと気付く。視界の上、そこに靴が浮かんでいた。靴が浮かぶわけ無いだろう、山田は視線を少しだけ上にずらすと、目を疑った。
 人が宙に浮いていたのだ。果たして靴が浮いているのか、浮いている人間が履いていただけなのか、この際山田にとってそんな事はどうでもよく、問題は既に浮く浮かないの話ではなかった。
 問題とは浮いている人物にある。公園に設けられた街灯に照らされている顔は、山田がよく知っている人物だった。
「鑑田晃人……随分と、私ったら好かれたという認識でいいのかしらね」
「自意識過剰もそこまで来ると清々しいよ、長谷川未央。残念ながら、“僕達”に仇なす君は殺されなければならないんだ。僕の手によってね」
 未央の言葉に応えながら、亮人はゆっくりと地面に降り立つ。
 なんら危なげなく宙に浮き、着地する。山田はその光景を見て、この世の原理では説明出来ない何かが起こっているのだと解釈した。それは概ね間違っておらず、現に、亮人の体には人を浮かすほどの推進力を生み出すようなものは付いていなかった。
 山田は耐え切れず、未央に問いかける。
「未央、なんでイケメンがこんなところに居て、しかも空飛んでんの。おかしいっしょ、常識的に考えて」
「残念ながらカズちゃん、既に常識は死んだわ。今起こることも、これから起こることも、全部非常識、不可思議なのよ」
「マジかよ……常識って死んでたのか……」
 山田がそう呟いている間に、未央がおもむろに街灯に歩み寄る。すると、いとも簡単にその街灯を片手で引き抜いて見せた。何かがちぎれるような音と、行き場を失った電気が飛び散る音。そんな音が静かな公園に響き渡る中、なるほど、と。山田は常識が死んだ音と理解した。
「で、なんなの。なんで未央ってばそんな割と普通に街灯引き抜いちゃってんの。おかしいでしょ、おかしいでしょ」
「おかしくないわよ。結構前からだし」
「おかしいって絶対! 普通はそんなこと出来ないって!」
「いや、空を飛ぶよりは常識的だと思わない?」
「え? いや、お、おう。そうだな?」
「ならばよいのよ」
 果たして街灯を引き抜くという行為をよしとしていいのか。山田がその考えを結論付ける前に、目の前は動き始めた。
 武器として使うのだろう、およその長さ6メートル程の街灯。それを警戒してか、亮人は無言のまま再度、宙に浮きあがる。そして、目を瞑った。
「話には聞いてたけど、中々に野蛮な能力じゃない、長谷川未央。でも、怪力だけじゃあ君は僕に触れることも出来ないよ」
「や、野蛮って……割と気にしてたことをすんなり言っちゃってくれるわね、このクソガキ」
「その言葉使いが野蛮って言うのさ――ッ!」
 亮人は叫ぶと同時に目を開き、続いて、ガゴン、と。不意に、未央のすぐ傍で何かが飛散した。それが花壇に使われている煉瓦だと未央が理解した瞬間、再度、今度は未央の頭目がけて煉瓦が飛来する。
「なんの!」
 ガゴン。今度は、先程の音より甲高い音が混ざる。煉瓦が飛散したことに間違いはないが、しかし、未央が手に持つ街灯により粉砕された音。
「へえ、怪力だけかと思ったら、動体視力も一般のそれとは違うのかな? なんにせよ、ここまで攻撃する手段の無い君に勝ち目はないんだけどね、あはは」
「なにがあははよ、調子ぶっこいちゃってからに。言っとくけど、宙に浮くのはともかくとしても、煉瓦を飛ばすくらいアタシにだって出来るっつー、の!」
 山田は見ていた。未央がおもむろに拾った煉瓦の破片を、晃人に向かって投げ付ける瞬間を。
正確には見えなかったと、遅れて聞こえてきた風を切る音を感じ、山田は心の内で訂正する。
 見れば、亮人の左肘から下が無くなっていた。腕が落ちてくる気配は無く、山田はテレビでやっていたある番組を思い出していた。口径の大きな銃弾が人間に命中した場合、その着弾点は破裂するように爆散するという話。ならばなるほど、文字通り鑑田晃人の腕は文字通り木端微塵になったのだと、一人納得し、すぐさま吐いた。
「げろろろろろ」
「え、ええ、えー? ちょっと、いきなり人の隣で吐かないでよ。あ! 靴に付いた!」
「う、うるせえ! なんで未央は平気なんだよ、自分の手で人の腕吹っ飛ばしておいてさあ!」
「さ、さあ。慣れ?」
 慣れ。山田はそこに、最近の長谷川未央との壁を感じた。半年ほど前の未央ならば、こんな光景を見たら気を失うどころでは済まなかっただろう。それくらいの大きな変化を、未央自身は慣れの一言で片付けてしまった。妙な怪力といい、やはり、今も目の前でふてぶてしく立っている彼女は自分の知る長谷川未央ではないのだと、ほんの少しの悲しみと共に、山田は理解してしまった。
 ――だから、遅れたのだろうか。
 風を切る音が聞こえた――何度も聞いたな――。山田は、自分の顔に生暖かいものが降りかかってきた事を感じ、続いて、目の前の彼女が倒れる光景を、ほんの数秒、黙って見ていた。
 とても長い時間見ていたように、山田は感じていた。なんせ、山田は見えたのだ。ゆっくりと地面へ吸い込まれる長谷川未央の顔を。驚きの表情のまま頭の半分を亡くし、今まさに自分に語りかけてくるような、そんな顔を。
「え?」
 長谷川未央の体が地面との距離をゼロにした瞬間、山田は声を出した。消え入るような、呻きにも似た一文字。……視線を下に降ろすことなど出来なかった。今ならば夢で許される、そんな儚い気持ちが浮かび上がってきた時、再度、風が切られ、音が飛散した。
「い、痛い、こんなもんじゃ済まさないよ…・・・そうだ、これじゃあ足りない、まだまだ! まだ! 僕の痛みはこんなものじゃない!」
 山田がゆっくりと宙を見上げる。そこには、無数の煉瓦の中で埋まるようにして浮く鑑田晃人の姿。普段からの端正な顔立ちは見る影もなく、顔の筋という筋を歪ませ、喚き散らしている。
 何を、するつもりなんだ。山田は立ち上がろうとして、足に力が入らないことに気付く。そして、自分の足元に視線を移し、見てしまった。彼女がこちらを向いている。頭から見覚えのないものを零しながら、うつろな瞳が山田を捉えていた。――そして、それすらも潰れた。
「う、うわああああああ!」
 次々と間髪入れずに、頭上から煉瓦が降り注ぐ。山田には一つも落ちてこない。目標は、目の前の長谷川未央。だったもの。既に山田の耳は麻痺し、煉瓦の飛び散る音など捉えてはいなかった。ただただ、次々と長谷川未央の面影が飛び散り削られ飛散していく様子を見ているしかなかった。





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