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――《The second meteorite collision(1)》

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「ふふ、ふふふ」
 自分の口から気持ちの悪い笑いが漏れているが、気にしてはいけない。そんな場合じゃあない。何しろ、ついに、今日は向こうの親との初顔合わせなのだから。
 向こうから会いたいと言われた。そんな時に限ってバイトが入っているとは、それだけが悔やまれる。
 俺は目的地を目指し、自転車のペダルを力の限り漕いでいた。
 ああ、緊張する。
 冬だと言うのに流れ出る汗が、瞬時に冷やされてゆく。……まあ、別に娘さんを下さいなんて大層なことを言いに行くわけじゃあないのだが、だからといっていい加減なことは出来ない。良い印象を与えておくに越したことは無いだろう。
 もちろん、自転車のカゴには菓子折りが入った紙袋が窮屈そうに収まっている。先程から段差がある度に忙しなく音を鳴らしているが、まあ崩れるものではない、大丈夫だろう。
 時給が百円高いだけで隣町のコンビニをバイト先に選んだ自分に対して、今更後悔の念を投げ付けながら、視線を腕時計に持っていく。このぶんなら、後二十分程で着きそうだ。
 初一発の挨拶はどうしたらいいだろうか、と。顔を合わせた時のことを脳内で色々とシミュレートしていた時、ふと、“それ”に気付いた。
「な、なんだあ……?」
 初めて見る光景だった。陽がすっかり暮れて分厚い雲が空を覆う、そんな夜だというのに、俺が目指す先の空一帯が、ぼんやりと赤く光っていた。近くにビル等の背が高い建築物も無く、こちらの方が高地に位置している事も相まって、その様子が一目でわかる。
 花火……じゃあないだろうしな。
 その時、一筋の赤い光が見えたような気がした。それは上から下へ流れ、ああ、花火なら普通は逆だろうと、ぼんやりと考えていた俺は、いつの間にか自転車のハンドルから手を放していた。
「え?」
 単純に疑問に思う一文字。しかし、それをかき消すように、俺の目と耳に現実とは思えないようなものが飛び込んできた。
 赤かった。小型のキノコ雲が見える。轟音が全ての音を駆逐して、地震とはまた性質の違う揺れが、俺と自転車を引き離していた。
 何が起こったのか。
 俺が地面へ叩き付けられた時、遅れて、生ぬるい風が通り過ぎて行った。
 爆発。炎上。飛来物。ミサイル。隕石。
 様々な単語が目の前の現実に関連付けようとしているが、正解に至ることなく。だが、唯一つ言えるのは、あそこには、俺の家、それに彼女の家があるという事。
 それがスイッチだったんだろう。俺はすぐさま飛び起きると、落ちた紙袋に構う事無く自転車を起こし、今まで漕いでいた時以上の力でペダルを漕ぎ始めた。


――《The second meteorite collision(1)》


 想像していた以上に、凄惨な光景が広がっていた。
 街に近付けば近付く程、人口密度が高いと思われる場所に近付く程、周囲には映画でしか見たことが無いような“痕”が目に飛び込んでくる。
 街路樹は今も尚燃えて、コンクリート製の建物は崩れる等原形を留めておらず。道路で往生している車は、どれも燃えていて、そのどれもがひっくり返っていたり、近くの建物に衝突している。……酷過ぎる。
 俺は意図的に“人と思わしき部分”を無視することにした。全てを見たままに認識してしまうと、平静を保てなくなる気がしたから。
 道路上は最早自転車で進めるような状態ではなかった為、俺は自転車を捨てて歩き始める。先ずは彼女の家へと向かっていた。単純にそちらの方が近いという事もあるが、俺の中での優先度が高かった。
 見慣れた町は完全に様変わりしている。遠くの方から、叫び声とも鳴き声ともとれる黄色い声が聞こえてくる。耳を塞ごうとしたら、今度は目の前で火に包まれた何かが転がってくる。目を瞑れば、異臭を極めたような鋭い空気が鼻を刺す。……これは現実なのだろうか。
 彼女の家が見えてきた頃、俺は焦燥しきっていた。よく自我を保ったまま、ここまで来れたと褒めてやりたい。
 ……そこは住宅地、だった。彼女の家は十年程前にニュータウンとして売られていた土地に建てられた。周囲の家も似たり寄ったりな経緯で、どれも個性というものを忘れたような景観をしている。だが、そんなこの場所は嫌いじゃあなかった。
 それがどうだろうか。まるで世紀末を題材にした映画か何かのように、赤い炎をアクセントとした廃墟然とした風景が目の前に広がっている。しかし、そんな光景の中で彼女の家は燃えていなかった。見る限り、崩れている様子もない。
 俺は躓きそうになりながらも出来る限りの速さで彼女の家まで駆け寄り、視界いっぱいにその家が広がる所まで来て、足を止めた。
 嘘だと言って欲しかった。今更、この光景が悪い夢であって欲しいと切に願う。しかし、現状は相も変わらず、熱気と荒廃した空気が鼻を衝く。
 彼女の家は、そう、確かに崩れてはいなかった。……先程見た範囲では。近くに寄れば、この惨状の中で無傷で在る方がおかしいのだと納得させられる。それが無性に悔しくて、悲しくて、俺は足を止めてしまった。
 先程の死角になっていた箇所は、見るも無残に抉られていた。それが爆風でか、揺れのせいなのかは分からない。唯一分かる現状としては、家屋の半分以上が崩れていて、見覚えのあるリビングが二階に在ったはずの部屋に入れ換わっていることくらいだ。
 瓦礫を避けながら、ゆっくりと足を踏み入れる。……異様なほど静かだ。
 おかしい。どうして、俺を迎えてくれるはずの声が聞こえないのだろうか。ああ、なんだ、俺はついさっきまで何を考えていたんだ。彼女の親と会った時に何を話すかだろう。じゃあ、この、目の前で複雑奇怪に瓦礫と同化しているのは、彼女の母親じゃないのか。
「……ああ」
 妙に、頭が冷える。心も冷える。
 ゆっくりと瓦礫を縫うように歩いていると、足に何かがぶつかった。最初は何なのかわからなかったが、よくよく見ると、見覚えのある腕時計を付けた腕だという事が認識出来た。……腕、と言うのも語弊がある。それは炭のように真っ黒で、腕時計だけが金属の光沢を俺に向けている。
 見間違えるはずはない。この腕時計は、俺と彼女が付き合ってから一年が過ぎた記念日に、バイト代を奮発してプレゼントした物だ。次の日から、毎日身に着けていると言っていた。ああ、そうだ、否定出来る要素が無い。凍えそうだ。
 これは彼女の腕だ。肩までしか無いが、他の部分を探す気にはなれない。さらに言えば、ここにはもう居たくない。
「ああ、心まで、凍えてしまいそうだ」
 何故こんなにも今日は冷えるのか。俺は原因を考える気にもなれず、彼女の家から立ち去った。



「……誰だよ今のは。というか、俺にこんなものを見せている奴は誰なんだよ! おい! 応えねえと目からカレー出すぞ!」
 割と泣きそうだった。いやね、冷たく言えば見知らぬ誰かの見知らぬ彼女さんが死んだってだけの事なんだけどさ、それでもこう、見ている本人さんの心情が手に取るようにわかってしまう手前、強制的に感情移入的な何かで涙腺ガバガバなんですわ。そりゃあカレーくらい出てもおかしかない。と、真っ暗な空間の中で一人思う。
 何度か叫んでみたけど、中々どうして何も返ってこない。非常に困った。俺はこんな所で足踏みしてる場合じゃないというのに。踏める地面なんてないけどね!
「づぇふ」
 やべえ久々に吹き出したら変な声出た。不謹慎だ。だがしかし駄菓子菓子、吹き出してしまったのだからしょうがない。南無。
 そう、思い出してしまったものはしょうがないし、気付いてしまったものもしょうがない。俺は見てしまったんだからね。息子は見た! 衝撃の殺人現場!!
 ……おう。実は母さんが殺しちゃってたんだわ。叔母さんも、帰ってきた叔父さんも、耄碌してた爺さん婆さんも。俺がやったと思ってたんだけどね。いや、思ってたなんて生易しいもんじゃない。俺がやった記憶があった。それはもうぐっちょんぐっちょんな記憶が。血を見るたびに思い出していた、それくらい鮮明な記憶があったんだわ。
 おそらく確定した感じで俺の記憶は母さんの摩訶不思議な能力によって改ざんされちゃっていたんだろう。こうやって色んな事実を突き付けられると、そもそも母さんが楠木で働いている事に気付いてなかったこともおかしいように思える。そう、おおむね確実な感じで俺は何度も記憶を弄られていたんだろう。シット! こんなこと考えたくねえんですけど!
「だけどそれは事実だよね」
 そうなんだよね。っておい、なんか普通に返事しちゃったけど目の前に誰かいるぞ。
「誰やねん」
「俺やねん」
 ……そうか、俺か。なるほど確かに見れば見る程俺だ。よく鏡の向こう側でやぼったい前髪で目を隠している俺だ。そうだな、うん。
「おかしいでしょ! なんで俺が俺でお前が俺でどうなってんの! ちゃんと説明しないと」
「ケツからカレーだかウンコだかわからんものを今すぐこの場で噴出するかもしれないんだろ」
「……お、俺だ」
「そう言ってるだろ。信じてくれよ」
 俺もこう言っている事だし、まあ信じてやろう。信じてやるとして、はて、それじゃあこの俺は誰なんだ?
「まあ誰かと言えば俺としか言いようがないんだけど。簡単に言えば、“こういった状況に陥った経緯を少しだけ知っている”俺と言えばいいのか」
「ほう。つまり俺よりいい具合なわけだな」
「そういうことになるな」
 おい、いきなり俺から俺より下発言されたんだけど。どうすりゃいいの。自分に怒っていいのかな。
「その代わりと言っちゃなんだけど、俺は母さんのカレーを俺よりも二回食べていない。これは天秤に乗せるまでもなく」
「失態だな。そんな糞みたいな情報と引き換えに出来るもんじゃあない。俺として認めるべきか悩むほどの失態だぞ」
「そういうことになるな」
 俺ってばなんか物分かり良すぎるんですけど。こんなに良い子だったっけ俺。
 というかね、そんな事よりも俺はさっさと説明をして欲しいわけなんだよね。今この俺を取り巻く現状と言うか、恐らく過去の色んな場面を見せられたりしちゃってるこのエンドレス空間の事をね。
「詰まる所、俺は意識を失ってるんだわ」
「ほう。初耳で御座るな」
「そうだろう。しかもその原因は、母さんの能力にある」
 Oops、ソイツはしっかり記憶に刻んであるぞ。なんてったって、母さんに何やら呟かれたのがまともに動いていた時の最後の記憶だからな。
「理解が早くて結構。で、どうやら俺はあのクソ忌々しい隕石に繋がれちゃって、俺の能力を悪用されちゃってるらしいんだよね」
「マジかよ……この神にも等しき能力が悪用とか……世界が終わるぞ……」
「マジ終わりかけてるんだわ……」
 どうしよう。これで仮に俺の目が覚めて自由になったとして、なんか法律的な意味での罰とかあんのかな。非常に今後が心配になって来たぞ。
「俺も俺も」
「俺だしな」
「いや、そうじゃあないんだよ」
「え?」
「俺と話してたら全然話が進まねえなオイ。銀髪女の苦労が分かったような気がしなくもない」
「言うに事欠いて苦労とか言いすぎだろ」
 ひどい俺だ。いや、俺が俺の事を罵倒したとして、それは自分を悪く言っているのと同じなんだろうか……いかん、頭がこんがらがってきた。
「そんな俺に朗報だ。そろそろ俺は目が覚めるらしいぞ」
「マジで?」
「マジで。俺とは違うアレに聞いたから間違いない」
「何その俺とは違うアレって……おっかねえ……」
「いや、記憶にあるだろ、よく俺がこんがらがり過ぎると出てきてくれてたアレ」
「あー……そんなのも居たような……」
 そうそう。記憶にあるっつうか、ついさっき俺の過去で見たわ。えらく性格が捻くれてそうな奴が出て来たわねそういえば。
「アレが俺の能力の本元と言うか動力源? みたいなモノらしいんだけどさ、まあそいつが言うに“真っ暗な面に光が届き始めて線が前に伸び始めた”らしいから、まあ、要するにそろそろらしいぞ」
「さっぱり分からん」
「実は俺もよく分からん」
 ふむ。まあ、そのうち目が覚めると、そういうわけか。……なるほど、俺らしい適当さではある。安心すら覚えるね。
「まあそれまで色んな奴の過去でも見てなよ。俺もそろそろどっか行くわ」
「待て待て、どっか行くとか自由に動けるのかよ」
「俺を誰だと思ってんの。神にも等しいんですよ奥さん、なんか身近な奴でも思い浮かべてみろよ、勝手に景色が変わるぞ」
「アンハッピーなニューイヤーですわそれ……」
 ……待てよ、俺、そういや誰の過去を一番最初に見てたっけ。もしかしなくとも、あれ、銀髪女のだよね。なんで俺は銀髪女なんかを一番最初に思い浮かべているんだ……自分の思考がおっかねえ……。
 と、気付いたら俺はいなくなっていた。まあいいか。



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