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第二話『ナンだけになんともないぜ』

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第二話『ナンだけになんともないぜ』



 夜、公園の中心で空を仰ぐ。ああ、満月ってなんでこんなに綺麗なんだろう。月の模様ってのは色々な見方があるけど、俺はやっぱりカレーパンが何個も散らばっているように見えるんだよね。幻想的な光の中に、食欲を刺激しまくるカレーパン。一見ミスマッチなこの組み合わせだけれど、何かとてつもないものを秘めているように感じてしまう。ああ、そんなことを考えてしまうくらいに、今夜の月はとても綺麗だ。
「――生きて帰れるとでも思った?」
 ……月ごときじゃ現実逃避できないわ。できるわけないわ。
 俺は視線を月から目の前に移し、頭を捻る。どこでなにを失敗したのだろうか。俺は両手を上げて、銀髪女の前で震えている。そりゃあ銃を突きつけられたら震えるよ。撃たれたら死ぬんだぜ? ここで撃たれたら俺は朝になって冷たくなっているところを発見されるというとても可哀想な死に方しか出来ないじゃん。さっきのドンパチでも警察は来なかったし、死ぬぜ?
 でも、なにも出来ない。なにか出来る可能性があったとしても、俺には思いつけないな。だって銃だし。対人最強武器じゃん。ムリムリ。
「なに黙ってるの、よ!」
「げぶー」
 腹をまた殴られた。今度は銃で。地味に痛い。とっさに腹を押さえるが、今度は膝を付かない。耐えた。銀髪女に向かって、ちょっと不敵な笑みを浮かべちゃったりする。
「があっ」
 後頭部を銃で殴られた。殴られた!
「殴られた!」
「うるさいわね!」
 マジひでえよこの女。さすがの俺も地面に膝を付き、ハンズアップ状態だった手を後頭部に当てる。これはたんこぶが出来るね。間違いない。だって痛いし。
 非難の目を女に向けると、今度は女が不敵な笑みを浮かべていた。ビキビキした。
「なに? 文句でもあるの?」
「あるよ。すごくあるよ。なんで家に帰らせてくれないんだよ。なんで殴るんだよ。なんでなんでだよ」
「本当にうるさい男ね。今度は撃つわよ」
 黙るしかない。さっきまでのランボーっぷりを見る限り、女は躊躇うことなく俺を撃つだろう。それはまずい。死にたくない。
 俺が膝を付いたまま俯いて黙っていると、上から溜め息が落ちてきた。俺の方がぜってー溜め息だから。負けない自信あるぜ。
「なんでこんな奴と話してるんだろ、私。こんなはずじゃなかったはずなのに」
「そっくりそのままお返し――黙ります」
 すごい顔で睨まれた。やっぱ女恐いよ。なんで共学を選んじゃったんだろう。別にホモとかそんなんじゃないけど、女がいるってだけで恐いことに思えてきた。主にこの銀髪女の所為で。
 お互いが黙り込む。いや、それはおかしいな。俺は黙るという選択肢しか与えられてない。そりゃあおかしいはずだ、この女が俺を呼び止めたんじゃないか。呼び止めるなんて生易しいもんじゃないが、とにかく、俺に用があるのはこの女だろ。
「文句も無いし黙れと言われたら黙るけどさ、用があるから俺のことを呼び止めたんだろ? 用件を言えよ」
「……そうね、このままじゃ埒が明かないし。それというのもあんたよあんた、なんでここにいるのよ」
「え? 帰り道なんですけど? 生きてちゃダメですか?」
「さっきの一件だけで言うならダメね」
 俺の命を全否定された。そんな権利がこの女にあるのだろうか。いや、銃を持っている時点で俺の命を握っていると同義、たぶんあるんだろう。世界は残酷だ。こんなにも俺に対して残酷だ。
 泣きそうになるのを我慢して、俺は立ち上がる。そのまま女を正面切って見据えると、口を開く。
「ダメなのはわかったから、とにかく帰してくれよ。俺がなにをしたってんだよ」
「したわ。私が開道寺に止めを入れるところで邪魔したのよ、あんた」
 何言ってんだろこいつ。どう考えても、どんな人が見ても、明らかに俺は助けただけだと思うんだが。命の恩人だぜ。
「何を勘違いしているかは知らないけど、私はあの時勝っていたのよ。あんたには想像もつかない方法でね。悪いけど、私は邪魔されるのが大嫌いなの。今朝といい放課後といい、ね」
「は? 何言ってんの? あれはお前がぶつかってきたんだろ? 今朝は百歩譲って邪魔したとしても、さすがに放課後に関してはたとえ神様でも謝るぞ」
「……ねえ、あんた、開道寺達の仲間なの?」
 だめだ、まるで話が噛み合わない。まだ俺の中ではこの超絶理不尽な言いがかりに対しての憤りがくすぶっているというのに、こいつったらもう別の話だよ。しかもその話ってのが、俺を殺そうとした奴と仲間だろうってんだからもう笑うしかない。
「ははは」
「笑っている場合じゃないと思うけど。もしあんたが開道寺達の仲間なんだとしたら、私はあなたを真剣に殺さなきゃいけないわ」
「ははは」
 さっきまで殺すつもりでいたくせに。“生きて帰れるとでも思った?”なんて言ってたのはどこのどいつのドイツ人だよ。笑うしかない。が、さすがにこの超絶理不尽な誤解は解かなきゃいけないだろう、俺の命的に考えて。
 俺は笑うのをやめて、一向に下ろす気配の無い銃を見て身震いしながら、真実を言う。
「ごめん。とりあえず俺は誰の仲間でもない。嘘はついてないぞ、死にたくないからな。お前も俺が殺されかけてたのは見てただろ」
「まあそうね。“普通”に考えたら、あんたは巻き込まれただけの学生」
「だろ? じゃあ俺は帰っても――」
「――でもね、この世界はほんの少しだけ、“特別”なことが起こるのよ。十五年前にアレが落ちてきてからね」
 女はそう言って、ふと、悲しげな表情を見せる。
 十五年前……天文部の俺としては、全く関係無いとは言えない災害だ。でも、それと今の状況と何が関係あるというのか。俺にはサッパリすっかりわからないわけで、俺がこの話を理解できないアホの子だとわかったのか、銀髪女は溜め息を漏らしながら銃を下ろした。
 まあ俺は変人だし、この女も変人だし、話が噛み合うわけないんだよな。しょうがない。まあ、銃を下ろしてくれただけでも良しとしようじゃないか。これで帰れるぞ。
 もう用件は終わったのだと理解した俺は、今日一日で地面に落ちまくり汚れまくった鞄を拾い上げ、銀髪女に背を向けてそのまま気持ち足早に、この場から立ち去ろうと歩き始める。……女は、もう追いかけては来なかった。



「只今ただいまただいマングースバーサスキングコブラ」
「おかえりなさいや人。親に変なこと言わせてないで、早く手洗ってご飯食べなさい」
「はい」
 家に帰ってきて早々我が家に伝わる挨拶(嘘)を交わした俺は、手を洗いに洗面所へ。そこで気付く。帰り道まではそうでもなかったけど、やばい、体がすごくだるい。手を洗いながら、洗面台に設けられた鏡を見る。一見普通に見える。しかし、見えないところで俺の体はぼろぼろなんだ。
 決してイケてる面持ちではないが、口に出すほど崩壊はしていない普通な顔。自分でなんだが、とても人のよさそうな顔だ。それをしばらく見て、深く溜め息。かわいそ過ぎるぞ俺。この好き勝手に伸びている髪の下では、巨大なたんこぶが形成されようとしているのだ。……誰がやったって? 口に出すのも恐ろしい。思い出すことすら苦痛。銀色のものを見るたびにあの女、悔しいことに少々どころか結構可愛いあの顔が思い浮かぶ。俺の全てを否定するような目、手には銃、口からは毒。……クリーチャーだな。レジェンドクリーチャーだよ。そんな奴にやられた。恐いから思い出すのやめよう。
 流しっぱなしにしていた水を止めて、手を念入りに拭く。そして、俺は気持ちを引き締める。今日はカレードリア、未だに足を踏み入れたことのない領域に、俺は今夜、挑戦しようとしているのだから。
「テーブルの上に置いてあるから食べといてね」
 俺が食卓の定位置に座ると、隣の部屋から出てきた母さんがバスタオル一枚で洗面所のほうへ歩いてゆく。なんだろうな、あの生物。いや、カレーを作ってくれるからには俺にとって親以上の存在なんだけどさ、やっぱダメだって。母さんも三十路を迎えようとしているとは言え、まだまだいける歳だ。早く身を固めて幸せになってほしい。しかし、今のような破廉恥極まりない格好で家の中を歩き回るとなったら、数少ない母さんを引き取ってくれる男性がさらに減りそうで恐い。
 まあ、そんなのは建前で刺激が強すぎて鼻血が出るから、俺が止めてほしいだけなんだけどね。……テーブルの上、水が入っていたはずのコップには、いつの間にかブラッディな液体が満ちていた。これで今日の鉄分はバッチリだな。
 気を取り直して、カレードリアが入っているのだろう蓋付きの皿を見つめる。俺が手を洗い終わる時間を計算していたのか、皿を触ると適度に熱い。これはわくわくしてきたぞ。自分を抑えきれず、俺は蓋を開け、絶句した。――なんだ、この濃厚なカレーの香りは。加えて、柔らかな乳製品の匂いもする。その二つが合わさり、まるでお子様臭のしない牛乳入りカレーのような、そんな素晴らしき匂いが俺の鼻腔に充満している。なんなんだこれは……これは本当にカレーなのだろうか……。震える手を落ち着かせるように、俺はテーブルの上に置かれたスプーンを手にして、さらに絶句。先割れ……だと……。つまりこのカレードリアとは、先割れスプーンを使わせるほどまでのものだというのか。恐ろしい、口にするのが恐ろしい。皿の中身を見つめ、深呼吸。早く食べなければ冷めてしまう。冷めたカレーなんてのは産業廃棄物ですらない、ただの冷めたカレーだ。カレーを食べる前に覚えておきたいのは、冷めるまでに食べ切るという、一種のタイムアタック的な要素が求められるという点。しかし、このカレードリアに関しては食べたことがない。何分で冷めるのか想像も付かない。そう、だからこそ早く食べなければならないというのに、くそっ、どこから食べればいいのやら、皆目見当が付かない。カレーライスならば、ルーとライスを均等に食べればいいだけのこと。至極簡単なことだ。しかし、これはなんだ。一面カレー色をした荒野だ。そこにおざなりな黄金色の葉が生えている。つまりは乳製品臭の原因たるチーズ。それだけの見た目だ。それだけなのだが、全てが同じ面なだけに、どこから食べていいのか……チーズの割合を多めにすればいいのか、カレーの部分だけで食べるのか、考えているだけで夜が明けてしまいそうだ!
「くそっ! 南無三!」
 俺は考えている間にも鼻を刺激し続けていた匂いに負けて、先割れスプーンを皿へ乱暴に突っ込み、流れるような動作で口に運んだ。
 ――! これは、いや、待て、だが……間違いない。これは、“カレーライスにとても近いもの”だ! そう、言ってみればルーを気持ち多めにライスと混ぜ、その上にチーズを敷き詰めた。そんな感じだ。しかし、カレードリアはそれだけにとどまっていない。確かにカレーとライスを混ぜてチーズを乗せれば近いものが出来上がるだろう。だが、これは違う。カレードリア足るに相応しいルー、そしてライス。割合を完璧に計算し、その上でチーズという究極の絨毯爆撃をすることにより、これは他の追従を許さない、完全唯一の“カレードリア”として、俺の目の前に君臨しているのだ。……完敗だよ。母さんの作るカレールー、それをさらにおいしく食べる工夫を成されたのがこのカレードリアだ。おいしくないわけがない。
 一通りカレードリアを感じた俺は、無心に食う。食い続ける。食いまくる。自然と笑みがこぼれているのに気付いたのは、皿の中身を空にしたあとだった。
「ごちそうさま」
 コップの中身を飲み干し、濃厚な鉄分を自給自足したところで一言。母さんはまだ風呂に入ってるっぽいから、食器を手に持ち立ち上がり、そのまま台所へ。いつもはテーブルの上に置いとけば母さんが片付けてくれるんだけどね。今日は遅くなっちゃったし、お詫びも兼ねて皿洗いでもしようと思う。さすが俺、いい息子過ぎて自分で泣ける。全米も泣けるわ。
 紅葉も終わる季節、中々に寒いわけなんだが、皿洗いなんてそうそうする機会が無いわけでしてね。予想外の冷たさに後悔した。でもやり始めたからには止められない、俺は手を真っ赤にしながら皿を洗い続けた。
「……あら、食器片付けてくれたの。助かったわ」
 皿を洗い終わり、ソファに座りながらテレビを見ていると、湯上がり母さんが俺の目の前に姿を現した。例によってバスタオル一枚。鼻血がボルケーノ。
「もっと褒めてくれると俺の真っ赤になった手も浮かばれるよ。あと服着てください」
「お湯使いなさいよ、バカね」
「その発想は無かった。あと服着てくださいマジお願いします。ソファが汚れる」
 控えめな量を零し続ける鼻血を手元にあったティッシュで抑えながら、母さんに頼む。しかし、母さんは年甲斐も無くいたずら心に満ちた表情を浮かべているだけだ。ティッシュの耐久度が限界だ。持たんぞ。
「はの、はやくふくをきへくらはい」
「どうしようかしらねえ。母親を見て鼻血を出す息子を見ていたら、ちょっといたずらしたくなってきちゃうわ」
 だからいたずらってなんだよおっかねえ。
 母さんは家事もできるし仕事もできるし優しいし、もう母親として全てを持っていると言っても過言じゃないパーフェクトマザーだ。しかし、その母さんにも一つだけ難点がある。それというのもあれだ、母さんは極度の“ゲーム”好きなんだ。一般的に言うテレビゲームはもちろん、ボードゲーム、テーブルゲーム、カードゲーム等々。ゲームになりそうなことを見つけたら、即ゲームにしてしまう、そんな人なんだ。
 つまり、母さんは今、この俺の惨状を見てゲームに出来そうだと思ったに違いない。この顔をする時はいつもそうだ。
「ひっとくけろ、へーむはしないど」
「何言ってるかわからないね。とりあえず服着てくるから鼻血拭いて待ってなさい」
 そんな母さんでも、やっぱり母さん。息子である俺は素直に止まった鼻血を拭き、待つ。
 なんでだろうなあ。いや、母さんに関しては俺も慣れたもんだし、楽しいし、別にいいんだけど。この鼻血は慣れもしないし楽しくもない。ちょうど十年位前だ、女関連で鼻血が出るようになったのは。ひどいもんだぜ、だって万が一俺が女の子と口には出せないような関係になっても、エロスなことは出来ないんだぜ? そりゃあ俺が鼻から血をドバドバ出しながらでも良いっていうスプラッターな子がいたら別だけどさ、逆に俺はそんな子と知り合いたくないというか。まるで漫画だぜ。……ほんと、なんで鼻血出るんだろ。
「お待たせたわね、持ってきたわ」
「なにをだよ」
「ジュマンジ」
 そう言って母さんは、後ろに持っていた隠しきれていない大きな茶色の箱をテーブルの上に置く。……これは随分とシビアなゲームを選んだもんだ。
 これはジュマンジという、名前そのままの絵本をもとにしたボードゲームだ。結構前に映画化もされている。俺は映画しか知らないんだけど、母さんは絵本で惚れて、わざわざ英語版のボードゲームを取り寄せたんだそうな。
 それはともかく、ルールは極めて簡単かつ明確、複数のプレイヤーーが駒を進め、誰か一人でもゴールに辿り着けばゲーム終了。誰か一人でいいんだ、なんだかとっても簡単な気がするだろう。だが、このゲームはそれで終わらない。プレイヤーは駒を進めるごとに、山札から一枚カードを引かなければならない。そのカードには、一言で表すと“危機”が描かれている。付属の絵柄付きサイコロで、その危機を回避しなければならないのだ。カードによって出さなければならない絵柄が決まっており、砂時計の砂が落ち切る前に出さなければ、死亡。その時点で全てのプレイヤーがゲームオーバーという代物だ。その他にも、マス目によってはサイが乱入してきたり、ジャングルに飛ばされたりと、色々とプレイヤーに優しくない要素満載のボードゲームなのだ。
 まあルールを思い出すのは置いといて、このボードゲームは四人でやるほうが面白いはず。なんで母さんはこれを持ってきたのだろうか。認めたくないけど、もしやまさかなんとなくボケてきちゃったりしたんだろうか。
「あら、なんでこのゲームを持ってきたのか、って顔ね」
「そのとおりでございますお母さま」
「わたしね、思うのよ、光史。ゲームというのはルールが決められているからこそ成立する。けど、だからこそ同じことの繰り返しになってしまう。結果、贅沢な人類はそれに飽きてしまうわ。……そこで、考えたの。飽きるのなら、毎回違うルールにしてしまえばいいのよ、と」
 それはだめだろ。だめだろ。同じルールだからこそ次は上手く出来るように頑張れるわけで。そんな不条理ワールド全開なゲームはあったとしても絶対売れない。たとえ売れまくって周りが全員やっていたととしても、俺は最後まで絶対に認めないぞ。
 しかし、今日は土曜日。明日は日曜日。休日ですよ。存分に夜更しできる土台はあるわけだ。山田と遊ぶのは午後からでもいいし、母さんと遊ぶのも久しぶりと言えば久しぶり。ここは一つ、のってやろうじゃないか。やべえな、ちょっとわくわくしてきたぞ。なんだかんだで母さんとやるゲームは面白い。
「わかった。ルールを説明してもらおうか」



「ねえ、母さん。こういうのってさ、親子でやるもんじゃないと思うんだよね。うん、普通は気まずいって言うかさ」
「何言ってるのよ。私は楽しいわよ」
 目の前で上着を脱ぎ始める母さんから目を逸らし、俺はティッシュを補給する。だめだな、これはダメだよ。何がダメって、俺しか嫌がるやついないじゃん。一方的だよこれは。鼻血がボルケーノだよ。
 母さんは、単純明快なルールに、もう一つ、これまた単純すぎるルールを追加しただけだった。危機を回避できなかった場合すぐゲームオーバーになるのではなく、服を一枚ずつ脱いでいくという、それだけのルール。脱ぐものがなくなった時点で、ゲームオーバー、それだけだった。我が母親ながら、恐ろしい頭脳を持っていると思うよ。だってさ、死んだらゲームオーバーなんて書いてあっても、所詮はゲーム、終わると無性に空しくなってしまうのが現実だ。それを、死亡=全裸にすることで、精神的な死を求めてくるんだぜ。さすがの俺もこれには脱帽だよ。普段から裸同然で歩き回る母さんにしか思いつけないね。
 話はそれだけじゃあない。これは、俺に一方的な選択肢を出しているんだ。どちらを選んでもバッドエンドという、な。そう、簡単なことだ。裸になるか、鼻血を出し続けるか。つまりだ、俺は勝っても負けても結局は得をしないという、そんな地獄のようなゲームを始めてしまったんだよ!
「くそ……なんで俺はこの話に乗ってしまったんだ……」
「母親の服を脱がすなんて、背徳的な息子に育ててしまったものだわ」
「え、俺なの? 俺が悪いの? それを言ったら息子を下着姿にしてる母親ってどうなの」
 嬉々として自分から服を脱いだやつがよく言うぜ。とんだ淫乱だよな。こんな母親に育てられた俺も間違いなく変態なんだけどね。それは置いといて。
 駒を進めるごとに、山札のカードを一枚引き、そこに表示された絵柄を制限時間内の内にサイコロで出さなければならない。俺は四回サイコロを振り、その内三回を失敗してしまった。既に靴下という最後のバリケードは突破されている。下着姿ってことだ。
 対して、母さんはまだ上着一枚を脱いだだけと、余裕綽々なご様子。ここはちょっと一泡吹かせたいところだが、逆に俺が泡どころか血を吹き出す羽目になりかねない。……なんて鬼畜なゲームなんだ。逃げ道の無い罠みたいなもんじゃないか。
「それじゃあ、母さんの番だぜ。早くあがってしまえ」
 正面を見ないように、サイコロを手渡す。
「そうねえ。光史がこの先生きのこるには、誰かがゲームを終わらせないといけないのよね」
 母さんの言うとおりだ。逃げ道は無いわけじゃなく、まだ希望はある。あるよ。けどね、母さんってばテーブルトークロールプレイングゲームで鍛えたとか言って、普通にサイコロでズルをするんだ。卑怯だよね、絶対にあがらないようにするなんて。もうゲームの目的見失ってるよね。許せないよね。
 俺は悔しがっているのを顔に出さないよう、盤上を見つめる。しばらくすると、二つのサイコロが振られ、合わせて目は“5”となった。
「よん、ご、っと。これで次に8を出せばあがっちゃうのよねえ。どうしようかしら」
「俺のほうを見るな。あがってくれよ。そういうゲームだろ。違うのかよ」
「まあ、それは運という名の神のみぞ知るってね」
 汚いよ。母さんの言う神様って、思い通りにサイコロの目を出すような神様なんだね。すごく汚いよ。
 母さんは俺が送る非難の視線を無視しながら、山札にあるカードをめくった。
「あら、ヴァン・ぺルトさんじゃない。しつこい男の人は嫌いじゃないわよ」
 そう言うと、母さんは絵柄のサイコロを取り、俺に砂時計を手渡す。
 映画でのヴァン・ペルトは、主人公アランを執拗に追い回す生粋のハンターだ。結局、最後までアランが自分の力で勝つことは出来なかったのだが、このゲームではセイバー……剣の絵柄を出すことにより、危機を回避することが出来る。まあ、回避するという点では映画版に準じているというか。
 準備出来たという母さんの声と同時に、俺は砂時計を逆さにする。この砂時計は、砂が落ち切るまで約8秒しかない。8秒だ。八面ダイスで一つの目を出すには、短すぎる。中には砂時計をもう一度逆さにする目もあるのだが、それにしたって難易度が高すぎる。だが。
「一発で出たわ。色んな人に愛されてるのね、わたし」
「絶対違う」
 確立という名の壁をものともせず、母さんは一発で剣の目を出してしまった。そりゃあそうだ、母さんは確立の壁を登るのではなく、横からすいっと通り抜けているようなもんだし。卑怯くせえ。
「次は光史よ。せいぜいあがれるといいわね」
「なんだよそれ。あがるゲームだろ。なんでそんな敵っぽいこと言っちゃってんの」
「そこはそれ、ほら、そういうルールだしね。簡単にあがられると面白くないのよ。わかる?」
「わかりかねる」
 サイコロを渡され、俺は強く念じる。
 俺は母さんよりも先に進んでて、今“4”を出せばあがりとなる。しかし、六面ダイスを二つふらないといけないので、そもそも4以下を出すほうが難しい。ちくしょう、なるようになるだろう。
 4よ、出ろ!
「うわあ」
「あらま、さすが我が息子。ピンゾロなんて中々やるじゃないのよ」
 無情にも、サイコロは1と1、つまりピンゾロの目となった。4以下を出すよりもさらに難しい目だ。こういう時に限って出るんだから、運というやつは信用できねえ。ほんとなに考えてんだろ。
 山札から一枚カードをめくる。そこには、ワニの絵柄。なるほど、ラフト……筏だな。モンスーンの後にワニがやってきて、プレイヤーは筏を見つけなければならない。本気で襲おうと思っているワニから、筏ごときで逃げられるかと思うけど、そこはご愛嬌ってやつだ。そのほうがスリルを感じるだろう。
 俺は無言で絵柄付きサイコロを手にすると、母さんに砂時計を渡す。……さあ、ここで失敗してしまうと、俺は上下どちらかの下着を脱がなければならない。下着を脱ぎ始めてしまうと、露出範囲はとんでもないことになってしまう。母親の前で上半身か下半身をさらけ出すって、どんなプレイだよ。変人と称されるこの俺でも、さすがにそれは羞恥心を感じちゃうぜ?
「はやくしなさいよ」
「わかったから鼻息荒くすんなよ。脱がないから」
「えー」
 なんなのこの親。もう泣きたい。母さんに急かされながら、俺は封印されし境界線《ラストリゾート》を守るべく、サイコロを振り始めた。
 最初は剣、次に扉、斧、やばい時間が――砂時計が出た。逆さにされ、時間が再度進み始める。剣、ラケット、剣、ロープ、斧、斧。
「なんだそりゃああああああ!」
「残念でした! 脱ぎなさい!」
「いやあああああ!」
 暴虐の魔の手が、俺の下着を奪わんと襲い掛かってくる。指先が理解するのもおぞましい、とんでもなく卑猥な動きをしている。やべえ。貞操の危機。間違いなくこれはもうお婿にいけない。そうだ、誰かを嫁に入れよう。そしたら万事解決じゃん。やったぜ。
 パンツ一丁になりました。
「許さない。絶対にだ」
「いいじゃないのよ、母さんもブラジャーだし。まるで変態家族ね」
「まるでじゃねえよ。見たまんま変態家族だよ。もうお天道様の下に出れないわ」
「まあまあ、最後の一線は守られてるんだし、気を落とさなくてもいいじゃない。わたしとしては息子の発育状況も気になるし、このままゲームオーバーというのが理想的なんだけど」
 どっちの意味での息子だよ。……どっちも息子じゃん。
「ぶふっ」
 噴いた。鼻血も飛び散った。母さんったらいつの間に俺のツボを理解していたんだ。ちょっと考えさせる辺りがやべえ。
 俺が鼻血を拭いてると、母さんがサイコロを振る。8が出ればあがりなんだが、出るわけもなく。サイコロの目はまたも“5”だった。
「あら、惜しいわ」
「もういいよ。わかったから。さっさとカード引けよ」
 母さんは反抗期だの何だのと膨れっ面をしながら、山札からカードをめくる。テーブルの上に置かれたカードの絵柄は、ライオンだった。なるほど、オープンドア……扉か。
「あらあら、映画じゃ結局何のために出てきたのかわからなかったライオンさんじゃない。その気になったら、あんな扉なんてすぐ壊せたと思うのよねえ」
「そのまんま、その気が無かったんだろ。まあ、それならそれでラストで急に襲ってくるのがわけわからんかったけど。じゃあいきますよ」
 俺は砂時計をひっくり返す。次の瞬間――あれ、出ない。母さんが扉の目を出せずにいる。なんでだ。母さんなら八面ダイスくらい、どうってことないはずだろ。俺の疑問が解消される前に、砂時計の砂は全て落ち切ってしまった。
 困惑する俺を他所に、母さんは一人笑顔で“出なかったあ”なんて言っている。……ああ、なるほど。なるほどね。俺が納得した傍から、母さんがパジャマの下を脱ぎ始めた。下には当然、下着があるわけで。女物のパンツだ。いやね、別に母親の下着姿なんて見ても、全然嬉しくないんだけどさ、むしろ萎えるんだけどさ、口ではあれでも体はなんとやらだよ。鼻血がやべえ。
「どうしたのよ光史。あなたの番よ。もしかして、母親の下着姿を見て興奮しちゃったりしてるの? とんだ変態息子ね」
 なに言ってんだよ。母さんのせいで俺はこんなに血を出しているというのに。なんだよもう。なんでそんなに嬉しそうなんだよ。そっちこそとんだ変態だよ。さすがに付き合いきれねえぞ。
「いいからティッシュ取ってよ。床が大変なことになるぞ」
「それはさすがに面倒だわ。はい」
 表情はちょっと真面目になっても、下着姿。だめだこいつ、はやくなんとかしないと。俺は鼻血を拭きながら、母さんを睨みつける。もっと鼻血が出た。目を逸らそう。
 やっぱ母さんでも女だしな。女とかろくでもねえわ。もう関わりたくないね。子孫とか残したくないから、誰か俺を女のいない国に連れて行ってくれ。
 ――毎日がメンズデイ! 今日も朝まで男祭りだワッショイワッショイ! え? 女の子がいない? なあに、可愛い子ならいっぱいいるぜ! こんな可愛い子が、女の子なわけがない! さあ、君も来ないか! ここは夢の国おちんちんランド、可愛くたっておっきくなっちゃうんです!
 ……なんだか壮大なおちんちんランドを想像してしまった。
「さあさ、早く振りなさいな。2が出ればあがりよ」
「拭くから、ちょっろまっへ。……2とか無理だろ」
 ティッシュで脳味噌にこびり付いたおちんちんを鼻血と一緒に拭い捨て、サイコロを手に取る。
 俺は嘆く。つまりだ、俺はもう一度ピンゾロを出さなければならないということだ。さらに、たぶん、ここであがらなければ、俺のおちんちんランドが開園してしまうということ。さすがにこれは無理くさい。あがれる気がしない。
「ピッチャーびびってるへいへいへい」
「煽んないでよ」
 どこから持ってきたのか、母さんが日本酒を呷りながら俺を煽る。呷りながら煽る。
「ぶふぉっ」
「母親的に見る限り、その急に笑うくせ、どうにかしたほうがいいと思うわよ」
「はい、返す言葉もありません」
 よし。俺は意を決して、サイコロを握り締める。出るか出ないかじゃない、出すんだ。俺にはそれくらいの幸運がまだ残されているはずだ。この先、九死に一生を得なければ死んでしまうような場面があるかもしれない。あえて、そこでの運をここに回してくれ! 頼む! 出ろ!
「……出た」
「えー」
 俺は駒をゴールに進めて、“ジュマンジ”と一言。ゲームクリアだ。……あれ、なんかすげえあっけなく終わっちゃった。いいんだろうか。いいよね、俺の貞操が守られたわけだし。ハッピーエンドだ。いえい。
「興醒めもいいところだわ。寝るわ」
 母さんはゲームを広げ、服を脱ぎ散らかし、一升瓶テーブルの上に置いたまま、一人寝室へと行ってしまった。なんてやつだ。この目を背けたくなるほどの惨状を、俺一人で片付けろというのか。鬼畜過ぎる。
 時計を見れば、もう0時を回っていた。時間を見た瞬間急に眠くなるあたり、なんだかんだで俺も楽しんでいたんだと認めざるを得ない。悔しい。……まあ、片付けはやっといてやろう。その代わり、明日……今日の晩御飯はカレーコロッケだな。決まりだ。
 片付けを終えて、風呂に入り、布団に潜り込む頃には、すでに2時半を過ぎていた。……あれ、今日なんか大変なことがあった気がするんだけど。やべえ、わりとあっさりだな。すぐ寝れるわ。寝た。



 待つ。すごく待っている。
 都会ぶったが結局田舎止まりな街の駅前。俺はここで待ち合わせをしていたはずなのに、何故か三十分も立ち尽くしている。腕時計を見れば午後一時半。そうだ、一時に約束していたんだ。
 携帯をポケットから取り出し、イライラで逆パカをしたくなる衝動を抑えながら、アドレス帳のや行にある名前を選択し、電話をかける。……もちろん出ない。思ったよ、アイツは携帯電話を持つ資格が無いね。繋がらなかったら意味無いもんね。持っているだけにもっと性質が悪いと言うか、なんかすげえ山田。俺をここまでイライラさせるだなんて大した奴だよ。負けたよ。お前には何回心の中で負けたか、もう数えるのを止めちまったくらい負けたよ。完敗だ。
「悪い! 遅れた! ゲーセン行こうぜ!」
「お前はそれしか言えねえのかよ! ゲーセンとしか言えねえのかよ! このゲーム脳! 脳が腐り落ちて死ね!」
「ごめん。相羽が怒るだなんてわかってたら、ゲームなんてしてなかったよ。ごめん。許して」
「え? ゲームしてて遅れたの? 最悪じゃない? まだいつも通りの山田だなハハハファックくらいで済んだけど、さすがにそれは俺でもホーリーシットだよ。絶対に許さない」
「お詫びにカレーたこ焼きおごるからさっ」
「許す」
 ははっ、そうだよな。山田に罪はない。山田にそこまでさせるゲームが悪いんだよな。俺としたことが、へへ、人間って醜いね。怒りに任せて親友を罵倒するだなんて。決してカレーたこ焼きをおごってもらうからじゃない、俺は、自分からワンランク上の人間にレベルアップしたんだ。ああ、世界が輝いて見えるよ。
 落ち着いた俺たちは、ひとまず少し歩いたところにあるたこ焼きの屋台へ向かって歩き始める。しばらく歩いていると、隣の山田が何かをぼやき始めた。
「あーあ、結局あのゲーム、クソゲーだったな。明日売るわ。光史やってみるか?」
 やっぱ山田に罪があるんだな。ゲームに罪はないね。俺はゲームにごめんなさいしないといけないよね。俺が歩みを止めたことで、山田が振り返る。
「お前を中古屋に売りたい。そして捨て値になろうがなんだろうが絶対に売り手が見つかることはなく、老いぼれジジイになるころ純粋無垢な子供に買われて、人類のハートを潤すような感動ストーリーを提供して死ね。つまり死ね」
「ごめん、怒るなよ。――カレーたこ焼きにカレー粉トッピング追加だ。これで、何もかもが解決、だろ?」
「ああ、そうだな。俺が間違ってた。行こうぜ」
 振り向いた山田は、今この瞬間において、間違いなく世界で一番の笑顔を俺に向けていた。なんだよ、山田、お前、いいやつじゃん。汚く醜いのは、俺のほうじゃん。だめだな、今度神社に行って、御祓いをしてもらおう。俺自身を。
 屋台に着き、カレーたこ焼きカレー粉トッピング増し増しを食べる。熱さなんて構わず、一個丸々を口に放り込んだ。……ああ、最高だ。やっぱりここのカレーたこ焼きは最高だよ。何が最高って、このカレーとカレー、同じ種類のものを混ぜてもこうまでおいしく出来るのだから。まるで俺のために作られたようなものだね。口の中火傷したけど。地味に痛いから困る。でも食う。
「前々から思ってて前々から言ってるけど、相羽ってカレー好きだよな。なんでそんなに好きなんだ?」
 山田が持ち前のロン毛をくるくると弄りながら、そんなことを聞いてくる。
「それは愚問だよ。俺がカレーを好きなんじゃない、カレーが俺を好きなんだ。むしろ俺が愛されている側なんだよ。ただ、カレー側唯一の誤算としては、俺がインドに生まれなかったことだと思うね」
「相変わらずわけわかんねえな。カレー側とかなんだよ恐ろしい」
「まあ、山田もわかる日が来ると思うよ。なんて言うんだろうな、こう、食べ物から俺を受け入れてくれるというか、最初からこの食べ物を食べるために生み出されたような、そんな感じがするんだ」
「わかりたくねえ」
 山田は髪弄りをやめて、ノーマルなたこ焼きを食べ始める。ノーマルなんか食ってなにがいいんだか。世界はカレーだよ。カレーじゃないたこ焼きなんて、たこ焼きじゃないね。
「ごちそうさま。カレー粉のスパイス変えました? なんかいつもより酸っぱかったんですけど」
 俺はカレーワールドを堪能し、屋台のおっちゃんに空になった容器を渡す。ついでに、気になったことを聞いてみた。
「おっ、さすが相羽君だね。実はヨーグルトを乾燥させたものを少し入れてみたんだ。中々深みのある味になってただろ?」
「ヨーグルト……だと……。うん、すごくおいしかった」
 そいつは嬉しいねえ、と。おっちゃんは笑顔で俺に割引券を一枚余分に渡してくれた。たこ焼き8個入りを一つ買うたびに、おっちゃんは割引券をくれるのだ。
 隣で山田が容器を返す。が、おっちゃんの顔は険しい。そう、ここは常連さん以外には優しくない、硬派なたこ焼き屋台。まだまだ新参の山田ごときでは、割引券どころか笑顔さえもらえないのだ。サービスを追及する世の中を逆走するように突き進むおっちゃん。そんなおっちゃん、嫌いじゃないぜ。
 満腹になった俺達は、当初の目的だったゲーセンへ行くことに。道中、山田がおっちゃんの悪口を言い始めたので、一回蹴った。黙った。
 それほど長くはない道のりを歩き、ゲーセンに着く。そして、いつもとは違う光景。
「なんだこの人だかりは。ゲーセンマニアの山田なら何かわかるかい?」
「たぶんなんかの大会をやってんだろうな。……いや、しかし、今日は何も無かったはずだが。どうしたことだ」
 まさかゲーセンマニア(駅前のゲーセンに限る)の山田にわからないことがあるだなんて。
 いつもより人が多いせいで歩きにくい店内を進みながら、俺と山田は原因であろうゲームを見つけた。端に置かれた巨大なPOPを見ると、“アーセナル・コア”の文字がでかでかとプリントされている。ああ、昨日山田が言ってたのはこれのことか。
 山田のほうを見ると、なにやら拳を握り締めながら震えていた。大丈夫だろうか。ついにゲーム脳が覚醒したんだろうか。あれだよ、ゲーム機が無くても脳内でゲームが出来るようになるみたいな。やべえ、それはニュージェネレーションだよ。半端ねえ。
「稼働日の翌日に大会……だと……。何を考えているんだ店員は……」
 ぶつぶつと呪いの言葉を発しながら、山田が大会の概要が書いてある張り紙の前で立ち尽くす。そうか、大会があるせいでプレイできないのか。そりゃあかわいそうに。俺は別に気にしないけど。
 そんな意気消沈している山田を見ていると、急にビクンと体を痙攣させ、財布を取り出し、何故かカード販売機の前へ走っていった。大丈夫だろうか。ついにゲーム脳が覚醒したんだろうか。あれだよ、WiiFitが無くてもフィットネスが出来るようになるみたいな。やべえ、それは普通に出来るよ。俺の考えが半端ねえ。
「相羽! 俺、大会に出てくるぜ! 見ててくれよな!」
「え、あ、うん。がんばれ」
 戻ってきた山田はそう言うと、人ごみの中へ走っていってしまった。なんだ、飛び入り参加も出来る大会ってのは珍しいね。
「どれどれ」
 さっき山田が見ていた大会の概要が書いてある張り紙を見る。なになに、この大会は全員が初期機体であることを前提にした大会です。コンシューマ版をやり込んだ凄腕のリンクス(店員)が、中盤機体に乗り込み、勇敢なる挑戦者を待っています。見事勝たれたお客様には、当店で使えるメダルを千枚どどーんとプレゼント。
 なるほど。こういう大会だったのか。しかし賞品に魅力が感じられないな。何が何でも客から搾取してやろうという店の思惑を隠そうともしてないね。いい根性だ。こりゃあしばらくは潰れないよ。
 大会概要の下に、ゲームの紹介が描かれている。このゲームは自分好みの機体を好きなようにカスタマイズ出来ます。パーツ数は400種類以上! 頭、胴、腕、足、ジェネレータ、FCS、そして武器。プレイヤーの数だけ、機体がある。カードを買うことによって、手に入れたパーツを保存することが出来ます。一人用のミッション、全国ネット協力用ミッション、そして、全国ネット対戦。全国のリンクスが、あなたを待っています!
 なるほどなるほど。あ、下に用語説明がある。えー、リンクス=パイロット。ネクスト=機体か。コンシューマ版とほとんど変わらないな。……しかし、だからこそコンシューマ版でネット対戦が出来るのにアーケードで出す意味がわからない。意味がわからない。
「おおーっと! ここで、新たな勇敢なるチャレンジャーの登場です! よろしければ、名前をどうぞ」
「俺のリンクス名は刹那・F・セイエイ。俺がネクストだ」
 アーセナル・コアのエリアで、客が盛り上がっている。こんな恥ずかしいことをマイクで喋っちゃってるのは間違いなく山田だよね。もうこのゲーセンじゃあ他人のふりをするしかない。
「相羽! 見ててくれてるか? 俺は勝つぜ! この、黒き疾風《シュバルツ・ヴィント》でな!」
 やめろおおおおおお。胸の辺りがもにゅもにゅする。
「初期機体の色を変えただけだというのに、なんというかっこよさ! では、バトルスタートです!」
 わけのわからない内に対戦が始まったようだ。さすがに名指しで呼ばれては見ないのもかわいそうなので、沸きに沸いている客をすり抜けながら、なんとかゲーム画面の見える方へ。
 なんかどでかい物の中に、山田が座っていた。あれだな、バーチャロンのダボォステックになんちゃらの絆みたいなモニターみたいな。外から見えてるあたり、中々あれだ。だって、山田ったら必死なんだもの。なんであんなにガチャガチャしてるんだよ。なんか恥ずかしくなってきた。たぶん、俺が音ゲーをやってるのを後ろから見ると、ああいう風なんだろうな、と。俺が恥ずかしくなる。もうやめてくれ、俺の中の何かが崩れていく。
「おおっと、チャレンジャー、中々に強い! 我が駅前店が誇る最強のリンクス、キラが押されているぞォォォ!」
「まさかこの僕が押されているなんてね」
「ネクストの性能の差が戦力の差でないことを教えてやる。――そこだッ!」
 ノリにノっている山田の画面に、敵機の姿が映る。それに、山田は左手に装備しているブレードで切りつけた。やべえ、なんか燃えてきた。おかしいよね、恥ずかしいのに。
「くッ、それでも、守りたい店があるんだァーッ!」
 店員が叫ぶ。すげえみっともないのに、この胸に熱くたぎるものはなんなんだぜ。山田が座る筐体の隣を見る。店員側のアーマーポイントが残り少ない。なるほど、特攻か。たぶん、ブレードで切ってからアサルトアーマーを展開するとか、そんなもんだろう。山田によくやられてたからわかる。
「見える!」
 山田が握る二つのスティックが、さっきまでにも増して激しく動く。画面を見ると、機体が180度ターンしており、これは、クイックターンだ……! 別に高等技術でもなんでもないが、このエリアを包み込む空気がなんだかとても凄いことのように見せてくれる!
 店員の機体が迫る。直後、山田の機体周辺が光り輝いた。
「あ、あれはーッ! AA、アサルトアーマーです!! 当方のリンクスが駆るネクストのアーマーポイントは、0ッ! バトル終了だァー! 勝ったのは勇敢なるチャレンジャー、刹那・F・セイエイだー!」
 ワアっ、と観客の歓声が空気を振るわせる。中心にいるのは、山田だ。そうだ、山田はやってのけた。初期機体でカスタマイズされた機体に勝つという偉業を。ゲーマーの名は伊達じゃない、ここに、平成生まれの底力を見た。俺はこの日を忘れないだろう、山田がとても恥ずかしいことをしたという現実を、深く心に刻み込もう。
 山田がインタビューに答えているのを遠めに眺めながら、俺はそう思うのだった。



 夕方。季節の所為だろうな、気の早い夕陽が頑張って空を目指すビルの合間へ落ちていく。そんな綺麗なカレーを思わせる風景も、肩を並ばせて歩いてる山田が台無しにしている。
「……とまあ、そこに来て俺の類稀なる機転を利かせて、AAさ。残りAPの少ない敵機はそのまま破壊され、ヴィクトリーロードが俺の前に開かれたわけさ」
「わかったからもう黙ってよ。俺は今すぐにでもあの恥ずかしい場面を忘れたいってのに」
 ああ、思い出してしまった。“それ”っぽい人たちに囲まれて、歯が空中浮遊しそうなことを笑顔で話す山田の姿を。俺は立ち尽くしているしかなかった。あの輪には入ってはいけない、入ったら、大切な何かを奪われるような気がしたから。
 頭を左右に振って記憶を飛ばし、前を向く。……ふと地面を見ると、長く伸びている影が目に付いた。俺たちの前を歩いている人の影だな。別に気になったわけでもなく、ちょいっと正面を見てみると、なにやら見覚えのある銀色が目に入った。あー、えー、なんだっけ。こう、思い出してはいけないような、パンドラの箱に眠る恐怖みたいな、なんだろうな。
「お、相羽、前歩いてるのって、もしかしてハインちゃんじゃね?」
「へ? 誰それ?」
 ハインちゃんかー、なるほどなー。そりゃあ知らないわ。その前を歩いているハインちゃんとやらを凝視すると、手に何かを持っている。なんだあれ。
「ちょっと俺、話しかけてくるぜ!」
 ……あー、思い出した。あの黒光りを忘れるほうがおかしいわ。よっぽど思い出したくなかったんだろうな、俺。なんで決して広くはないけど狭くはないこの街でこの場所で、わざわざあの銀髪女と出くわしてしまうんだ。こりゃあ逃げるが勝ちだな。
 俺は一応山田にやめとくよう言ったが、もちろん聞く耳は持っていなかったようで。しばらく眺めていると、山田の腹に銀髪女の拳がめり込んだ。言わんこっちゃない。というかあの女、誰にでもボディーにかますのな。やばいな真性だぜ。
 少し離れたところで展開される痛そうな光景から目を背けて、180度ターン。クイックターン。そういえば母さんに買い物を頼まれてたんだよね、買いに行かなきゃいけないよね。今はもう視界に入っていない山田に別れの一言を告げると、俺は全力ダッシュで家の近くにあるスーパーへ向かった。



 適度に思いスーパー袋を手に、俺は店から出る。出来合いのナンを大量に詰めた袋が、夕陽に照らされ輝いている。幻想的な光景だ。カレーにはなれないナンだけど、夕陽と組み合わせることによってこんなにも美しいものになるだなんて。
 そんなことを思いながら、下を見て歩いていたせいだろう。俺はなにやら固いものにぶつかってしまい、スーパー袋を盛大に吹っ飛ばしてしまった。
「うわああああああ! ナンがああああああ!」
 俺はぶつかった相手に謝ることすら忘れ、地面に散らばったナンを集める。……おお、さすがナンだ。ナンだけになんともないぜ!
「ナンだけになんともないぜ! ぶふおっ」
「ぶふー」
 自分で思いついた駄洒落を口に出し、自分で笑う。なんという生産的な行為だろう。だが、ぶつかった人がいるだろうと思われる方向、つまりは背後で、俺と同時に噴き出す音が聞こえた。まさか、俺と同じツボをもつ人間がいるというのか?
 スーパー袋を拾うのも忘れ、俺は振り返る。そこには、夕陽に照らされたジェントルとしか表現しようがない男が立っていた。黒のシルクハット、地味な色だが渋い持ち味を持つスーツ、口に蓄えられている見事なひげ。そして、極め付きは左手に持っているステッキ。なんということだ、日本にもイギリスライクなジェントルメンが生息していたのか。これはもしや新種発見ではなかろうか。サムライの国はいつのまにか、ジェントルによって侵略されていたのだ。
 生唾を飲み込む。目の前のジェントルジェントルしたオッサンは、何を言うのでもなく、俺の前に立ち塞がっていた。なんだ、なにか用でもあるのだろうか。……あ、そうだ、俺謝ってなかった。いけねえいけねえ。立ち上がり、ズボンについた砂埃を払い、オッサンに向き直る。
「あ、ぶつかってすみません。お怪我はないでしょうか」
「この私を笑わせるとは、大したものですね」
 ぶつかったとこ無視して、いきなりその話かよ! 謝ったことに対して何か言ってよ! なんて言えるわけもなく、俺は苦笑いするしかない。
 自慢じゃないが、俺は変人だ。言動はもちろん、考えていること、好きなものも変だと自覚している。もちろん、笑いのツボもだ。……つまり、俺と同じ笑いのツボを持つこのオッサンは、間違いなく、“変人”だ……!
「相羽光史君、ですよね。初めまして、ワタシは獄吏杵褌と申します。以後、お見知りおきを」
「ごくり……きねみつ……さんですか……どうも……」
 変な名前だ。なんて書くんだろう。なんか今日の山田と同じ匂いがする。オッサンは目の前でシルクハットを取り、お辞儀をしてみせると、俺を見つめる。
 あれ、変だな。何か変だ。具体的には言えないけど、何かが変な気がする。いや、俺も変だしオッサンも十分に変なんだけど、なんというか、ううん。
「相羽君、貴方を敵とみなしますが、よろしいですか?」
「へ?」
 そうだそうだ。なんでコイツ、俺の名前知ってんだよ。もしかして俺ってばいつの間にか有名人か。印税収入でいつの間にかウハウハ状態だったわけか。そんなわけないよね。おかしいよね。恐くなってきた。
「昨日の夜のことですよ。わかりませんか? 貴方はガーラック……ハインリーケ・ガーラックの仲間だと思うのですが。いえ、決定していますね。昨日の状況を聞く限り、貴方はガーラックの仲間なんですよ」
「へ……!?」
「そんなわけで、教えてほしいのですよ。ガーラックは今どこにいるか。そして、ガーラックの“能力”をね」
 なんだよ。なんなんだよ。俺が何をしたって言うんだよ。そりゃあね、昨日の夜はちょっとしたハプニングがあったさ。ああ、自他認めるハプニングだと思う。だがしかし、だからってこんな言いがかり。俺としちゃあ買い物を済ませて帰るだけだったはずなのに、なんだ、帰り道ってのはハプニングが起こるもんなのか? いや、相羽光史十七歳。まだまだ人生先は長く、まだまだ若年者ですが、それでもそんなことは統計学的に見てありえるはずもなく、それこそ二日連続で変な奴に絡まれるなんてことは、一度も経験したことが無かった。もちろん経験していないほうがいいだろう。けど、今まさに経験してしまった。どうしよう。
「おや、だんまりを決め込むと? それは肯定の意として受け取ってもいいのでしょうか?」
「ダメだダメだ! 俺は知らないぞ! 確かにお前の言うとおり、昨日は銀髪女と一悶着あったが、仲間だなんてとんでもない! むしろ俺は目潰しされている間に殴られて、罵倒され続けられるという、言わば被害者だ! マジで勘弁してください!」
「ですが、開道寺君が言うに、邪魔されたということですが。なるほどなるほど、飽くまで白を切るつもりなんですね。いいでしょう」
 何がいいんだよ。俺はよくねえよ。さっさと帰ってカレーコロッケを食べなきゃいけないんだよ。何が悲しくて日曜日にこんな変なオッサンに絡まれなきゃいけないんだよ。
 俺はとりあえず逃げるべく、じりじりと後ろに下がる。人気の無い住宅地だが、声を張り上げれば好奇心旺盛なおばさんが助けてくれるに違いない。ああ、違いない。
「逃げようとしても無駄ですよ。なんせ、このワタシから逃げられた人間なんて、ただの一人もいないのですから」
 やべえな、オッサンが何か言ってるぞ。なるべく内容は理解したくない。したら負けだと思ってる。
 幸運にも、オッサンは武器になるようなものは何も持っていない。昨日のように銃を突きつけられたりしたらさすがに逃げ切れる自信はないけど、相手はただの変な格好をしたオッサン、俺は天下の高校生。自慢じゃないが、体育の成績はいいつもりだ。通信簿は4だけどな。
 よし。逃げよう。
 そう思うが早く、俺はオッサンに背を向けて走り出す。スーパーの袋? 置いてくよ。カレー関係は入ってないしな。母さんには悪いけど、さすがに息子の命と買い物の品を天秤にかけるようなことはしないだろう。
「……逃げられないんですよ」
「へ?」
 背後から声がした。ささやくような声。そう、ささやくような声だ。つまりだな、オッサンは俺のすぐ背後にいるというわけだ。なんだそれ、速過ぎるだろ。最近のオッサンは足が速えんだな。参ったわ。
 それでも逃げる。が、肩を物凄い力で掴まれて、そのまま地面に押し付けられるように、俺は膝を付いた。
「自慢じゃないですが、ワタシ、背筋力は250ほどあるんです。握力は70超えてますね。100mは11秒ですよ」
 後ろを向くと、勝ち誇った顔を浮かべるオッサンが夕陽を背に立っていた。
 思うんだけどさ、なんでお前ら、そんな風に勝ち誇ってるわけ? いや、オッサンが強いのはよくわかったよ。でもさ、なんでその強い奴が俺みたいな普通の高校生捕まえて勝ち誇ってるわけ? なんなの、楽しいの? しかもやくざもビックリな言いがかりをつけてまで。おかしいだろこいつ。
「それでは、やらせていただきますね、“投獄”」
 右手で俺の肩を掴み、地面に押し付けたまま、オッサンが変なことを言う。わけがわからないけど、投獄と言うからには俺を豚箱へ送りつけるらしい。あれほどの言いがかりを思いつくくらいだ、とんでもない理由で俺を警察に突き出すのだろう。
 勘弁してくれよ! さすがにそれは困る! 主に母さんに悪い!
 こんなところで警察のご厄介になるわけにはいかない。意味の無い抵抗だとは思うけど、俺は力を振り絞ってオッサンのズボンを掴む。……直後、オッサンの顔が歪んだ。
「な、それはいけないことだ――」
 オッサンの声が俺の耳に届くか届かないか。瞬間、俺は“跳んだ”。



 ううん、なんだ、ここ。頭が混濁したまま、倒れていたことに気付き、起き上がる。辺りを見渡し、開口。
「へああ」
 俺の周りには住宅地があり、夕陽が消えかけてて、傍には落ちたスーパー袋が。――全部無かった。
 なんなんなんだこれ! なんだろう、あのアニメとかでよくあるわけのわからない空間を表現している効果が現実で使われてるみたいな。こう、全てが極彩色でうねうねしていてあれだ、異次元だ。そうだよ、ここは異次元なんだ! 俺はオッサンに豚箱へ送られるくらいなら、と、なんか変な力に覚醒してこの場所へ逃げたに違いない!
 テンションが上がってきた所で、俺は何かを踏んでいることに気付く。やべえ、オッサン踏んでた。
「おいオッサン、大丈夫かよ」
「ううむ……はっ!」
 襲いかかってきたとは言え、俺の能力に巻き込まれて死なれるのは困る。オッサンが反応したことで安堵すると、俺はオッサンから降りる。そうだね、降りてから起こせって話だよね。思いつかなかったよ。
 オッサンはさっきの俺と同じように、きょろきょろと覚束ない動きで辺りを見渡す。しょうがねえ、俺が現実を教えてあげよう。
「オッサン、認めたくはないと思うけど、ここは異次元だと思う。隠された能力が発動したことにより、ここに跳んだんだよ。まあ、巻き込まれたのはあれだけど」
 俺は嘘をつく。うん、自覚してる。だってそう考えないとわけわかんないし。マジ、異次元とか笑うしかないんだけど。アニメじゃあるまいし。なにが隠された能力だよ。
 だが、オッサンの反応が何やらおかしい。体をプルプルと震わせている。どうしたんだ。もしかして、“持病”とかいうやつか!? ここにきて、持病が発動か!?
「何故、ワタシの能力を貴方が知っているのですか!」
「へ?」
 俺がどうでもいいことを考えていると、オッサンが急に取り乱しながら叫んで、俺の傍から飛び退く。……え、なんかしたか俺。なにもしてないよな。変なことしか考えてなかったよ。わけがわからずオッサンを見つめていると、オッサンはハッと気付いたように咳を一つ、始めてあった時と同じような落ち着いた物腰に戻る。なんだコイツ。
「相羽君、どうやらワタシは貴方のことを見くびっていたようです。確かに、相手の能力がわかる能力となると、あの乱射魔ガーラックが仲間に引き入れたというのも頷けます」
「え、話がよく見えないんだけど。俺はそのガーラックとかいうやつなんて知らないし、そもそも能力とかオッサン頭大丈夫かよ」
「なるほどなるほど、貴方は普段からそうやって馬鹿を装い、相手の能力を探っていたわけなのですね。……貴方の言うとおりですよ、ワタシには手で触れた相手を異次元へ跳ばすことが出来る能力を持っています。まあ、相手から触れられると、ワタシも一緒に跳ばされてしまうのが難点ですがね」
 ……なんかオッサンの話じゃ、俺がすごい奴になってんのな。どうしよう、このままじゃ“先程までは侮っていました。今から本気モードです”なんて言いだしかねないぞ。
 まだ状況がうまく把握できてないけど、とにかく、オッサンはやばい奴だってことはわかった。同時に、俺が思っていたよりも、この世界は不思議なことが起こりうるってことがね!

『――でもね、この世界はほんの少しだけ、“特別”なことが起こるのよ。十五年前にアレが落ちてきてからね』

 こんな時に、銀髪女が言っていたことを思い出す。なるほど、確かに不思議じゃ片付けられないことだわ。目の前でオッサンがステッキを地面――そもそも地面が無いんだけどね――に打ち付け、鋭い視線で俺を見据える。やる気満々だよこのオッサン。俺としちゃあそろそろ説明とか欲しいんだけどな。
 ……はあ。なんか、最近逃げてばっかだな俺。でも、どうしようもないよね。逃げるしかない状況のほうが悪い。と、いうわけで。
「待ちなさい!」
 俺はオッサンの制止を無視して、当ての無い異次元を走り始めた。




次回:第三話『プリズン・ブレイクォ!』
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