『先の可能性』
『先の可能性』
普段は三階までしか行く機会はないけど、今日に限っては五階まで上り、さらに屋上までの階段を上る。地味に疲れる。正直この時点でめんどくさい。なんで俺がこんな面倒なことをしてまで部長に会わなければいけないのか。考えれば考えるほど別に会わなくてもいいように思えてくる。ほんとに部長はやばい。この俺がやばいって言うのは相当やばいんだぞ。
屋上に続く扉を開けると、落ち始めた太陽が目を刺激する。単純に言えば眩しい。目が慣れると、あやふやな記憶通りの場所にプレハブが我が物顔で屋上の中心に居座ってるのを確認できた。やっぱ景観的に考えてこの配置はおかしい。センスを疑うわ。
俺は覚悟を決めてプレハブに近付き、扉を軽くノックした。俺も部員っちゃ部員なんだけど、なんかもう久しぶりすぎて他人行儀になっちゃう。しばらく待つと、プレハブの中から物音が聞こえて、扉が開けられた。
「こんちゃっす。どもっす。俺っす。俺」
「……誰」
プレハブから顔を出したのは、全然知らない人だった。背の低い女の子。なんというかほんとに背が低い。来る学校を間違えてるんじゃないのか。ここは小学校じゃないですよ。あと、俺にその変質者を見るような目を向けるな。俺は変人だけど変質者じゃない。
俺は苦笑いを浮かべて、中に入りたいとジェスチャー。全然伝わってない。それどころか、女の子は無言でプレハブに戻ろうとしている。それはまずいな、まずいぞ。
「あのさ、部長いる? ちょっと話があるんだけど」
「今、呼びます」
すんでのところで女の子を引き止めて、部長を呼ぶように頼んだ。案外普通に了承してくれた彼女はプレハブに戻り、中で誰かと話しているようだ。とうとう部長とのご対面か。
ちょっと肌寒いかなあ、なんて考え始めた頃、プレハブの扉が開いた。中から出てきたのは、ああ、知ってる顔だ。
「うっす、久しぶりっす部長。俺っす。俺」
「……誰」
不機嫌そうな顔で出てきたのは、間違いなく部長だった。この巨乳具合は間違いないね。アレが無かったら、彼女はこの学校においてそれ相応の人気があったことだろう。神様は残酷だよね、二物どころか余計な三物目まで与えちゃったんだから。
俺は自分の持ちうる最大の爽やかさを誇る笑みを浮かべながら、部長の辛すぎる一言目に応える。
「冗談は止めてくださいよ部長、相羽ですよ。あんたが俺を無理矢理入部させたんでしょうが」
「ああー、はいはい、相羽ね。一年以上サボってたクソったれ幽霊部員が今更のこのこと何の用さね」
持ち前の長い黒髪を揺らしながら、尚も変わらない不機嫌そうな表情で俺を見つめる部長。なんというか怒ってるよね。そりゃあ確かに来なかった俺も悪いと思うけどさ、でも無理矢理入れたのはそっちなわけだし、むしろ逆切れに近いんじゃねえの、と声を大にして言いたい。でも俺は言わない。だってこの人やばいし。
見るからにイライラしてる部長をなだめるべく、俺は口を開く。
「あのですね、とりあえずクラスメイトCに言伝を頼まれまして、今日は来れないとのことです。はい」
「クラスメイトC? 誰?」
「冗談は止めてくださいよ部長、ムーを片手に未確認飛行物体を追い求めてるクラスメイトCですよ」
「はいはいはい、思い出した。確かに昨日、そんなことを言ってたわ」
ぽん、とわざとらしく掌を拳で叩き、納得する部長。なんとなく機嫌は直ったっぽいな。よしよし。
「そんなわけで失礼しますね」
俺はなるべく自然な流れでプレハブの中へ入ろうとしたが、後一歩のところで靴のつま先を部長に思いっきり踏まれ、立ち止まる。なにすんだよこのビッチクソ痛いんですけど、この女ほんと一回屋上から突き落としてやったほうがいいだろ。なんて、恐ろしいことを考えてしまうくらい恐ろしく痛かった。ちょっと涙目になる。そんな目で部長を見れば、敵対心ビンビンな瞳が俺を捉えてた。こりゃあまずい、殺される。しかし、ここで引き下がればここに来た意味が無いというか無いというか無いよね。負けねえぞ。ぐりぐりと踏みにじられる内履きごと屋上へ入ろうとするが、踏まれた左足が全く動かない。どんだけ重いんだよ。ダイエットしろよ。というかつま先の感覚が無いんだけどさ、これってやばいのかな。やばいだろうね。
「ごめんなさい」
謝るしかなかった。なんで部員である俺が部室に入ろうとしただけなのにこんなことをされなきゃいけないのか。でも痛いのは嫌だから謝る。
俺に進む意思が無いとわかったんだろう、部長は力を緩める。が、怒った口調を隠そうともせず喋り始める。
「ここは天下の天文部なわけ、わかる? おいそれと部外者を入れるわけにゃいかんのよ」
「ところがどっこい俺は部員なんですけど!」
「ちゃんと活動するなら部員だと認めてあげなくもない」
「えー」
正直部活動とか全くやる気がない。バイトのほうが金になるし面白い。部活動をやるくらいなら、俺はインドに行って本場のカレーを食べてくるね。そうだよ、資料を見る以外にメリット無いじゃん。あほらしすぎる。
けど、と。思いとどまる。ここで諦めて家に帰り、カレースープを飲むだけで一日を終わらせるとか、俺って結構ダメな子なんじゃないのか。このまま俺ったら事なかれ主義の日和った人生を送って、髪のハゲ加減だけを気にするつまらない終わりを迎えるんじゃないのかと、そんなことを想像してしまった。いや、実際そんなことはありえないだろうけど、ここで面倒だからって理由で帰っちゃいけない気がする。なんとなくそんな気がするぞ。
帰る気満々でプレハブに背を向けてた俺は、プレハブに向き直る。部長はまだ俺のことを見ていた。しょうがねえ、活動とやらをしてやろうじゃないか。
「活動するから入らせてくださいね」
「態度と言い方と主に顔が気に食わないけど、その意気や良し。入りなさいな」
言われたことはあまりにもひどいけど、わりとあっけなく入ることが出来た。