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二日目(5)

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 銘探偵、大塩平八郎は【不死身】の銘探偵だった。

 この表現はことばの綾などではなく、文字通りの意味だった。千切れた腕も、断たれた足も、潰れた眼球も、破裂した内臓さえも、瞬時に回復する能力を持っていた。
 そのことを知っているのは、大塩自身と助手の生田、水野の三人だけ。仕事で組んだとき、その秘密を知らされたのだった。
 はじめは、嘘だと思った。
 そんなファンタジー世界でしか通用しない体質が、現実に存在することに、水野はみずからの目をまずはじめに疑った。
 けれどどんなに思考を繰り返しても、間違っているのは現実のほうだった。
 ――細胞のひとつひとつに指令を送り、再分化を促進させている。
 と、大塩は説明した。
 確かにそういう理論もある。が、人間の意識がそんな離れ業をやってのけれるはずがない。かと言って、奇術で用いられるようなトリックで再現できるとも思えない。
 やがて、考えることが仕事の水野は、そのことについて思索するのを止めた。
 あまりに現実離れした能力の前では、どんな理屈も陳腐に思えたのだ。

 ――あいつが、死ぬなんて……
 ゆえに、大塩が殺されたという知らせは、信じがたい出来事だった。


 水野は走っていた。全速力で、目に入る風景がすべて後ろに消えていく。頬をなでる風はぬるく、全身から汗が吹き出た。

 ――頭が、残っていた。

 角を曲がる。遠くからサイレン音が聞こえる。着実に、近づいている。

 ――そのメカニズムはよくわからないが、大塩は自分の細胞に指令を出して、失った部分を蘇らせているといった。

 細胞分裂。
 通常の細胞は、分裂を五〇回から七〇回繰り返せば、止まってしまう。それ以上は増えることなどなく、朽ちていくだけ。
 だが彼の場合は違う。彼の細胞は無限に増殖する。限界などない。瞬時で、元通りの部位を形成させてしまう。

 ――ならば、その司令塔である頭が残っていれば、回復できたのではないか? 

 いくらケモノに襲われたからといって、脳天を貫かれ、意識する暇さえなかったというわけではないのだ。残っていた大塩の頭は、それとわかるほど、原型をとどめていた。
 回復できないはずがない。
 どうやら追っ手は巻くことができたらしい。パトカーのサイレンも、通りを走る車の音にかき消えてしまっている。
 どこにいくべきか、目標は立てていた。
 探偵、大塩平八郎の事務所。
 助手の生田万が、そのまま事務所に残っていることを祈った。大塩が告げたかった、大切な用――とは、一体何なのだろうか。

 ※

 こんな記憶がある。
 画質の粗い動画のように、不鮮明で不適切な。思い返すだけで脳の奥が紙やすりでがりがりがりと削られていくような、忌々しい過去。
 思い出すだけで、あのときの苦痛が喉の底から、しかし鮮明に蘇ってくる。
 二年前、水野は生死の境をさまよった。
 船の沈没。不毛の孤島。消えていく命。苦しみだけを凝縮した一週間だった。
 そこで、水野はある光景を目撃した。
 同じく漂流者――船上で出会った探偵、大塩平八郎の助手、生田万が、ひとり隠れて口を動かしていたのだ。
 どうしたのだろう?
 朦朧とした視界をじっと凝らして、その口元に焦点を絞る。

 水野は、信じられないものを見た。
  
   
     
 
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