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苗ちゃんの酢豚の話2

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 2階のあっちのドアあけると、そこにはイヤホンをして、にやにやしながら、窓を見つめている菊蔵の横顔があった。
人間味をとりもどしてきた白い肌と、よく整った菊蔵の横顔は、僕が見ても感動するくらいだった。
吉田が一歩を踏み出すと同時に、菊蔵はイヤホンをとり、こっちに振り向いた。
「久しぶりですね、有松君、吉田」
「なんで俺だけ呼び捨てなんだよ」と吉田。
「よろしく」と僕。
「…そんな改まった言葉でなくてもいいぞ」と吉田。
「わかりました」と菊蔵。
「菊蔵、何の曲聞いてにやにやしてたんだ?」と吉田。
「筋肉少女帯」と菊蔵。
「筋肉少女帯?ってあの大槻ケンヂの40オーバーのバンドか」
「うん、そうだよ。いい曲をたくさん作っている」
「へえ。俺にも一曲聞かせてくれよ、筋肉少女帯の曲」
「ああ、わかった。有松は筋少知ってるの」
「えーと…その、知ってるよ。よく聞いてる」
「うひゃああ。てことは同じ筋少ファンなんだ!」
「まあそうなるかな」
「うおおおおおおおおおおおあああああ。。やばい、嬉しすぎて涙が…」
菊蔵が涙すると、吉田と僕はなぜだか笑けてしまい、つい大きな声で笑ってしまった。
「有松は、筋少じゃどんなのが好きなんだい」
「えーっと…、どれも好きでいい曲ばかりだけど…。強いていうならサンフランシスコかな。橘高さんのギターとエディのピアノが、もうやばい」
「あばばば…。僕も好きなんだよ、サンフランシスコ。こう、言葉でうまく言えないけど、こうなんかいいよね。サンフランシスコ」
「うんうん、泣けるよね」
「泣けるよね」
筋少の話は、それから20分近く続いた。筋少の話をしている時の菊蔵の顔は、本当に嬉しそうだった。絹子ちゃんの一件から、完全に立ち直って
くれたようで、とてもうれしかった。それと、なぜ筋少の話が20分で終わったかというと、苗ちゃんの部屋に入ってみよう、
ということになったからだ。言いだしっぺは、話になかなか入り込めなかった吉田だった。

 苗ちゃんの部屋は、2階の一番日当たりの悪い、薄暗い場所に位置していた。(これはなぜか菊蔵が知っていて、誘導してくれた)
部屋の前に行くと、僕らは立ち止まり、あたりを見回した。まわりには誰もいなかったので、吉田が真っ先にドアを開けて苗ちゃんの部屋へと
入ってしまった。続いて、菊蔵も入ってしまったが、僕はなぜか苗ちゃんの部屋に入ることができなかった。ばれたらどうしよう、とかそういう
問題でなくて、「もし悪い意味でショックを受けてしまったらどうしよう」と思っていたからだ。わずか10^-0秒ほど考えた結果、僕は苗ちゃんの
部屋に入ることに決めた。ドアの先…すなわち、苗ちゃんの部屋はものすごくよく片付いており、ヌイグルミなどがあり、とってもラブリーな
仕上がりだった。机には、筋肉少女帯のCD「大公式」が置かれていて、それに菊蔵は興奮していた。僕は、違う意味で興奮していたけど。
僕は、部屋全体を見まわした。が、苗ちゃんの下着は見つからなかった。
「おい、何苗の下着探してんだよ」と吉田いう。ちくしょう、吉田はなんて勘がいいやつなんだ。ばれてしまった…。
「べ、別に探してなんか…」と悟りを開く素振りをし、たまたま目に入った閉められたカーテンの下にある、「和紙で書かれた手紙」を指差した。
話題は、「和紙で書かれた手紙」へと移行することができた。これで下着を探すことに専念できる。が、苗ちゃんの下着はいっこうに見つからない。
「あの手紙、なんだろうか」と菊蔵、手にとる。
その手紙は、遺書だった。
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