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デブシマ7話『神経衰弱』

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「では、先攻後攻を決めるためにちょっとしたゲームをしてください。簡単です、二人でカードを引いて大きい数字の者が決定権を得る。それだけです」
 黒瀬の言葉に従ってシマとデブチィが液晶に手を伸ばした。
 ちなみに同じ数字だった時はスペード、ハート、ダイヤ、クラブの順番で強弱が決められている。
 スペードは軍隊、ハートは教会、ダイヤは商人、クラブは農民を意味する。
 中世の力関係の名残である。
「ハハ、こんなところで運は使いたくないな」
 笑ったのはデブチィである。スペードのエース。問答無用で最強のカードだ。
 シマが引いたのはクラブの2。どういう綾か、最強と最弱の札をそれぞれ選んだわけだった。
 黒瀬がチラチラと心配そうな視線を送ってくるが、シマは肩をすくめて受け流した。
 心配するな、という意図を感じて少し黒瀬は肩から力を抜く。
「当然、先攻で始めるぜ」
 デブチィは口ひげを撫でながら、ニヤニヤと痴漢じみた笑みを浮かべる。
「……では、蟹場様がまず先攻。以降はゲーム終了まで先攻後攻は入れ替わりとなります」
 黒瀬は舌打ちしたい気分を抑えるのに苦労していた。
(普通の神経衰弱だったら、後攻の方が有利なんだ。先攻は一発で絵を合わせるなんてなかなかできないけど、二枚オープンされた後の後攻なら見えた札を引ければ、ほぼ確実に絵合わせできる。
 ただ、すべて一瞬とはいえオープンしてからの先攻だと確実に何ペアか持っていかれる。
 後攻が勝つには、先攻を上回るほどの記憶力を発揮して一気に勝負を決めるしかない――!)
 黒瀬はぎゅっと拳を握り締めた。
「黒瀬さん、黒瀬さん」
「はい?」
 シマは手を合わせて拝んでいた。
「タバコください」
「はあ?」
 思わず地で返してしまってから、こほんとまた咳払いして調子を直した。
「構いませんが、一服している場合では……」
「いいから、一箱全部ちょうだい」
「……どうぞ」
 黒瀬は懐から自分のために買ったはずのタバコを投げ渡した。そこでデブチィが顔をしかめているのに気づき、肝を冷やした。
「あ、も、申し訳ありません。おタバコは苦手でしたか」
「いや、いいよ。吸いなよ。どうせ最後の一服になるんだ」
「優しいオジサン。ありがと」
 シマは百円ライターで先端に火をつけると大して美味そうでもなく吸い始めた。
「……では、カードをオープンします。お二方とも、よくよくご注意なされますよう」
 デブチィが目を干し梅みたいに細め、シマは紫煙越しに眠たそうな視線をカードの裏面へ向けていた。
 パッ、と一瞬だけすべてのカードがその姿を現し、また隠れた。
 シンと空気が凍り付いている。言葉を発していいものか黒瀬はちょっと躊躇した。
「それでは、蟹場様からゲームを始めてください」
 デブチィは重々しく頷くと、巨大な腕を伸ばした。



 ダイヤの8とスペードの8。
 デブチィは初っ端でそれらの絵を合わせた。
 トランプの枚数は52枚。すべてのカードにペアがあるので、絵合わせが発生するのは26回。
 すなわち先に14回合わせれば勝利となる。
(デブチィが先攻でどこまで取れるかが、結局勝敗を大きく左右するだろうな……向こうから指定してきたゲームだ、相当慣れているはず)
 黒瀬の思惑通り、デブチィは軽快に4連続で絵合わせ達成。
 残りは10ペア。それで勝負は決してしまう。
(そろそろ間違えてもいい頃合だ。一瞬見ただけで8枚覚えるなんてすげぇけど、きっとシマだって負けちゃいねえ)
 見ると我らが気丈なる勝負師シマは顔色ひとつ変えていない。変わったことと言えばタバコが短くなっていることくらいだ。
 デブチィが新たなカードに触れた。
(さぁミスれ! そんなに覚えきれるもんか!)
 完全に中立の立場を忘却している黒瀬の目に映りこんだのは、しかしやはり合わせられた6と6。
(次こそ!)
 JとJ。
(さすがに!)
 2と2。
(ないだろ!)
 4と4。
(ここが限界に決まってらァ!)
 4と4。
(……ホントに、覚えてんのか?)
 5と5。
(……もう、いいキリだろ!)
 QとQ。
(…………)
 KとK。
 12ペア達成。
 あと1ペアで敗北はなくなり、2ペア目で勝利が確定する。
「すごい記憶力だね」
 ため息。
「勝てないな」
 ハハハ、とデブチィは快活に笑う。その様は気のいいオジサンにしか見えない。
「なに、偶然さ。ただのバカヅキ。一回戦勝負じゃないのが悔やまれるよ」
 そう言ってデブチィはまた絵を合わせた。これで13ペア。
 デブチィは卓下に下ろした左手で自分の太ももをつねって、笑みを必死でこらえていた。
 もちろんこの連続絵合わせは偶然などではない。
 デブチィは容姿こそ恵まれなかったものの、多々の才能を持って生を受けた。
 料理の腕もそのひとつであり、またもうひとつ突出した能力を有していた。
 彼は一度見たもの、それを脳内に写真のように保管しておくことができる。
 瞬間記憶能力者だったのだ。
(だから、俺は負けない)
 デブチィは思う。
(一度すべてオープンするこの神経衰弱で、先攻である限り……俺は必勝無敗だ。
 わずかな可能性……俺を後攻に回しての、先攻のストレート勝ち。
 それも三回戦のうち二回戦を俺が先攻で始める以上……
 シマあやめ。
 おまえに助かる道は、ない……!)
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