3.ごうどうくんれん
―1―
「『USロボティクスとの合同訓練』ねぇ……」
羽淵久美は先程受け取った書類を眺め、ぼそっと呟いた。
他社との合同訓練合宿。
富士とつくばの各訓練施設に、それぞれから選抜された社員が集まり訓練を行う。
カシマとの合同訓練なら毎年行われているが、それとはまた別の企画ということらしい。
「何でまたウチの部署に回ってくるんだろうねぇ。
どう思う、柴島?」
彼女は、傍らでキーを叩いている補佐役に尋ねた。
「どうもこうも、上の決めたことですから。
私達はそれに従うだけです」
「ホントに真面目だねぇ」
きっぱりと言い返す礼華に対し、彼女はそう言って笑った。
「それはともかく」
と、久美が話題を切り替えた。
「この課の該当人員は私を含めて7名。
私はちょっとした用事で参加できないから、実質ウチから出せるのは6名だ。
さて、お前はどっちで訓練がしたい?」
彼女が問うと、礼華の手が止まった。
彼女は、しばし考えるような素振りを見せた後で、
「富士の方で訓練を行いたいと思っています。
昨年はつくばでしたので」
と答えた。
久美が軽く頷き、言った。
「そうかい。それなら、そういう方向で調整を進めておくよ」
「お願いします」
礼華が席を立ち、部屋から出たところで、久美は受話器を取った。
そして、書類に書かれた電話番号を素早くダイヤルする。
数秒のコール音の後応答が返ってくると、彼女は担当者に用件を伝えた。
「富士の合宿に参加するメンバーの名簿を送って頂けますか。
ええ、eメールでお願いします。アドレスは……」
「『USロボティクスとの合同訓練』ねぇ……」
羽淵久美は先程受け取った書類を眺め、ぼそっと呟いた。
他社との合同訓練合宿。
富士とつくばの各訓練施設に、それぞれから選抜された社員が集まり訓練を行う。
カシマとの合同訓練なら毎年行われているが、それとはまた別の企画ということらしい。
「何でまたウチの部署に回ってくるんだろうねぇ。
どう思う、柴島?」
彼女は、傍らでキーを叩いている補佐役に尋ねた。
「どうもこうも、上の決めたことですから。
私達はそれに従うだけです」
「ホントに真面目だねぇ」
きっぱりと言い返す礼華に対し、彼女はそう言って笑った。
「それはともかく」
と、久美が話題を切り替えた。
「この課の該当人員は私を含めて7名。
私はちょっとした用事で参加できないから、実質ウチから出せるのは6名だ。
さて、お前はどっちで訓練がしたい?」
彼女が問うと、礼華の手が止まった。
彼女は、しばし考えるような素振りを見せた後で、
「富士の方で訓練を行いたいと思っています。
昨年はつくばでしたので」
と答えた。
久美が軽く頷き、言った。
「そうかい。それなら、そういう方向で調整を進めておくよ」
「お願いします」
礼華が席を立ち、部屋から出たところで、久美は受話器を取った。
そして、書類に書かれた電話番号を素早くダイヤルする。
数秒のコール音の後応答が返ってくると、彼女は担当者に用件を伝えた。
「富士の合宿に参加するメンバーの名簿を送って頂けますか。
ええ、eメールでお願いします。アドレスは……」
―2―
社がチャーターしたバスの中は、社内とは変わって開放的な雰囲気に満ちていた。
あたかも旅行している気分になっている者がはしゃいでいるかと思えば、
連日の出動で疲弊しているのか、いびきを立てて眠りこけている者がいる。
中には、黙々と携帯端末を構っている者や、乗り物酔いでぐったりしている者もいる。
そんな中で、礼華、優希、莉那の3人は最後尾の席に並んで座っていた。
「どいつもこいつも、慰安旅行気分とは……。
まったく、勘違いも甚だしい」
そう言って憤慨する礼華を、優希が宥めすかした。
「まあまあ、落ち着いて。
皆こういう時にしか遠出できないですし、ちょっとした旅行みたいなものですから」
「とはいえ、これは羽目を外し過ぎている。
今回の目的をちゃんと把握できているとは到底思えないが」
彼女はそう言い返し、険しい表情になった。
「礼華は考えが堅過ぎる。もっと柔軟な思考を持たなければ駄目」
分厚い本に目を向けたまま、莉那が呟いた。
そんなことはない、と礼華はすぐさま言い返したが、
「多少の息抜きは許容するべき。
休息のない人生は思考の低下や老化の促進に繋がる」
と言い返されると、何も言い返せなくなってしまった。
「ま、まあ、多少の休息は必要だ」
そう言ってシートにもたれ掛かると、彼女は目を瞑って黙り込んだ。
「ところで、莉那ちゃんの読んでる本だけど」
と、優希が莉那に話を振った。
「何?」
「いつも何を読んでるのかなーって思って」
莉那はぱらり、とページを捲って答えた。
「グリム童話」
「へぇ……意外と簡単そうなものを読んでるんだ」
そう言って、彼女はページを覗き見ようとした。
が、そこにはアルファベットやら奇妙な記号やらが羅列しているだけだった。
「ただしドイツ語とアラビア語」
思い出したかのように、莉那が補足説明を加える。
「な、なるほど」
大いに混乱した表情で、優希はそう呟いた。
やがてバスは、訓練場付近の旅館に到着した。
周囲に数件の民家がある他は、鬱蒼と茂る森林に覆われている。
大都会とは正反対の風景に、参加者達は驚きと興奮と感嘆の入り混じった声を上げた。
「礼華さん、森ですよ森!
こんな風景、テレビ番組やネットでしか見たことないですよ!」
「わかったわかった」
見慣れぬ風景に大はしゃぎの優希と対照的に、礼華は何とも思っていないようだ。
莉那はといえば、一切本から目を逸らそうともしない。
三者三様の反応を見せた3人は、他の社員たちとともに旅館の中へと案内された。
ロビーには、直前に到着したらしいUSR社の社員たちが集まっていた。
それを見た礼華の表情が、突然凍りついたように固くなった。
「ん?礼華さん、どうかしました?」
「マズい……」
一点を見つめたまま、彼女がいかにも危機的な表情で呟く。
その先にいる女性社員は、小柄な金髪の少女と楽しそうに会話している。
その姿に、不審な点は一切見受けられなかった。
「どこもマズくないですよ?
さあさ、早く部屋に上がって荷物を置いてきましょう」
そう言って、優希が彼女の背をトンッと軽く押した。
「わぁっ!?」
よろけるようにして前に飛び出し、礼華は人込みに危うくぶつかる直前で止まった。
ホッとため息をついて顔を上げた先には――。
「あれ、礼華?」
キョトンとした表情で彼女を見つめる橘沙織の顔があり。
「な!?いや、その……」
彼女が戸惑っているうちに、沙織の両腕が彼女をがっしと抱きしめていた。
「うわーっ、久しぶりじゃない礼華!さおちゃん心配してたんだよぉー」
「っ!!??」
「お互い積もる話も山盛りあるだろうからね。
今夜はじっくり語って夜を明かそうではないかっ!」
暴走としか言い表しようのないテンションでまくし立てる沙織に、
完全に礼華が翻弄されている。
その様子を目の当たりにして、優希は唖然とした表情のままその場に立ち竦んでいた。
どよめきが広がるロビーに、本のページを捲る音が微かに響いた。
社がチャーターしたバスの中は、社内とは変わって開放的な雰囲気に満ちていた。
あたかも旅行している気分になっている者がはしゃいでいるかと思えば、
連日の出動で疲弊しているのか、いびきを立てて眠りこけている者がいる。
中には、黙々と携帯端末を構っている者や、乗り物酔いでぐったりしている者もいる。
そんな中で、礼華、優希、莉那の3人は最後尾の席に並んで座っていた。
「どいつもこいつも、慰安旅行気分とは……。
まったく、勘違いも甚だしい」
そう言って憤慨する礼華を、優希が宥めすかした。
「まあまあ、落ち着いて。
皆こういう時にしか遠出できないですし、ちょっとした旅行みたいなものですから」
「とはいえ、これは羽目を外し過ぎている。
今回の目的をちゃんと把握できているとは到底思えないが」
彼女はそう言い返し、険しい表情になった。
「礼華は考えが堅過ぎる。もっと柔軟な思考を持たなければ駄目」
分厚い本に目を向けたまま、莉那が呟いた。
そんなことはない、と礼華はすぐさま言い返したが、
「多少の息抜きは許容するべき。
休息のない人生は思考の低下や老化の促進に繋がる」
と言い返されると、何も言い返せなくなってしまった。
「ま、まあ、多少の休息は必要だ」
そう言ってシートにもたれ掛かると、彼女は目を瞑って黙り込んだ。
「ところで、莉那ちゃんの読んでる本だけど」
と、優希が莉那に話を振った。
「何?」
「いつも何を読んでるのかなーって思って」
莉那はぱらり、とページを捲って答えた。
「グリム童話」
「へぇ……意外と簡単そうなものを読んでるんだ」
そう言って、彼女はページを覗き見ようとした。
が、そこにはアルファベットやら奇妙な記号やらが羅列しているだけだった。
「ただしドイツ語とアラビア語」
思い出したかのように、莉那が補足説明を加える。
「な、なるほど」
大いに混乱した表情で、優希はそう呟いた。
やがてバスは、訓練場付近の旅館に到着した。
周囲に数件の民家がある他は、鬱蒼と茂る森林に覆われている。
大都会とは正反対の風景に、参加者達は驚きと興奮と感嘆の入り混じった声を上げた。
「礼華さん、森ですよ森!
こんな風景、テレビ番組やネットでしか見たことないですよ!」
「わかったわかった」
見慣れぬ風景に大はしゃぎの優希と対照的に、礼華は何とも思っていないようだ。
莉那はといえば、一切本から目を逸らそうともしない。
三者三様の反応を見せた3人は、他の社員たちとともに旅館の中へと案内された。
ロビーには、直前に到着したらしいUSR社の社員たちが集まっていた。
それを見た礼華の表情が、突然凍りついたように固くなった。
「ん?礼華さん、どうかしました?」
「マズい……」
一点を見つめたまま、彼女がいかにも危機的な表情で呟く。
その先にいる女性社員は、小柄な金髪の少女と楽しそうに会話している。
その姿に、不審な点は一切見受けられなかった。
「どこもマズくないですよ?
さあさ、早く部屋に上がって荷物を置いてきましょう」
そう言って、優希が彼女の背をトンッと軽く押した。
「わぁっ!?」
よろけるようにして前に飛び出し、礼華は人込みに危うくぶつかる直前で止まった。
ホッとため息をついて顔を上げた先には――。
「あれ、礼華?」
キョトンとした表情で彼女を見つめる橘沙織の顔があり。
「な!?いや、その……」
彼女が戸惑っているうちに、沙織の両腕が彼女をがっしと抱きしめていた。
「うわーっ、久しぶりじゃない礼華!さおちゃん心配してたんだよぉー」
「っ!!??」
「お互い積もる話も山盛りあるだろうからね。
今夜はじっくり語って夜を明かそうではないかっ!」
暴走としか言い表しようのないテンションでまくし立てる沙織に、
完全に礼華が翻弄されている。
その様子を目の当たりにして、優希は唖然とした表情のままその場に立ち竦んでいた。
どよめきが広がるロビーに、本のページを捲る音が微かに響いた。
―3―
「ハァ……」
無理矢理沙織を引き剥がし、ようやく部屋までたどり着いた礼華はため息をついた。
そういえば、彼女はUSR社の子会社に就職したと言っていた、と今更ながら思い出す。
「とはいえ、こんな所で鉢合わせるとは……。
これでは先が思いやられる」
学生時代の事を思い出し、彼女は少し憂鬱になった。
部屋に入ると、先に到着していた優希と莉那がくつろいでいた。
厄介事に巻き込まれた礼華を置いて先に上がっていたのだ。
礼華が何か言おうとしたところで、優希が気がついて声をかける。
「あ、礼華さん。よくご無事で」
「優希、お前は何を期待して発言している?」
礼華はいつもより低い、威圧的な声で彼女に尋ねた。
「まあまあ……。ところで何者なんですか、あの人」
そんな彼女を宥めつつ、優希が質問を投げ掛けた。
「ああ、あれか」
そう言って、礼華は手に持った荷物を部屋の隅に置いた。
そうして、空いている座椅子のひとつに腰掛けると、彼女は再び口を開いた。
「あれは私の幼馴染だ。そうだな……4歳頃から大学まで、ずっと同じ所に通っていた」
「へぇー。でもどうして4歳頃なんですか?」
優希が尋ねると、礼華は少し間をおいた後で答えた。
「家庭の事情で母方の実家に移り住んだ。それがちょうど4歳の頃だ。
その時に、真っ先に尋ねてきたのがあれだった。
それ以来、長い付き合いだ」
「そうだったんですか……」
「しかし、大学を出てからは一切会うことも無かった。
時々、思い出したように手紙を送ることはあったが、
まともに顔を合わせたのは今日くらいだ」
そこまで言って、彼女はまたため息をついた。
「礼華さん?」
優希が声を掛けると、礼華は憂鬱そうな表情で呟き始めた。
「久々に会ったとなれば、一度でも捕まれば最後。
本当に夜が更けるまで話を聞かされるようなことにもなりかねない……。
その上酒癖が悪いし……」
「流石にそれは無いと思いますよ。何しろ、訓練は明日早くからありますし」
珍しく弱気な彼女を説得しつつも、優希は礼華があの女性と鉢合うことを期待していた。
何やら面白そうな匂いがする、と彼女の本能が告げているのだ。
非日常的なものを食い物にしている彼女が、これをみすみす逃すわけにはいかない。
「もう、いっそのこと割り切ってしまえばいいと思いますよ?」
「できるか!」
嬉々とした表情で言う優希に、礼華は強い口調で言い返した。
その頃、沙織もまた客室でくつろいでいた。
大きな窓から旅館近辺の雄大な景色を眺めては、時折カメラに収める。
一方のメアリーは、和室の見慣れない構造に興味を抱き、あちこち歩いては観察していた。
「いやあ、やっぱり和室は落ち着くなぁ」
ぐっと伸びをしつつ、沙織は嬉しそうに呟いた。
「沙織の家もこんな感じなの?」
床の間を眺めていたメアリーが尋ねると、沙織は首を横に振った。
「うーん。私の家もそうだったけど、今の住宅は和洋折衷だからなぁ。
こういう立派な部屋なんて、旅館とか偉い人の屋敷くらいかな」
「ふぅん……。さっきの人の家はどうだったの?」
「礼華の屋敷はね、町に数軒あるかってくらい凄い大きな屋敷でさ。
昔は武家屋敷みたいな家だったらしいけど、礼華が来た時には洋風だったな」
そう答える沙織の声は、どこか喜びに弾んでいる。
おそらく、先ほど会った女性が関係しているのだろう、とメアリーは直感した。
「ねえ、ちょっと訊いてもいい?」
彼女はムスッとした表情で沙織に向き直ると、彼女に質問した。
「沙織、あの人――レイカだったっけ、あの人とどういう関係なの?
まさか、そっちの気があるなんてことじゃないわよね?」
沙織はキョトンとして彼女の顔を見ると、プッと吹き出した。
「ないない。礼華は私の幼馴染ってだけ」
それを聞いて、彼女は安心した表情で呟いた。
「そう、ならいいんだけど。「私の彼女」とか言い出したら、確実に絶交してたから」
「絶交って、ちょっと大袈裟じゃない?」
彼女が笑いながら言うと、メアリーは真剣な表情で言い返した。
「そういう関係の子に危うく襲われそうになったら、そんな風に笑えないわよ。
女性の身体を見て欲情する女性なんて、全くもって度し難い人種よ」
「じゃあ、メアリーは襲われかけたんだ?」
沙織は、そう言って興味深そうに尋ねた。
まあね、と言って、メアリーが軽く頷きを返す。
「パパがドアをノックしなかったら、確実に襲われてたわ。それくらい危なかったの。
あの時のことを思い返すと、今でも寒気がするくらい。
その事件の後、一ヶ月近く女性不信に陥ったんだから」
そう言って、彼女はブルッと震える。
気のせいか少し青ざめた表情で、沙織の方を見た。
そんな彼女を見て、沙織はクスッと軽く笑った。
「ちょっと、本気で信じてないでしょ!」
軽く涙目になりながら、メアリーが怒った。
「だって、メアリーが本当に怖そうな素振りを見せるんだもの」
彼女の話を全く真に受けていないらしい沙織は、そう言って再び笑った。
「ハァ……」
無理矢理沙織を引き剥がし、ようやく部屋までたどり着いた礼華はため息をついた。
そういえば、彼女はUSR社の子会社に就職したと言っていた、と今更ながら思い出す。
「とはいえ、こんな所で鉢合わせるとは……。
これでは先が思いやられる」
学生時代の事を思い出し、彼女は少し憂鬱になった。
部屋に入ると、先に到着していた優希と莉那がくつろいでいた。
厄介事に巻き込まれた礼華を置いて先に上がっていたのだ。
礼華が何か言おうとしたところで、優希が気がついて声をかける。
「あ、礼華さん。よくご無事で」
「優希、お前は何を期待して発言している?」
礼華はいつもより低い、威圧的な声で彼女に尋ねた。
「まあまあ……。ところで何者なんですか、あの人」
そんな彼女を宥めつつ、優希が質問を投げ掛けた。
「ああ、あれか」
そう言って、礼華は手に持った荷物を部屋の隅に置いた。
そうして、空いている座椅子のひとつに腰掛けると、彼女は再び口を開いた。
「あれは私の幼馴染だ。そうだな……4歳頃から大学まで、ずっと同じ所に通っていた」
「へぇー。でもどうして4歳頃なんですか?」
優希が尋ねると、礼華は少し間をおいた後で答えた。
「家庭の事情で母方の実家に移り住んだ。それがちょうど4歳の頃だ。
その時に、真っ先に尋ねてきたのがあれだった。
それ以来、長い付き合いだ」
「そうだったんですか……」
「しかし、大学を出てからは一切会うことも無かった。
時々、思い出したように手紙を送ることはあったが、
まともに顔を合わせたのは今日くらいだ」
そこまで言って、彼女はまたため息をついた。
「礼華さん?」
優希が声を掛けると、礼華は憂鬱そうな表情で呟き始めた。
「久々に会ったとなれば、一度でも捕まれば最後。
本当に夜が更けるまで話を聞かされるようなことにもなりかねない……。
その上酒癖が悪いし……」
「流石にそれは無いと思いますよ。何しろ、訓練は明日早くからありますし」
珍しく弱気な彼女を説得しつつも、優希は礼華があの女性と鉢合うことを期待していた。
何やら面白そうな匂いがする、と彼女の本能が告げているのだ。
非日常的なものを食い物にしている彼女が、これをみすみす逃すわけにはいかない。
「もう、いっそのこと割り切ってしまえばいいと思いますよ?」
「できるか!」
嬉々とした表情で言う優希に、礼華は強い口調で言い返した。
その頃、沙織もまた客室でくつろいでいた。
大きな窓から旅館近辺の雄大な景色を眺めては、時折カメラに収める。
一方のメアリーは、和室の見慣れない構造に興味を抱き、あちこち歩いては観察していた。
「いやあ、やっぱり和室は落ち着くなぁ」
ぐっと伸びをしつつ、沙織は嬉しそうに呟いた。
「沙織の家もこんな感じなの?」
床の間を眺めていたメアリーが尋ねると、沙織は首を横に振った。
「うーん。私の家もそうだったけど、今の住宅は和洋折衷だからなぁ。
こういう立派な部屋なんて、旅館とか偉い人の屋敷くらいかな」
「ふぅん……。さっきの人の家はどうだったの?」
「礼華の屋敷はね、町に数軒あるかってくらい凄い大きな屋敷でさ。
昔は武家屋敷みたいな家だったらしいけど、礼華が来た時には洋風だったな」
そう答える沙織の声は、どこか喜びに弾んでいる。
おそらく、先ほど会った女性が関係しているのだろう、とメアリーは直感した。
「ねえ、ちょっと訊いてもいい?」
彼女はムスッとした表情で沙織に向き直ると、彼女に質問した。
「沙織、あの人――レイカだったっけ、あの人とどういう関係なの?
まさか、そっちの気があるなんてことじゃないわよね?」
沙織はキョトンとして彼女の顔を見ると、プッと吹き出した。
「ないない。礼華は私の幼馴染ってだけ」
それを聞いて、彼女は安心した表情で呟いた。
「そう、ならいいんだけど。「私の彼女」とか言い出したら、確実に絶交してたから」
「絶交って、ちょっと大袈裟じゃない?」
彼女が笑いながら言うと、メアリーは真剣な表情で言い返した。
「そういう関係の子に危うく襲われそうになったら、そんな風に笑えないわよ。
女性の身体を見て欲情する女性なんて、全くもって度し難い人種よ」
「じゃあ、メアリーは襲われかけたんだ?」
沙織は、そう言って興味深そうに尋ねた。
まあね、と言って、メアリーが軽く頷きを返す。
「パパがドアをノックしなかったら、確実に襲われてたわ。それくらい危なかったの。
あの時のことを思い返すと、今でも寒気がするくらい。
その事件の後、一ヶ月近く女性不信に陥ったんだから」
そう言って、彼女はブルッと震える。
気のせいか少し青ざめた表情で、沙織の方を見た。
そんな彼女を見て、沙織はクスッと軽く笑った。
「ちょっと、本気で信じてないでしょ!」
軽く涙目になりながら、メアリーが怒った。
「だって、メアリーが本当に怖そうな素振りを見せるんだもの」
彼女の話を全く真に受けていないらしい沙織は、そう言って再び笑った。
―4―
「礼華さん、そろそろお風呂行きませんか?」
掛け時計の針が6時に差し掛かる頃になって、優希は彼女に呼びかけた。
その背後には、着替え一式の入った袋を持った莉那がいる。
そんな2人に構うことなく、礼華は書類の山に向かっていた。
先ほどのやり取り以降、彼女は一言も口を利いていない。
ただ黙々と、持ってきた書類に目を通している。
その作業も、いつの間にか3巡目のループに差し掛かっていた。
「礼華さん?ねぇ、ちょっと!聞いてます?」
まったく反応を返そうとしない彼女に苛立ったのか、優希の語調が荒くなってきた。
だが、礼華はそれを無視するかのように、別の資料を取ろうと手を伸ばす。
その態度に我慢できなくなった優希は、両手で机を思い切り叩いた。
「礼華さん!!」
「……?ああ、入浴か」
ようやく気がついた、といった調子で礼華が顔を上げる。
そんな彼女を、優希はキッと睨んだ。
「優希、そんな顔をするな」
礼華はそう言って宥めようとしたが、余計に苛立たせてしまったらしい。
彼女はそっぽを向けると、そのまま部屋を出ていってしまった。
事の一部始終を見守っていた莉那も、一言
「現実逃避」
とだけ呟くと、優希を追って浴場へと向かった。
1人取り残された礼華は、暫く呆然とした表情で扉を見つめていたが、
やがてまた、書類を確認し始めた。
「ふぅー……っ。やっぱり露天風呂は気持ちいいわぁ」
乳白色に濁った湯に肩まで浸かり、沙織は至福そうに呟く。
山間部だからだろうか、辺りは既に薄闇に覆われていた。
時折、湯音に混じって山鳥の声が聞こえてくる。
「これから合同訓練終了まで毎日堪能できるなんて、本当に夢みたい。
富士の方を選んで損はなかったかな」
「同感。でもいいことばかりじゃないわよ?」
そう言って、メアリーは湯船の縁に腰掛けた。
「だから、礼華はただの幼馴染だって言ってるでしょ?」
「むむぅ……」
沙織はそう言い返したが、彼女は不服げに唸り、膨れっ面になった。
その時、大浴場と繋がっている扉が開いた。
優希と莉那が入ってくるのに気づき、沙織はそちらに視線を向けた。
2人も、彼女らの存在に気づいて軽く会釈を返す。
「や、どうも。礼華は一緒じゃないの?」
沙織が尋ねると、優希は横に首を振った。
「礼華さん、いつもらしくない感じで。ムカッと来て置いてきました。
もしかして、礼華さんに何か変なことしたりしてません?」
「してないしてない」
いかがわしい者を見るような目つきで訊く彼女に、沙織はそう言い返す。
しかし彼女は、メアリーと同様信用できないといった表情のまま見つめていた。
「本当にしてないんですよね?」
そう言って、彼女は再び訊いた。
「だから本当にしてな――」
「ぎゅって抱きしめていたのは変な行為じゃないの?」
沙織の返答を遮るように、メアリーがそう指摘した。
うっ、と彼女が言葉を詰まらせる。
「言い逃れは不可能」
莉那がそう言って、更に追い討ちを掛けた。
「あうぅー……」
「礼華さん、そろそろお風呂行きませんか?」
掛け時計の針が6時に差し掛かる頃になって、優希は彼女に呼びかけた。
その背後には、着替え一式の入った袋を持った莉那がいる。
そんな2人に構うことなく、礼華は書類の山に向かっていた。
先ほどのやり取り以降、彼女は一言も口を利いていない。
ただ黙々と、持ってきた書類に目を通している。
その作業も、いつの間にか3巡目のループに差し掛かっていた。
「礼華さん?ねぇ、ちょっと!聞いてます?」
まったく反応を返そうとしない彼女に苛立ったのか、優希の語調が荒くなってきた。
だが、礼華はそれを無視するかのように、別の資料を取ろうと手を伸ばす。
その態度に我慢できなくなった優希は、両手で机を思い切り叩いた。
「礼華さん!!」
「……?ああ、入浴か」
ようやく気がついた、といった調子で礼華が顔を上げる。
そんな彼女を、優希はキッと睨んだ。
「優希、そんな顔をするな」
礼華はそう言って宥めようとしたが、余計に苛立たせてしまったらしい。
彼女はそっぽを向けると、そのまま部屋を出ていってしまった。
事の一部始終を見守っていた莉那も、一言
「現実逃避」
とだけ呟くと、優希を追って浴場へと向かった。
1人取り残された礼華は、暫く呆然とした表情で扉を見つめていたが、
やがてまた、書類を確認し始めた。
「ふぅー……っ。やっぱり露天風呂は気持ちいいわぁ」
乳白色に濁った湯に肩まで浸かり、沙織は至福そうに呟く。
山間部だからだろうか、辺りは既に薄闇に覆われていた。
時折、湯音に混じって山鳥の声が聞こえてくる。
「これから合同訓練終了まで毎日堪能できるなんて、本当に夢みたい。
富士の方を選んで損はなかったかな」
「同感。でもいいことばかりじゃないわよ?」
そう言って、メアリーは湯船の縁に腰掛けた。
「だから、礼華はただの幼馴染だって言ってるでしょ?」
「むむぅ……」
沙織はそう言い返したが、彼女は不服げに唸り、膨れっ面になった。
その時、大浴場と繋がっている扉が開いた。
優希と莉那が入ってくるのに気づき、沙織はそちらに視線を向けた。
2人も、彼女らの存在に気づいて軽く会釈を返す。
「や、どうも。礼華は一緒じゃないの?」
沙織が尋ねると、優希は横に首を振った。
「礼華さん、いつもらしくない感じで。ムカッと来て置いてきました。
もしかして、礼華さんに何か変なことしたりしてません?」
「してないしてない」
いかがわしい者を見るような目つきで訊く彼女に、沙織はそう言い返す。
しかし彼女は、メアリーと同様信用できないといった表情のまま見つめていた。
「本当にしてないんですよね?」
そう言って、彼女は再び訊いた。
「だから本当にしてな――」
「ぎゅって抱きしめていたのは変な行為じゃないの?」
沙織の返答を遮るように、メアリーがそう指摘した。
うっ、と彼女が言葉を詰まらせる。
「言い逃れは不可能」
莉那がそう言って、更に追い討ちを掛けた。
「あうぅー……」