1
ついこの間まで蝉がうるさく鳴いていたと思っていたのに。
今度はこの田舎に大量のトンボが飛ぶ。
それは季節が秋になったという事でもあり、秋になると必然的に放課後の空は茜色に染まる、西日がここ、化学部の活動場所でもある第二化学室に流れ込む。
「…………ねぇ、もう一度してくださいな」
掃除をきちんとしていないせいか、埃と髪の毛が床に散乱している。
それを気にせず、そいつはスリッパを脱いで床に足をつけた。
僕はもう一度水道で自分の手で洗い、しっかりと掌に濡らす。
「………それは、何です?」
「魔法の薬」
「………もしかして、エーテルですか?」
「あたり」
僕の冗談を華麗に無視して、言う。
スポイトでエーテルを掌に少しばかりたらす、すぐさますぅっと手に溶けていくように見えなくなり、冷たい感触だけが残る。
マッチに火をつけ、掌に近づける、するとエーテルが火をひきつけ、大きな火に変わる、しかし、それも一瞬で消え去り、後にはマッチの燃えカスだけが残る。
「マジシャンが良くやるやつですね」
そいつは言った、僕は頷いた。
すごいすごい、とそいつは言った、うっとりした表情で言って、小さな木椅子の上に足をのせ――いわゆる体育座りをした、制服のスカートの奥が一瞬見えそうになり、僕はそいつに悟られないように目をそらした。
「いつも思いますけど」
そいつが言った。
「私のこと、変だと思わないんですか?」
「……………別に、今更だし……それより行儀悪いぞ、二胡」
「いいじゃないですか、減るものでもないのですし」
ふふふ、とそいつは笑う。
「それに、この部屋には私とワトソンしかいませんし」
ワトソン、というのは、僕の事で―――もちろん、あだ名だけれど―――確かに、ここ、第二化学室には、というより正確には、化学部には現在、僕とそいつの2人しかいない。
「でも」
僕はそいつに向かっていった。
そいつは既に興味の対象を目の前にあるマッチにうつしていて、その体勢のまま、マッチを何本か一緒に擦った。
一度に大量の火がつき、木の部分を焦がしてゆく。
だんだんと短くなる、マッチと炎の寿命。
「誰も野郎の下着なんてみたくもねぇよ」
んべぇ、とそいつが舌をだした。