A
凛とした輪郭に通った鼻筋
桜色の小さな唇に、二重まぶたの大きな瞳
その瞳は乙女然として、美しい。
こう形容すれば、誰もが綺麗な女を想像する
そして僕の隣を歩く幼馴染であり親友でもある吉野二胡は、その言葉のとおりまっこと美しい。
そして、彼女の細い肩に華奢な体つきはその美しいかんばせとあいまって、我が校の青と白のセーラー服がよく似合う、まるでセーラー服が二胡のために作られたものではないかと思ってしまう、しかしながら、実の所、彼は「女」ではない。
正真正銘の男なのである、男でありながらのそのかんばせであり、男でありながら、セーラー服を着て人形のような容姿で登校し、授業を受ける、そして男でありながら、高く猫のような甘い声で、女言葉を使う。
まったくおかしな話である。
いつから二胡がそうなったのかというと、実ははじめて会った頃からこうであった、つまり幼稚園の頃からである。
「どうしたのです、ワトソン?」
身長157cmしかない二胡と177cmの僕とでは、ものさし1つ分の差があり
彼女(そう呼ぶことにしている)がそう上目遣いで見上げてくると、たとえそれが狙ってやっているものだと分かっていても、惹きつけられてしまう。
これで女の子だったらなぁとしみじみ思う。
「んにゃ、何も」
僕は考えていたことを口にはせず、そのまま足を進める。
ワトソン、というのは僕の名前が和戸宗司朗だからだ
「わとくん」を、「わとそん」といい間違えたのが始まり
二胡がもう何年も前につけてくれた。
僕がワトソンであれば彼女はホームズであろう
よく推理ゲームもするし、いつも僕たちは一緒にいる。
彼女も僕も化学が趣味であり、美少女(に見える)と化学はあまりにも似合ってない
だが、かの有名なタリウム少女も化学が好きだったのだから、いてもいいのだと思う。
ちなみに、二胡に言わせると、タリウム少女は邪道らしい。
訳を聞くと、ブログにビタミンCをアスコルビン酸とわざわざ表記するのが気に食わないらしい、どちらでもいい、と僕は思う。
僕と二胡は不吉な赤い実がたくさんなる木の下を歩く。
並んで、いつものように、ゆっくりと。
「ああ」
と何かを思い出したように二胡が呟き、立ち止まる。
「忘れていました、ワトソン、例のものです」
言って正カバンを開き何かを取り出そうとする、彼女の肩までかかる長く美しい髪が顔にかかり、彼女は一度だけそれを払いのけてから、1枚のCDを取り出した。
「こそばゆいのCDです、前にワトソンが貸してほしいと言ってましたよね」
と言って渡してくる、ジャケットには、1人の女性が真っ白を背にして、祈るように手をあわせ、目を閉じている、綺麗な女性で、この人がこそばゆいなのだという。
「あぁ、ありがとう、覚えててくれたんだ」
「えぇ、一応は、どのCDかまでは覚えてないのですが………」
「これで合ってるよ」
言って二胡は嬉しそうに微笑む、おかしな話だ、僕が貸してもらうと言うのに、僕もつられて笑った。
どこからか、女の子の声が聞こえてきた。
声をあげて泣いてるようで、酷く大きな泣き声であった。
「どうしたのでしょう、ワトソン?」
「さぁ………?」
とだけ言ってあたりを見渡しながら歩く、歩くたびにその泣き声は大きくなっていくのがわかり、近づいているのであろうと思った。
やがて、赤い屋根の大きな家の前を通った時だった。
「あぁ、見てください、ワトソン」
二胡の視線の先には、女の子がいた。
4、5歳くらいだろうか、その家の庭で声をあげて泣いている。
僕と二胡は顔を見合わせてから、その庭に入った。
女の子の側には淡褐色の犬――ゴールデンレトリーバーがいて、いかにもお金持ちであることを印象付けていた。
しかし、そのお金もちである印はぐったりと地面にはいつくばって動かず、ずいぶんと元気がなさそうだった。
「どうしたのです?」
二胡が女の子に聞いた、白いワンピースに赤い靴を履きながらも
そのかんばせは今やぐちゃぐちゃになっている。
「ぽちがね、ぽちがね……」
女の子は言った、どうやらそのゴールデンレトリーバーはぽちと言う名前らしい、まったく大型犬には似合わない名前であると思った。
「ぽちがどうしたのです?」
「ぽちがね、お菓子を食べたら、急に具合が悪くなっちゃって、それでね、吐いちゃって、ずっとぐったりしてるの」
嗚咽にまみれながらも、だいたいそういう事を言った。
それから女の子は犬――ポチの体をなで、ぽち、ぽちと声をかける。
庭の奥のガレージから大きな音がして、何事かと思ってみると、大きなバンが1台そこから出てきて、僕たちに近づいてくる。
ぱぱ、と女の子が言ったので、どうやら父親らしかった。
三十代前半、頭の毛が少し後退しはじめ、分厚いめがねの向こう側がやさしげな人だった。
「あなた、動物病院には連絡しましたから」と、家の中から女の人が飛び出してくる。
あなた、そう呼ぶのだから、きっと男の妻であり、女の子の母であろう。
母にしてはずいぶん若く、綺麗だった。
「わかった」
言うと男はバンの後部座席を開けて、ゴールデンレトリーバー、ぽちを持ち上げようとした、しかし淡褐色のむくむくは、男1人でなんとかなりそうでもなく、自発的に動こうとしないぽちを持ち上げるのは難しそうだった。
そこで僕が手伝い、なんとかポチをバンに乗せた。
「おまえは萌と一緒にいてやってくれ」
僕に礼をいうと男はおばさんに言った、男は女の子――萌というらしい――の頭をなでてから、バンを走らせた。
「どうしたのです?――あの、ぽちは?」
二胡がおばさんに聞いた。
「あの子が、萌というんですけど、親戚からもらったお菓子をぽちにあげたらしいのです、すると急に具合が悪くなって、吐いてしまったらしく……」
ここまでは僕たちが萌ちゃんから聞いた話と同じであった。
「私が見た時にぽちはひきつけを起こしていました、だから、夫に頼んで動物病院へ………」
「そうですか」と僕は言った、やがて、おばさんは小さな声でぼそり、と言った。
「毒」
「今なんと?」
「毒、です、もしかしたら、あのお菓子に毒が入っていたんじゃ………もし、私たちがあれを食べていたら………」
そう言うと、おばさんの顔がみるみるうちに青くなってく
唇も薄紫色に変わり、体が少し震えていた。
二胡を見る、ぽちがぐったりとしていた跡地にいて、ぽちが吐いたと思われる黒い汚物を見ていた。
「おばさん、その親戚に恨まれていたかもしれないという事は?」
「なかった……と思います、でも、もしかしたら知らず知らずのうちに………」
おばさんは言った、表情は暗い。
二胡はもう一度汚物を見て、ははぁ、と頷いた。