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一話 青天

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馬の腹を蹴る。馬の嘶きと同時に風がかすめる。
ブロンズの髪が風にたなびく。
腰の弓を取り矢を番える。
手綱には触れず脚のみで馬を制御しなければならない。
不安定な馬上つい、手綱を握りそうになる。
しかし、しかしここですべてを放り出してしまっては駄目だ。それは今までのものをすべて水の泡にしてしまう。
気持ちを静めるために一度大きく深呼吸をしてから馬上で弓を構える。
汗で手がすべる、緊張で手が震える。おなかが痛い。視界がぶれる。
チャンスは一回。この一矢で仕留めねばならない………。
もう一度深呼吸する。
不思議と震えはとまった。前方を見定め矢を放つ。
全てがスローに見えた。
ヒュッという風を切る音が聞こえる。ゆっくりと矢は、吸い込まれるように前方の的に吸い込まれていく。世界に自分と馬それとこの矢しか存在していないような感覚に陥る。
静かに矢は的を射ぬいた。綺麗に中央にある直径一cmほどの黒い点に矢は刺さっていた。
今にも叫びたい気持ちを抑え吐息を漏らす。
速度を緩めゆっくりと的に向う。
間違いない。見間違いではないのだ。間違い事無く矢は、中央の点に刺さっている。
やった。自分はやったのだ。父との賭けに私は勝ったのだ。
隣には父と従兄のレンがいる。
「父上、私の勝ちですね」
静かに自分に言い聞かせるように言った。
レンは妙技を見て舌を巻いたようだった
父は黙っていた。
しばらくして、感嘆したように低く唸った。
「見事。私の負けだ」

「馬を降りろルーナ」
父が厳格な声で命令する。
「はい!」
嬉しさの余り元気に返事をしてしまったためとなりのレンに目で窘められた。
しかしどうしたら気持ちを抑えられようか。
「賭けに私は負けた。それは認めよう」
「それでは!」
「しかし、だ」
興奮する私を宥めるように父は言葉を途中できらせる。
「何故お前はそんなにも村を出たがる」
私はいつまでもこんな閉鎖的な村に住むのは嫌だった。
外を見たい。世界を知りたい。
そんな熱意に動かされたのか父は一つの賭けを用意してきたのだった。それがこれ。騎射でこの的を見事打ち抜いてみろという事だった。
結果は私は賭けに勝ち、今旅に出ようとしている。
「何故というのは前にも申したとおりです。世界を知りたいのです」
「そうはいってもお前は、女なんだぞ」
確かに。私は女だが今ではこの村一番の猛者だ。近所の男子に負けるつもりは無いし、大の大人にも負けた事など無い。
大体十二の時に吟遊詩人の詩を聞いてからというものの世界に興味を持ち知り合いに頼み込んで武芸の練習をしてきたのだ。
今更そんな事いわれても屁でもないが、父にまで女という理由で言われるとは憤慨だ。
「私は、例え女といえども負けたことはありません」
「確かにそうだ。そうなのだがな、親の気持ちというものも分かって欲しいのだ」
「それは………」
そんなことを言われたら私は何も言えなくなる。
卑怯だ。私にはそれに対抗する言葉など皆目見当もつかない。
唇を噛んで黙っている私に思わぬ助け舟が出た。
「まぁ叔父さんいいじゃないですか。こいつはこいつなりに一生懸命やってきたんです」
「そうは言ってもだな」
レンだ。
今まで散々反対してきたのに。
「じゃあ、俺もついていくってことでいいじゃないですか」
「駄目だ駄目だ!」
レンの提案に父が血相を変えて反対する。
レンは幼い頃に両親を失ってから父が引き取った。伯父さんの遺言でよろしく言われているらしい。だからレンは父から我が子のように可愛がられてきた。
しかしそれでもレンは父の事を叔父さんと呼んでいる。
「叔父さん、貴方は賭けに負けた。賭けに勝ったルーナは旅に出ていいと約束したはずです」
「ううむ……しかし」
なお言いよどむ父にぴしゃりとレンは言ってのけた。
「男に二言は無い!! 父の口癖です」
レンの言う父というのは実父の事だ。
その言葉に父も遂に折れた。
「………わかった」
「良かったなルーナ」
「ありがとうごとざいます!!」
これほど、嬉しい日はそうそう無いだろう。
いや、きっと世界はもっと楽しい事に溢れているに違いない。
「しかし条件があるぞ。レン君、目付け役として一緒に同行してくれ」
「はい。絶対にルーナをお守りします」
「その言葉を聞いて安心した。よろしく頼むぞ」
さぁ、これから旅のはじまりだ。まずは帝都に向おう。
空を見上げると太陽がさんさんと輝く雲一つ無い眩しいほどの空だ。
まるで私たちの旅を祝福してくれいるようだった。
私は馬に飛び乗るとレンに声をかける。
「さぁ早く行きましょう! 先に門で待ってるわ!」
「おい待て、まだ準備していないだろ! 待てったら!」
どんどんレンの声が遠くなっていく。ああ、風が気持ちいい。
「はははッ!」
今日は絶好の天気だ。

2, 1

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