これは今から遥か昔のヨーロッパでの話である。ある王国の重臣がクーデターを起こし、王を殺し権力を握った。王には一人息子がいた。物心がつく年齢だった。当然だが、その少年も重臣は殺そうとした。しかし重臣は殺さなかった。なぜなら実際に少年を重臣が見たときに情がわいてしまったからだ。こんな小さい少年を殺す必要はないだろう。可哀想だ。と重臣は思ったのだ。
だが、しかしほうっておけば害を及ぼすかもしれない。重臣は少年を城の地下牢に幽閉した。地下牢はとにかく暗い。光がいっさい入ってこないので暗い。唯一の光はろうそくのかすかな灯火だけだ。与えられるのは日に三度の食事と水だけだ。地下牢にあるのはベッドとトイレぐらいだ。
少年のやることは少なかった。食事をすること、一人で暇な見張りの兵士の話を聞くこと、牢のなかにあるろうそくのかすかな灯火を見ることぐらいだった。
この中で少年が一番好きなのはろうそくの灯火をみることだ。見張りの兵士はたいてい愚痴話ばかり言ってつまらない。それに食事も豪華なものでなく、質素なものだ。が、しかしそれでも普通の人にとってはろうそくの灯火をみることなどそれらに比べたらもっとつまらないだろう。が、少年は違った。暗闇のなかにぼうっと浮かんでいるろうそくの光を楽しめた。光をみながら昔のことを思い出す。楽しかった頃のことを。あのころの世界は光であふれかえっていた。少年はろうそくの燃え尽きる時が一番楽しみでもあり、悲しみでもあった。ろうそくの光は燃え尽きる直前ゆらぎ、一番輝く。が、すぐに燃え尽きつきてしまうのだ。そんな生活が何年も続いた。
ある日いつものように見張りの兵士が少年に語りかけ始めた。
「今日はすごい日差しだよ。本当に珍しいぐらいの日差しだ」
と。いつもなら適当に受け流す少年だがこの言葉に興味を持った。
「どれくらいすごいんですか」
兵士は驚きながら答えた。
「本当にすごいよ。お前に見せてやりたいぐらいだ。」
少年は地上の光を見たくなった。もはや記憶の中でしかない光を。
やがて食事の時間になり兵士が牢の中に入って来た。兵士はいつもは牢の前で見張っているのだがこの時ばかりは牢の中に入る。兵士は油断しきっていた。なにしろ今まで脱走のようなことを少年がしたことは一度もなかった。少年は兵士を思いっきり殴りつけ、気絶させた。
そして光を求め地上へと走り出した。猛烈な速度で走り出した。長年動かしていなかった体は軋みをあげたがそんなことおかまいなしだった。階段を駆け上がり続け地上への扉にたどり着いた。勢い良く扉を開ける。
そこは光であふれかえっていた。そこは待ち望んだ世界だった。少年は光の強さに最初目を開けることができなかった。やがて慣れてくると満足げな表情を浮かべ、座り込み辺りの風景を見た。花々が咲き誇っていてきれいな風景だった。
が、幸せは長くは続かなかった。少年は追って来た見張りの兵士に剣で刺され、死んだ。即死だった。
その時、ちょうど地下牢でろうそくのかすかな灯火がゆらいで燃え尽きた。最後にこれまでにないぐらいの輝きを見せて。