ある日の夕方のこと。一人の商人が山奥の森の中を歩いていた。
森は木々が鬱蒼と生い茂っていて、あたりにこの男以外の人気はない。いるのは獣や虫だけだ。商人が持っている明かりのまわりには虫が群をなしている。
こんなところに何故商人がいるかというと、それは狩人から動物の毛皮を買う為だった。
商人は獣の気配を感じ、強く小刀を握りしめた。万が一獣が襲って来た時の年老いた商人の頼りはこの小刀だけだ。小刀の柄には宝石がちりばめられている。その光り輝く宝石は商人が長年築いてきた財産の一部だ。
だんだんと商人は獣の気配が近づいてくるのを感じていた。商人は足取りをはやめた。が、そうすると獣も速度を上げる。商人はやがて息が切れて来た。
ついに商人は獣の正体をみた。それは狸だった。商人は安心した。狸は恐くない。熊でなくてよかった。が、その安心は次の瞬間裏切られた。
次々と狸が現れて来たのだ。商人は驚き左へ避けようとした。が、そこにも狸はいた。こんどは右へよけようとした。商人は思わず尻餅をしてしまった。気がつくとまわりには数えきれないほどの狸がいた。
放心状態の商人の前に一匹の大きな狸が近づいて来た。そしてこう言った。
「商人よ。我々はお前に用がある」
商人は面食らったがこう口火を切った。
「お前ら俺に一体何のようだ。なにか買いたいのか。なら売ってやる。金を払えばな。人間だろうと狸だろうと払う金に違いはあるまい。それとも葉っぱかなにかで化かすきか」
狸は静かに言った。
「貴様は我々の仲間を殺しその皮を売り払う。改心しないのなら殺してやる。」
商人はその言葉を嘲笑った。
「何を言う。この阿呆狸めが。改心だと。笑わせてくれるな。弱い者が負けるのは自然の摂理だろうが。お前らだって生き物を殺して生きているのだろう」
「それは自分が食べる分だけ食うのだ。お前は服を着るという必要のないことの為に我々を殺す」
狸は冷静に言った。商人は狸を見下しながら言った。
「お前らが弱いのが悪い。だいたい食うのだって我慢すればいいという理屈もあるだろうが」
「なるほど。なるほど。弱いのが悪いと。じゃあ殺されても文句はあるまいな。弱いのが悪いのだ。かかれ」
そう大きな狸が言うと一斉に狸達が襲いかかって来た。商人は悲鳴をあげて小刀を振り回した。が、それでどうにかなるものではない。商人は体中を食いつかれた。商人は
「許してくれ!狸」
と叫んだ。が、そんなことは狸は聞いていなかった。商人は逃れようとして動き回ったあげくついに山道から滑り落ちた。そして巨木に体を打ち付けた。そこで息が途絶えた。狸達はそれを見ると満足して帰っていった。
時が流れた。人骨が消滅するほどの時が流れた。が、小刀はなんとか原型を留めていた。
そして山は都市開発によって開発された。森は伐採され、山は切り崩された。
さらに時が流れた。ある日猛烈な豪雨が発生した。そして豪雨によって弱い地盤が崩れた。土砂崩れが起きたのだ。
さまざまな建物が崩壊した。そしてえぐられた地中からは商人の小刀が出て来た。
そこに一人の青年がやって来た。倒壊した家に残っているものを探す為だ。が、しかし何も見つからず帰ろうとしていた。
そのとき偶然にも青年は小刀を発見した。ちょうどそれは樹齢が長いということで残されていた巨木の根元だった。巨木はなんとかこの災害を生きのびていた。
青年にはそれが刀とは分からなかった。泥にまみれていたし、ただの鉄の棒と思ったのである。
が、それを水たまりで洗うと柄があることから刀ということを理解した。が、こんなもの家にあったのか。それは青年の記憶では曖昧だった。
疲れきれ青年はその場に座り込んだ。倒壊した家と小刀と巨木を見比べはこれからどうするかを考え始めた。が、答えは簡単に出そうにはなかった。