最終話「午睡旅人」
ガタン、ガタンという音で、ぼくは目を覚ました。
そして、列車に揺られている自分を思い出す。
窓ガラスには、二人の旅人の姿が映っている。
気だるげな少年と、黒髪の少女。
彼女の首には赤い懐中時計がぶら下がっている。
自分の名すら忘れていた彼女に最初、ぼくはその時計を見せた。ここに刻まれているのが君の名前だと言って。
「おかしな時計。針が多いし、変な字が書かれているわ。これでどうやって時間を知るというの?」
「時間を知りたくない人のための時計じゃないかな」
すると彼女は、ぼくの顔を見てきょとんとする。
「あなたって変わった人ね。これから一緒にする旅は、おかしなことばかり起こりそう」
「不安になった?」
すると彼女は笑って答えた。
「楽しみになったわ」
列車がトンネルを抜ける。
町並みが見えてきた。沈んでいく夕日も。
それを横切る、何かが見えた。
「あ、天使。天使が、飛んでるわ」
彼女がそれを見て言う。白い翼をはためかせ、一人の天使が列車と反対側に飛んでいく。
「どこに行くのかしら」
「さあ。気の向くままに、飛んでいくんじゃないかな」
ぼくはふと思う。ぼくらもこれから、どこへ行くんだろう。
口に出して言ってみると、彼女はこう答えた。
「それはあなたが決めること……この町ではね。次の町では、わたしが決めるわ。それで良いでしょう?」
ぼくは頷いて窓の外をもう一度見る。飛んでいた天使はすでにいない。
列車の速度が落ち始めている。もうすぐ町に着く。
「この町には、何があるのかしらね」彼女が不安げに、しかし楽しげに言った。
世界はまだ、ぼくらの行ったことのない場所だらけだ。
かつて行ったあの場所も、次に行けばまったく様変わりしているかもしれない。まるで別の世界のように。
ぼくらはいつだって彷徨っている。浅い眠りの中、夢を見るように。
ぼくらは、午睡の中の旅人。
〈了〉