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最終話@日常エンド(ワンデイ)

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最終話「ワンデイ」

 御剣市、人口二百万のちょっとした都会。
 タクヤは今でもこの間のことが夢に思う。
「なあ、綾女の家は郊外にあったんだよな?」
「そうですよ、何か?」
「遊びに行ったことはあったっけ?」
「さあ……?」
 時々少し寂しくなることもあるけれど、タクヤはそれでも二人を大切に思うことにしている。

「あ! 見つけましたよ!」
 駆け寄ってくる白のワンピース。黒い長髪がコントラストように浮き出ている。
「あっ、えっと……」
「瑞華です。それより、これはどういうことですか?
 まるで普通の世界じゃないですか」

 こうして『あの時』のことを覚えていてくれる奴もいる。
「ミズカ~、お腹減ったよ~」
 小さい女の子がワンピースの裾を握っていた。
「くっ、いつか必ず、借りは返します」
 そう言ってワンピースの少女は去っていった。
 交差点にさしかかったところで、後ろから声が掛かる。

「タクヤ君、おはよう。今日も早いね」
「ああ、みつき!」
「へ?」
「ごめん、柊さん。おはよう」
「べ、別にみつきでもいいけど……」
 何気ない生活の日常が、嬉しく感じてしまうのは非日常からの回帰のおかげだろうか。
 柊みつきはタクヤの意外な一面を支えていたのかもしれない。
「それじゃ、また学校で」
 みつきは後ろの二人に軽い目配せをして去っていった。

「……」
 怖いので振り返らない。
 街には排気ガスの臭いとか、アスファルトの臭いが充満している。
 工場の臭いはあっても女性の臭いなど到底あるはずがなかった。
「もう一周いくよー!」
 学園の周囲にはランニングをするバレー部があった。
「あれ、タクヤー!」


 白木と書かれたジャージは何処か懐かしい。
 清々しい顔で手を振ってはいるが、
 次は負けませんという一言がそのまま体現しているようだった。
「はは……」
「そういえばあの子、少し前に転入してきたのよね」
「こっちの方が強敵がいるってわざわざ名門学校から……」
 なんてこったい!
 あの尋常ならざる気はそういうことだったのか、とタクヤは背筋を凍らせた。
 昇降口であたふたとする下級生を見る。

「何してるの?」
 下級生はおろおろとしたまま、上履きが何処にも見当たらないという。
「それじゃ、これを使うといいよ」
 来訪客ようのスリッパだが、ないよりはマシだろう。
「あ、ありがとうございます」
 ぱたぱたと駆けていく後ろ姿は境野満子そっくりだった。
 教室に入るまでに交わした挨拶と後ろの二人が怒った回数は同じだった。

「タクヤく~ん」
「あ、天水さん……」
 寸分違わず天水萌々子の姿がそこにある。
 何処か闇を抱えていた少女とは思えない。
 今時珍しいショートを束ねた愛嬌ある髪型に鼻筋の通った童顔をしている。
「ジュースおごってほしいな」
「ま、またかい?」
 仕方ないというよりは、助けてくださいと言わんばかりの気持ちだったが、
 こう毎日来られるとそろそろ断る理由が必要になりそうだ。
「おい、ホームルームを始めるぞ」
 登校中に色々あったおかげか、チャイムによって救われた。
「今日はお前らのクラスに転校生だ。……入って良いぞ」
 がらりと勢いよく扉が開いたので、クラスは一瞬静寂に包まれた。
 その蜂も逃げ出すような殺気から男かとも思ったが、
 すらりとした体躯に綺麗な線の二本足は女のそれだった。
「今日からお前達のクラスの一員になる秋知結衣だ。仲良くな」
 担任が目配せすると結衣は凜として正面を向いた。
「お世話になります」
 別に家族の一員になるわけでもないのだから、
 お世話は行き過ぎかとも思ったが、男子の反応は上々だった。

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「なるほど、それが二ケツというのですね」
 何やらわけのわからない質問攻めに結衣は冷静すぎる受け答えだった。
「好きなものはナイフと毒薬。嫌いなものは解毒剤です」
 今時ナイフが好きな女の子ってどうなんだと思うも束の間、
 男の興味は一気にそそられたようだった。
 何しろ、見てくれだけは一流の美少女なのだから。
 こうしてタクヤの周りは変化していったが、少し気になることもあった。
 綾女の姉が入院しているということと、ナミには未だ会っていないということだ。
 タクヤは学校が違うのに校門まで迎えに来てくれる麗未を連れて病院へ向かった。

「凜々さん、早く元気になるといいね」
「そうだな」
 あんな綺麗な女性が一人床に伏せったままというのは気の重たい話しである。
 タクヤはまだ快復の見込めない凜々の病院を訪れる。
 眼帯をして車椅子を押される少女や松葉杖をついた男など。
 消毒液の臭いが鼻につく。
「あら、二人とも」
 待合椅子に腰掛けていたのは滝川凜々の姿だった。
 病院特有の甚平を身に纏って、点滴を吊したキャスターを引いていた。
「寝ていなくていいんですか」

 屋内での生活が長いせいか、白い肌は一層白くなってしまっていて線が細く、
 今にも倒れてしまいそうなほどやつれて見える。
「大丈夫ですよ、今日は調子がいいんです」
「ちょっと、兄さん。緊張してるの?」
「へ、ああ」
 綾女も結構な整った顔立ちをしているけれど、
 凜々のそれはさらに次元を越えたところにあるような美貌だった。
 ある種の艶色さが扇情的で、タクヤは顔をまともに見ていると頬が染まっていくのがわかる。

「ああって、兄さん不潔!」
「し、仕方がないだろ。お前っこの顔のどこに不備があるのか言ってみなさい!」
「お静かにしてください!」
 周りの嘲笑を買いつつ、へこへこと頭を下げる兄妹。
 三人は病室へと逃げるように向かった。
「ふふ、でも良かった。待合室で待っているものね」
「もうやめて下さい。兄さんの恥がさらに上塗りされてしまいます」
 言われたい放題のタクヤだったが、満ち足りていた気分でもあった。


「綾女は?」
「今日は生徒会で遅くなるみたいです」
 凜々の表情が少し翳るが、それも一瞬だった。
「今日はトランプでもしないか」

 他愛のない談笑の末にタクヤは日も暮れた頃に一室を後にした。
「ねえ、兄さん」
「なんだ」
 麗未が小さくなって妹になっているとは思わなかったが、これはこれで違和感がない。
「やっぱり兄さんが、凜々さんに会いに行くのって気があるからなの?」
「いや、違うな」
「え?」
 タクヤはこんな人のいる中で話すようなことでもないと思ったが、
 自分に言い聞かせるように言った。
「何かこう、確かめたくなるんだ、時々」
「ときどき?」
「いや、いつもかな」
 おどけたように言うと麗未は笑った。
 毎日友達の見舞いに行くのは良いとしても、
 本来は女友達の姉など毎日行くような事でもないはずである。
「あはは、それ嘘でしょ」
「どれが?」
「気がないっていうの。兄さんはいつでも誰にでも気があるんだよ」
「……」
 そうかもしれない、とタクヤは思う。
 でも、だからこそ自分の中で意義のある存在を区別しなければ人は疲弊してしまう。
 何気なく見た先に『奥川優奈』と書かれたプレートを見た。


 ――美少女70万人vsタクヤ 完。
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