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第二十三話@想像制御(イマジンコントロール)

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第二十三話「イマジンコントロール」

「創造創造――!」
 突如、タクヤの目の前は暗転した。
「(俺は、死んだのか……?)」
 ガン!
 大きな震動が空気を震わせ、タクヤはまだ感覚が失われていないことを認識する。
「タクヤさん、早くこちらへ!」
 振り返ると、壁は開いており、麗未の白い顔に朱がさしている。
「早く――!」
 手を上にかざす麗未に千鳥足で駆ける。
 それと同時にあの分厚かった壁が再び揺れた。
「――ッ!」
 地響きと同時に黒い幕が破られ、分厚い壁にあの肉塊が飛び込んできた。
 どろどろとした無色の体液が壁一面に飛散している。

「はぁ――、はぁ……」
 尻餅をつくように麗未がその場へ崩れる。
 肩で息をするようにして座り込んでいる。
「――っ大丈夫か、タクヤ!」
 亜夕花が廊下から走ってきた。相当息を切らしているようで、その呼吸は忙しい。
「ああ、なんとか……」
「麗未、ご苦労だったな。お前の働きが無ければ、タクヤは死んでいた」
 事実を言われるとタクヤは歯がゆい思いだ。ただ助けられただけなんて、男として許せなかった。
「あいつは一体なんなんだ? 鈴音と綾女から化けやがった」
 タクヤは恐怖のあまり目の前の一体しか見ていなかったが、
 もう一体のほうも異形の肉塊へと豹変していた。

「あれが、この御剣市にはびこる悪夢だ」
 亜夕花がそう言った時、静かな静寂が訪れる。
 こうして死を目の当たりにして、タクヤの現実味はより鮮明なものへと変わった。
「あんなやつら……どうしろって言うんだよ」
 二人は答えない。おもむろに亜夕花は口を開く。
「麗未の能力を見たか? 万物を創造する力、イマジンクリエイトを」
 黒い壁を顕現したのは確かにこの少女だっただろうか。
 タクヤの脳裏に先ほどの光景が映し出される。
「ああ……」

「もう一度、タクヤ。お前の想像力を使うしかない」
「どういうことだ?」
 亜夕花は施設の通路を幾ばくか歩いてエレベータへと乗り込む。
 そうしてさらに深層へと二人を連れて行く。
「麗未が今イマジンクリエイトを使えるのはタクヤに与えた薬を再現したものなんだ。
 しかし、その再現率は残念ながら百ではない……」
 生命体の具現は出来ないということや、
 漠然としたイメージに加わる補正が少ないことなどが上げられる。
 そのどれもが、タクヤにとってははかりきれないことだった。

「足りない部分を補うのはこの薬だ」
「何故それを使わなかったんだ?」
 プレートクローシュに置かれた薬剤はカプセルにはいって侘びしい雰囲気を醸し出している。
「麗未の想像力に限界があるからだよ」
 麗未は少し俯いたようにすると、済まなさそうに萎縮した。
「別に責めているわけではない。持って生まれた天性のものが大きいんだ、
 特に想像創造(イマジンクリエイト)は」
 特に――?
 タクヤは不可解な言葉を聞き流しながらも部屋の最奥、白い壁で囲まれた空間へと出た。

「ここは?」
「想像制御室(イマジンコントロールルーム)だ」
 天井は見上げるほどに高く、その上部には何やら球体が取り付けられていた。
「?」
「タクヤ、お前は最初に三人は無事なのかと言ったな。最後の一人はあそこにいるぞ」
 天井を指さす先に確かに人のような姿をしたものがうっすらと認識できる。
「あいつはこういう事態になって真っ先に記憶のリカバリーを試みた。
 五十年、ずっとあそこでショートした回路を修復し続けていたんだ。
 まぁ、驚くべきことは彼女が実体化したホログラムであるということだったな」

 辺りが不意に暗転する。
 巨大な電力が動いたのか、ノイズのようなものに交じって声が聞こえてきた。
「タク――ヤ」
「ナミだ」
 それは懐かしい温かみのある声だ。徐々に明瞭に聞こえてくるそれは施設内の拡張器を使ったものだった。
「お久しぶりです」
 亜夕花はそれを聞いて満足そうに頷いた。

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「タクヤ、その薬を飲むんだ」
 プレートクローシュを差し出す亜夕花にタクヤは狼狽する。
「何故だ、飲むのなら麗未のほうが適任じゃないのか」
 首を横に振り、
「さっきも言ったように麗未の想像力だけでは足りない」
 ぐおん、と施設がまたも揺れる。もしかしたら、時間がないのかもしれない。
「なあ、このままだとどれくらいなんだ。この世界は」
 タクヤはカプセル錠剤を見つめて不意に言った。
「二、三日だな。いいか、タクヤが創造した美少女限定のこの街は今まさに均衡を崩壊させつつある。
 あんな化け物が美少女のはずがないしな。
 しかし、崩壊というのは崩れるのではなく『無くなる』んだ」

 阻止するには、今一度、創造の力に頼るしかないという。
「でも、俺がこれを飲んだことで何が変わるんだ?」

「はぁ、とことんヘタレになったな。我が愚息よ。変わるのはこの崩壊した世界だ。
 もうそれしか手段はないんだ」
 タクヤは無理矢理に手を取らされて錠剤を握る。
「いいか、これからナミのメインシステムとお前達の脳を直接続する。
 想像創造に確実性を持たせるにはナミの知識が必要不可欠だからだ」

 ――イマジンコントロールシステム作動…………。
 タクヤは意を決してそれを呑み込んだ。
 麗未が天井から降りてきたカプセルに身を投じる。
「親父、一つ教えてくれ」
「なんだ?」
「なんで、あの屋敷に麗未が来たんだ」
 わざわざ身を危険に晒してまで、あの屋敷に向かった理由。
 そこで時間超越をさせるほどのメリットのある事。
「――奥川優奈を覚えているか」
「?」
 疑問も解けぬままにタクヤの眼前が両脇から閉じられる。


 目映い光りがタクヤを包む頃、ああ――とタクヤの脳裏を掠める姿があった。
「たーくや」
 その声はまだあどけない、子供のものだった。
 そして、タクヤはその少女に対しての感慨はなかった。
「私、大きくなったらタクヤのお嫁さんになりたい」
「やだ」


 タクヤの中で、ヨメという二文字は従者という二文字に同じだった。
「ボクはお前みたいな女はいらない。だって、役立たずだからな」
 タクヤはその時から親父の発明を手にしては自分の正義とするところを貫いてきた。
 しかし、その正義はいつか、役に立つかそうではない者とを隔てて振るわれるようになり、
 次第にタクヤの中で、存在に値する者という考えが生まれつつあった。

「なんで……? 私、たくやのこと好きだよ」
「やだ。しつこいのもやだ」
 ゆうなと書かれたネームプレートにタクヤはこの名前にだけは関わるまいと幼心に決めた。
 顔などどうしようもないほどの出来だったので、タクヤはそれを見ないようにする。
 幼稚園を家庭の事情で移った後はそれきり、その名を聞くことはなかった。

 しかし、何故今なのだ?
 タクヤの中で、夢を阻害する最大の障害が、
 まさかそんな幼少期にあったとは信じられない話しだ。
 辺りが白く染まっていく。
 
 ――――。
 がやがやがや。
 一群のセミのように繁華街が、交差点が、学園が賑わう。
 男と女、そこにいる全てがその二つで区別できた。
「タクヤ、朝飯だよ!」
 母(亜夕花)の声がする。
「ちょっとあんたっ! また煤だらけになって――……」
 夢ではない現実。多くを手に入れようとしたタクヤに訪れた原点回帰はこれはこれで相応しかったのかもしれない。
「兄さん、兄さん」

 部屋の扉がノックもされずに放たれる。
「うわっ、何だよ……麗未か」
「うん、私のお気に入りのパンツ何処に隠したの?」
「ああ、それならベッドの下に――って、んなわけあるかいっ!」
 パンツのないスカートに視線が釘付けになりながら麗未を追い立てる。
「って、本当にベッドの下からパンツがッ……!」
 玄関のチャイムが鳴る。
「タクヤあ! お客さんだよ!」
「今行く!」
 窓から覗いた玄関先に見知った顔ぶれがあった。鈴音と綾女だ。
 
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