3. パートナーは空の上から
「……」
カチャカチャと、無言でキーをタイプする少女。年の頃、十二、三歳くらいだろうか。目の前のスクリーンには、先日のブレイバーの戦いが表示されている。
「……追加予算、下りるかな」
ぱちんと表示を消すと、少女は深く座っていた椅子にもたれかかった。
「ごちそうさまでした!」
一文字アキラは、目の前に出された朝食を全て平らげていた。真由美はそんなアキラをにこやかな笑みで眺める。まさに、彼の食べっぷりは惚れ惚れするようなものだ。
「ふふ、お粗末さまでした」
真由美は後片付けをするために、キッチンへと戻っていった。後にはアキラと弥生が残される。
「それにしても、あなたって本当に正義の味方だったのね」
「俺は嘘はつかないぞ?」
「だって、信じられないじゃない。自分がヒーローだなんて言う人」
この間の戦いで、怪人を倒したアキラ。それを見れば、流石の弥生とて認めないわけにはいかない。
ともかく、彼は変身ヒーローなのだ。ヘルメットだけしか、身につけないが。それでも紛れもなく正義の味方なのだろう。
「はぁー、それにしても怪人が出没するなんて、この街も物騒になったわね」
「悪党はいつでも地球を狙っている。だが心配はいらない! この俺がいる限り、奴らの好きにはさせん!」
「はいはい、勝手に熱血してなさい」
この男のペースに合わせては駄目だ。果てしなく疲れるだけである。そのくらいは弥生も学習している。
「さて、今日は休日だから家にいるけど……あなたはどうするの?」
「ああ、今日は査定がある日だからな。家にいるとしよう」
……査定? 一体何のことだろうか。しかし、それを尋ねる間もなく、アキラは部屋へと戻っていってしまった。
音楽を聴きながら、雑誌のページをめくる。ベッドの上で、弥生はごろごろと過ごしてた。たまの休みである。こういう過ごし方も、文句を言われるものではない。
ふと時計を見れば、もういい時間である。そろそろ昼食のために、下に降りたほうが良いだろう。
階段を降り、ダイニングへ。そこには真由美が、すでに食事の支度をして待っていた。
「あれ、アキラは?」
いつもならば、真っ先に食卓についているはずの男がいない。
「何でも、大事な会議中なんですって」
「会議?」
どこで、一体誰と? 疑問は尽きない。
とりあえず彼の部屋まで行ってみる。ドアを前に、ノックをしようと……。
スパーンッ!
唐突に部屋の中から甲高い音がする。慌ててドアを開けると、そこには。
「アキラも、もうちょっと考えて行動してください。頭部パーツだけとはいえ、装着には予算がかかるんですから」
「うう、すまん……」
……ハリセンを持った少女と、その前に正座するアキラの姿があった。
「いいですか? 先ほどの戦いのデータを見せてもらいましたけど、アキラの戦いには無駄が多すぎます。どこの世界に戦う前に名乗りを上げる警官がいるんですか? そんな暇があったら、さっさと不意打ちでも何でもして、倒してしまえばいいんです」
「だが、ヒーローっていうのは、見栄えも大事で……」
スパーンッ!
ハリセンの一撃。
「……すいませんでした」
「分かれば良いです。それで、用途不明金の件ですが」
「ああ、あれは近所のラーメン屋が大盛りサービスをやっていたから」
スパンスパーンッ!
「すんません、つい出来心で……」
弥生は黙ってドアを閉めた。
「あら、アキラさんは?」
「しばらく、放っておいた方がいいわ」
今見た光景は、忘れたほうがいいだろう。……あまりに哀れだ。
しばらくして、アキラはひとりの少女を連れてダイニングへとやってきた。
「あらあら、アキラさん。その子はどなた?」
「ああ、紹介が遅れまして。こいつはフュリス。俺のサポート兼マネージャーをやってます」
「フュリスです。はじめまして。できの悪いアキラが、いつもお世話になっています」
まったくの無表情で、ぺこりと挨拶する。小柄な少女。ショートボブの髪が、さらりと流れる。
「できの悪い、は余計だろ」
「不出来なパートナーを持つと、苦労します」
顔色も変えずに、さらりと言ってのける。非常にクールである。
「フュリスちゃんも、お昼ご飯食べるわよね?」
「はい、いただきます」
真由美がいそいそと支度をする。そんな後ろ姿を眺めながら、弥生がフュリスに問いかける。
「サポートって、一体何をやってるの?」
「私は主に、衛星軌道上の『ハイペリオン』という航宙巡洋艦でアキラのサポートをしています。アキラの変身時のパーツの転送、戦闘データの収集、仕事は山積みです。それなのに、アキラときたら……」
横に座るアキラのこめかみを、ぐりぐりと小突き回す。黙って少女の成すがままにされるアキラ。両者の力関係は、歴然だ。
「まったく、ヒーロー気取りで無茶ばかりして……自分が公務員だという事を、少しは自覚してもらいたいです」
「え? 宇宙刑事ってやっぱり公務員なの?」
「ええ。戦闘の際も、いちいち本部に連絡して、出動予算の承認を得ないといけません。小さな事件では、コンバットスーツの着用にも制限が出ます。ですから、いつもアキラはヘルメットだけで出動しているのです」
その姿に似合わず、はきはきと話す少女。
「私は監査役として、アキラの行動の全てを監視しなければなりません。ですから、いい加減な彼の態度には、いつもうんざりさせられるのです」
ため息ひとつ、コーヒーを口に含む。弥生はこの少女に、同情の念を抱いていた。確かにアキラを相手にしていては並の神経では持たないだろう。
「俺はいい加減ではない。常に正義のために……」
「その考え方がいい加減だというんです。馬鹿ちん」
ぱちんと頭を引っぱたく。年下の少女に好きにされる男というものは、どうにも情けなくて仕方がない。
「とにかく、今後は私の監査も厳しくします。ただでさえ地球への宇宙刑事の派遣は予算の無駄遣いとしてせっつかれているのですから。結果を確実に出してもらわないと、本部への帰還という事になるかもしれません」
「それは困る。俺にはまだ地球の平和を守る使命が……」
「使命もへったくれもありません。必要なのは結果です。いいですか、そもそも……」
長くなる少女の口上。辟易しているようなアキラ。そんなふたりを眺めながら弥生は黙って昼食をとるのだった。
「それでは、しっかり私の言った事を覚えておいてくださいね」
フュリスはことさら念を押すと、アキラの部屋へと戻っていく。
「あれ、帰るなら玄関じゃないの?」
「この部屋の押入れと、衛星軌道上のハイペリオンとをワームホールで直結しました。いつでもアキラの事を、修正しに来られるように」
何でもないことのように、弥生の質問に答える。アキラは完全にこの少女に尻に敷かれてしまっているようだ。
「それでは、失礼します」
押入れに入っていく。そしてピシャリと戸が閉まると、アキラは大きく息を吐いた。
「ふいー、やっとうるさいのがいなくなったか……」
「そんな事言ってもいいの? 仮にもあなたの監視役なんでしょ?」
「それは違うぞ弥生ちゃん。俺はひとりでもこの地球を守れる! フュリスなんて……」
「フュリスなんて、何ですか?」
「そう、フュリスなんて口うるさいだけの子供で、正義のなんたるかも知らない……」
気がつくと、押入れの戸が僅かに開き、そこから少女が顔を覗かせていた。
「……フュリス、今のは、その」
「減俸三ヶ月」
ピシャリと戸が閉まる。頭を抱えるアキラを見て、弥生はやれやれと首を振るのだった。