「ったく……会軌奈よぉ……どこ行ってたんだよ……」
「いや~ちょっと図書室で本読んでた」
会軌菜といってもボクは女じゃない。真輪 会軌菜(しりん えきな)。これが名前だ。奇妙な名前と思うかもしれない。だけどこの名前は心のどこかで安心感をボクに与えてくれる。
それに慶介が食堂についていてボクの席を取っていてくれたのは嬉しかった。
「てめ~……またかよ……オマエのおかげであんまり眠れなかったんだぞ……」
ボクは謎の夢を見るのは今回が初めてじゃない。
なんであんな夢をみるのかはわからない。
だってボクは…………
「おぉ~い。オレの席とってくれたか~い?」
「はやくしろ~! 蓮葉ぁ! そろそろ食い終わっちまうぜ!」
「マジかよぉ! 待っててくれねえのか!」
遠くから走ってきたのは燈霧 蓮葉(とうぎり はすば)。ちなみに女でオレ口調を治すのにはちょっと無理がある。
「うん。無理だね」
ボクはニッコリと微笑む。
「っが! 会軌菜までぇぇ!」
そんなことを言われてもしょうがない。
「いいよいいよ……一人で寂しく食べてりゃいいんだろ」
しぶしぶと朝ごはんを買うために人ごみの中へと消えていく。
「さぁて、オレもう行くよ」
「あ、じゃあボクも…………」
行こう、と言おうとした。立ち上がろうともした。
「おい! 会軌菜!」
「あ……れぇ……」
目が回る。視界がぼやける。
がっしりと肩をつかまれてなんとか倒れなかった。
それでも、気分は最悪。
「大丈夫か? また、例の持病か?」
「…………たぶん」
かすれる声でなんとか話す。
たまに立ちくらみのような貧血に似た病状が出てくるんだけど医者に聞いても『精神的なものが関わっている』といったまま原因は不明みたいだ。
「会軌菜はここに座ってろ。蓮葉がしばらくしたら来てくれるからあいつと一緒に教室へくればいい」
しばらく介抱してくれると教室へ帰っていった。
「会軌菜いたんだ」
少しむくれ気味に話す。
さっきのことを根に持っているんだろうか。
「あ、の…………怒ってる?」
「べっつにぃ~?」
目が死んでるよ。怒りマークが出ているよ。
「でもさぁ。まだ戻らないの?」
急に話を変えられても困るんだけど、蓮葉の機嫌も変わってくれて少し安心した。
「ん? 記憶のこと? ん~……全然戻る様子はないね」
ここの高校に入った当時はボクの性格は最悪だったらしい。それから数日たったある日、ボクは事故にあい記憶を失くしてしまった。
だから今のボクには記憶の一欠けらもない。むしろみんなからは今のままの方がいいといってくれる。
本当の名前は瀧澤 愁夜(たきざわ しゅうや)。
ボクは何で会軌菜と名乗っているのか。事故から起きた時に医者が名前を聞いたときにそう名乗ったのだ。
「そっか。オレは昔のオマエの方が好きだったぜ? あ、友達としてな?」
キシシ、と笑う。
「記憶が戻ったほうがいいのかな?」
ちょっと真剣に聞いてみる。
「知らない」
素っ気無い返事。
「だってさ、記憶が戻らないんじゃないかもよ? 戻らないじゃなくて戻りたくないんじゃないんじゃない?」
「…………」
蓮葉にしては珍しく確信に迫っている。
「さって…………そろそろ行くかぁ」
学食の定番カレーを食べ終わるとさっさと立ち上がる。
っていうか朝からカレーって…………
「そうだね。時間的にもやばいだろうし」
だけど廊下で歩いている時に蓮葉がいった言葉はなんとも簡単で重い言葉のような気がした。
「思い出さなくても会軌菜であって愁夜だ。オレとオマエの友情も変わらね~よ」
頬が赤くなり耳まで真っ赤だった蓮葉の顔をボクははっきりと覚えている。