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一話「妹の姉さん」

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 夏は暑い。蝉の音はとてもうるさく、僕のいらいらを2割増しにする。いらいらいらいら。
 どうしてこんないらいらしてるかというと、妹が「お姉さんが見つかったよ」と昨日言ったからだ。
妹「お姉さんがみつかったんだよ!」
へ? 僕の兄妹には姉なんかいないのに? 姉なにそれおいしいの? なにが起きたの? って。
昨日妹がそんな意味深な発言をしたせいで、今日の僕のいらいらは6割増しです。

 いや、正確に言うといらいらが2割増したんじゃなくて、底知れぬ不安が2割増したんだ。
よく考えてみよう。16年間、同じ釜の飯を食べ、同じ屋根の下で暮らした妹が「姉が見つかった」と言うのだ。
うちの家には姉なんていないはずなのにそう言うのだ。これはなんかの昼ドラですか。だとしたら、僕は親にこう怒鳴りつけます。
「子供のことくらいしっかりしとけよ!! 」
って。いや、実際その可能性もなきにしもあらずだ。だから、妹のいつもの冗談か先走りとわかっていながらも、
今日の僕は底知れぬ不安を抱えているんだ。その不安のおかげで、今日昼食を半分しか口にできなかったなんて誰にも言えない……。

 とにかく、今日は妹に姉の真偽を確かめるためにも、僕の底知れぬ不安を取り除くためにも、
早く家に帰りたかったのだ。だがこの殺人的な暑さはどうだ。僕の意志とは裏腹じゃないか。くそっ。
熱い暑い熱い…! なんで今日に限ってこんな暑いんだよ! ちくしょうめ!! 
自転車のペダルを踏んでいる足の裏がとてもかゆくなってきた。ちくしょうめ!!

 そんなこんなで、いつもより2割増しの早さで家に着いてしまった、というわけだ。
妹はまだ家に帰っていない。さて、どうしようか。暇だ。しかも2割増しの早さで帰ってきてしまったせいで
ワイシャツもいつもよりベトベト。顔から吹き出る汗も体の熱のこもり具合も2割増しだ。
まず、水分補給をしようと思って冷蔵庫を開ける。缶のポカリスエットがあったのでそれを手にとる。
ふたを開けて、(今日ホームルームで盗み聞きした、○○さんが大喧嘩して彼氏と別れたことを思い出しながら)
ポカリスエットをごくりごくりと飲む。(人の不幸で、という意味でも)ポカリスエットはいつもより2割増しうまい。

 ちょうどポカリスエットを全部飲み切ったところで、インターホンが鳴った。
 妹が中学校から帰ってきたのである。

 妹はいつもと同じふいんき(←なぜか辞書で引いても見つからない)で玄関にたっていた。
「やあ兄さん! ただいま!」
やあ兄さんじゃないだろ!と思ったが、ここで妹に注意すると妹の機嫌を損ねてしまうと思ったから、
「おかえり」
と言った。それから妹はいつもの通り、自分の部屋に戻って荷物を置いて、風呂の用意をして風呂に入った。
その間に僕は、妹に姉の件についてどう切り出せばいいのか考えた。
でも、なんだかどうでもいいやという気持ちになった。どうせまたいつもの「兄さんあれ間違ってたの~… 」だろう。
こんなことに真剣に悩んでいた自分がとても馬鹿らしく思った。ちくしょうめ。
 
 妹が風呂から上がってきた。妹の一糸(いっし)まとわぬ姿に、特に異性としての魅力も感じることもない。妹スキーじゃないからね、僕は。
妹「あの、お姉さんが見つかった~っていうことだけどさ~」
妹「血のつながった、っていうわけじゃあないよ~。兄さん心配してたらごめんね~」
そうか。ほっとした…。この感情を何かに例えるとすれば…。

 小さいころ僕はノストラダムスの大預言を本当に信じていた。だから、世界はもう終わりなんだと本気で信じていた。
あの時、母さんに今までごめんねこれからはいい子にするから… と本気で言ったりもした。
そしていざ次の日を迎えて、朝日を浴びるのがこんなに幸せなことなんだなと子供心に僕は思ったのだ。
その感情に似ている。昼ドラかのような展開に巻き込まれることはなかったのだ。よかった。僕は胸をなでおろした。
これで僕は今日、安心してぐっすり眠ることができる。でもどの道熱帯夜で寝れないという現実が待っているのだが。今日はエアコンをつけようかな。

妹「でね、その姉さんっていうのがいろいろあって来週家に泊りにくるんだけど…」
妹「で、私その時ちょうど友達と旅行行く約束があって…、その…」

妹が旅行に行くと言い出した。妹はなんてリア充なんだろう。僕なんて旅行に行く「友達」さえいないのに…。
来週は夏休み入ってるし、夏休みのスケジュールなんてどうせ全部まっしろだろうし、女の子の顔も間近で見たいので、
「おし、わかった。旅行気をつけてな」
と妹に言ってやった。すると
「やったー」
おいおい、妹は姉さん! と言ってその姉さんとやらを慕ってるのじゃないのか…。と、疑問に感じつつも
「女に会えるからいいか」と思ったので、深くは考えないことにした。どうせ夏休みに入ったら、ろくに外にも出ないし
女の子も見れないから、いいかなぁって。願ってもないことが起きるもんだなぁと思った。

 それから、妹とも何にもなかった。明日から夏休みということと、女の子が家に泊まりに来る! ということで
その日の僕のテンションはとても高くなった。まわりの景色すべてが、きらきらしてとってもきれいに見えた。
これが脳内麻薬というやつか! でもリア充どもはこんな経験を幾度となく、または毎日繰り返してて…。
そこまで考えると、とても憂鬱でやりきれない気分になった。ので、その日は興奮を維持しながらも、携帯にイヤホンをさして
携帯の好きな音楽を聞きまくった。自分で作った「好きな曲アルバム」を聞いていたら、聞きいってしまった。気がつけば、
時刻は次の日の朝の3時だった。どうやら僕は昨日、夕ごはんを食べることや風呂に入ることさえも忘れて音楽を聴いていたようだ。
これは、新たな伝説である。そういう伝説は、小学校のときから書いている「伝説ノート」にこの年にもなってどうかなぁ…と思いつつ
伝説を書き記さねばならない。これは、自分で勝手に決めた自分のルールである。だから破ることは気になるので許されない。

 「伝説ノート」に伝説とその感想を恥ずかしながらも書いた。書き終えると時計の針は午前4時を指していた。
早く寝なければならない。全然眠たくないけどね。
2, 1

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