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眠い(作:黒糖)

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 「眠い」

 昔から、よく幻覚を見た。
 それは昼夜問わず、口から欠伸が出るほど眠たくなると、目に映るものだった。そして今日もまた、私の部屋の中に、ふわふわと漂う一匹のクラゲが見える。
「……今日はクラゲかぁ」
 そう思って静かに手を伸ばしてやると、クラゲはおとなしく捕まった。特に暴れることも無く、掴んだ手がシビれるようなことも無い。惰性に流されるようにして、ふらりふらりと、変わらず漂うだけだった。私はそんなクラゲを掴んだまま立ち上がり、台所へと向かった。
「よし。食べよう」
 既にまな板と包丁は用意してあるから、後は手頃な大きさに切るだけだ。それにしても、見れば見る程クラゲとは、幻覚らしい要素を備えているものだと感心する。なにせ半透明なのだ。内側には脳みそなのか、心臓なのかは知れないが、どくどく動く何かが見える。それから全身は滑らかで、揺らめく幾本もの足は、気がつけば魅入ってしまいそうになる。
「食べるのが、少しだけ勿体ないかも」
 そんな思いとは裏腹に、包丁を持った私の手は、小気味よく、とんとんと、まな板の表面を叩いていた。それにしても、本物、幻覚問わず、クラゲは食べたことが無い。だからどの部位が美味しいのかよく分からない。だけど、胃に入れてしまえば同じよね。
 捌き終わったクラゲは、小皿の上に盛り合わせた。どことなくイカ刺のようで、美味しそうでは無いかしら?……多分。
「……いただきまーす」
 醤油に浸して、箸を持ち、一切れを口の中に放り込む。せっかくなので、色々な方法で食べてみようと思い、中身のどくどくした部分は、ポン酢に浸してみた。すると不思議な事に、ポン酢の味がした。
「結構いけるなぁ、おいしい、おいしい」
 満足気に舌鼓を打って、そう呟いてみる。だけど、クラゲがどういう味なのか分からないので、本当はおいしいのかどうか分からない。それでも私は、おいしい、おいしい、と言いながら食べ続けた。
「ふぅ……ごちそうさま」
 皿を水で洗って、まな板と包丁はそのまま片づけた。その際に、じっと目を凝らしてみたけれど、細かな包丁の跡が見えるだけで、クラゲの痕跡は、どこにも残ってはいなかった。
 
 私は、いつから幻覚を見ていたのか、そして、何がきっかけで幻覚を食べてみようと思ったのか。もう思い出せない。ただ、幻覚を食べ続けているから、幻覚を見続けているのだろうと、ずっと前から感じていた。そして私は何度か、幻覚を食べるのを止めようとしたことがある。しかし幻覚を食べないと、私の身体は不調をきたす。眠ることが出来なくなるのだ。どんなに眠たくなっても、どんなに眠りたいと思っても駄目だった。最高記録は、四日間の不眠不休だ。そしてその時に、私は幻覚を食べないといけないのだと諦めた。
「……明日のご飯は、何かなー……」
 食べなければ、ある意味、本当に眠れるのだろう。だけど幸運なことに、私にはまだまだ、やりたいことが山積みになっている。だから眠った日の翌日は、きちんと目を覚まさないといけない。訪れる明日を、私は迎え入れたくて仕方が無いのだから。そのために、私はこれからも、幻覚を食べ続けるだろう。
「おやすみ、また明日ね……」
 ベッドに潜り込んで、部屋の電気を消した。そしてふと、意識が落ちる最中、小さな欠伸が零れてしまう。
 とても食べられそうにないそれを見て、どうしようかと思いつつ、意識は沈んでいった。

 



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「眠い」採点・寸評
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1.文章力
 85点

2.発想力
 90点

3. 推薦度
 85点

4.寸評
 面白い発想でした。
 白昼夢のような雰囲気の中、不思議な出来事が軽妙且つユーモラスに描かれています。短くまとめられていることも相まって、読みやすさは一級品ですね。
 とても面白い、良い短編でしたが、タイトルが地味すぎるのが惜しいところです。この話なら、タイトルはもっと凝っても良かったのではないでしょうか? 小説はタイトルが良くないと読んでもらいにくい部分がありますので、その点少し残念でした。

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1.文章力
 80点

2.発想力
 90点

3. 推薦度
 70点

4.寸評
 なかなか味がある作品です。また、文章は制限の中で長ければ長いほどいいというわけではないことを証明している作品でもあります。短い中に凝縮されており、読みやすく、意味も全て伝わりました。くどすぎて失敗した、と感じている参加者の方々にはぜひ参考にして頂きたい。
 ただしあっさり風味なので推薦度だけは少し下げてあります。

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1.文章力 80点
2.発想力 70点
3.推薦度 80点
4.寸評
 いい雰囲気ですね。読んでいるだけで、絵が浮かんでくるような、そんな描写の数々。始まりから終わりまで連綿と続く、この独特な雰囲気はオチを必要ともせず、とても綺麗でした。

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1.文章力 60点
2.発想力 80点
3.推薦度 65点
4.寸評

 妄想を食べる、という発想は面白かった。
 どこかふわふわとした現実感が希薄な主人公のモノローグは、描写の細かさとは裏腹な非現実さを上手く出せていると感じた。
 しかし、全編を通してストーリーというものがなく、眠れない主人公がどうなっていくとか、解決のために何かするとか、そういった話のベクトルとでも言うべきものが一切見受けられなかったのが残念。
 起承転結の、転が来ないまま終わってしまったような印象だろうか。
 結局、主人公の眠れない時の挙動を描写しただけで終わってしまい、オチや話の区切りといったものが見えず、作者が何を表現したかったかが分からなかった。
 設定が良かっただけに、もっと話に力を入れたものを読んでみたいと思わされた。

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1.文章力 40
2.発想力 50
3. 推薦度 50
4.寸評
 食べるという行為がかわいらしくて好き。
 オチの「とても食べられそうにないそれ」は、はっきりと答えを出しても良かった気がする。であれば、面白みが増しただろう。

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各平均点
1.文章力 69点

2.発想力 76点

3. 推薦度 70点

合計平均点 215点

142, 141

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