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石柱(作:古賀なべしき )

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テレビを見ていたのは、いかにもその筋といった風情の二人の男だった。



おなじみの男性ナレーションがスピーカーから聞こえてくる。

「──今夜の不思議の舞台は──」

二十五年近く放送している長寿クイズ番組。オープニングミュージックも耳なじみのものが未だに使われている。

ナレーションが淡々と今夜の不思議の舞台について語る。

「──以前番組では、水田の底から無数に発掘された謎の石柱群にスポットを当てました。しかし、最近の研究で、この石柱群に新たなる発見がありました。その、発見とは?我が国、最大のミステリーといわれている、石柱群。今夜は、その謎にミステリーレポーター・竹外海北江が挑みます!」

テレビの画面がふいにアニメーションに変わり、中央に「世界ふしぎ探検!」の文字。

と、同時に、大勢の拍手の音が響いた。「世界ふしぎ探検!」の文字が、徐々に画面外に消えていく。文字が完全に消えたあとには、モニターの並んだセットが映し出される。テレビ番組のスタジオのようだ。

回答者とおぼしき人物達が手を叩いている。みな、作り笑顔を浮かべている。

スタジオの中にある、アーチ状の入り口から司会者の男が現れた。男は、手を叩きながらスタジオに入場し、おもむろにしゃべり出した。

「みなさん、こんばんは。さて、実は、今夜のこの放送で、この世界ふしぎ探検は、番組放送開始から二十五周年となります」

拍手が一段と大きくなった。「いよっ!草原さんっ!」回答者席の若いのか年寄りなのかよくわからない男が声を上げた。着物姿の妙な髪型をした老年の女性が、一瞬眉を顰めた。司会者の男は、張り付いたような笑顔を浮かべたまま、しゃべり続けた。

「今夜は二十五周年記念スペシャルとして、発見されたばかりの石柱群の秘密について、どこよりも早くお送りしていきたいと思います。この情報は、まだ各メディアでもあまり取り上げられていません。この番組が世界に先駆けてお送りする形となります。それでは、回答者のみなさんをご紹介しましょう──」

司会者が、回答者を紹介していく。一通り紹介し終えると、司会者は、カメラに向かって語り始めた。

「さて、今夜の石柱群については、以前、番組でもご紹介しました。しかし、最新技術による検証の結果、驚くべきことがわかりました。その謎とはいったい何なのでしょうか。それでは、第一問です。不思議、探検!」

画面が切り替わった。薄暗い部屋が映し出される。どこかの博物館の一室のようである。その中央をリポーターと思われる女性が、カメラの方を振り返り振り返り歩いている。

「ご覧下さい。ここには、全部で百以上の石柱が展示してあります。ですが、これでも発掘された石柱のごく一部分でしかありません」

女性リポーターは、両腕を拡げて部屋の壁を示す。部屋の両脇には、巨大なガラスケースが並んでおり、中には円筒形の石柱が無数に置いてあった。高さは一メートル弱といったところ。直径は六十センチはあるだろう。かなり大きなものだ。

「発掘された石柱の総数は、五百以上とも言われています。非常に謎が多い石柱です。この謎の石柱に、今年、一人の考古学者がメスを入れました!」

女性リポーターが、部屋の端にある扉を開けた。中に気難しそうな顔つきをした男がいた。

「どうもー。はじめましてー」

「はじめまして」

女性リポーターと男性は、台本に書かれたような挨拶を交わした。

「これまで、この石柱は、何らかの建築物の一部だと考えられてきました。しかし、その考え方に疑問を抱いたのが、こちらのT大学の助教授、倉濱半刻(くらはまはんこく)さんです」

紹介された男は軽く会釈をした。

「そう。これまでの常識では、この石柱は、古代の建築物の一部だと考えられてきました。しかし、それでは不自然な部分が多々あるのです。第一に、建築物だとするなら、柱以外の部分はどこへ行ってしまったのか。第二に、なぜ、特定の地域のみからしか発見されないのか。第三に、建築物の柱だと考えるにはあまりに小さいのではないか、ということです」

黙って頷いているレポーター。学者は続けた。

「この石柱群がなんなのか。研究者達は頭を悩ませていました。私もそのうちの一人でした。ですが、研究のすえ、一つの仮説にたどり着いたのです」

そこで、それまで黙って頷いていたミステリーリポーターが口を開いた。

「その仮説とはどのような……?」

「この石柱は、墓としての役割を持っているのではないか、ということです」

「墓、ですか?」

「そう。墓標です。この石柱群は古代人の墓だったのではないかという仮説をたてたのです」

「なるほどお」

わざとらしく、リポーターが頷く。

「そして、石柱をCTスキャンした結果、我々の仮説を裏付ける決定的なものが中にあることがわかったのです」

学者の言葉に、リポーターは身を乗り出した。

「それは、いったい?」

「中にあったのは、古代人の遺体です!」

「古代人の遺体!」

リポーターは目を見開き、鸚鵡返しに言った。

「今年に入って、ようやく、この石柱を割って調べる許可を得ることができました。そして、取り出されたのが、こちらの遺体です」

学者が示した先には、人のものと思われる白骨があった。白骨がアップになって映し出される。頭蓋骨に当たる部分に陥没したような跡がある。

「見てください。この死体の前頭部分、頭蓋骨のこの部分です。ここに穴が開いているでしょう。はじめは、この傷がこの人物の死因だと解釈されていました。しかし、最近の調査で、どうも、この傷は直接の死因ではなく、この人物を昏倒させるときについたものだということが分かってきました」

いいながら学者は、「これは別の死体の写真ですが」と、白骨化した手のアップの写真を見せる。

「ここを見てください。この部分です。骨を削ったような痕があります。これは、治療をした痕なんですよ」

レポーターは、写真を受け取ると、感心したように相槌を繰り返す。

「他の死体からも、このような治療の跡が見つかっているんですか?」

「ええ。そうです。こちら写真なんてみてください。小指が欠落しています。しかし、こんな細かい傷に対しても、丁寧な治療の跡がある。それどころか、歯の治療を行った遺体なんてのも見つかっています。この時代、この地域に、かなり発達した文明があったことが伺えます」

次々と写真を見せる学者。テレビ画面には、無数の白骨の写真が映し出される。

「何らかの生け贄ではないか、という説もありますが、傷の多さと治療の跡の多さから、私は、彼らは戦士だったのではないかと考えています」

リポーターは大きく頷いた。白衣の男の顔がアップになる。

「勇敢な戦士に対し、敬意を込めて石に封じ海底に沈める。これはそんな特殊な葬儀法だったのではないでしょうか」

「何らかの宗教的な意味合いがあった、ということですか?」

「それは、まだ研究の段階ですが」

学者は首を振り、話題を変えた。

「ところで、この遺体の年代を特定したところ、なんと今から一万年以上も前のものということが分かりました」

「一万年前!」

レポーターが驚愕する。先ほどから、わざとらしい驚き方の連発だ。

「約一万年前には、このあたりは海の底だったと考えられています」

「海の底ですかー。この石柱は、一万年もの間、海の底にあって形を保ち続けたということなんですね」

「石柱が沈んだところが良かったのです。地質学的に当時の海底は非常に柔らかいヘドロ状だったということが分かっています。泥の中に長年沈んでいたため、この石柱は腐食するのを免れたと考えられます」

「つまり、全くの偶然により、この石柱は今の時代に残っている、というわけですねー」

学者は大きく頷いた。

「発見はそれだけではないのです。この石柱の表面の成分を分析したところ、この石柱の表面には、ある種の金属が多く含まれることが分かったのです」

「それは、どういうことですか?」

「つまり、この石柱は、海の底に沈められる前には、金属でコーティングされていた可能性が高いのです。石が腐食を免れたのも、このためではないかと考えられます」

「金属? 一万年前ですよね? もし、本当にこの石柱が金属で覆われていたのだとすると、これはいわゆるオーパーツということになるのでしょうか?」

「いえ、オーパーツどころか、明確な超古代文明の存在を証明するものだといえます」

ここで、石柱が大きく映し出される。

「この石柱には、つなぎ目がないですよね。古代人は、どうやって人間の体をこの中に入れたのでし
ょうか」

「その点も、大きな謎です。細かい砂状に砕いた石が固まったことになるのですが、長年の海底の圧力で固まったのか、古代人が石を固める技術を持っていたのか……」

「古代文明の謎の技術があった! ……かもしれないということですね」

学者は気難しい顔で「その可能性もあります」と首を振った。

そして、画面はスタジオに変わった。

司会者と回答者が、謎について語る。フビライ・ハン似のおじさんが、「ほんまやったらエライ大発見じゃないですか」云々の話をしている。和服の老齢の女性が厳しいツッコミを入れる。そんなことをしている間に、提供の会社名が読み上げられ、CMが始まった。IH何とか、全自動何とか、あとシロクマ。そして、何故か巨大な木を全面に押し出しているCMが流れた。この番組のスポンサーは電化製品の大手のようで、その後も続けざまにその手のCMが続いた。

番組が再開されると、画面はスタジオから屋外に切り替わっていた。

ミステリーリポーターの女性は相変わらずカメラの方を見ながら後ろ向きに歩いていた。

「倉濱博士の仮説は、学会に賛否両論を巻き起こしました。学術的な根拠の薄さがその原因だと言われています。それでは、最初のクエスチョンです。この、石柱は、私たちのよく知っている、ある建材の成分とよく似ているそうなのですが、さて、その建材とは、いったいなんでしょうか──?」

音楽とともに、画面はスタジオに切り替わった。



「兄貴ぃ、この問題、分かりやす?」

「よく似たモンをつい最近見た気がするんだがのォ」

テレビを食い入るように見つめている二人のすぐ後ろのドラム缶の中で、まだ固まりきっていないコンクリートが「コポ」と音をたてた。
148, 147

  

↑(FA作者:通りすがりのT先生)



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「石柱」寸評・採点
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1.文章力
 95点

2.発想力
 90点

3. 推薦度
 90点

4.寸評
 丁寧に書かれた作品だと思います。また計算もされています。
 某長寿番組をパロディにした胡散臭ぇミステリー。「二十五年も続けてるとネタが苦しいんだろうなぁ」と思わずにはいられません!
 この手の番組にありがちな「視聴者(と徹子)のツッコミを無視してあらぬ方向へムリヤリ突っ走っていく」雰囲気がとても良く出ています。そして、淡々と毒づく地の文が、番組のディテール作りに大きく貢献していて、これもまた上手。この出演者達、絶対仲良くないって分かります。
 所謂「叙述トリック」により書かれた作品ですが、ミステリを読まず、ナゾナゾも苦手な筆者には、最後に辿り着くまで石柱の正体が分かりませんでした。ただ、読み返してみるとヒントはそれなりに散らばっているので、ミステリ好きな人ならオチの前に分かるかもしれませんね。

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1.文章力
 80点

2.発想力
 70点

3. 推薦度
 70点

4.寸評
 文学的に評価したり(会話中心で展開するとか)、発想そのもの(実際は平凡な部類)を評価したらもっと落ちるでしょうが、純粋に読みやすかったことや良い意味でオチを裏切られたことが得点の上乗せにつながりました。
 とことん石柱に意識を集中させた上でのキラーパス、読み手のためによく考えられた文章と組み立てには好感が持てます。作者様は作家にとって大切なものを持っていると思いますので、更なる成長を期待しております。

 (今回は寸評役なので敢えて言いますが、「作家にとって大切なもの」について…
 例えば1つ挙げますと、「作者のオナニー全開作品」はどんなに文が上手かろうが「読者のために公開する作品」としては最低のものとなります。)

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1.文章力 70点
2.発想力 50点
3.推薦度 80点
4.寸評
 有名番組をモチーフにしているので描写が少なくても脳内で保管してくれます、ちょっとずる賢い(笑)。
 さて、まず水田の底に一メートル弱の石柱が今まで発見されずにいることがありえるのでしょうか。そもそも水田にそんな深さはないですよね? 仮に地中に埋まっていたとしても、何故掘り出そうとしたのかの説明もないので、ちょっと偶然に頼りすぎかなという印象を受けました。
 オチはとても面白いです、正に読者にもクイズを出しているような言い回しです。

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1.文章力 60点
2.発想力 80点
3.推薦度 80点
4.寸評
 オチが綺麗について、読後感の非常に良い作品。意外性もあり、文頭のわけや全体の流れが集束して終わる形は非常に整っていて、気持ち良く読み終わることができた。
 しかし、本編の大半を占める旅番組を模した描写が、ひどく淡々とし過ぎているのが気になった。
 作者が意図して退屈な番組を演出しているのだろうが、そういった番組中のナレーターや解説の会話は、そのまま退屈な文章として読者に伝わってきてしまう。演出だということは理解できるのだが、読者の興味が淡々とした描写のせいで薄れていってしまうのはもったいないと感じた。
 また、文頭の二人組も最初と最後に一文だけ登場するだけで、登場人物が淡々と番組進行する人間以外にいないのは非常にさみしい。もう少し広がりを持たせてもよかったのでは、と思った。

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1.文章力 40
2.発想力 50
3. 推薦度 50
4.寸評
 流れが惜しい。少しグズグズしてしまった。
 ラストとの間に言葉が足りない。
 ここがはっきりとしているともっと好きになれた。

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1.文章力 (80)

2.発想力 (80)

3. 推薦度 (90)

4.寸評 
パロディネタを上手く絡めた絶妙なオチが見事です。文章も読みやすく、まるで某番組を実際に見ているかのような印象を受けました。
ヤクザが出ているところが個人的にツボです。

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各平均点
1.文章力 69点

2.発想力 68点

3. 推薦度 74点

合計平均点 211点




150, 149

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