ある夏の日の午後、くたびれたスーツ姿の男が、帝國線帝國歌劇前行き、上り特急に乗車した。
「ニュース見た? やばいよね」
「やばいよねーぱねぇ」
「やっぱり? 私も、流石にあれはぱねぇと思うんだー」
会話の8割が、「やばい」だの「ぱねぇ」で犯された制服姿の女子高校生は、電車にかけられた広告に踊る、「連続爆弾魔、帝國ビル爆破予告」の文字を指差して盛り上がっている。
スーツの男は、その広告を一瞥し、重いため息をついてから辺りを見回す。
「す、すいませんが席を譲っていただけませんか」
どこにも空いている場所がないとわかった男は、優先座席までおもむき、そこに座っていた油の乗った中年男性に声をかけた。
「え? えぇどうぞ」
声をかけられた中年男性は、男を上から下まで値踏みするようにして見てから、めんどくさそうに席を立った。
「どうもすいません」
中年男性は始めは男に嫌悪している様子だったが、男が何度も頭を下げて中年男性に謝辞を述べているうちに、居心地が悪くなったようで、どこか違う車両へと行ってしまった。
「しつれいしますね」
「えぇ、どうぞ。あなたが来てくれて、私達とってもうれしいわ」
男は隣の老夫婦に軽く挨拶をしただけだった。
それだというのに、何故か老夫婦は、笑顔で男に謝辞を述べたのだった。
男がどうしてお礼を言うのかを尋ねたところ、この老夫婦は、先ほど男に席を譲ってくれたあの、油の乗った中年男性の体臭に、大変悩まされていた。と、の事だった。
「なら、私はバラの香りがしますから、もしかしたら迷惑かもしれませんね」
男は冗談を言って老夫婦を笑わせ、そして、ため息をついてから席に着いた。
「えーこの列車は、帝國歌劇前行き上り特急です。えー次は帝都公園前、帝都後援前です。御降りの際は、お忘れ物なさいませんようお願いいたします」
聞こえてくる車内アナウンスを右から左へと聞き流し、スーツの男は、窓の外を高速で流れ行く景色を見ながら、深いため息とともに、ひざ上に乗せた大き目の黒いかばんをきつく握り締めた。
「犯人はお前だ!」
ふと聞こえてきた声に、男はびくりとしたが、見れば子供達が遊んでいるだけだった。
子供達が遊んでいるのは、一人が探偵、そしてその他の人間の誰かが犯人にふんし、探偵はそれを当てるという、要するに「探偵ごっこ」だ。
男は内心、しつけくらいきちんとしておいてほしいものだと、見えない親に毒づいたが、特にそれを口に出すこともなく、ただ深いため息を一つついて、ひざ上のかばんを握り締めた。
「僕が仕掛けたのは爆弾だ」
子供達の声に、男はこんなご時世になんて不謹慎なことを言うんだと思ったが、やっぱりそれは口に出さず、おびえたようにニ、三度小刻みにこぶしを震わせ、またかばんをきつく握り締めた。
「残念だが、正解はここだ!」
ふざけていた子供のうちの一人が、男の元まで駆け寄ってき、男のかばんを軽く叩いてそういった。
どうやらこの子供は、男のかばんに爆弾を仕掛けたという設定らしい。
「やめろっ!!」
かばんを叩かれた男は、目を血走らせ、大きな声で子供達に怒鳴り散らした。
そんな男のいきなりの行動に、近くに座っていた老夫婦はもちろん、彼氏の話で盛り上がっていた女子高校生までもが、いっせいに男を見た。
「たかが子供の遊びにぱねぇ」
「ぱねぇ」
「まぁまぁ、子供の遊びですし、そこまで怒鳴らなくても」
老夫婦になだめられて男は少し浮かした腰を再び落ち着けた。
男に向けられたのは、見下すような鋭い視線の数々。一瞬にしてこの車両の乗客の、男への社会的高感度は下落した。
気づけば子供達の声も聞こえなくなっており、車内は再び車体の揺れる音と「ぱねぇ」だけが響いた。
「しっかし、さっきのおっさんぱねぇ」
「ぱねぇな」
「もしかして、本当に爆弾持ってるんじゃね?」
「それ、ぱねぇぱねぇ」
もはや、会話として成立しているのかも怪しい言語を話す女子高校生たちの会話を聞いた男は、子供に叩かれた自らのかばんをかたく握り締めた。
「何も知らないくせに」
男はそうつぶやき、唇をきつくかんだ。
「まもなく、帝都公園前、帝都公園前」
男がそうしている間にも、電車はゆっくりと速度を落とし、そして停車した。
ドアの開く音とともに、大量の冷気と人が吐き出されていった。その数秒後、電車は吐き出された分を取り戻すようにして、新しい乗客を飲み込んでいった。
外は真夏日、そして今は通勤ラッシュ。それも帰宅のラッシュ時だ、先ほどまで涼しかったはず車内も、先の停車ですっかり冷気が逃げてしまい、車内は企業戦士たちの、鼻を突くつんとしたすっぱいにおいと熱気で、あっという間に満たされた。
「えー次は、帝國ビル前、帝國ビル前です」
流れてきた場内アナウンスの、「帝國ビル」というワードを聞いただけで、車内はまた騒がしくなる。
騒がしくしているのは、ほとんどが制服に身を包んだ学生なのだが、誰も注意はしない。したところでどうせ意味がないということを全員が知っているのだ。
「この帝國ビルって、爆破予告があったとこだよな」
「しかも、予告日、今日だぜ」
「もしかしたら今、爆発するかもな」
「ぱねぇ」
「ぱねぇな」
もはや病気にでも感染したかのように、他の乗客の迷惑など考えもせず、笑いながらぱねぇぱねぇと連呼する会話は、それこそ一昔までは解読すら出来なかったのだが、時代が移り変わることにより、ほとんどの人間が理解できるようになっていた。
ただ、それを使うか使わないかは個人の自由で、たいていの場合は使わない。使うのは、いわゆる、若気の至りというやつに他ならない。
「爆弾……」
例に漏れず、少年少女の会話の理解できるスーツの男は、そうつぶやいて、長いため息とともにカバンを握り締めた。
「帝國ビル前、帝國ビル前、御降りの方は――」
電車がホームに到着し、扉が開くと同時に流れが起こる。スーツの男は、びくびくとおびえた様子で立ち上がり、出来るだけ人と接触しないように、ゆっくりとカバンを抱いたまま人の流れに身を任せた。
「ひっ」
男は誰かとぶつかるたびに小さく声を上げ、その場に立ち止まった。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
何度小さな悲鳴を上げて立ち止まる男を心配し、笑顔で声をかけてくれた若いスーツ姿の男に男は返事をするが、その声に力はなく、男は目に見えて衰弱していた。
しかし、男はそんな姿になっても、決してカバンを手放さなかった。
「病院に行ったほうがいいんじゃないですか? ほら、帝國ビルの近くにある帝國病院ならすぐですよ」
「あぁ、そうすることにしよう。どうせそちらに用があるから、今から向かうことにするよ」
男は若い男に謝辞を述べ、宝でも抱えるようにかばんを胸に抱いたまま、ふらふらとバス停へと向かった。
「す、すいませんが席を譲っていただけませんか」
男は、バスに乗る際も席を譲ってもらい、しっかりとカバンを抱きかかえていた。
「ありがとうございました」
バス運転手の声を背に男は慎重に地面へと降り立った。
男が見上げた先にそびえ立つのは、天に届かんとするほどの巨大なビルだった。無数の窓ガラスで反射される無数の光は、さながらビル自体が一つの発光体のように見えなくもない。
「さて」
男は、つぶやいてから一歩踏み出し、すぐさまバランスを崩した。
「くっ」
男はうめきながらも何とか立ち上がり、帝國ビルを悔しそうにいちべつし、ビルのすぐ隣の帝國病院へと向かった。
「爆弾を抱えているんだ」
「は?」
「爆弾だ」
「と、とりあえず診察ですね」
病院に入った男は、カバンを抱きしめたまま受付をしている看護士にそう訴えると、力なくその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか? 立てますか? 立てないようでしたらどうぞ」
「あぁ」
そういって手をさし伸ばしてくれる看護士を見上げ、男はあいまいに返事をするが、男の手はかばんから離れなかった。
「手がふさがっているようでしたらカバンをお預かりしましょうか?」
「それはだめだ!」
手をとるために邪魔なかばんを受け取ろうと、声をかけた看護士にヒステリックにわめきちらし、男は息を切らした。
「これは大切なものなんだ」
「そ、そうですか」
若干、危ないものを見るような目で自分を見る看護士に、深呼吸一つして落ち着いて話す男は、大切な用事があるからどうか早く診断してくれるようにと看護士に頼んだ。
「お大事に」
男の異常さを汲み取ってか、男の診察は通常より速く行われた。
そのおかげか、早めに病院から出た男は、病院から出るや否や医師からもらった鎮痛剤を、水もなしにニ、三粒飲み込み、すぐ隣の帝國ビルへと走った。
「じゃあ、確実にお願いしますよ」
「かしこまりました」
男は帝國ビルで、今まで大事に持っていたカバンを受付に渡し、きちんと取締役代表に届けてくれるようにと厳重に言い渡してから、そのまま帝國ビルを去った。
「さて、書類も届けたことだし、今日はもう帰ろう」
そういって男は、医師からもらった鎮痛剤の残量を確認しながら、持っていた缶コーヒーをうれしそうに傾けた。
「さあ、もうすぐ休暇だ。そしたらきちんとしたところで見てもらおう。それまで爆発してくれるなよ、俺の爆弾ちゃん」
そういって男は、自らのひざの軽くノックし、空になった缶をゴミ箱へ投げつけ、家へと向かって歩き出した。
爆弾魔(只野空気)
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「爆弾魔」採点・寸評
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1.文章力
60点
2.発想力
60点
3. 推薦度
65点
4.寸評
全体的にまとまった出来ですが、冗長に感じました。
本筋に関係ない描写が多く、それがテンポを悪くしている原因かと思います。この話なら、もっと短くまとめた方が印象も良くなったでしょう。「ぱねぇ」押しがしつこすぎた。
アイデアは決して悪くないのですが、その表現の仕方に、若干ながら工夫のなさを感じてしまいます。「爆弾を抱えているんだ」という台詞とか、特に。
主人公が爆弾魔と間違えられて逮捕される――ベタかもですが――という展開を見たかったです。
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1.文章力
40点
2.発想力
60点
3. 推薦度
50点
4.寸評
誤字がありますし、改行位置が悪い、段落分けがない、読みづらい。特に誤変換が酷い。締め切りに駆け込んだのは分かりますが、校正は必要です。
オチはなるほどと思わせるものがありますが、細かい部分の発想が足を引っ張っていて及第点より落ちています。
作者様は今回狙いすぎの感があります。もっと力抜いて王道路線を行っていいんですよ。
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1.文章力 60点
2.発想力 20点
3.推薦度 40点
4.寸評
オチにある意味、吃驚しました。爆弾魔と膝の爆弾をかけるのはいいと思いますが、この構成にそのオチはどうなの? という印象が強いです。
つまり、これだけ爆弾魔について物語ったところに、ただの言葉遊びがオチという。
ですが、電車から人が吐き出されて行く部分の描写は、非常にいいですね。この質を保つよう推敲をしてくれれば、きっと面白い作品ができると思います。
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1.文章力 30.点
2.発想力 45点
3.推薦度 45点
4.寸評
誤字(というよりも誤変換の放置)や接続詞の脱字がかなり多く目に付いた。
また、読点が文章の細かい区切りのほとんどに配置されており、読んでいて若干息苦しく感じられる部分が多かった。日本語がおかしい箇所もいくつかあり、まずは自分の文を一回読み直して欲しいというのが正直な感想だ。
話については普通のショートショートといった感じで、オチに意外性もあるにはあるのだが、一つの話として消化不良な印象を受けた。
まず、最初から引っ張りに引っ張った爆破予告に関する事柄が、何の解決もしていない点だ。主人公の男が実際は関与していなかったからそれまで、と言わんばかりに完全放置。せっかく物語の中であれだけ大きく取り上げ、物語最後に男が立っている場所でもあるのだから、何かしらの終着点は用意して欲しかった。
男のキャラクターにしてもそうで、終盤までの神経質で挙動不審な印象がラストで一転。冗談めかしたセリフで話を終えるのはいいが、今までとあまりにもキャラが違いすぎて「誰だよコイツ」と思ってしまった。
話としては悪くないはずなのに、やっつけ感が強く漂ってしまった作品だった。時間の猶予が無かったからなのかもしれないが、物語を公開するのなら作者も読者も納得の出来るものを見せて欲しい。
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1.文章力 40
2.発想力 30
3. 推薦度 30
4.寸評
物語としては決して悪く無いのだが、面白いまでいかない。
言うなればトンデモがほしい。予想通りのオチに、ガッカリした裏切りを思ってしまった。
しかし流れは好み。前述とは別の場所で、楽しむ事が出来た。
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各平均点
1.文章力 46点
2.発想力 43点
3. 推薦度 46点
合計平均点 135点